Sightsong

自縄自縛日記

ミルト・ヒントン『East Coast Jazz / 5』、『The Judge at His Best』

2018-12-11 23:21:32 | アヴァンギャルド・ジャズ

ミルト・ヒントンを2枚。わたしはブランフォード・マルサリスの『Trio Jeepy』(1988年)でヒントンを知った、くらいの世代である。キャブ・キャロウェイのオーケストラに入っていたくらいの人だから、当然ながら、ブランフォードなんて新しい新しい。

『East Coast Jazz / 5』(Bethlehem、1955年)はクラリネット入りのカルテット。『The Judge at His Best』(Chiaroscuro、1973-95)は、ルビー・ブラフ、ズート・シムズ、ハンク・ジョーンズ、ライオネル・ハンプトン、デレク・スミス、バッキー・ピザレリなど名手たちとの共演集。

あらためて聴いてみると、丸くも強くも音が立っていて、目立っていて、喜ばせようとする愉しさもある。やっぱり素晴らしいな。

ヒントンが持ってきた8ミリで、あの有名なハーレムでの記念写真の様子を撮ったフッテージが収録されたドキュメンタリーが、『A Great Day in Harlem』である。ヒントンも思い出を語っている。また観たくなってきた。

A. J. Sciacca (cl)
Milt Hinton (b)
Dick Katz (p)
Osie Johnson (ds)

Milt Hinton (b)
Ruby Braff, Dick Hyman, Zoot Sims, Joe Venuti, Hank Jones, Jay McShann, Lionel Hampton, Kenny Davern, Flip Phillips and Bucky Pizzarelli, etc.

●ミルト・ヒントン
ジーン・バック『A Great Day in Harlem』(1994年)
アート・ファーマー+リー・コニッツ『Live in Genoa 1981』(1981年)

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ジョルジョ・アガンベン『スタシス』

2018-12-11 07:51:08 | 思想・文学

ジョルジョ・アガンベン『スタシス 政治的パラダイムとしての内戦』(青土社、原著2015年)を読む。

もはや国家間の紛争が解体されているような現在にあって(著者は湾岸戦争をかろうじて最後の国家間紛争であったとする)、内戦(スタシス)とは何を意味するか。著者は都市と家族、一般と個別とがないまぜになったせめぎ合いを見出している。

そう言われてみれば、都市か国家に「家族」を見出すことも、ミシェル・フーコー的な生政治が浸食してきていることも、おぞましい姿とともにイメージすることが容易に可能だろう。スタシスにおいては、大きなものと卑近なものとが区別されない。逆に、家族や心の内部を通じて大きなものを支配するためのコードが出来ているということである。これは怖ろしい。

ここで著者は言ってのけている。「生としての生が政治化されうる唯一の形式は、死への無条件な露出、つまり剥き出しの生なのである。」と。そのことと関係するように、本書の後半では、「人民」と「マルチチュード(群がり)」との違いを論じている。支配は「人民」を通じてなされる。しかし人間をある同質性で表徴させるような「人民」などは存在せず、人間に引き寄せたありようは「マルチチュード」なのであり、そのふたつが分断されているのだ、と。前半の議論では都市と家とのせめぎ合いの中に「スタシス」が、そして後半では「マルチチュード」の統一と解体との間に「スタシス」が位置付けられているわけである。

そう見てみれば、政治の文脈でなにかを括って語ることが(それが抵抗的手段であったとしても)、もとより分断を孕んでおり、「スタシス」の可能性を秘めていることが納得できる。

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リッキー・リー・ジョーンズ『Pop Pop』と『Pop Pop at Guthrie Theater 1991』

2018-12-11 00:17:36 | ポップス

リッキー・リー・ジョーンズ『Pop Pop』(Geffen、1991年)は、彼女がカバー曲ばかりを歌ったアルバムである(最近はじめて聴いた)。

Rickie Lee Jones (vo, g)
Robben Ford (g)
Michael O'Neill (g)
Charlie Haden (b)
John Leftwich (b)
Walfredo Reyes, Jr. (bongos, shakers)
Bob Sheppard (cl, ts)
Joe Henderson (ts)
Dino Saluzzi (bandoneon)
Charlie Shoemake (vib)
Steven Kindler (vln)
Michael Greiner (hurdy-gurdy)
April Gay, Arnold McCuller, David Was, Donny Gerrard, Terry Bradford (backing vo)

