読書日和

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「私にふさわしいホテル」柚木麻子

2017-09-16 19:45:05 | 小説


今回ご紹介するのは「私にふさわしいホテル」(著:柚木麻子)です。

-----内容-----
文学新人賞を受賞した加代子は、憧れの〈小説家〉になれる……はずだったが、同時受賞者は元・人気アイドル。
すべての注目をかっさらわれて二年半、依頼もないのに「山の上ホテル」に自腹でカンヅメになった加代子を、大学時代の先輩・遠藤が訪ねてくる。
大手出版社に勤める遠藤から、上の階で大御所作家・東十条宗典が執筆中と聞きーー。
文学史上最も不遇な新人作家の激闘開始!

-----感想-----
「第一話 私にふさわしいホテル」
語り手は中島加代子という30歳の女性です。
加代子は東京の神保町の近くにある山の上ホテルに宿泊しに行きます。
山の上ホテルは実在するホテルで私も通りかかったことがあり、かつて作家の山口瞳さんはこのホテルを「小説家のためのホテル」と称したとありました。
加代子はこのホテルの力を借りて初の長編小説を書き始めようとしています。

加代子の泊まる部屋に青教(せいきょう)大学時代の先輩、遠藤道雄がやってきます。
加代子より3歳年上のようです。
この大学は立教大学と青山学院大学がモデルだと思います。
遠藤は大手出版社の文鋭社で働いています。

「日本の文学史上、もっともついていない新人。それが私だ。」とありました。
加代子は三年前の冬に実用書専門の中堅出版社が主催する文学新人賞に応募し大賞を受賞しました。
しかし同時受賞したのがかつて人気だったアイドル女優だったためマスコミの注目はこのアイドル女優だけで、加代子は虫けら以下の存在として扱われました。
担当の女性編集者は「いい作品だから時期を見て必ず出版しよう」と言っていますが形だけで、実現に動く様子はないです。

加代子は遠藤から60代のベテラン作家、東十条宗典(むねのり)が真上の階に缶詰になっていると聞きます。
東十条は明日の朝9時までに文鋭社の文芸誌に載せる原稿を仕上げなければならず、担当編集者の遠藤は東十条に差し入れを持ってきていました。
東十条は「直林賞」受賞者とありこれは直木賞がモデルだと思います。
遠藤の話を聞いた加代子は明日の朝9時までに東十条の原稿が上がらなければ、変わりに自身が遠藤の指導を受けて書いていた原稿が掲載されることに思い至ります。
新人賞を受賞した出版社から一向に本を出してもらえない加代子は文鋭社の遠藤に泣きついていずれ文鋭社の文芸誌に載せるための原稿を書いていました。
加代子は東十条の執筆を妨害して原稿を落とさせようと企みます。

そこからの展開はかなり面白かったです。
加代子はルームサービスのふりをして東十条の部屋に乗り込みます。
断る東十条を強引に押し切って部屋に乗り込み、矢継ぎ早な話術で自身のペースに持っていく様子が面白かったです。
そして東十条は加代子の話に興味を持ちます。
東十条は「文壇最後のドンファン(プレイボーイのこと)」とも呼ばれていて、メイド服に身を包み可憐な話し方をする加代子のペースにあっさり引き込まれていきました。

加代子のペンネームは相田大樹(あいだたいじゅ)です。
「あ」で始まる若手の作家は少ないこと、どこかに「木」が入ると売れること、性別が曖昧な名前は幅広い層にアピールすることが加代子がペンネームをつける時に重視することとありました。
これは興味深く、たしかに書店で何か小説を探す時は「あ」行の作家から見ていきます。
そして私が今まで読んできた小説の中では「あ」行と「ま」行に強力な作家が何人もいるのも興味深いです。

遠藤の言葉で印象的なものがありました。
平成の小説家に圧倒的に欠けているのは執念とハッタリではないだろうか。
これは昭和に比べて平成はガツガツしなくなったということだと思います。
これを書くとすぐに「最近の若い者は~」と言いたがる人もいると思いますが、家族環境の変化、社会の豊かさや雰囲気の変化、親の教育方針の変化など、時代背景がかなり違うため、一方的に平成は駄目とするのはどうかと思います。
そして遠藤は加代子の自身がのし上がっていくための執念とハッタリを高く買っています。
私も加代子の東十条を妨害するための執念とハッタリによる作戦を読んでいてかなり面白くなり、次はどんな物語が見られるのか楽しみになりました。


