Sightsong

自縄自縛日記

エレニ・カラインドルー『Elegy of the Uprooting』

2012-10-30 07:39:00 | ヨーロッパ

エレニ・カラインドルーの曲を演奏したコンサートを収めたDVD、『Elegy of the Uprooting』(ECM、2005年録画)を観る。カラインドルーもピアノで参加している。

曲の大部分は、『霧の中の風景』、『蜂の旅人』、『こうのとり、たちずさんで』、『ユリシーズの瞳』 、『永遠と一日』、『エレニの旅』など、テオ・アンゲロプロスの映画音楽だ。当然ながら、オーボエ、ハープ、アコーディオン、ライアー、フレンチホルンなどの楽器を演奏する様を観ていると、映画音楽としての位置とはまた違ったたのしみがある。深夜ゆえ少しだけ齧って寝ようと思ったのだが、結局、最後まで観てしまった。

それにしても良い曲ばかりである。毎回シャンテにアンゲロプロスの映画を観に足を運んだことを、どうしても思い出してしまう。浮かんでくるのは、ヨーロッパで、寒風に耐えながら、孤独に耐えながら、取り返しのつかない人生を送る人びとの姿だ。ギリシャならではの小さなライアーや、俗を体現するようなアコーディオンがたまらなく響く。

アンゲロプロスの映画にとって、カラインドルーは不可欠な存在だったのだな。ちょうどフェデリコ・フェリーニにとってのニーノ・ロータのように。

●参照
テオ・アンゲロプロスの遺作『The Dust of Time』

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鮭の会

2012-10-29 01:16:58 | 食べ物飲み物

編集者のSさんに、ご自宅での「鮭の会」にご招待いただいた。

以前は福島物だったが、原発事故があったため、今年は三陸物にしたのだということ。サラダ、フライ、ステーキ、イクラ丼、アラ汁。特にイクラ丼はねっとりとして、本当に旨かった。

ご馳走様でした。

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『けーし風』読者の集い(18) 抑圧とたたかう ― ジェンダーの視点から

2012-10-28 01:02:35 | 沖縄

『けーし風』第76号(2012.9、新沖縄フォーラム刊行会議)の読者会に参加した。参加者は6人。

話題はどうしても尖閣諸島問題になる。多くの者が、まるでそれぞれが国を引き受けているかのようなにわかナショナリストとなる中で、オスプレイ配備問題についての感度も鈍くなっている。一坪反戦地主会がビラを配っても、受け取る人が少なくなったばかりか、領土を護るためなのだから仕方ないではないかという反応さえあったという。

まさにこれが作られた誤解なのであって、輸送用のオスプレイはそのような目的には使われない上、沖縄に配備する必然性もない。むしろ日本政府が日米安保強化のために、日中の緊張を逆利用している感がある。

最近の朝日新聞による世論調査では、先の戦争が侵略戦争であったとする回答率が52%にとどまっていたという(!)。また、米国では、日本が右傾化しているという報道がなされている。日本国内では、自らを客観視できない状況になっているということだ。

ところで、米国が鳩山政権を潰したという側面が、なぜか日本で指摘されることが少ないとの意見があった。かつては、基地のある地の民放には、CIAの息がかかった日本人がかならず入っていたという。(読売新聞が、正力松太郎を通じて原子力推進をCIAと相互協力した事実は、有馬哲夫『原発・正力・CIA』という本に詳しい。>> リンク

このような事実は、容易に「陰謀論」扱いされてしまう。孫崎享『戦後史の正体』もそのような批判の対象になっている。ただ、『日米同盟の正体』では、その視点から沖縄がすっぽり抜けていたところ、最近の著作ではそのあたりは変わっているのだとの指摘があった。

【参考】
○かつて南米において、米国が都合の悪い者を消すための「暗殺者学校」と呼ばれる場所があったことは、ジャック・ネルソン・ポールミヤー『アメリカの暗殺者学校』に書かれている。
○また、やはり米国が育てたともいえるオサマ・ビン・ラディンの抹殺については、手嶋龍一『ブラック・スワン降臨』において、オバマ大統領が現実主義にシフトしていく様子を含め、書かれている。