なんというか、凄いメンバーである。チャーリー・ヘイデン、ディノ・サルーシ、ジョー・ヘンダーソン。ボブ・シェパードはこういうところに出てくるんだな(この間、ピーター・アースキンのバンドで観た)。曲によってメンバーをうまく変えていて、個人技も楽しめる。「My One and Only Love」や「The Ballad of the Sad Young Men」でのヘイデン、サルーシ、ロベン・フォードとのカルテットとか、ジョーヘンが吹いている「Bye Bye Blackbird」とか、なかなか最高である。

もちろんリッキー・リーの鼻にかかったような歌声がまた魅力的。(なのに、ウィキペディアによれば、レナード・フェザーはひどい言い方である。かれにはわからなかったのだろう)

同じ1991年の、このコンセプトで行った2枚組ライヴ盤『Pop Pop at Guthrie Theater 1991』(JM、1991年)がある。こちらは豪華メンバーを集めることができなかったようなのだが、これはこれで普段着みたいで悪くない。

Rickie Lee Jones (vo, g, p)
Michael O'Neill (g, vo)
Sal Bernardi (accordion, g, harmonica, vo)
John Leftwich (b)
Keith Fiddmont (sax)
Ed Mann (perc, vib)

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Ten meeting vol.2@阿佐ヶ谷天(フローリアン・ヴァルター)

2018-12-10 22:55:22 | アヴァンギャルド・ジャズ

阿佐ヶ谷天にて、フローリアン・ヴァルターの今回最後のギグ(2018/12/9)。

■ 森順治+玉響海星  

Junji Mori 森順治 (fl, bcl, as)
tamayurahitode 玉響海星 (biwa, voice)

海星さんは弦を押さえて音を殺し、森さんはフルートでやはり抑制的。静寂と隙間がかなり支配する中で、海星さんがいきなり叫んで驚かされる。何とも言えない世界を創ろうという策動、森さんの音は邦楽のように響く。やがてバスクラに持ち替えるのだが、その押し引きによって説得力を持たせたかと思うと、ネックを取り、分解し、あらぬ所にあらぬものを結合させ、果てはベルから声を吹き込む。まるで『どろろ』であり、その証拠に海星さんはまだ憑依している。森さんはアルトを吹き、海星さんの叫びとシンクロさせた。

■ 紺野将敬+横山玲+堀込美穂

Shokei Konno 紺野将敬 (ds)
Rei Yokoyama 横山玲 (b)
Miho Horigome 堀込美穂 (g)
 
延々と作業のように続くサウンド、それゆえに愉しい。朦朧とする。
 
 

■ フローリアン・ヴァルター+山崎正明+玉響海月

Florian Walter (as)
Masaaki Yamazaki 山崎正明 (g)
tamayurakurage 玉響海月 (perc)  

海月さんは内省的、山崎さんが探るように音を出す。その音空間に、ヴァルターが目覚めよと言わんばかりの楔をさし、それは痙攣へと移行した。呼応して山崎さんはゆっくりとした物語を、海月さんはガラスや生木や金属のマテリアル世界を展開する。やがてヴァルターのマルチフォニックスもあり、サウンド全体が混然一体としてきた。だがそれはまた、ヴァルターが起爆剤を仕掛けて別のサウンドへと跳躍する。

山崎さんの地鳴りのごとき音、ヴァルターの活きたバブル音。サックスを上に向けて水が沸騰するようなサウンドも披露した。山崎さんは鐘の音により運命を思わせる。海月さんは、待ち、また念を発する。絶えざる変化と円環。

■ 森順治+フローリアン・ヴァルター

Junji Mori 森順治 (as)
Florian Walter (as)

