読書日和

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「劇場」又吉直樹

2017-09-09 21:31:31 | 小説


今回ご紹介するのは「劇場」(著:又吉直樹)です。

-----内容-----
一番会いたい人に会いに行く。
こんな当たり前のことが、なんでできへんかったんやろな。
かけがえのない大切な誰かを想う、切なくも胸にせまる恋愛小説。

-----感想-----
第153回芥川賞受賞作の「火花」以来となる又吉直樹さんの二作目の小説です。
最初は恋愛小説を読む気分ではなかったため読まないでおこうと思ったのですが、ブログ友達が感想記事を書いているのを見て内容に興味を持ち、読んでみようと思いました。

語り手は永田という20代前半の男で、永田は東京の三鷹に住んでいます。
8月、永田が新宿から徒歩で原宿までさ迷い歩いているところから物語が始まります。
私は「火花」を読んだ時、凄く哲学的で理論立てた文章に驚きました。
今回も冒頭からその特徴が出ていて、やはり又吉直樹さんの文章は哲学と理論のイメージがあるなと思います。
読み始めて2ページ目に「空の青さと何の形にも見立てることができない雲の比率がほとんど偽物のようだった。」という文章があり、比率という言葉を見て「火花」を読んだ時に思ったその特徴が思い出されました。
今回小説を読み始めた時が凄く疲れていて、哲学的で理論的な文章を読む気力が出ず、二週間くらい読まずにいました。
ようやく読む気力が戻ったので読んでみたら面白い文章で、やはり小説は疲れている時には無理には読まず、気持ちが向いた時に読むのが良いと思います

さ迷い歩いていた永田は代々木体育館の少し先にある古着屋に寄った時、店員の女性達が永田の動きを敏感に追っているように感じていました。
そこの描写を読むと、永田は周りの視線にかなりびくびくしているようでした。
これは元々の性格が周りの視線を気にしやすいタイプか、今まで歩んできた人生経験が永田をその性格にさせたかのどちらかではと思いました。

古着屋を出て再び歩き出した永田は画廊に行き当たります。
永田のほかにも若い女の人が一人、外から画廊の様子を見ていました。
その女の人の存在に気づいた時の描写で、「本当は随分と前から僕の視界に入っていたのだけれど、ようやくその存在が意識の表面に昇ってきたのだ。」とありました。
「意識の表面に昇る」も理論的な言葉だなと思います。
これは家でくつろいでいる時を思い浮かべると想像しやすいと思います。
例えば居間でおやつを食べながら家族と話している時、その視界にはおやつと家族のほかにも居間にある電話や窓ガラスなど、ほかのものも映り込んでいるはずです。
しかしおやつを食べながら家族と話している時は視界に映り込んではいてもその存在を特に意識はしていないです。
これを「あれは電話だ、あれは窓ガラスだ」というように、存在を意識することが「意識の表面に昇る」という状態だと思います。

永田はこの女の人に声をかけます。
しかし声のかけ方が明らかに異様で、永田を不審者と思い逃げるように去っていった女の人を追いかけて最後は走って追いついて声をかけていて、まるでストーカーのようでした。
怖がる女の人に永田はたどたどしい言葉でナンパをしていました。
冒頭からの描写を見る限り普段はナンパなどしない性格の人なのにこの時は声をかけていて、それだけ気になる人だったようです。

永田と女の人は近くのカフェに寄ることになりますが、永田はお金をあまり持っていなかったので女の人におごってもらっていました。
女の人は青森県の出身で沙希と言い、女優を目指して上京し、服飾の大学にも通っているとありました。
また、永田は無名の劇団で脚本を書いているとありました。
読み進んでいくと沙希はこの時大学四年生の22歳、永田は24歳だということが分かります。

二人は連絡先を交換しますが、永田は沙希に再会したいと言えないまま時間が流れていきます。
永田は『おろか』という結成して三年になる小さな劇団で脚本家として活動していて、『おろか』は演劇の街の下北沢にある「下北ファインホール」という凄く小さな舞台で公演をすることがほとんどです。
資金もほとんどないため大劇場で公演をするのは不可能な状況です。
そして劇団『おろか』から戸田、辻という男と青山という女の三人が脱退し、残っているのは永田と中学校以来の長い付き合いの野原と永田の二人だけになってしまいます。

永田は勇気を出して沙希にデートの誘いのメールを送り、二人は渋谷でデートをすることになります。
この時の二人の会話が軽妙でした。
「サキね、ゆっくり話してくれる人の方が、言葉の意味を考えられるから嬉しいよ」
「沙希ちゃんはアホなん?」
「アホじゃないよ、かしこいよ」
アホじゃないよ、かしこいよの切り返しが面白かったです。
デートの誘いにも嬉しそうに応じていて、沙希のほうも永田に好意を持ってくれたようでした。