●けーし
『けーし風』読者の集い(17) 歴史の書き換えに抗する
けーし風』読者の集い(16) 新自由主義と軍事主義に抗する視点
『けーし風』2011.12 新自由主義と軍事主義に抗する視点
『けーし風』読者の集い(15) 上江田千代さん講演会
『けーし風』読者の集い(14) 放射能汚染時代に向き合う
『けーし風』読者の集い(13) 東アジアをむすぶ・つなぐ
『けーし風』読者の集い(12) 県知事選挙をふりかえる
『けーし風』2010.9 元海兵隊員の言葉から考える
『けーし風』読者の集い(11) 国連勧告をめぐって
『けーし風』読者の集い(10) 名護市民の選択、県民大会
『けーし風』読者の集い(9) 新政権下で<抵抗>を考える
『けーし風』読者の集い(8) 辺野古・環境アセスはいま
『けーし風』2009.3 オバマ政権と沖縄
『けーし風』読者の集い(7) 戦争と軍隊を問う/環境破壊とたたかう人びと、読者の集い
『けーし風』2008.9 歴史を語る磁場
『けーし風』読者の集い(6) 沖縄の18歳、<当事者>のまなざし、依存型経済
『けーし風』2008.6 沖縄の18歳に伝えたいオキナワ
『けーし風』読者の集い(5) 米兵の存在、環境破壊
『けーし風』2008.3 米兵の存在、環境破壊
『けーし風』読者の集い(4) ここからすすめる民主主義
『けーし風』2007.12 ここからすすめる民主主義、佐喜真美術館
『けーし風』読者の集い(3) 沖縄戦特集
『けーし風』2007.9 沖縄戦教育特集
『けーし風』読者の集い(2) 沖縄がつながる
『けーし風』2007.6 特集・沖縄がつながる
『けーし風』読者の集い(1) 検証・SACO 10年の沖縄
『けーし風』2007.3 特集・検証・SACO 10年の沖縄

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2010年12月のシンポジウム「沖縄は、どこへ向かうのか」

2012-10-27 10:33:44 | 沖縄

2010年12月に開催されたシンポジウム「沖縄は、どこへ向かうのか」の報告ブックレット(沖縄大学地域研究所、2012年)を、読む。

セッション1では、名古屋で2010年に開かれた生物多様性条約の締約国会議COP10を経て、沖縄において、生物多様性を如何に維持していくのかという議論がなされている。目立つテーマとして、大浦湾、泡瀬干潟、やんばるの森が挙げられる。

河村雅美氏(沖縄・生物多様性市民ネットワーク)は、生物多様性の「政治化」、「プラスチックワード化」という点を提示している。政治化は現実的に避けることができない争点だが、科学の側からは、丁寧に政治運動に使ってほしいとの批判があったという。また、プラスチックワードとは、たとえば「開発」という定義が曖昧な言葉をいろいろな場所でいろいろな意図に使っていることを指すとのことだ。いずれもコミュニケーションの問題でもある。桜井国俊氏(沖縄大学)は、そのことを、「モグラ叩き」を超えようとの主張だと解釈している。

セッション2は、「尖閣諸島問題」を、沖縄からとらえ直そうとしている。

尖閣諸島問題が先鋭化したのは、1960年代末、この地域に石油資源の埋蔵の可能性があるということが明らかになってからだった。新崎盛暉氏は、それにもっとも早く反応したのが沖縄であったと指摘する。また台湾から発生した「保釣運動」(リーダーのひとりが現在の馬総統)は、中華民国の立場から、日本の植民地主義を批判することによって、当時の戒厳令下の国民党政府への批判と民主化の糸口にしたいとのねらいがあったのだという。そして、日中国交正常化(1972年)のときには、問題は「棚上げ」にされた。

ここで新崎氏は、その後の日本、中国、米国の主張やスタンスを整理する。それぞれに真っ当な主張と、馬鹿げた主張とがある。現在事あるごとに目立つのが後者の主張ばかりであり、いずれにしても、日本側の「領土問題は存在しない」というスタンスが不自然かつ強引なものであることがよくわかる。氏の主張で重要な点は、市民は観念的・抽象的な国家論に巻き込まれてはならないということ、そして地域から平和と利益を追求していくべきだということである。

また、ガバン・マコーマック氏(ジャパン・フォーカス)も、歴史を整理したうえで、現在の「独善的排他主義と軍国主義」を排し、沖縄が地の利を生かして東アジアの架け橋という国際的ビジョンを持つほかはないとしている。沖縄からの視点は、単なるローカルな状況にはとどまらず、中央集権を突き崩しうるものだということだ。

セッション3は、仲井真知事再選後の沖縄を評価している。島袋純氏(琉球大学)と宮城康博氏(元名護市議)による指摘は、具体的で、怖ろしいほどだ。日本政府の「振興」予算という暴力が、如何に沖縄の財政自主性を破壊し、ハコモノ多発によって運用費を圧迫しているかということである。さらに、島袋氏は、憲法よりも日米安保のほうが上位に置かれているのだという。また宮城氏は、今後、日本政府は自治体の関与を排除するだろうという。いずれも「認めなければならない現実」であり、極めて重要だ。司会の佐藤学氏(沖縄国際大学)は、カネに絡めとられないあり方を主張している。

