読書日和

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「火花」又吉直樹

2015-07-18 17:50:50 | 小説


二日前の夜、芥川賞受賞のニュースがありました。
今回ご紹介するのは「火花」(著:又吉直樹)です。

-----内容-----
「漫才は……本物の阿呆と自分は真っ当であると信じている阿呆によってのみ実現できるもんやねん」
お笑い芸人二人。
奇想の天才である一方で人間味溢れる神谷、彼を師と慕う後輩徳永。
笑いの真髄について議論しながら、それぞれの道を歩んでいる。
神谷は徳永に「俺の伝記を書け」と命令した。
彼らの人生はどう変転していくのか。
人間存在の根本を見つめた真摯な筆致が感動を呼ぶ!
第153回芥川賞受賞作。

-----感想-----
先週の日曜日、「火花」を一気に読みました。
元々は今年の春に書店で平積みされ大々的に売られているのを見かけたのですが、「お笑い芸人の書いた本では大したことないのではないか」と思い読まずにいました。
しかしブログ友達のレビューを読むとかなりハイレベルな文章なのではという気がしてきました。
そして先日書店に行ったら「第153回芥川賞候補作」として売られていて、芥川賞の候補になっていることを知りました。
40万部突破のベストセラーとなったのは『お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹』の名前によるところが大きいと思うのですが、名前だけでは純文学の高い文章表現力が求められる芥川賞の候補にはなれません。
これは面白い作品だという予感が一層強まりました。
ここでついに小説を購入し、どんな内容なのか読んでみることにしました。

物語の語り手は徳永。
冒頭、語り手の徳永と山下による漫才コンビが熱海湾に面した場所で祭りの夜に漫才を披露していますがほとんどの人が聞いていません。
そして二人の声をかき消すように打ち上がる花火。
祭りの夜に花火で、季節は夏
まさに夏の今読むのに適しているなと思いました
ちなみにこの冒頭で小説タイトルにもなっている「火花」という言葉が初めて登場しました。

細かい無数の火花が捻じれながら夜を灯し海に落ちて行くと、一際大きな歓声が上がった。

この夏祭りの夜、徳永は神谷という男と出会います。
神谷もお笑い芸人でこの祭りに呼ばれていたのですが、暴言を連発して主催者を激怒させていました。
ただ神谷には純粋無垢なところがあり、その姿を見て徳永はこの人こそが真実なのだと悟ります。
そして徳永は神谷に声をかけられ、二人で飲みに出掛けます。
お互いに自己紹介し、スパークスというコンビの徳永、あほんだらというコンビの神谷だということが分かりました。
年は徳永が20歳で神谷が24歳です。

芸人の世界では先輩が後輩に奢るのが当然とのことで、神谷は徳永に「俺が奢る」と言って譲りませんでした。
これは後輩の方が売れている場合はお互いに気まずいのではないかなと思います。
徳永が神谷に「弟子にしてくれ」と頼むと神谷は一つだけ条件を出してきました。
それは「俺のことを忘れずに覚えといて欲しい」というもの。
何となく物語が進むにつれて神谷は消えていき、徳永は上り調子になっていくのかなという予感がしました。
この飲みでは神谷が漫才について熱く語っていました。

「漫才は面白いことを想像できる人のものではなく、偽りのない純正の人間の姿を晒すもんやねん。つまりは賢い、には出来ひんくて、本物の阿呆と自分は真っ当であると信じている阿呆によってのみ実現できるもんやねん」

これは本当にそうなのかなと思いました。
漫才のネタを考えるには頭を使わないといけなくて、賢さが求められるのではと思っていたからです。
「漫才」というものをどう考えるかによって変わってくるのだと思います。
神谷の場合は事前にネタを考えて準備するよりも、超自然体であることこそ真の漫才師と考えているようです。

熱海の花火大会から一年が経過。
神谷は大阪での活動に限界を感じたらしく、拠点を東京に移すことにしました。
徳永のスパークスは、徐々にではありますが出番が増えていました。

神谷が吉祥寺に住むということで、二人で街を歩いて井の頭公園に行ったりしていました。
神谷が語った「なぜ秋は憂鬱な気配を孕んでいるのか」は興味を惹きました。
神谷の見解は「昔は人間も動物と同様に冬を越えるのは命懸けで多くの生物が冬の間に死んだ。その名残で冬の入口に対する恐怖がある」というものです。
私の場合は夏は蝉が鳴き虫達も鳴き、緑は力強く非常に躍動感があるのですが、それが秋になると蝉がいなくなりやがて虫達もいなくなり、緑は紅葉しやがて葉を落とし日も短くなり、どんどん静かになっていくからだと思います。
賑わいからの静寂は切ない気分になります。

