読書日和

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「アンダスタンド・メイビー(上)」島本理生

2018-10-05 19:27:52 | 小説


今回ご紹介するのは「アンダスタンド・メイビー(上)」(著:島本理生)です。

-----内容-----
筑波に住む中学三年生の黒江は、研究者をしている母との二人暮らし。
両親の離婚以来、家庭に居場所を見つけられずにいた。
ある日、書店で目にした写真集に心を奪われ、カメラマンになるという夢を抱く。
同じ頃、東京から転校生がやってくる。
太めで垢抜けない印象の彌生に、なぜか心を奪われる黒江だった。
「やっと見つけた、私だけの神様を」ーー。

-----感想-----
この作品は島本理生さんがデビュー10周年記念に発表した作品で2011年第145回直木賞候補作です。
内容が恐ろしそうなことから今まで読むのを避けていましたが、「ファーストラヴ」で今年7月の第159回直木賞を受賞し、書店で「祝・直木賞!」の帯のかかった本作を見て興味が湧き読んでみようと思いました。

「第一章」
冒頭は2000年の春で、物語は茨城県つくば市に住む藤枝黒江(くろえ)という中学三年生の一人称で語られます。
家の近くに大学があるとありこれは筑波大学だと思います。
黒江は浦賀仁(うらがじん)というカメラマンからファンレターの返事が来て喜びます。
春休みに池袋の大型書店で日本全国の廃墟の写真集を見て感動しファンレターを送っていました。

酒井彌生(やよい)という男子が東京から黒江のクラスに転校してきます。
席が隣になった黒江が話しかけると彌生は戸惑いながら答えます。
序盤、語り手が中学三年生と若く友達とも明るく話しているため島本理生さんの小説では珍しく雰囲気が軽くて明るいのが印象的でした。
新しく担任になった板東先生の「席つけえー」という言葉を聞いて黒江が「噛みきれないお餅みたいな口調」と表現しているのが珍しい表現だと思いました。

酒井君はもう席に着いていて、額にうっすらかいた汗を拭っていた。風でカーテンがふくらむと、ちょっと野暮ったい切り方の前髪が揺れた。
黒江が彌生を見た時の描写の一文の後にさらにもう一文あり、後ろの一文があることで教室の様子がとても鮮明に思い浮かびます。
こういった後ろに一文を添えるのは島本理生さんの作品でよく見られ、繊細な感性が感じられて私は好きです。

黒江は管野怜(れい)、石田紗由(さゆ)と仲が良くてよく一緒に遊んでいます。
黒江の父は家を出て行き母は研究所で香料開発の研究をしていて、黒江は母の愛情が感じられない事務的な話し方が嫌で一緒にご飯を食べるのも苦手です。

体育祭の種目決めで板東が走力のある黒江に1500m走に出ないかと言います。
黒江が家事をしないといけないから朝練も放課後練習も出られず無理だと言うと、羽田野という女子が「それなら昼休みに練習すれば大丈夫だと思いまーす」と言っていてこれは酷いと思いました。
人の昼休みを奪うのなら自身も練習に付き合うくらいのことはしないといけないです。
自身は昼休みをしっかり休むのに人には練習しろと言うのは許されないと考えます。

怜の部屋で怜と黒江、二人と同じクラスで怜の彼氏の四条淳史(しじょうあつし)が遊び、彌生と仲良くなっていた淳史が彌生も呼びます。
その帰り、彌生が黒江を送ってくれます。
黒江は彌生を「垢抜けないけれど結構良い」と思い好意を抱きます。

体育祭で黒江が左足を怪我して動けなくなると彌生が助けに来て左肩を支えて寄り添いながら保健室に連れて行ってくれます。
保健室で黒江は「やっと見つけた」と思い心の中で次のように呟きます。
どんな怖い夢からも助け出してくれる、私だけの神様を。

黒江は彌生を筑波山へのデートに誘います。
彌生の受け答えが面白く、強引にデートの誘いに話を持って行った黒江に「藤枝さんって、時々、すごい唐突に変なことを言い出すよね」と言います。
彌生には霊感があり幽霊の気配を感じることができます。
筑波山に黒江の母親に迎えに来てもらった帰り道、彌生は母親に変な影が立ち込めているのが見え「もしかしたら、人が亡くなるとか、そういうレベルかもしれない」と言います。