問題意識がとても多く提示された冊子であり、ぜひ一読をすすめたい。

●参照
60年目の「沖縄デー」に植民地支配と日米安保を問う
前泊博盛『沖縄と米軍基地』
屋良朝博『砂上の同盟 米軍再編が明かすウソ』
渡辺豪『「アメとムチ」の構図』
渡辺豪『国策のまちおこし 嘉手納からの報告』
○シンポジウム 普天間―いま日本の選択を考える(1)(2)(3)(4)(5)(6
「名護市へのふるさと納税」という抵抗
『世界』の「普天間移設問題の真実」特集
大田昌秀『こんな沖縄に誰がした 普天間移設問題―最善・最短の解決策』
国分良成編『中国は、いま』
名古屋COP10&アブダビ・ジュゴン国際会議報告会
ジュゴンと生きるアジアの国々に学ぶ(2006年)
ジュゴンと共に生きる国々から学ぶ

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豊田駅前の「訶訶庵」

2012-10-26 01:20:30 | 関東

豊田といってもトヨタではなく、日野市にある中央線のトヨダ駅である。

所用があって実に久しぶりに足を運んだところ、駅前の回転寿司屋が、セブンイレブンに化けていた。以前何度か食べていて、そこも良いかなと思っていたのだ。そんなわけで、何か昼食を取ろうと歩いていて、「訶訶庵」(かかあん)という蕎麦屋を見つけた。

注文したかき揚げ丼の上には、かき揚げではなく、野菜天がいくつも載っていた。アレレと思いじっと見ると、かき揚げは、その下に隠れていた。そんなかき揚げ丼ははじめてだ。もちろん旨かった。

ところで、もっと足を延ばすと、「さくら町」がある。小西六が国産初のカラーフィルム・さくらカラーを製造していたことからつけられた地名であり、いまも、コニカミノルタの事業所がある。写真好きにとっては聖地のようなものだ。

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フィービー・ケイツ出演『パラダイス』

2012-10-24 08:00:38 | 中東・アフリカ

昔、フィービー・ケイツが割と好きで、『グレムリン』(1984年)やら映画雑誌やらを見てはああ可愛いなあと思っていた。

そんなわけで、ebay探索をしていると、まだデビューしたての10代の頃に出演した『パラダイス』(スチュアート・ギラード監督、1982年)の韓国版DVDを発見し、思わず入手してしまった(勿論、他の「ついで」に)。パッケージには英語と韓国語の字幕があると表記してあるが、実際のところ韓国語しか用意されていない。こんな製品を売っていいのか。しかし、英語も単純だしまあいいかと思いなおし、観た。

19世紀のバグダッドで、英国人の女の子と米国人の男の子が、悪辣なる族長たちに親を殺され、なんとか砂漠のオアシスに逃げ込む。そして、お互いを強く意識する。(それだけ。)

ストーリーは単純明快でご都合主義、演出も何もあったものではない。フィービー・ケイツのヌードシーンがやたらと多い。あとはノーコメント(笑)。

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北井一夫『ロザムンデ』

2012-10-23 01:02:50 | 写真

北井一夫『ロザムンデ』(1978年)は、「習志野少年少女オーケストラ」が、ウィーンの大会出場を果たしたときの様子を捉えた写真群である。

DVD版『北井一夫全集2』に収録されてはいるが、映像のクオリティが低く、ずっと欲しいと思っていた。しばらくしてから入手できたが、カバーは付いていない。いつか、現代の印刷で新版を出してほしい。

写真集は、オーケストラに参加した中学生たちの感想文と、北井一夫の写真からなる。

中学生たちは、放課後、音楽教室で楽器を片付けたり、練習したり、教室や廊下で談笑したり、照れたり、うつむいたり。当時33歳、北井さんのまなざしは、淡々とかつ優しく、暗がりの中の彼・彼女たちの様子を、捉えている。いつもの、滲むレンズも効果的だ。

素人がやると下手な写真と言われかねないアングルや瞬間がしばしばあるのだが、北井一夫の写真はそれを物ともしない。襞に静かに触れる写真とはこのようなものを言うのだろうね。