「聞いたことあるから、自分は知ってるからという理由だけで、その考え方を平凡なものとして否定するのってどうなんやろな?これは、あくまで否定されるのが嫌ということではなくて、自分がそういう物差しで生きていっていいのかどうかという話やねんけどな」
ここから始まるP31~P33にかけての神谷の言葉はかなり哲学的でした。
そしてこれは作者の又吉直樹さん自身が考えている哲学だと思います。
ブログ友達がレビューで「又吉ってこんなに哲学的なのか」と驚いていたのがよく分かる、物凄く論理立てた哲学文章になっていました。

「笑われたらあかん、笑わさなあかん。って凄く格好良い言葉やけど、あれ楽屋から洩れたらあかん言葉やったな」
「あの言葉のせいで、笑われるふりが出来にくくなったやろ?あの人は阿呆なふりしてはるけど、ほんまは賢いんや。なんて、本来は、お客さんが知らんでいいことやん」

これはお笑い芸人が書く文学小説だからこそ出てくる言葉だなと思いました。
私は芸人を見る側なのでまさに「あの人は阿呆に見えるけどほんとは賢い」と思うことがあります。
それが芸人の側から見るとこう考えたりもするんだなと思いました。

徳永と神谷はそれぞれコンビなので相方がいます。
徳永の相方は山下、神谷の相方は大林です。
どちらも頻繁には登場しませんが、それぞれ徳永と神谷の相方が務まるのはこの人だと思えるものがありました。

神谷は真樹さんという人の家に居候しているのですが、そこに徳永が行った時の「ベージュのコーデュロイパンツのセンス」についての話はちょっとぞっとしました。
こういうことはたしかに起こり得るかも知れないなと思います。
意識せずに致命傷を与えてしまっていました。

やがて徳永の所属する事務所に大手の事務所から数組の後輩が移籍してきます。
彼らは優秀ですぐにライブを成功させてみせ、まだライブを企画したことすらない徳永は焦ります。
そして物語は佳境へ。
徳永は段々と活躍の場が増えていき、神谷はどんどん落ちぶれていきます。

「他を落とすことによって、今の自分で安心するという、やり方やからな。その間、ずっと自分が成長する機会を失い続けてると思うねん」
ネットで誹謗中傷する人に対する神谷の意見。
これは的を得ていると思います。
ただし、自分が悪いことをしているから批判されているのに、それを「誹謗中傷」と言って被害者のポジションに立つことを確信犯的にする人もいるため、そこを見極める目が重要になります。

徳永は神谷のお笑いへの純粋無垢さに怖れを抱いてもいますが、信頼してもいます。
神谷が相手なら芸人なのに喋るのが苦手な徳永でも普段よりよく喋れると胸中で言っていました。
徳永は神谷に恐れを抱いたり称賛したりしながらも、神谷の語る哲学の全てに感銘を受けているわけではないです。
自分の考えと照らし合わせ、決定的に相容れないものについては疑問を投げ掛けたり胸中で批判したりもしています。
つまり徳永には徳永の考えがあり、自分を持っているということが分かりました。

この頃、鹿谷というピン芸人が大ブレイクし、時代の寵児となります。
それを見て、神谷の相方の大林が言ったのが以下の言葉です。

「俺達がやってきた百本近い漫才を鹿谷は生まれた瞬間に越えてたんかもな」

鹿谷の天性のお笑いの才能に対するこの言葉は自分達との才能の差を悟ったものでした。
その場にいるだけで回りを笑わせられる驚異の才能です。
そしてこの鹿谷の天性の才能こそ、かつて神谷が言っていた「超自然体であることこそ真の漫才師」を体現しているような気がしました。

スパークスも鹿谷には及ばないまでも、テレビの番組に出たのがきっかけになって少しブレイクしていました。
ただその昇り調子にも終わりの時は来ます。

「火花(ひばな)」。
このタイトルに込められた意味は「一瞬の煌めき」のことだと思います。
夜の中で一瞬だけ火花が弾けるように、芸人として輝く一瞬。
漫才に懸けた徳永の青春の物語、売れる漫才師としては純粋無垢すぎた神谷の破滅の物語、この両方の物語になっていたと思います。
そこにスパイスとして加わる、神谷が漫才について語る時の凄い哲学的文章。
第153回芥川賞受賞に相応しい純文学小説だと思います。