「第二話 私にふさわしいデビュー」
加代子は遠藤に誘われて帝国ホテルで開催される文鋭社が主催する小説ばるす新人賞の授賞式にやってきます。
この会場では島本理生さんなどの実在の作家さんも登場していました。

加代子が料理を次々と食べながら心の中で語っていた編集者への考えが面白かったです。
担当作家が売れればお手柄、売れなければ作家本人のせい。企業に守られ「作家と飲むのが仕事とうそぶき、なんの疑いも抱かずに会社の金で贅(ぜい)と美食の限りを尽くす。そのくせ「普通の勤め人とは違ってクリエイティブな仕事をしております」と言わんばかりの、スノッブで妙に人を見下した態度。
他の作家さんの小説でも編集者について似たことが書かれているのを見たことがあります。
有名な作家さん達と付き合っていくのがお仕事内容であり華やかなパーティーにもたくさん出席するため、その悪い面に取り憑かれると人を見下したような態度が身についてしまうのではと思います。

第一話から一年経っていて、加代子は文鋭社の文芸誌『小説ばるす』で何回も作品を掲載するようになっていて、単行本デビューも間近です。
ところが単行本を出せることになった途端、加代子が文学新人賞を受賞したプーアール社の女性担当編集者から連絡がきて、「あなたはプーアール社の文学新人賞でデビューした作家なのだから、うちから本を出すのが筋だ」と言ってきて妨害に遭います。
文学新人賞を受賞してから今まで加代子の作品には見向きもせず単行本を出す気もなかったのに、他の出版社から単行本を出せることになった途端に「うちから単行本を出すのが筋だ」と言っていて、勝手な人達だなと思いました。

加代子とともに文学新人賞を受賞した元アイドル女優の名前は島田かれんだと分かりました。
島田かれんは現在34歳で、加代子とは対照的に文学新人賞の受賞後すぐに「恋愛夜曲」という単行本を出版し30万部のベストセラーになります。
そしてもうすぐ二作目を出そうとしています。
ただし島田かれんの文学新人賞受賞は話題を作りたかったプーアール社の策略であり、作家としての実力は加代子のほうが圧倒的に上です。
プーアール社が突然加代子の文鋭社からの単行本出版を妨害してきたのは、島田かれんと同じ時期に作品が出されて二人の作品が比較され、島田かれんの実力のなさが露見するのを避けたいという思惑があります。

小説ばるす新人賞授賞式の会場で加代子は東十条に遭遇します。
東十条は山の上ホテルでの一件に激怒していて、「お前の作家生命は今日で終わりだ。書ける媒体もゼロになるぞ。どこからも本を出せなくしてやる!」と言っていました。
この言葉を聞いて加代子も激怒し、「単行本デビューは少女の頃からの夢なのだ。男尊女卑の団塊ジジイに邪魔されてなるものか。」と胸中で語ります。
ここからまたしても加代子と東十条の戦いが始まって面白かったです。
大学時代演劇部だった加代子はとにかく演技が上手く、白々しく別人のふりをして東十条の追撃をかわしていきます。

一年後、加代子はペンネームを有森樹李(じゅり)に変え、『氷をめぐる物語』という作品で小説ばるす新人賞を受賞します。
「木」の数はさらに増え5本になっています。
そして加代子の躍進に東十条が地団駄を踏んでいるのが面白かったです。
「あの女をこのままのさばらせておくか!今に見てろ!勝負はまだついちゃいないんだ!有森樹李は私が必ず潰す。必ずだ!」
まだまだ東十条との戦いが続いていくことが予想されました。


「第三話 私にふさわしいワイン」
加代子は32歳になり、冒頭、ホテルニューオータニのプールでセレブのような雰囲気を醸し出してくつろいでいます。
小説バルス新人賞受賞のおかげで加代子は11社もの出版社から声をかけられるようになりました。
さらに大手酒造メーカーの株式会社モレシャンの跡取り息子、錦織聡一郎と付き合っていて人生が絶好調になっています。