嬉しいことにこのデュオが実現した(年齢差は倍以上)。その面白さは、シームレスで連続的な森さんと、断絶と再構築のヴァルターの違いにもあった。

終わってからヴァルターのレコーディングの話も聞いた。来年には2枚の実に興味深い作品が世に出そうである。

Fuji X-E2、7artians 12mmF2.8、XF60mmF2.4

●フローリアン・ヴァルター
フローリアン・ヴァルター+直江実樹+橋本孝之+川島誠@東北沢OTOOTO(2018年)
フローリアン・ヴァルター+照内央晴+方波見智子+加藤綾子+田中奈美@なってるハウス(2017年)
フローリアン・ヴァルター『Bruit / Botanik』(2016年)
アキム・ツェペツァウアー+フローリアン・ヴァルター『Hell // Bruit』(2015年)

●鵺魂
Cool Meeting vol.1@cooljojo(2018年)
宙響舞@楽道庵(2017年)

●森順治
松風M.A.S.H. その3@なってるハウス(2018年)
松風M.A.S.H. その2@なってるハウス(2017年)
鳥の未来のための螺旋の試み@ひかりのうま(2017年)
毒食@阿佐ヶ谷Yellow Vision(2017年)
松風M.A.S.H.@なってるハウス(2017年)
林ライガ vs. のなか悟空@なってるハウス(2017年)
リアル・タイム・オーケストレイション@Ftarri(2016年)
森順治+高橋佑成+瀬尾高志+林ライガ@下北沢APOLLO(2016年)
本多滋世@阿佐ヶ谷天(2016年)
M.A.S.H.@七針(2016年)
森順治+橋本英樹@Ftarri(2016年)
M.A.S.H.@七針(2015年) 

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マイケル・フォルマネク『Time Like This』

2018-12-08 09:51:16 | アヴァンギャルド・ジャズ

マイケル・フォルマネク『Time Like This』(Intakt、2018年)を聴く。

Michael Formanek (b)
Tony Malaby (ts, ss)
Kris Davis (p)
Ches Smith (ds, vib, Haitian Tanbou)

枯草から血流まで同時にあわせもつテナーはトニー・マラビーしかいないのではないかと思える。本盤でもずっとサウンドをそのあり得ない音で覆っているのだが、他のメンバーも曲者ばかりであり、マラビーの下でじっとしているわけではない。

クリス・デイヴィスが差し込んでくる音をクリスタルの楔だとすれば、チェス・スミスのドラムスもヴァイブも安寧に対する亀裂のようなものであり、両者とも文字通り「刺激」。リーダーのマイケル・フォルマネクも実はよく聴いてみると変拍子でおかしなことをやっている。

ライヴでかれらの挙動に満遍なく視線を行き渡らせたいところ。

●マイケル・フォルマネク
サムスクリュー『Ours』、『Theirs』(2017年)
メアリー・ハルヴァーソン『Code Girl』(2016年)
メアリー・ハルヴァーソン『Thumbscrew』(2013年)

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スティーヴ・キューン『To And From The Heart』

2018-12-08 00:03:51 | アヴァンギャルド・ジャズ

スティーヴ・キューン『To And From The Heart』(Sunnyside、-2018年)を聴く。

Steve Kuhn (p)
Steve Swallow (b)
Joey Barron (ds)

やはりここで甘い腐乱臭とともに聴く者を変態世界に引きずり込むのはスティーヴ・スワロウなのだ。聴くたびに変態変態と言ってしまい失礼なようだが仕方がない。

かつては同じような香りを放っていたキューンは、いまでは流麗さばかりが目立つ。だが「Never Let Me Go」ではついつい本性が出たかのようにプレイする。

●スティーヴ・キューン
ジェイムスズー『Fool』(2016年)
スティーヴ・キューン『Jazz Middelheim 2015』(2015年)
アート・ファーマー『Sing Me Softly of the Blues』(1966年)