練習の日々のあと、写真はウィーン編に移る。モノクロがモノクロらしく写るヨーロッパの街のスナップショット群の後、いよいよ、カメラが演奏大会に入る。少年少女たちの演奏写真は驚くほど少ないが、そのような展開で、演奏を終えた場面で締めくくられると、かすかな気持ちの高まりを覚えるのである。


音楽教室の空気感


帰宅時の夜の写真も良い


演奏が終わった

北井一夫情報
●『いつか見た風景』 東京都写真美術館 2012年11月24日~2013年1月27日
●『Barricade』 Harper's Books、発売中
●1965年、神戸の港湾労働者を撮った未発表写真群(2013年) ギャラリー冬青
●『村へ』カラー版!(2014年?) ギャラリー冬青
●『三里塚』 ワイズ出版のものよりも前の作品群、もうドイツの出版社のカタログには載っているとのこと

●参照 北井一夫
『1973 中国』(1973年)
『遍路宿』(1976年)
『境川の人々』(1978年)
『西班牙の夜』(1978年)
『ドイツ表現派1920年代の旅』(1979年)
『湯治場』(1970年代)
『新世界物語』(1981年)
『英雄伝説アントニオ猪木』(1982年)
『フナバシストーリー』(1989年)
『Walking with Leica』(2009年)
『Walking with Leica 2』(2009年)
『Walking with Leica 3』(2011年)
中里和人展「風景ノ境界 1983-2010」+北井一夫
豊里友行『沖縄1999-2010』

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バール・フィリップス@歌舞伎町ナルシス

2012-10-22 01:02:51 | アヴァンギャルド・ジャズ

歌舞伎町のナルシスに足を運び、バール・フィリップスのベースソロを体感した。何しろ、1997年に同じ場所で聴いて以来、15年ぶりである。

バールさんが近くに座っていたので、少し話をした。

いま使っているコントラバスは6ヶ月前に入手したもので、運搬に便利なようネックを取ることができるという。飛行機でも、カーボンファイバー製の良いケースに入れ、荷物として預けてしまうそうだ。曰く、チャーリー・ヘイデンなんかは隣りのシートに置くけどね、だとか。

また、1996年か97年に、法政大学でリー・コニッツと共演したときに観た話をすると、あれは1ヶ月前に急に呼ばれて行ったんだよ、あちこちの会場でコニッツと共演したよ、と。そのときのコニッツは、サックスを吹きながら叫んだり、サックスをひっくり返して朝顔の方から息を吹き込んだりと、演奏がはみ出ていてとても愉快だったのだ。


ジョン・サーマン+バール・フィリップス+ステュ・マーティン『The Trio』に書いてもらった97年時と今回のサイン


15年ぶりだと話したらそれを書いてくれた、今井和雄との『Play'em as They Feel』

演奏は休憩を挟んで2セット。前半はピチカート中心、後半はアルコ中心だった。

個性と同義語の匂いが漂ってくる音色は、本当に美しい。至近距離で、弦の振幅を見つつ、その響きを味わうという至上の体験だった。彼の手の動きから次の音を予測するのも、また、スリリングだった。

前回97年時には、弓をスウェーしながら聴いていたのだった。今回は、演奏前に、バールさんと危険な客席だ、ヘルメットやゴーグルを装着しなければ駄目だ、などとふざけていたこともあってか、何と演奏中に、弓の先で胸をマッサージされてしまった。光栄至極である。

●参照
バール・フィリップスの映像『Live in Vienna』
齋藤徹+今井和雄『ORBIT ZERO』、バール・フィリップス+今井和雄『プレイエム・アズ・ゼイ・フォール』
リー・コニッツ+今井和雄『無伴奏ライヴ・イン・ヨコハマ』、バール・フィリップス+今井和雄『プレイエム・アズ・ゼイ・フォール』
歌舞伎町ナルシスでのバール・フィリップス

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尹東柱『空と風と星と詩』

2012-10-21 08:44:59 | 韓国・朝鮮

尹東柱『空と風と星と詩』(岩波文庫、2012年)を読む。

尹東柱(ユン・ドンジュ)は、清朝時代の1917年、現在の中国吉林省・延辺朝鮮族自治州に生まれる。当時既に朝鮮族が多く住んでおり、かつ、ロシアや日本も興味を示す地であった。朝鮮は1910年より日本が併合しており、さらに、この地も、1932年に満州国となる。

マージナル性や越境性は出生だけではなかった。平壌のキリスト教系の中学校に進むも、神社参拝という支配方針により廃校とされ、地元に戻る。ソウルの大学在学中には創氏改名によって名字を「平沼」と変え、卒業後は、立教大学・同志社大学に留学する。ここで、朝鮮民族運動を行った咎で従弟とともに逮捕され、福岡で獄死する。日本敗戦の半年前であった。戦後、『空と風と星と詩』が発刊され、韓国でよく知られた詩人となった。