辛辣に語っていた編集者への見方も変わりました。
単行本を出版する前は大手の出版社なんて冷血人間としか思えず、一様に憎悪していたことを、私はひどく恥じた。本を作るために身を削っている彼らに対して申し訳ない思いでいっぱいになる。
この態度の変わりぶりが面白かったです。

加代子は秀茗社(しゅうめいしゃ)のベテラン編集者、門川響子によく会うようになり、あちこち連れていってもらって贅沢をさせてもらっています。
ただし遠藤は「門川響子はバブル時代のマスコミ黄金期が忘れられない、タチの悪い高慢ちきだから騙されないように注意しろ」と諭します。
しかし加代子は遠藤の言葉を聞き入れず、遠藤に苦々しい思いを持ちます。
この後加代子が凋落していくことが予想されました。

東十条はこの頃無気力になっています。
誰かが自身にもう一度火をともしてくれないかと思っています。
そんな時に麻布の会員制フレンチレストランで加代子に遭遇します。
東十条は愛人の女優と、加代子は彼氏と一緒にここに来ていました。
いつの間にかかつての闘志を無くして東十条にお行儀良くお世辞まで言うようになってしまった加代子を見て、東十条は加代子にもう一度火をつけようと考えます。
この東十条宗典を奮い立たせることができるのは、編集者でも読者でも美女でもなく、もはや、有森樹季ただ一人なのかもしれない。彼女が図々しく目障りだからこそ、東十条は東十条らしく居られるのだ。
ここから東十条の逆襲が始まります。


「第四話 私にふさわしい聖夜」
加代子は実在する作家の宮木あや子、南綾子と友達になります。
冒頭、加代子は書評家の大和田浪江(なみえ)に二作目となる長編小説『おばあちゃんをリツイート』を罵倒されて落ち込み、この二人に慰められていました。
大和田浪江は「小手先で書いているのが見え見え、てっとり早く売れようという魂胆が透けて見えるわ」と言っていました。
『おばあちゃんをリツイート』はテレビドラマ化もされ大人気になりますが、加代子自身もこの作品には心のどこかに引っ掛かるものがあります。

さらに遠藤の興味が加代子から離れていきます。
遠藤は有森光来(みく)という今年(加代子の受賞から一年後)の小説ばるす新人賞を受賞した北海道の高校に通う18歳の少女の担当になります。
抜けるような白い肌、長い黒髪、大きな瞳というアイドル級の美少女で、デビュー作『六月のピストル』では圧倒的な実力と才能を見せているとあり、何となく綿矢りささんが思い浮かびました。
そしてこのタイトルから「平成マシンガンズ」の三並夏さんも思い浮かびました。
遠藤は光来にかかりきりになり、加代子が原稿を送っても以前のような熱のこもった添削はせず薄い感想をメールで送ってくるだけになりました。

加代子と宮木あや子さんと南綾子さんがいるカフェに同じく実在する作家の朝井リョウさんが登場します。
朝井リョウさんは加代子のことを驚くほど詳しく知っています。
そしてとてもキザな話し方をする人物として描かれていたのが印象的でした。

東十条はバーで加代子を見かけて声を掛けます。
するとこのバーに遠藤と光来もやってきたため、二人は隠れて会話を盗み聞きしようとします。
遠藤は光来のことを誉める一方で加代子と東十条を引き合いに出して酷いことを言っていました。
加代子も東十条も激怒し、何と二人で手を組んで遠藤をやっつけようとします。
この二人は宿敵同士ですがどこか通じるものもあり、ルパン三世と銭形警部のような印象があります。


「第五話 私にふさわしいトロフィー」
冒頭、加代子と遠藤がカラオケをしています。
34歳になった加代子は『魔女だと思えばいい』という作品で全国の書店員が選ぶ業界注目の文学賞「書店員大賞」を受賞します。
これは「本屋大賞」がモデルだと思います。

