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読書日和

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「こころと人生」河合隼雄

2017-03-18 20:39:56 | 心理学・実用書


今回ご紹介するのは「こころと人生」(著:河合隼雄)です。

-----内容-----
鋭い目で人生の真実を見抜くのびやかな子ども時代、心の奥深くに得体のしれぬものを抱えて苦しむ青年期、最も安定しているはずの時期に最も大きなこころの危機を迎える中年期、生きるということの意味を再び問いなおす老年期―。
人生のそれぞれの時期のこころの問題を、臨床家としての目がこまやかに温かくとらえた講演集。

-----感想-----
今は亡き臨床心理学者、河合隼雄さんの「四天王寺カウンセリング講座」での講演をアレンジして、子ども、青年、中年、高齢者とライフサイクルに合わせて4つの章で構成したのが本書です。
講座は一般の方向けの大学オープン講座のようなもので、お年寄りの方も結構聞きに来られていたようです。
読んでみると講演での言葉をそのまま文章にしていて、とても親しみやすく読みやすかったです。
まず冒頭の「はじめに」に次の言葉がありました。

P5「苦悩を通じてこそ、自分の新しい生き方を探し出したり、自分の人生の意味について新しい発見をされたりすることになる。」
これは「だから苦悩は良いことです。苦悩しなさい」と言っているわけではなく、「苦悩するのは嫌なものですが、苦悩に直面した場合、嫌なことはありながらも何かしら良い面もある」という意味合いと受け取りました。
たしかに苦悩に直面した場合、その後の考え方や人生に何かしら変化が出てきて、それが良い変化の場合もあるかなと思います。


「Ⅰ 子どもは素晴らしい」
中学二年生の女の子が学校へ行かなくなった例を挙げて講演されていました。

P33「自然科学は発達したが、子どもを自分の意思で学校に行かせることはできない」
河合隼雄さんに次のように言われた人がいるとのことです。
「先生、何とかならんのですか。これだけ科学が発達して、ボタン一つでロケットが飛んで人間が月へ行っている時代ですよ。うちの子どもを学校へ行かせるようなボタンはないんですか」
自然科学の力で物を動かすことはできても子どもを自分の意志で学校に行かせることはできないということで、河合隼雄さんは「ここが人間の素晴らしいところだと思うんです。」と言っていてこの感性がとても印象的でした。
人間の心は機械のように決まったパターンで動くわけではなく、日によって心の中は常に変わっていて、さらに一人ひとりが違う心を持っていて、その奥深さを尊重しているのがよく分かる言葉でした。

P40「そのとき、その人には、世の中がそういうふうに見えているわけです。ですからわれわれは、その方がそういうふうに思っておられるんだったら、とにかく一生懸命に聴かせてもらいましょう、と思ってその方の話を聴くわけです。」
この姿勢は凄いと思います。
一般の人だとすぐに「そんなことない」「それは違う」と反論したり諭そうとしたりする場面で、カウンセラーの人は相手の話を聴く姿勢を取り、これは言葉で書くと簡単そうですが実際にやるのは簡単ではないと思います。
また単に「うん、そうだね」と話半分で聞いているだけの状態とは違い、それを表すためにこのページでは聞くを「聴く」という字に変えているのだと思いました。
もし話半分で聞いているだけだと、相談に来られた方(クライエント)がそのような姿勢を敏感に察知して、二度と来なくなる場合があると思います。

P44「一週間に一度、それも一時間のカウンセリングに、意味はあるのか」
河合隼雄さんにこのように言った方によると、「人が変わるというのは大変なことで、人を変えようと思ったら、それこそいろいろと訓練しないと駄目なのに、そんな一週間に一時間だけ話しに来て、意味がありますか」とのことです。
河合隼雄さんは「たったの一時間ですけれど、一時間真剣に話をするということは、普段のわれわれの生活の中ではすごく少ないと思われませんか」と言っていて、これは私もそう思いました。
例えばカフェなどで一時間友達と雑談し、その中で「人生とは何か」というある人の悩みがポロッと出て少しそれについて話すのと、「人生とは何か」というその人が抱えている悩みについてカウンセラーと一時間話すのとでは、同じ一時間でも中身がだいぶ違います。
また、「人が変わるというのは大変なことで、人を変えようと思ったら、それこそいろいろと訓練しないと駄目なのに~」という言葉を見て、この方は「カウンセラーが訓練してその人を変えている」と思っているのだなということが読み取れました。
これについてはアドラー心理学の本が興味深いことを書いていて、「相手を変えようと思ってもそれは無理なので、自分が変わるほうが良い」としています。
これまでに読んだ心理学の本から見て、カウンセラーの方は自らの手で相手を変えようと訓練しているのではなく、相手が自分自身の心と向き合い自らの意志で考えるための手助けをしているのだと思います。