●スティーヴ・スワロウ
カーラ・ブレイ『Andando el Tiempo』(2015年)
スティーヴ・キューン『Jazz Middelheim 2015』(2015年)
カーラ・ブレイ+アンディ・シェパード+スティーヴ・スワロウ『Trios』(2012年)
チャーリー・ヘイデンLMO『Time/Life』(2011、15年)
スティーヴ・スワロウ『Into the Woodwork』(2011年)
ケニー・ホイーラー『One of Many』(2006年)
ポール・モチアン『Flight of the Blue Jay』(1996年)
日野元彦『Sailing Stone』(1991年)
ゲイリー・バートンのカーラ・ブレイ集『Dreams So Real』(1975年)
ゲイリー・バートン+スティーヴ・スワロウ『Hotel Hello』(1974年)
アート・ファーマー『Sing Me Softly of the Blues』(1966年)
ポール・ブレイ『Complete Savoy Sessions 1962-63』(1962-63年)

●ジョーイ・バロン
ヤコブ・ブロ『Streams』(2015年)
スティーヴ・キューン『Jazz Middelheim 2015』(2015年)
ジョン・ゾーン『Spy vs. Spy』(1988年)

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大倉正之助『破天の人 金大煥』

2018-12-06 21:53:26 | アヴァンギャルド・ジャズ

大倉正之助『破天の人 金大煥』(アートン、2005年)を読む。

晩年の金大煥と近い関係にあった人による伝記。また著者だけでなく、金大煥の存在に魅入られた人たちの言葉も多く収録されている。もちろん韓国最初のフリージャズユニットを組んだ姜泰煥と崔善培。さがゆき。姜垠一。大木雄高。近藤等則。(さがゆきさんの思い出は面白くてつい笑ってしまう。)

わたしは金大煥のプレイをナマで観ることができなかった。もっと早くからこの凄みに気付いていれば・・・。それにしても、本当に極端で愉快な人だったんだろうな。

著者も共演した1994年のライヴ(金大煥、崔善培、広瀬淳二、大倉正之助)は、残念ながらクラウドファンディングの目標額に届かず、リリースされなかった。わたしも手を挙げたよ。本当に惜しい。

●金大煥
齋藤徹ワークショップ「寄港」第ゼロ回@いずるば(2017年)
友惠しづね+陸根丙『眠りへの風景』
(2012年)
金大煥『黒雨』(1991年)
ジャズ的写真集(6) 五海裕治『自由の意思』

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デイヴィッド・ダーリング+ウールー・ブヌン『Mudanin Kata』

2018-12-05 08:18:03 | 中国・台湾

デイヴィッド・ダーリング+ウールー・ブヌン『Mudanin Kata』(Panai、2002年)を聴く。

David Darling (cello)
ウールー村のブヌン(布農)族 (chorus)

ブヌン(布農)族は台湾原住民(先住民のことをそう称する)のひとつであり、昔から混成合唱に秀でていたという。本盤はチェロのデイヴィッド・ダーリングが2002年に現地で共演したときの記録。

いきなり子どもたちのコーラスがあって驚く。耳の奥に引っかかる低音がダーリングのチェロ。それだけではなく色々な人が登場して、鳥や風など自然の音が聴こえる中で、多彩なコーラスを披露する。ダーリングは気持ちよさそうに溶け込み、異物を異物としてチェロを弾く。意図的な出会いであることを隠さないことによって、作為的でない気持ち良い音楽となっている。

●参照
Sakurazaka ASYLUM 2013 -TAIWAN STYLU-
(2013年)
Panai『A Piece of Blue』、Message『Do you remember the days when we could communicate with ...』(2008年)

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藤井誠二『沖縄アンダーグラウンド』

2018-12-05 00:57:31 | 沖縄

藤井誠二『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』(講談社、2018年)を読む。

戦後、生きていくために、沖縄において多くの人たちが売春をせざるを得なかったことはよく知られた史実である。その名残が、那覇市の辻や栄町社交街、宜野湾市の真栄原新町、コザ市(沖縄市)に見られたこともよく知られている。しかし、それが現在までどのように変貌してきたかを知る者は極めて少ないに違いない(特に、「本土」の者にとっては)。本書は、その実態をとらえようとしたものである。