書店員大賞を受賞する前の回想がありました。
加代子はサイン本と手書きのポップを持って隣々堂書店恵比寿店に営業に来ていました。
このお店は有隣堂書店がモデルだと思います。
出版業界では知らない者はいない超有名書店員の須藤純一という人が出てきて応対しますがあまり愛想は良くないです。
そして加代子が物凄くへこへこしているのを見て驚きました。
「書店員や編集者のネットワークをなめるととんでもない目に遭う。傲慢な勘違い新人だと吹聴されたらおしまいである。」と胸中で語っていて、本を売るために苦心していました。
さらに隣々堂書店恵比寿店で事件が起き、解決した加代子はお礼に自身の書籍の棚を作ってもらえることになります。

『魔女だと思えばいい』が鮫島賞の候補になります。
鮫島賞は直林賞に直結する文鋭社主催の権威あるエンタメ文学賞とあり、これは山本周五郎賞がモデルだと思います。
書店員大賞に続いて賞受賞のチャンスが来ますが選考委員の一人が東十条で、他の選考委員に絶大な影響力を持っているため宿敵である加代子が受賞するのは不可能な状況です。
しかし加代子は東十条をはね除けて鮫島賞を受賞しようと考えます。
久しぶりの東十条との一騎討ちを想像すると、体中にどくどくと血液が行き渡る気がした。もしかして、私が本音でぶつかれるのは、世界中で東十条宗典ただ一人なのかもしれない。
加代子も東十条と同じようなことを思っています。
どの話にも必ず東十条が出てくるため、今度はどんな戦いになるのかが毎回楽しみです。

ある日東十条が松濤(しょうとう)の自宅に帰宅すると、奥さんの千恵子の横に着物姿の加代子がいて絶句します。
加代子は呉服屋のパーティーで千恵子と知り合い取り入っていました。
加代子の白々しい芝居が面白かったです。
「お疲れのところ、申し訳ありません。中島加代子と申します。わあ……。東十条宗典先生とこうして直にお目にかかれる日が来るなんて……。私、ずっと先生の作品のファンで……。ああ、感激です」

加代子の狙いが鮫島賞の受賞であることは東十条も勘づいています。
加代子は「奥さんに秘密をばらそうかな」と脅迫をちらつかせていました。
さらに娘の美和子も手なずけていて、就職活動中の美和子に作文の書き方を教えてあげたりしています。
千恵子と美和子を味方につけた加代子はそのまま居座り、東十条を疲れさせていきます。
まさかここまでやるとは思わなかった。賞にかける執念ときたら、第一回の芥川賞で選考委員に「賞が欲しい」と手紙を書いた太宰治顔負けではないか。
果たして加代子は東十条をはね除けて鮫島賞を受賞できるのかとても興味深かったです。
そしててっきり脅して鮫島賞をもぎ取るのかと思いきや、予想外な方法を使っていたのが印象的でした。
加代子の戦術の幅広さを感じました。

『魔女だと思えばいい』を出版する時、遠藤が手掛けた本の装丁の出来映えに不信感を持った加代子はすっかり遠藤に心を閉ざすようになっていました。
この話の終盤は加代子と遠藤の作家と編集者としての関係がどうなるのかも興味深かったです。


「第六話 私にふさわしいダンス」
島田かれんが語り手で、かれんは山の上ホテルに来ています。
プーアール社の文学新人賞から9年経ち、第一話からは6年経っています。
プロフィールでは39歳ですが実際には43歳とありました。

かれんはオーディションを受けに来ていて、相手は作家の有森樹李、なんと加代子です。
第五話から二年後、加代子は当代きっての大作家へと上り詰めていました。
オーディションは加代子が原作を提供する映画『柏の家』のヒロイン、美弥子役に抜擢するかを判断するためのものです。
しかも内容が「かれんが今いる部屋の真上、501号室に小説家の東十条宗典が宿泊していて、明日の朝9時までに文鋭社の『小説ばるす』に載せる原稿を仕上げないといけないが、それを何としても阻止しろ」というものです。
第一話の加代子の話と同じで笑ってしまいました。
こうしてかれんの東十条の原稿を落とすための戦いが始まります。
いったいどんな展開になるのか興味深かったです。


柚月麻子さんの作品を読むのは「あまからカルテット」以来二作目で、今作は笑いの要素が豊富にあってかなり楽しくなりながら読みました。
良い作家さんだと思うのでまた機会があればほかの作品を読んでみようと思います


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