本書は、在日コリアンの詩人・金時鐘が、 『空と風と星と詩』を含めた作品を抜粋・翻訳したものである。

一読し、まずは裡に籠った内省的な感覚と、自らの姿を突き放して視る感覚、それに、絶望とロマンチシズムとがあい混ぜになった抒情性に、強い印象を受けた。

例えば、「星をかぞえる夜」(1941年)の感覚には、驚かされてしまう。

「星ひとつに追憶と
星ひとつに愛と
星ひとつにわびしさと
星ひとつに憧れと
星ひとつに詩と
星ひとつにオモニ、オモニ

お母さん、私は星ひとつに美しい言葉をひとつずつ唱えてみます。」

このように、自らが大切にする気持や存在を丁寧に並べてみたあと、やはり、大切にする人びとの名前を並べてみる。しかし、裡にある大切な存在は、もはや身近なものではありえない。そして、決定的なことに、創氏改名により、自分の名前さえ身近なものではなくなっている。

「これらの人たちはあまりにも遠くにいます。
星がはるかに遠いように、

お母さん、
そしてあなたは遠く北間東におられます。

私はなにやら慕わしくて
この数かぎりない星の光が降り注ぐ丘の上に

自分の名前を一字一字書いてみては、
土でおおってしまいました。」

解説の金時鐘によると、その苛烈な短い生涯をもって、抵抗の民族詩人というような位置に押し込めることは、彼の詩の特質を見逃してしまうことになるため、間違いなのだという。さらに、詩が生み出された背景をあえて捨象して、「なよなよしい情感」という抒情性におさまったも作品としてしまうのも、また間違いなのだとする。

従って、すぐれた詩がつねにそうであるように、その世界は多層的であり、わかりやすい解釈を許さない。金時鐘は、植民地朝鮮における安寧な自分、何ひとつなしえない無力な自分、信仰には救済を求めずに自問自答する暗がりの中の自分、そうした「誠実な問い返しに貫かれている」のが、この詩集だと言う。

また色眼鏡が消えるまで寝かせて待ち、あらためて、この詩集がどのようなイメージを形成しているのか、味わってみなければならない。

●参照
金時鐘『境界の詩 猪飼野詩集/光州詩片』

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マイケル・ラドフォード『情熱のピアニズム』 ミシェル・ペトルチアーニのドキュメンタリー

2012-10-21 00:12:42 | アヴァンギャルド・ジャズ

青山のイメージフォーラムで、マイケル・ラドフォード『情熱のピアニズム』(2011年)を観る。

ミシェル・ペトルチアーニの生涯を追ったドキュメンタリーであり、『Michel Petrucciani / Body & Soul』と直接的な原題が付けられている。

これまで、わたしにとってのペトルチアーニは、第一に彼の個性的な音楽そのものであり、彼の不自由な身体のことは何かの判断材料にはならなかった。当然である。

しかし、さらに、このドキュメンタリーからは、後者の側面あっての音楽性だったのだということを強く印象付けられる。鍵盤を叩く強いタッチ、それと両立するスピードは、結果論かも知れないが、難病と、大江健三郎ふうに言えば「人生の親戚」として付き合いながら、それを乗り越えて得られたものかも知れない。

ペトルチアーニは、生まれた時から骨が異常に弱く、身体を支えることができなかった。そのため、自分だけではハードな移動が難しく、身長は1メートルしかなかった。しかし、彼は人生のいくつもの目的を諦めず、渾身の力をもって突き進んだ。話が上手く周囲を常に笑わせ、女好きで恋人を何人も変え(性的にも強かったという、女性からの証言がある!)、ドラッグをやり、そして、骨が折れてもピアノを弾いた。驚異である。

アルド・ロマーノが登場し、はじめて聴いて仰天、レコード会社に電話してレコーディングの話を取りつけたということを話す。リー・コニッツは、自分は天才の「ツマ」で、皆がペトルチアーニを観ていたと笑う。チャールズ・ロイドは、ペトルチアーニとの出会いにより、再びジャズ魂を取り戻す。

ウェイン・ショータージム・ホールとの演奏(『Power of Three』)や、セシル・マクビージャック・デジョネットとの演奏もある。ジョー・ロヴァーノジョン・アバークロンビーの証言もある。ジャズ好きには堪らない映画だ。