沖縄の施政権返還を直前にした1969年、売春人口の比率は約3%にものぼったという。復帰後に売春禁止法が施行されてからも、その「機能」は存続した。一方では米兵によるレイプも多発し続けた。そのため、「特飲街」を市民の安全確保のために必要な機能(「性の防波堤」)と考える者も少なからずいた(その言説を外部に居ながら使う醜悪さについては言うまでもない)。

だが、2010年頃から、「浄化」の名のもとに、「特飲街」を潰す市民運動と自治体の動きが激しくなり、まずは真栄原新町が壊滅し、業者らはコザの吉原などに流れていった。その吉原でも同じような展開があった。街はゴーストタウンと化した。実際のところ、そのような場では、「本土」から借金に困り流れてくる女性たちが少なからずいた。そしてその仲介役はやくざが担ったと推察されるが、沖縄では、組織的な活動ではなく個人が「勝手にやった」のだとされているようだ。

「浄化」という言葉や、売春を行う者の生活態度などについては、多くの見方があるだろう。しかし著者は、敢えてどちらの立場を取ることもなく、共同体から排除された女性たちを、ひとりひとり異なる個人として接し、調査している。女性の側も、自分たちが生きてきた場の実態を誰かに知ってもらいたいがために、調査に応じている。この声の積み重ねには圧倒される。著者はこのように書いている。「個別の問題を切り捨てて、既成の価値観でひと色に決めつけてしまっては、それこそ「浄化運動」と同じ次元になってしまうだろう」と。

本書では沖縄やくざの歴史についても追っている。中島貞夫『沖縄やくざ戦争』松尾昭典『沖縄10年戦争』でも描かれながら、それらがあまりにも現実に沿っているため、沖縄で上映できなかったということを考えると、このルポは外部者の著者だからこそできたのではないかと思えてくる。

そしてまた、『モトシンカカランヌー』を撮ったNDUと撮られたアケミ、売春の現場をルポし続けた佐木隆三、二重の差別構造・格差構造に晒された奄美人たち。さまざまな人たちが登場する。とても興味深い。

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元ちとせ『元唄』

2018-12-04 00:42:08 | ポップス

元ちとせ『元唄』(Augusta Records、-2018年)を聴く。

元ちとせ(唄、三味線、お囃子)
中孝介(唄、三味線、お囃子)(track 1, 2, 5, 6)
民謡クルセイダーズ(track 7):
田中克海 (g)
DADDY U (b)
Moe (key)
Sono (timbales)
Mutsumi Kobayashi (bongos)
Irochi (congas)
山内ステファン (tp)
大沢広一郎 (sax)
meg、田中克海、Daddy U、Moe、大沢広一郎、山内ステファン (cho)

奄美の島唄を集めたミニアルバム。

もちろん中孝介の中性的な声は良いのだが、元ちとせは口蓋と喉を広げて鼻から抜く、彼女の次第に強くなってきたスタイル。声量のことは置いておいて、これが元ちとせなのだと思えばよいのだ、何年もぶつぶつ言っていないで。とは言え、「行きゅんにゃ加那節」なんて彼女のCDデビュー盤『故郷・美ら・思い』(1996年)での同曲の歌唱のほうがやはり真っすぐで力があって好きなのだが、何度も聴いているうちに、元ちとせだったら何でもいいやと思えてくる不思議。

白眉は、民謡クルセイダーズが参加した「豊年節」(『Echoes of Japan』も良かった)。こうも賑々しく別音楽の介入によって盛り上げられると元ちとせの魅力が増すようだ。登川誠仁『Spiritual Unity』における中川敬らの参加、また、大島保克『今どぅ別り』におけるオルケスタ・ボレの参加が、かれらの声に活力を与えたように。

●元ちとせ
元ちとせ『平和元年』(2015年)
元ちとせ『Orient』(2010年)
元ちとせ『カッシーニ』(2008年)
元ちとせ『Music Lovers』(2008年)
元ちとせ『蛍星』(2008年)
『ミヨリの森』(2007年)(主題歌)
元ちとせ『ハイヌミカゼ』(2002年)
元ちとせ×あがた森魚
『日本地図から消えた島 奄美 無血の復帰から60年』(ナレーターとして参加)
『ウミガメが教えてくれること』(出演)