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8 コメント

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おはようございます。 (栄子ママ)
2015-07-19 08:59:15
こちらは、雨が降っていますので
畑には行かず、ここへお邪魔しました・・・。

私も娘も又吉さんのファンです。

NHK・オイコノミアもずっと見ていますので、親戚のオバチャンになったような気分と言いますか、受賞のニュースも、とても嬉しく思いました。

母を真似て80歳になっても本を読んでいたいものです。右目と左目が別人のもののようになっていて疲れやすくなりました・・・。

ご近所の蓮の花が凛として美しくて

在りし日の 母の声知る 蓮(はちす)かな  栄女

一句できたつもり!

では、家事にとりかかります
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栄子ママさんへ (はまかぜ)
2015-07-19 16:54:24
そちらは雨ですか。
こちらも朝は雨が上がったばかりの曇り空でしたが、その後は晴れています
80歳になっても本は良いですね
私も長く読書していきたいなと思います。
蓮(はす)をはちすと読むのは知りませんでした。
即席で一句作るとはさすがです!
花を見ると気持ちが明るくなりますね
返信する
あづいー (latifa)
2015-07-20 08:58:54
はまかぜさん、こんにちは。
こちらは、梅雨明けして、酷暑に・・。
そちらはいかがでしょうか。

これ、芥川賞取りましたねー、すごい!
哲学的、まさにそうなんですよー、主人公と先輩の会話が、時にすごく深いんですよね。
知的レベル?の高いお笑い芸人さん達で、私には、ところどころハッキリ理解できたかどうか・・解らない部分があったりしました。
返信する
latifaさんへ (はまかぜ)
2015-07-20 11:35:48
こんにちは!
こちらも今日は朝から晴れて日差しが強く、真夏の暑さになっています。

記事にあるブログ友達のレビューは、latifaさんのレビューのことだったりします。
latifaさんのレビューを読んだらかなりレベルの高い作品のような気がして興味を持ちました。
本当に芥川賞を取るとは凄いなと思います。

私も漫才論について熱く語る部分や批評について熱く語る部分など、何度か読み返さないと理解できない部分がありました。
この哲学的会話はかなり印象的で、「火花」を形作る大事な要素になっていると思います。
返信する
Unknown (ビオラ)
2015-07-24 04:56:56
火花の受賞、驚きました。
パリに行く直前、成田空港のANAのラウンジに、新聞が置いてあるのですが、スポーツ新聞の1面に大きく又吉さんが掲載されていて、読みました。
元々吉本の広報に、エッセイを掲載したりしていて、その文才は、知られたものだったようですね。
火花は、実体験を元に書かれている部分が多そうですね。
今回大きく当たりが出たので、次作はさらに期待や注目度が高まりますね。
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ビオラさんへ (はまかぜ)
2015-07-24 12:27:27
文才はもともとかなりあったようですね。
本との縁も深いようです。
お笑いを舞台にしているだけに、やはり実体験を元にしている部分はありそうです。
なかなか哲学的で興味深い文章だったので、次の作品も読んでみたいなと思います
返信する
芸人の裏話 (iina)
2015-08-24 09:30:09
文藝春秋で芥川賞受賞作を読みました。

「火花」は、芸人の裏話ですね。
問題を起こす先輩タイプは、いるものです。本心か芸のこやしで演じているのか、わからぬ者もいますネ。師匠宅でウンチして
しこたま叱られたと放言するのは、果たしてどちらでしょうネ?

川柳川柳がその本人ですが、熱烈なファンも多く笑わせます。川柳が出た寄席に、後で出演した師匠が楽屋で何ごとかあった
らしく、枕で川柳のことを狂ってると怒ってました。 問題児といっても84才ですが、日頃から問題行動を起こす芸人のようです。
http://eplus.jp/sys/T1U14P002155985P0050001

さて、又吉直樹さんは、次は何を題材に選ぶのでしょうね。

返信する
iinaさんへ (はまかぜ)
2015-08-24 20:30:38
たしかに本気なのかそれとも演じているのか分からない人っていますね。
俳優でも竹中直人さんが本気なのか演じているのか分からないと、私の母が言っていたことがあります。

又吉直樹さん、次は芸人以外の話に挑戦しそうな気がします。
もともと本が好きでかなりたくさん読んでいて、さらに「火花」を読むと文章力もなかなかのものなので、どんな作品が出てくるのか楽しみです
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