P54「まず親の心が落ちついていること」
「こちらの心が落ちついていなくて、「きょう、学校でどんなことがあったの」とか、「早く言いなさい」とか、そういう調子で話しかけると、「ううん、別に」と子どもは言います。あれは、何か言うと怒られると思うから「別に」と言っているのです。」とあり、なるほどなと思いました。
また、「ふーん」や「そうなの」など、落ち着いた聞く姿勢を取っていると、不思議なもので子どもはその側へ来てベラベラ喋るとありました。
急かすように聞くのは逆効果で、落ち着いて向き合ってくれたほうが子どもも話しやすいのだと思います。


「Ⅱ 青年期の悩み」
P77「大昔は青年という言葉はなかった」
大昔は「少年」という言葉はあっても「青年」という言葉はなく、「青年」は明治時代の中頃になってから登場したとのことです。
西洋の近代に出てきた青年期を大事にする考え方が日本にも入ってきて、明治の特に新しがりの人たちが、今まで「少年」と呼んでいたのを「青年」という新しい言葉を作って呼んだとありました。

P82「無気力学生」
高校生や大学生で、本当に何もする気がせず、「いつ死んでもいいんだけれど、死ぬのも面倒くさいし、まあ、生きてようかというぐらいの感じの学生」とのことです。
「「まあ、生きてようか」と思うと生きていられるというのが現代の特徴」とあり、これは印象的でした。
昔は必死になって食べ物を探さないと生きていられなかったのが、現代は豊かな時代になり、ところが豊かになったことでかえってそういう無気力の人が出てきたとありました。

P90「「近頃の青年が悪い」と言いたい人は、「近頃の青年を育てたのは誰か」というのをまず考えるべき」
これはそのとおりで、何かと「最近の若い者は~」と言いたがる中高年の人たちが思い浮かびました
河合隼雄さんは「誰が悪いんですか。われわれが悪いんです。われわれの年齢の者が」と言っていて、凄い人だなと思いました。
中高年の人たちは何かと「最近の若い者は~」と言いたがりますが、まず前提として、その中高年の人たちがバブル期の頃に好き放題やった結果がその後長く苦しむことになった日本という状況があります。
長く苦しむことになった日本では若い人たちが就職難で苦しんだりもして、バブル期の頃の若い人たちよりも暗くなり気味でした。
その状況を無視して若い人たちが暗くなり気味な点だけを見て「最近の若い者は~」と言うから、若い人たちから嫌われたり相手にされなくなったりするのではと思います。

P110「村上春樹さんの『羊をめぐる冒険』」
「こころと人生」では河合隼雄さんが読んだ小説や本がよく出てきます。
その中で村上春樹さんの『羊をめぐる冒険』が出てきたのが特に印象的で、私が約10年前の2007年の5月に読んだものでした。
「羊をめぐる冒険(上)」村上春樹
「羊をめぐる冒険(下)」村上春樹
河合隼雄さんはこの小説を深層心理学的に見てもかなり興味深い小説と考えているようで、主人公の青年のことや、青年と「羊男」の対話について私とは全く違ういかにも心理学者な読み取り方をしていて面白かったです

P115「青年期に現れる中年の悩み」
ユング心理学を創始したカール・グスタフ・ユングは「人生の前半の悩みと、後半の悩みとは違う」と言ったとのことです。
そして「人生の前半は「いかに生きるか」ということが凄く問題なのに対し、人生の後半は「いかに死ぬか」ということのほうが大事」とありました。
その前半の問題と後半の問題がガラッと変わるのが中年という時期とのことです。
そして河合隼雄さんは「その中年の悩みをもうすでに若いときからガツンとひっかぶっている人がいるんじゃないかと思う」と言っていて、まさに『羊をめぐる冒険』の主人公の青年のような、何か物足りない雰囲気の人とのことです。