梅雨になり黒江と紗由で彌生の家に遊びに行き、四条もやって来て4人でカラオケに行きます。
黒江は彌生に好きだと告白しますが考える時間をくれと言われます。

月が高くのぼっている。その光を遮るように、どんどん雲が流れていく。
風の強い夜は、月が明るくて、暗闇が青い。

これはそのとおりで、そんな夜道を歩く時は空の明るさに心が引かれます。

ある日教室が険悪な雰囲気になり、怜が紗由が淳史に告白をしたと怒ります。
怜の誤解でしたがいつも可愛らしい口調で話す紗由が馬鹿にしたような薄笑いを浮かべて怜を見下したことを言っていてそれが真の姿かと思いました。

坂東が黒江が友達と学校帰りにカラオケに行ったことをそれとなく注意しますが、表沙汰にはせず今回に限り不問にしていて良い先生だと思いました。
その帰り、黒江は家の駐輪場に着くと痴漢に突然背後から抱き着かれ恐怖を感じて逃げ出します。
黒江は彌生の家に逃げ込み、気持ちが落ち着くと「ところで、私と付き合うかは、どうすんの」と改めて言います。
彌生が「あの、藤枝さんは、やっぱりもう少しデリカシーを持ったほうが」と言っていたのが面白かったです。
二人は付き合うことになります。

黒江は母の「親子っていうのも、難しいわね。分かり合えるとは限らないものね」という言葉を聞いて母が自身を好きではないと思います。
今までもしかしたらと思っていたものが黒江の中で確信に近くなり、ここから母との関係がさらにぎくしゃくしていきます。

黒江は家の電話から怜に電話をします。
電話で怜が今まで彌生を格好悪いと悪く言ってごめんと謝ります。
普段は文句を言っていることが多い怜ですが謝れる人なのだと思いました。
怜が携帯電話を買ってもらったと言い、黒江はクラスで携帯電話を持っている子はまだ一人もいないと胸中で語っていました。
2000年はまだまだ携帯電話を持っていない人も多く、さらに黒江達は中学生なので持っていなくても不思議はないです。

ある日差出人不明で、幼い黒江が男の人に酷い目に遭わされている写真が送られてきて郵便を受け取った黒江は衝撃を受けます。
誰が送ったのかがとても気になり、わざわざそんな写真を送りつけるところに性根の悪さを感じます。
その写真を誰にも見られたくないと思った黒江は生ゴミ用のゴミ箱なら母も調べることはないから大丈夫だと思い捨てようとしますが、フタを開けると信じられないものが捨てられていてさらなる衝撃を受けます。
これは明らかに母の仕業で一気に緊迫した展開になります。
黒江は助けを求めて彌生のところに行きますが詳しいことを言うわけにもいかず途方に暮れます。

黒江が彌生の家から戻りファミリーレストランで途方に暮れていると山崎博(ひろし)という男が声をかけてきます。
山崎はご飯をおごってくれた後にカラオケに行こうと言い黒江は断れずについて行きます。
黒江を乗せて車が走り出すと山崎が本性を現し、カラオケボックスには向かわず筑波山に向かい強姦しようとします。
二回もハンドルをがんっと叩いているのが印象的で怖がらせて言うことを聞かせようとしているのが分かりました。
黒江は窮地になりますが土壇場で怒りが爆発して山崎を追い返します。
怜に電話をし怜の父親の車で助け出されると警察官がやって来ます。
警察官は「だいたい、君ねえ、そんなふうに夜に見知らぬ男についていくって、なにされても、本当は文句言えないんだよ」と黒江が悪いと言わんばかりで、詐欺事件が起きると詐欺師に騙されるほうが悪いと言い出す人がいるのと似ていると思いました。
すると怜の父親が「そういう輩から子供を守るのが我々の仕事だろう」「おまえみたいなのがいるからなあ、なにかあっても女の子が警察に行けずに、犯罪者が野放しになるんだよ。よく覚えておけ」とかなり良いことを言っていました。

黒江は彌生に別れようと言います。
山崎に付いて行った瞬間付き合っている彌生を裏切ってしまったのが堪えていました。

黒江は山崎博と写真のことで苦しみます。
ねえ、誰か助けて。誰でもいい。どうして私の呼ぶ声が聞こえないの。


「第二章」
黒江は高校一年生になり百合という友達ができます。
怜と同じ高校に進学しましたがクラスは違います。
百合が「黒江って良い子だよねー。人の悪口とか言わないし」と言い、これは紗由も言っていたので印象的でした。
百合は悪いことばかりしている危険な子として知られ、百合と喋っているうちに周りがよそよそしくなります。
百合は冬馬(とうま)という男子と仲が良く百合と冬馬は中一から三年間同じクラスでした。