永田は沙希に次の劇への出演を頼み、沙希も引き受けてくれます。
中学生の頃から演劇部に所属していて演技力もあるようです。
また永田は沙希より二歳年上とありました。
そして公演は成功し、劇団『おろか』の注目度が少しだけ上がることになります。
これまでよりも大きな定員80名の「下北沢オフオフシアター」で定期的に公演を開催できるようになりますが収入は変わらず、稽古日が増えた分日雇いのアルバイトができる日も減り、アパートの家賃を払うのも苦しくなってきます。
永田は沙希の下北沢のアパートに転がり込むことにします。

沙希と暮らすことになった永田は沙希がよく聴くヒップホップ音楽に興味を持ちます。
永田はヒップホップについて「表現者の自己救済だけではなく、その根幹に遊戯として楽しもうとする大衆性が備わっていることは、創作する動機として理想だと思った。」と胸中で語っていました。
この言葉を見るとやはり哲学書を読んでいるような気がしてきて、永田は何かを見たり聴いたりするとすかさず「分析」する傾向が強いことも作品を読んでいて感じました。
分析の言葉ばかり言っている人が彼氏だと、彼女のほうも同じタイプでない限りはとても疲れるのではと思います。

ある日沙希が「お母さんが、小包送っても半分は知らない男に食べられると思ったら嫌だって言ってたよ」と冗談を言います。
この冗談に永田は「俺が送る立場やったら、そんな嫌味わざわざ言わんけどな」などと言って苛立っていました。
執拗に沙希に突っかかっていて、いくら何でも苛立ち過ぎだと思いました。
ただたしかに冗談で言った言葉が予想外に誰かを苛立たせることはあるので注意が必要です。

沙希は凄く優しい人で、大抵の場面で永田に優しさを向けてくれます。
しかし永田は沙希の優しさを素直に受け取ることができず、卑屈な気持ちになりひねくれた反応をよくしています。
また沙希が大学の男子から原付を貰ってくるとその男子に嫉妬して原付を壊したりもしていて、永田は器が小さいと思いました。

やがて沙希が服飾の大学を卒業します。
沙希は朝から洋服屋で働き、夜は近所の居酒屋でアルバイトをする生活を始めます。
大学卒業により仕送りがなくなったため、永田は沙希から今後のことも考えて光熱費だけでも払ってもらえないかと相談されますが、苦しい言い訳をして断っていました。
部屋に転がり込んでずっと世話になっているのにこれは酷いと思いました。
この時沙希はとても悲しかったと思います。

そこからまた月日が流れたある日、永田は野原と『まだ死んでないよ』という劇団の公演を観に行きます。
この劇団名について永田は「脱力させる意識的な劇団名が苦手」と胸中で語っていました。
ただし永田と野原の劇団名は『おろか』で、私はどちらも変にこだわりすぎた名前だと思いました。

永田と沙希が話している時、永田が印象的なことを思っていました。
僕が笑ったことに気づくと沙希は得意気に勢いづいて楽しそうに話す。その表情を見て、そうだ、と気づく。この純粋な心の動きに触れると、沙希だけではなく二人の生活そのものが居た堪れなくなるのだ。
これを見て、永田も心の底では沙希に申し訳なく思っているのだなと思いました。
ただしその思いを沙希に伝えられていないのはまずいです。

沙希がたまに見せる繊細な表情を見るのが怖くて、いつからか僕は沙希の前で積極的にふざけるようになった。
永田のこの言葉を見て、二人の破局が近いことが予感されました。

永田は高円寺にアパートを借り沙希の部屋以外でも暮らし始めるようになります。
そこからまた永田が器の小ささを見せて沙希に突っかかって気まずくなる場面があったりして、段々と二人の間に溝が生まれます。
そして沙希はもうすぐ27歳になります。
ついに沙希の不満が爆発する場面があり、私は今までよく永田の勝手な振る舞いを我慢していたと思いました。

かつて『おろか』を出て行った青山と永田がメールで戦う場面があり、長文メールの応酬が凄まじかったです。
永田は青山の性格の醜さを追求する理論を積み上げた長文メールを連発して青山を打ち砕こうとするのですが、青山も女の人とは思えない恐ろしく好戦的な文章で永田のろくでなしぶりを追求する長文メールを送り返してきます。
この二人のメールでの喧嘩を見ると、どちらも相手をやっつけようという思いが強すぎてとても醜く見えました。

永田は沙希との関係に決定的な亀裂が入ってから自身のこれまでの行いを後悔していました。
今ごろ沙希の気持ちと向き合わなかったことを後悔しているのかと思いました。
ただ精神的に弱ってしまった沙希を気遣って、沙希の負担を減らすために沙希の気持ちに逆らわずに寄り添うようにしていて、これは今までの永田にはなかった態度です。
しかしようやく相手の気持ちと向き合った時には既に出会って最初の頃の楽しく軽妙な会話はなくなっていました。


物語を通して、永田の駄目さと沙希の優しさが際立っていました。
沙希の優しさが永田の駄目さを心が限界になるまで受け止められたことがとても可哀想でした。
それでも最後、沙希は気持ちを整理して区切りをつけることができたようなので良かったです。
永田には相手と気持ちがすれ違った時などに話術で誤魔化すのではなく、相手がどれくらい辛い気持ちになっているのかをしっかりと考えられる人になってほしいと思います。


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コメント (6)
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