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ハーヴェイ・ソルゲン+ジョー・フォンダ+マリリン・クリスペル『Dreamstruck』

2018-12-03 23:32:08 | アヴァンギャルド・ジャズ

ハーヴェイ・ソルゲン+ジョー・フォンダ+マリリン・クリスペル『Dreamstruck』(Not Two、2018年)を聴く。

Harvey Sorgen (ds)
Joe Fonda (b)
Marilyn Crispell (p)

ジョー・フォンダとマリリン・クリスペルとの共演に惹かれて入手した。このドラマーについては知らなかったのだが、Not TwoだけでなくESPやLeoからもリーダー作を出しているヴェテランなのだった。

期待して何度も聴いたのだけど、どうも突出したところがない。神がかっていなければマリリン・クリスペルを聴いたことにはならない。

●マリリン・クリスペル
マリリン・クリスペル+ルーカス・リゲティ+ミシェル・マカースキー@The Stone(2015年)
「ニューヨーク、冬の終わりのライヴ日記」(2015年)
ガイ+クリスペル+リットン『Deep Memory』(2015年)
プール+クリスペル+ピーコック『In Motion』(2014年)
ゲイリー・ピーコック+マリリン・クリスペル『Azure』(2011年)
クリスペル+ドレッサー+ヘミングウェイ『Play Braxton』(2010年)
ルイス・モホロ+マリリン・クリスペル『Sibanye (We Are One)』(2007年)
マリリン・クリスペル『Storyteller』(2003年)
マリリン・クリスペル+バリー・ガイ+ジェリー・ヘミングウェイ『Cascades』(1993年)
ペーター・ブロッツマン
エバ・ヤーン『Rising Tones Cross』(1985年)
映像『Woodstock Jazz Festival '81』(1981年)

●ジョー・フォンダ
ジョー・フォンダ+永田利樹@渋谷メアリージェーン(JazzTokyo)(2018年)
バリー・アルトシュル『The 3Dom Factor』(2012年)

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フローリアン・ヴァルター+直江実樹+橋本孝之+川島誠@東北沢OTOOTO

2018-12-03 07:42:19 | アヴァンギャルド・ジャズ

ドイツのフローリアン・ヴァルターが再来日し、その初日のギグ(2018/12/2)。

Florian Walter (as)
Miki Naoe 直江実樹 (radio)
Takayuki Hashimoto 橋本孝之 (as, harmonica)
Makoto Kawashima 川島誠 (as)

ファーストセット、ヴァルター+直江。ラジオからノイズが漏れ聞こえてくるが、同時にヴァルターも息を吹き込んでおり、いきなり共通の音領域に立ち入っている。やはりサックスのテクは大したもので、微分的な音、マルチフォニックス、循環呼吸を含め、ラジオとの間で、相互の領域侵犯が次々に行われた。

セカンドセット、ヴァルター+橋本+川島。ヴァルターは演奏前に「summit」だと笑って言ったが、それは冗談ではなかった。橋本さんのアルトは悲痛な叫びを放つ人間外の存在だが、それが社会から何かを獲得してゆく。川島さんのアルトは内面への訴えとそこから反射するように放出される情愛の奔流。ヴァルターはかれらを挑発することなくドライに並走しつつ、常に別の物語を語り始める。三者ともにアルトでありながら、三者がまるで阿ることなく共存しおおせた。

サードセット、全員。二者が三者になり四者となった。またしても脳のあちこちが刺激され続ける変貌また変貌。

ところで、ヴァルターは今年(2018年)のメールスでクリス・ピッツィオコスと共演したわけだが、そのデュオで今度の1月に録音を行う(メールスでの反響は凄かったが録音は良くなかったとのこと)。また、先月共演したTalibam!の4月来日について、など。意外にもヴァルターは米国に上陸したことがないそうだ。