わたしは、1997年11月に、ブルーノート東京において一度だけペトルチアーニの演奏を聴いた。アンソニー・ジャクソンスティーヴ・ガッドとのスーパートリオだった。CDで聴くよりも何倍も強い音圧があり、特に「Take the "A" Train」など大感激した記憶がある(ヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴ盤における演奏が好きだったのだ)。

あのとき彼は34歳、そして36歳で急逝した。文字通り、不世出の天才ピアニストだった。

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尾崎秀樹『上海1930年』

2012-10-20 00:42:23 | 中国・台湾

尾崎秀樹『上海1930年』(岩波新書、1989年)を読む。

著者の尾崎秀樹(ほつき)は、ゾルゲ事件において逮捕され死刑に処された尾崎秀実(ほつみ)の異母弟である。本書は、その兄が朝日新聞記者として上海に赴任していた1930年前後の様子を描いた、スナップショット的なものである、

この時期の上海には、既に内山書店があった。魯迅が、教え子の許広平とともに上海に辿りついており、内山書店に出入りするようになっていた。米国人ジャーナリストのアグネス・スメドレーも、ドイツを経て、アジアに惹き付けられた結果、中国に来ていた。

まさに、尾崎はそのような時代のスパーク地点に居合わせ、自らも発火役となる。日本や中国の左翼作家とともに動き、共産主義の胎動に関わっていった。そして、ドイツ系ロシア人のリヒャルト・ゾルゲも、上海に到着する。

本書は、こういった歴史の断面とそのベクトルを、まるで群像劇のように生々しく描いており、とても興味深い。こうして見ていくと、歴史には必然があるように思えてくるというものだ。

尾崎の活動は、単純に事実を言うなら、ソ連のためのスパイであった。本書は、そのことを、上海時代から、帰国して太平洋戦争勃発の直前に検挙されるまで、内部からの反戦行動であったのだとしている。確かに共産主義の理想に駆られての行動であったのだろう。しかし、蒋介石の国民政府打倒のため、日中戦争の拡大を支持し押し進めたことには、まったく触れられていない。

●参照
尾崎秀樹『評伝 山中峯太郎 夢いまだ成らず』
ジョセフ・フォン・スタンバーグ『上海特急』(同時代の上海を描く)
J・G・バラード自伝『人生の奇跡』(バラードは30年に生まれ上海で育った)
満州の妖怪どもが悪夢のあと 島田俊彦『関東軍』、小林英夫『満鉄調査部』
尾崎は満鉄調査部にも所属した)
海野弘『千のチャイナタウン』
『チャイナ・ガールの1世紀』 流行と社会とのシンクロ(魔都上海とファッション)
ミカエル・ハフストローム『諜海風雲 Shanghai』(40年代の上海)
伴野朗『上海伝説』、『中国歴史散歩』
海原修平写真展『遠い記憶 上海』
海原修平『消逝的老街』 パノラマの眼、90年代後半の上海
陸元敏『上海人』
2010年5月、上海の社交ダンス
上海の夜と朝
上海、77mm
上海の麺と小籠包(とリニア)
『上海の雲の上へ』(上海環球金融中心のエレベーター)
藤井省三『魯迅』
魯迅の家(1) 北京魯迅博物館
魯迅の家(2) 虎の尾
魯迅の家(3) 上海の晩年の家、魯迅紀念館、内山書店跡
魯迅グッズ
丸山昇『魯迅』
魯迅『朝花夕拾』
井上ひさし『シャンハイムーン』 魯迅と内山書店
太田尚樹『伝説の日中文化サロン 上海・内山書店』

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張芸謀『紅いコーリャン』

2012-10-18 23:49:07 | 中国・台湾

張芸謀『紅いコーリャン』(1987年)を観る。もう二十年ぶりくらいだろうか。

巨匠・張芸謀(チャン・イーモウ)の初監督作品であり、原作は、今年、中国籍の作家としてはじめてノーベル文学賞を受賞した莫言(モー・イェン)。中国に行った際に、20元(250円)で買っておいた。

山東省。貧しい農村の娘(コン・リー)は、黒いラバと引き換えに、造り酒屋の男のもとに嫁がされる。彼は、ハンセン病患者であり、もう50歳を超えていた。向かう途中に強盗に襲われるも、籠を担ぐ男(ジャン・ウェン)に救われる。嫁いで三日目、一度実家に戻るとき、一度は娘の命を助けた男が、コーリャン畑で娘を待ち構える。娘も、それを待っていたかのように男を受け容れる。彼は、夫の死後、酒屋の後を継いであらためて夫となる。