P121「人間というのは面白いもの」
「人間というのは面白いもので、簡単にはつかまえられない何かひじょうに深いことに関心があるからといって、浅いことに関心がないわけじゃない。浅いことにも深いことにも関心があるのが普通です。ただ、深いことにつかまってしまうと、浅いことができなくなる。」とありました。
浅いことは学校に行ったり運動をしたりすることで、深いことは人生後半の「いかに死ぬか」のことなどです。
若くしてその深いことに捕まってしまうと、たしかに学校に行ったり運動をしたりする気力が出なくなることはある気がします。
そして「その深いことがちょっとわかってくると、今度は浅いこともおもしろいとなる。」とあり、これは頭ごなしに「学校に行け!」などと言ったのでは逆効果で、深いことがちょっと分かる手助けをするほうが浅いことをする気力を取り戻すのに効果的ということだと思います。


「Ⅲ 中年の危機」
P129「中年は危険な時期」
アメリカでは最近になって「中年の危機」が注目されるようになってきたとのことです。
これは人生の前半の悩みと後半の悩みが入れ替わる時期とあることから、それだけ不安定になりやすいのだと思います。
そして「中年の危機」を非常に早くから言っていた学者がいて、それがカール・グスタフ・ユングでした。

P135「人生の前半と後半」
人生を太陽の動きで表すと、前半は上っていくのに対し、後半は沈んでいきます。
「ユングは人生の後半は「沈んでいく」ということがいったいどういう意味をもっているのかを問題にする、これが実に大事なことだ。そして、中年は、その大変な課題に突き当たっているときなのだ、と考えた」とありました。
たしかにこんな課題にぶつかって悩み続けることになってしまうと、かなり不安定になると思います。
それほど悩まずに済めばそれが一番良いと思います。

P145「長生きによる悩み」
医学が発達して物が豊かになり、みんな長生きできるようになったのですが、それとともに、「老いて死んでいくという大変なことを、みんなが一人ひとりやらなくちゃならなくなった」とありました。
平均寿命が今より短かった時代は定年後に高齢になる人自体が少なかったので、老後の老いて死んでいくということについて悩む人も少なかったようです。
豊かになった分新たな悩みが出てきたということで、「こころの処方箋」という本で河合隼雄さんが言っていた「ふたつよいことさてないものよ」という言葉が思い浮かびました。


「Ⅳ 老いを考える」
P184「眼鏡を忘れた時」
新幹線で読む小説を用意しておいて、新幹線に乗って「さあ読もう」と思ったら、眼鏡を忘れてきたことがあったとのことです。
その時、「ああ、これは休めということや。そんなカンカンになって本なんか読まなくても、窓の外にきれいな景色が見えてるんだから」と思ったとのことで、この考えは凄く良いと思いました。
うんざりした気分で新幹線の時間を過ごすより、窓の外の景色を楽しむほうに気持ちを向けたほうが断然良いと思います。

P187「人間の成熟」
ユングは年を取ると何かも全部下がっていくのかというとそんなことはなく、「人間が成熟していくという点では、実は上がっていくんじゃないだろうか」と言ったとのことです。
体力や記憶力などは下がったとしても、人間の成熟度という上げていけるものがあるのは良いことだと思います。
そこにいると場を和ませてくれるお年寄りはいるもので、そういう人は人間の成熟度も高いような気がします。

P195「自分の世界」
ユングはさらに「私は、誰にも取られない自分のものをもっています」というふうな世界を本当につくれるのは、中年から老年にかけてではないか」ということを言っていたとのことです。
私はこの言葉を見て、縁側で庭の草木や空を眺めながらお茶を飲み、静かに時の流れを楽しむおじいさん、おばあさんの姿が思い浮かびました。
そんなお年寄りになれたら嬉しいです。


本を読んでいて、河合隼雄さんが講演しているのをそのまま聞いている気がしました。
それくらい言葉が楽しく親しみやすく、どんどん読んでいくことができました。
深層心理学を題材にした講座でこれだけ笑いを交えながら楽しく話せるのは凄いことで、こんな人の講座であれば聞く方も楽しく聞けて良かっただろうなと思います


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