それから川島さんのアメリカ。先日急逝した透過性分子の岩田裕成さんのこと。

Fuji X-E2、7artians 12mmF2.8、XF35mmF1.4

●フローリアン・ヴァルター
フローリアン・ヴァルター+照内央晴+方波見智子+加藤綾子+田中奈美@なってるハウス(2017年)
フローリアン・ヴァルター『Bruit / Botanik』(2016年)
アキム・ツェペツァウアー+フローリアン・ヴァルター『Hell // Bruit』(2015年)

●橋本孝之
山本精一+橋本孝之@大久保ひかりのうま(2018年)
#167 【日米先鋭音楽家対談】クリス・ピッツィオコス×美川俊治×橋本孝之×川島誠
特集 クリス・ピッツィオコス(2017年)
Psychedelic Speed Freaks/生悦住英夫氏追悼ライヴ@スーパーデラックス(2017年)
第三回天下一Buzz音会 -披露”演”- @大久保ひかりのうま(2017年)
内田静男+橋本孝之、中村としまる+沼田順@神保町試聴室(2017年)
橋本孝之『ASIA』(JazzTokyo)(2016年)
グンジョーガクレヨン、INCAPACITANTS、.es@スーパーデラックス(2016年)
.es『曖昧の海』(2015年)
鳥の会議#4~riunione dell'uccello~@西麻布BULLET'S(2015年)
橋本孝之『Colourful』、.es『Senses Complex』、sara+『Tinctura』(2013-15年)

●川島誠
照内央晴+川島誠@山猫軒(2018年)
川島誠+齋藤徹@バーバー富士(JazzTokyo)(2018年)
2017年ベスト(JazzTokyo)
川島誠@川越駅陸橋(2017年)
むらさきの色に心はあらねども深くぞ人を思ひそめつる(Albedo Gravitas、Kみかる みこ÷川島誠)@大久保ひかりのうま(2017年)
#167 【日米先鋭音楽家対談】クリス・ピッツィオコス×美川俊治×橋本孝之×川島誠(2017年)
川島誠『Dialogue』(JazzTokyo)(2017年)
Psychedelic Speed Freaks/生悦住英夫氏追悼ライヴ@スーパーデラックス(2017年)
川島誠+西沢直人『浜千鳥』(-2016年)
川島誠『HOMOSACER』(-2015年)

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伊藤匠+細井徳太郎+栗田妙子@吉祥寺Lilt

2018-12-03 00:11:26 | アヴァンギャルド・ジャズ

吉祥寺のLiltを訪ねてみると、以前にCafe dzumiが7階にあったビルの5階。(2018/12/2)

Takumi Ito 伊藤匠 (ts, effector)
Tokutaro Hosoi 細井徳太郎 (g, effector)
Taeko Kurita 栗田妙子 (p)

伊藤さんについては某氏にバンド「Daitokai」の面白さを聞いてから興味津々だった。もちろんあちこちで評判を見かける細井、栗田両氏についても。そんなわけで恰好の機会。

サックスの音は随分とぎくしゃくしている。細井さんのギターとエフェクターが、たゆたうような連続音からまるでジャズギターのスピーディな不連続音まで実に幅広く振れる。そして栗田さんのピアノはピアノの形を保って上から下までを駆け上がり駆け下る。この三者三様の表現の音を伊藤さんが拾い、増幅しては空間を埋める。

しかも演奏するのは「曲」であり、俗と異次元との間を往還する。終盤に「Moritat」が奇妙な循環・重力空間に放たれることの面白さといったらない。

Fuji X-E2、7artisans 12mmF2.8、XF35mmF1.4

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ピーター・アースキン@ロサンゼルス The Baked Potato

2018-12-02 09:41:30 | アヴァンギャルド・ジャズ

ロサンゼルス(2018/11/29)。天候不良で飛行機が遅延したが、23:30からのギグには余裕で間に合った。Uberでハリウッド近くのThe Baked Potatoに駆けつけた。

Peter Erskine and Dr. Um:
Peter Erskine (ds)
Benjamin J. Shepherd (b)
John Beasley (key)
Bob Sheppard (sax)