しばらく時が経ち、日本軍が侵攻してくる。軍は住民を強制徴用し、コーリャン畑を拓いて軍用道路を作らせていた。そして、住民に命じ、生きた男の皮を剥かせるという残虐行為を行う。復讐を誓う夫婦と従業員たち。しかし、罠を仕掛けて日本軍を待ち構える夫たちのもとに食事を届ける妻を、突然現れた日本軍が撃ち殺す。夫と息子は、すべてを呆然と見ていた。

冒頭部、娘を籠で届けるときに悪ふざけをする男たちのステップを見せられるうちに、もう映画の魔力に惹きこまれてしまう。語りはすべて夫婦の孫によるという設定だが、そのためもあり、まるでおとぎ話のようだ。

語りの合間ごとに、ざわざわと動くコーリャンも、そして決定的に鮮烈な赤色も、物語の絶対性を刻みこんでいる。

物語の引き際がまた素晴らしい。

張芸謀はそのはじまりから張芸謀だったのだな。

莫言の小説も読んでみたいところだ。

●参照(張芸謀)
『紅夢』(1991年)
『初恋のきた道』(1999年)
『HERO』(2002年)
『LOVERS』(2004年)
『単騎、千里を走る。』(2006年)
北京五輪開会式(張芸謀+蔡國強)(2008年)

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朴三石『知っていますか、朝鮮学校』

2012-10-18 07:24:18 | 韓国・朝鮮

2010年4月から実施されている高校無償化制度の対象には、各種学校に分類される外国人学校も含まれており、既にドイツ人学校、フランス人学校、イギリス人学校、中華学校、韓国学校、ブラジル人学校、インターナショナル・スクールが指定対象校となっている。

しかし、明らかに差別的な政治判断により、朝鮮高級学校(10校)がいまだ指定を受けていない。このことに関し、国連の人権差別撤廃委員会は日本政府に勧告を行っている。田中文科相は、「早く政治判断で決める」と表明しているが(2012/10/13)、どのような方向性なのかまだ見えていない。

朴三石『知っていますか、朝鮮学校』(岩波ブックレット、2012年)は、歴史的な経緯や問題点を短くまとめている。なお、著者は、『教育を受ける権利と朝鮮学校』(日本評論社、2011年)や『海外コリアン』(中公新書、2002年)を書いた人でもある。

日韓併合(1910年)以降、日本に移動した・させられた在日朝鮮人は劇的に増え、第二次世界大戦終結時(1945年)には約200万人が暮らしていた(当時の日本の総人口は約7000万人)。2010年現在、国籍が「朝鮮」「韓国」となっている人たちの数は約57万人。現在に至るまでには様々な経緯があるが、ルーツの言葉、文化、歴史、社会を学ぶ機会が与えられるのは当然のことではないか。

ここに重要な指摘がある。日本の学校に通っている在日コリアンの子どもは約3万人(全体の約7割)にのぼり、その約9割が本名ではなく日本風の通名を使っているという。大きな原因のひとつとして、日本社会の偏狭さと自己認識不足を挙げなければならないだろう。

勿論、日本による強制連行、北朝鮮による拉致ともに国家犯罪であり、それぞれに解決されなければならない。しかし、両者を関連付けるのも、いわんや現在の教育と関連付けるのも、大きな間違いである。

朝鮮学校では拉致問題を教えており、教科書にもその記述がある。それを認めつつも、2006年版では、日本が「「拉致問題」を極大化」したという書き方であり、それが問題とされた。本書によると、その意図は、在日コリアンに対する暴言・暴行・嫌がらせなどが多発した事態をあらわそうとしたことにあるというが、それだけでないとしても、明らかに一部の政治家が「拉致問題」のみを問題視して国内的な人気を得ようとしたことは確かに思える。なお、この記述は2011年版では削除されているという。

萩原稜・井沢元彦『朝鮮学校「歴史教科書」を読む』(祥伝社新書、2011年)は、後者の文脈に乗った本である。ここでは、金日成の出自が改竄されてきたという説や、朝鮮戦争が米国・韓国の策動によるものだという教科書の記述、日韓基本条約を悪く評価する教科書の記述などをもって、朝鮮学校を認めないという論旨を展開している。しかしその理屈は強引であり、憎しみによってドライブされたものと見るほうが自然のように思える。

また、ここでは、井沢流(?)の奇妙な説や意見が開陳されている。創氏改名については、英国が植民地で行った「区別」よりも相手を人間として見ているからマシだ、そもそも新羅が唐の力を借りて朝鮮半島統一を果たした時に中国流の創氏改名を行ったはずだ、などとする。さらに、儒教文化全体を近代にそぐわないものだとして全否定する。もはやハチャメチャである。