黒江が百合といるのは、百合の素行不良さが山崎から受けた仕打ちを大したことではないと思わせてくれるからとありました。
これは「夏の裁断」で主人公の千紘(ちひろ)が子供の頃に磯崎という男から受けた仕打ちを大したことではないと思おうとしていたのと似ていて二つの作品の共通点だと思います。
さらに島本理生さんの作品では女性が男性から酷い目に遭わされることがよくあり、デビュー10周年記念の今作にもその特徴が出ているのがとても印象的で、重要なテーマなのだと思います。

夏休みになってすぐ、黒江は百合に誘われてカラオケに行きます。
そこには亮、羽場先輩という男子達がいて亮は百合の元彼氏です。
カラオケボックスでの振る舞いを見ると百合は羽場のことが好きに見えましたが羽場は百合よりも黒江に興味がありました。
黒江は最初は羽場の素行不良な雰囲気に戸惑っていましたが話すうちに引かれていきます。

浦賀から久しぶりに黒江に手紙が来て二人の交流は続いていきます。
百合に勧められ黒江は冬馬をデートに誘います。
すると二人で寄ったショッピングモール内のマクドナルドで羽場が声をかけてきて黒江を連れて行きます。

百合が語っていた羽場との関係と羽場が黒江と話しながら百合について語ったことが違っていて、百合は羽場との関係を強調したかったのかなと思いました。
黒江と羽場は付き合うようになり、黒江が山崎にさらわれたことを話すと羽場が山崎を見つけてやると言います。
羽場は賢治というフリーターをしている男を呼んで協力してもらいます。
やがて山崎が見つかり羽場達がぼこぼこにします。
また羽場は黒江ときちんと付き合おうとしていて、粗暴な言動をしていても黒江のことを大事に思っているのが分かりました。

黒江がゲームセンターの出入り口でビラ配りのアルバイトをしていると賢治がやって来ます。
賢治は羽場のことを悪く言い、羽場も賢治のことを悪く言っていたことがあり、羽場も賢治も相手がいない時に黒江に相手の悪評を言います。
黒江はそれを真に受けやすくて根が素直なのだと思いました。

黒江が母親に反発すると母親は「やっぱり、言われた通りだった。子供の頃からちゃんと教育しておけば良かった」と言います。
誰に言われたのかがとても気になりました。

賢治が黒江のことを好きだと言い、羽場より自身と付き合ってほしいと言います。
2学期の初日、黒江が教室に入ると百合が黒江に対して冷たくなっていました。
百合は黒江が冬馬を置き去りにして羽場に連れて行かれたことに怒っていて、黒江は百合に無視され学校に居場所がなくなります。

賢治が黒江を飲みに誘いそこには羽場も来ると言います。
嫌な予感がし、黒江が飲み会の場所に行くとやはり百合がいました。
黒江はすぐに引き返し追いかけてきた羽場と口論になります。
黒江が「羽場先輩は、私の、神様じゃない。」と胸中で語っていたのがとても印象的で、彌生に対してやっと私だけの神様を見つけたと思った時と同じように、羽場のことも神様として見ていたのが分かりました。
好意を抱く男性を神様として見るのは強烈に依存することでもあり危険な状態だと思います。
黒江の心の描き方が凄まじくて読んでいて圧迫感があります。

黒江は羽場よりは賢治のほうがずっと自身を好きだと思い羽場と別れます。
しかしこれは自身を好きだと言ってくれる人に縋り付いているように見えます。
羽場が黒江は不安定なところがあるから気をつけろと言っていてそのとおりだと思いました。

賢治と付き合い始めると今度は賢治のことを不安に思っていて、そんなに毎回不安になるならしばらく誰とも付き合わなければ良いと思いましたが、それは黒江には無理だと思います。
黒江は居場所がなく常に誰かに寄りかかりたいという思いを抱いているのだと思います。