扉を開けるとバッファーなくいきなり演奏の場。まだファーストセットの途中だったが、奥のバースペースに入れてくれた。セット間で席が空いて無事確保。

この人もレジェンドだ、ピーター・アースキン。はじめてナマで観る。そのプレイは実にしなやかで、ドラムやシンバルとスティックとが衝突する域で、見事なバランスの往還をみせる。力をたまに込めてもまったくノイジーではなく、聴き惚れる。衝突領域での力のバランスという点ではジャック・デジョネットにも共通するところがあるように思ったが、寸止めのようなフラストレーションを覚えることがあるデジョネットよりも好みだ。

Dr. Umというバンドの他のメンバーについては何も予備知識がない。ジョン・ビースリーの幽玄なキーボードも、テクで愉し気に攻めるベンジャミン・J・シェパードのエレベも面白い。ボブ・シェパードのスムースなサックスもあって、確かに、ウェザー・リポートにも共通する気持ちの良いサウンドになっていた。

Nikon P7800

ところで、お店の名物は文字通りベイクド・ポテトのようで、夕食も取っておらず空腹だったので、「ハム&チーズ」を食べた。量は多いがかなりいける。ステラ2本とともに完食。

終わってからアースキンにサインを頂戴した。

iphone

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夢Duo『蝉時雨 Chorus of cicadas』

2018-11-27 10:11:28 | アヴァンギャルド・ジャズ

夢Duo『蝉時雨 Chorus of cicadas』(Wildcat House、2017-2018年)を聴く。

Akemi Shoomy Taku 宅Shoomy朱美(vo, p)
Takayuki Kato 加藤崇之 (g)
Keiki Midorikawa 翠川敬基 (cello) (track 6)

やはり今年録音された、エレクトリック渦『yellow vision』(Full Design Records、2018年)はギンギンに過激で演者も面白がっているようで良い作品だったけれど、同じくShoomyさんと加藤さんとが吹き込んだ本盤はまるで対極にある。(『yellow vision』はこのふたりと藤巻鉄郎のドラムスとのトリオ)

本盤は埼玉県越生市の山猫軒が出しているレーベル「Wildcat House」の第3弾。いちどだけ行ったが、森の中の素敵な手作りの家である。

ここでもまさに夏の山猫軒、蝉の声に取り囲まれて演奏が行われている。「So in Love」ではたぶん誰かのスマホのシャッター音が聴こえるのだが、まったく気にならない。むしろあの山猫軒に座っているような感覚で、とても気持ちが良い。

もちろんShoomyさんの存在は知っていたし評判も聞いてはいたのだけれど、実際にライヴを観たのはようやく今年になってからである。思わぬ世界でちょっと動悸動悸して、それまで観なかったことを後悔した。本盤でもその世界が展開されている。抒情的な和音をゆっくりと独特の時間進行で連ねてゆき、そこに、微妙にかすれ微妙に揺れる、不思議感もなくはないヴォイスが重ねられている。どの曲も好きになるのだが、特に「So in Love」や「歩こうよ」にグッとくる。

そして加藤さんのガットギターによる軋みが、夢から別の夢に、またこちら側の世界に、揺り動かし連れていってくれる。悠然と弾いていたかと思いきや、終盤の「まわる まわる 目がまわる」では激しく遊び、最後の「歩こうよ」ではもっと前面に出てくる。

超オススメ。

●宅Shoomy朱美
原田依幸+宅Shoomy朱美@なってるハウス(2018年)
impro cats・acoustic@なってるハウス
(2018年)

●加藤崇之
松風鉱一カルテット@西荻窪Clop Clop(2018年)
松風鉱一カルテット+石田幹雄@新宿ピットイン
(2018年)
松風鉱一カルテット+石田幹雄@新宿ピットイン(2016年)
松風鉱一@十条カフェスペース101(2016年)
松風鉱一カルテット+石田幹雄@新宿ピットイン(2015年)
松風鉱一カルテット@新宿ピットイン(2012年)
松風鉱一カルテット、ズミクロン50mm/f2(2007年)
加藤崇之トリオ『ギター・ミュージック』の裏焼き(1989年)

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