●参照
枝川でのシンポジウム「高校無償化からの排除、助成金停止 教育における民族差別を許さない」
朴三石『教育を受ける権利と朝鮮学校』
朴三石『海外コリアン』、カザフのコリアンに関するドキュメンタリー ラウレンティー・ソン『フルンゼ実験農場』『コレサラム』
荒井英郎+京極高英『朝鮮の子』
太田昌国『「拉致」異論』
金石範講演会「文学の闘争/闘争の文学」
波多野澄雄『国家と歴史』
鈴木道彦『越境の時 一九六〇年代と在日』
尹健次『思想体験の交錯』
尹健次『思想体験の交錯』特集(2008年12月号)
野村進『コリアン世界の旅』
『世界』の「韓国併合100年」特集
高崎宗司『検証 日朝検証』 猿芝居の防衛、政府の御用広報機関となったメディア
菊池嘉晃『北朝鮮帰国事業』、50年近く前のピースの空箱と色褪せた写真

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ベキ・ムセレク『Beauty of Sunrise』

2012-10-17 00:08:24 | アヴァンギャルド・ジャズ

南アフリカ出身のピアニスト、ベキ・ムセレクが2008年に亡くなったと知ったのは、没後1年くらい経ってのことだった。デビューの頃は「スイングジャーナル」誌などで持て囃しておきながら、ずいぶん冷淡なものだと思った。

『Beauty of Sunrise』(Verve、1995年録音)も、すでに日本盤は出なくなってからの作品だが、かなり好きな作品だった。

Bheki Mseleku (p, vo)
Graham Haynes (cor, flh)
Ravi Coltrane (ts)
Michael Bowie (b)
Elvin Jones (ds)
with
James Spaulding (fl) <1>
Ralph Peterson (ds) <4,5,8,9>
Daniel Moreno (conga) <4,5,9>

何が素晴らしいかと言うと、まずはエルヴィン・ジョーンズのドラムスである。特に2曲目や3曲目では、独特の、空いたボディにずどどっと入るドラミングに文字通り煽られて、グレアム・ヘインズが受けて立つようにスタイリッシュなコルネットを吹く。そしてムセレクは、普段は多才ゆえサックスなどにも手を出すのだが、ここではピアノに絞り、確実に色を付けていく。

3曲だけ、ラルフ・ピーターソンがエルヴィンに代わって叩く。しかし、人間扇風機は斧を完璧にコントロールするエルヴィンに到底勝てず、如何に勢いがあろうとも、パルスが空しく空中に飛び去っていく(いや、嫌いではないのだが)。

全てムセレクの手による、ちょっとモーダルな感覚があるイケイケの曲も格好良い。

活躍の期間が短かったことが惜しい。

●参照
エルヴィン・ジョーンズ(1)
エルヴィン・ジョーンズ(2)
ラルフ・ピーターソン『Outer Reaches』

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マルティン・ハイデッガー他『30年代の危機と哲学』

2012-10-15 23:42:43 | 思想・文学

マルティン・ハイデッガー他『30年代の危機と哲学』(平凡社、1999年)を読む。

エドムント・フッサール、マルティン・ハイデッガー、マックス・ホルクハイマーが、1930年代に記した考えである。

近代の象徴としての世界大戦は、やはり近代の科学に支えられ、また逆に科学を育てていた。1929年からの大恐慌は、いびつな経済社会がもたらした現象でもあった。そして、この歪みは、ドイツにおいて、ナチス党の躍進を生み出すことにもなる。

そのような、経済活動、科学、精神、政治活動それぞれが首輪をほどかれた時代にあって、思想家たちも何かをつかもうと足掻く。

正直言って、フッサールとホルクハイマーの論考は、さほど面白くはない。「面白い」のは、ハイデッガーの悪名高き「ドイツ的大学の自己主張」(1933年)である。

ここで、ハイデッガーは、再び大きな精神の力を取り戻すべく、学生たちを前に熱弁をふるう。曰く、理論を実践の実現とみなせ、民族の血と大地に根ざすエネルギーを動かす威力たる精神世界を創出せよ、民族を通して国家への奉仕に至るべし、と。ナチスへの加担だった。

これがなぜ、「面白い」のか、そしてなぜ、解りやすいのか。その問いは、出鱈目で人を傷つけることを糊塗するように大きな声を出し、国境問題で形ばかりのマッチョと化す為政者が支持される傾向がある、いまの日本においてなされるべきだ。

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