黒江は2年生になり怜と同じクラスになります。
何と百合が話しかけてきて黒江は仕方なく応じ、羽場と別れたのが影響していそうな気がしました。

左隣の席の佐々木光太郎が黒江に一緒に写真部を作らないかと言います。
古賀先生という人が部室を用意してくれ写真部の活動が始まります。
光太郎の家に行き写真を見せてもらうと黒江が久しぶりに楽しそうに話し、光太郎になら不安にならずに話せるのだと思いました。
光太郎は「藤枝さんは、○○な人ですね」とよく言い、言い方が彌生に似ていると思いました。
黒江の撮った写真を見た光太郎が黒江はプロになるべきだと言い写真の凄さを語ります。
黒江は生まれて初めて他人から認められたと胸中で語り、これは黒江が求めているものの一つだと思います。

賢治との場面になると緊張した嫌な雰囲気になります。
黒江は賢治と付き合うのが正しいと自身に言い聞かせていて、言い聞かせる時点で正しくはないのだと思います。
やがて賢治と連絡がつかなくなり私はそのまま別れたほうが良いと思いました。

偶然彌生に再会して黒江は泣き出します。
賢治とのことを話すと彌生が「そんなひどい男なんて、別れることが出来てむしろ良かったんじゃないかな」「そういうやつもいるってことが勉強になったし、良かったんだよ」と言い、かなり良いことを言っていると思いました。
「遠くの薄暗い空に浮かんだ月を見ながら、私はようやく長くて悪い夢から覚めたような気分になった。」とあり、やっと賢治とのことから抜け出せたのかとこの時は思いました。

賢治から電話がかかってきて黒江は会っても良いと言ってしまいます。
どうしてと思いましたが、少しでも自身のことを好きと言ってくれる人に依存する気持ちには抗えないのだと思います。
賢治が車で黒江を迎えに来ますが、カラオケボックスに財布を忘れたから取りに行って良いかと言い立ち寄ると、賢治の友達の南と靖(やすし)が居て恐ろしい展開になります。
またしても賢治に裏切られ黒江は胸中で次のように叫びます。
神様、私はこの場で死んでもかまいません。だから今すぐ、こいつら、全員を殺してください!
女性が男性に酷い目に遭わされるのは今までに読んだ島本理生さんの作品で何度も見ましたが今作ほど恐ろしいのは初めて見ました。

数日後、黒江は「どんな理由があろうと、あんなふうに連絡を絶った相手を信じてのこのこ出かけていくなんて、私はどれほど馬鹿なんだろう。誰が聞いたって、おまえが悪いと言うに決まっている。」と胸中で語ります。
黒江は自身が悪いと自己嫌悪していますが悪いのは賢治達です。
高校を退学することにし塞ぎ込んでいる黒江を光太郎が訪ねてきて、光太郎と話すうちに黒江は東京に行って浦賀に会う決心をします。

黒江は東京に行く前に賢治に復讐しようとして一人で来てくれと言い公園で会いますが南と靖も茂みに潜んでいました。
賢治が一人で来るわけないのを見抜けないのは浅はかだと思います。
カラオケボックスでもその後の自己嫌悪でも黒江を馬鹿だとは思いませんでしたがこの場面では馬鹿だと思いました。
窮地の黒江を羽場が助けに来てくれ、別れたのに助けに来てくれるとは偉いと思います。

黒江は東京の渋谷に行き浦賀仁に会います。
家出したと言うと仁が家に下宿させてくれます。
仁は写真のことを教えてくれると言い、さらに基礎が身に付いたらアシスタントとして実際に現場に付いて来てもらうと言います。
仁との話し合いで黒江は東京の通信制の高校に入り直すことにし、母親から手紙が来て通信制高校に通いながら住み込みのアシスタントになるのを了承してくれます。
その手紙を読み終え黒江は何があっても家には帰らず東京でやっていくと決意を新たにします。


上巻では黒江の自身を好きと言ってくれる人への依存のしやすさがとても印象的でした。
そして「女性が男性に酷い目に遭わされる」という島本理生さんの作品によく見られる特徴が今までに読んだ作品の中で一番強く現れていたのも印象的で、デビュー10周年記念の作品がそうなっているところに島本理生さんのこのテーマへの思いの強さを感じます。
黒江は依存しやすい上に人を信じやすくもあるので悪意を持って近づいてくる人には酷い目に遭わされやすいです。
上巻で何度も酷い目に遭った黒江が下巻ではどうなるのか興味深く読んでいこうと思います。

※「アンダスタンド・メイビー(下)」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。


※「島本理生さんと芥川賞と直木賞 激闘六番勝負」の記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

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