Sightsong

自縄自縛日記

デイヴィッド・マレイ『Saxophone Man』

2011-05-30 22:56:01 | アヴァンギャルド・ジャズ

デイヴィッド・マレイの映像作品、『Saxophone Man』(ジャック・ゴールドスタイン)を観る。実際には、ドキュメンタリー『David Murray, I'm a Jazzman』(2008年)、ライヴ『David Murray and the Gwo Ka Masters / Live in Sainte Lucie』(2008年)と『David Murray Black Saint Quartet / Live at Banlieues Bleues Festival』(2010年)の3本の作品が、2枚のDVDに収録されている。

『David Murray, I'm a Jazzman』は、マレイの八面六臂の活動を捉えた映像だ。ジャズ史に残りたいのだというマレイは、「Oh, I have heard Albert Ayler」、「Oh, I have heard John Coltrane」、「Oh, I have heard Archie Shepp」と言われるような存在になりたいのだと呟く。ニューヨークでは、「シェップが向こうに住んでいた」、「ここでアイラーが吹いたときに壁にヒビが入ったという噂がある」などと、まさに黒人ジャズ・サックス奏者の伝承の中で話すのだ。そしてアミリ・バラカ(かつてのリロイ・ジョーンズ)と部屋で語りあい、ブルースとジャズの歴史へのリスペクトを全身で示すかと思えば、ブラックパンサー党の創始者のひとり、ボビー・シールも登場する。

ジャズ評論家スタンリー・クロウチは二度ばかり出てきて、なんだかもごもごとした英語で、マレイの音楽の多様性や、原始性や、リラクゼイションについて何やら褒めているが、クロウチはこういう人なんだっけ。

演奏の映像は凄い。コルトレーンの「A Love Supreme」やオリジナル曲「Murray's Steps」を吹くかと思えば、エレキベースやヴォーカルの中で、ジェームス・ブラウンの「Sex Machine」をぶりぶりと吹きまくる。黒人作家イシュマエル・リードの詩にインスパイアされてカサンドラ・ウィルソンアンドリュー・シリルレイ・ドラモンドと共演。昔のミルフォード・グレイヴスとのデュオ映像もある(狂喜!)。

また、プライヴェートな映像も散りばめられている。「With me, sounds began in my house...」と語るマレイ、その通りに、教会でのコーラスとの共演。父ウォルター・マレイのギターとの家でのセッション。ベッドに座ってのバスクラ・ソロ。何と、幼少時代のマレイの8mmフィルムさえもある。

この映像作品は、マレイによる黒人音楽のルーツに対する全身でのアピールを捉えたものだ。それはジャズだけではない。カリブ海のグアドループに立ち(背番号44、レジー・ジャクソンのシャツを着ている!)、「black diaspora」に想いを馳せ、現地グアドループの音楽「Gwo ka」の音楽家たちと果敢に共演する姿がある。「Gwo ka」は素手でパーカッションを叩いての即興音楽のようであり、そこにマレイがテナーサックスやバスクラで融合する様はちょっと感動的だ。そして、黒人奴隷の孫であるアレクサンドル・プーシキンに捧げるステージ。気が付かない間に、マレイの世界が恐ろしく拡大していた。

『David Murray and the Gwo Ka Masters / Live in Sainte Lucie』は、『David Murray, I'm a Jazzman』とかなり共通するフッテージを使ってはいるものの、あくまで演奏を中心としている。パーカッションのシンプルなメロディの中に全世界があるのだと語るマレイ、そしてコルトレーンのような「selflessness」を目指し、音楽が自分をどこに連れていくのかわからないとする意識。凄まじく格好いい演奏である。

これらを観たあとでは、『David Murray Black Saint Quartet / Live at Banlieues Bleues Festival』が普通に見えて仕方がない。ジャリブ・シャヒド(ベース)、ハミッド・ドレイク(ドラムス)のプレイも見ものではあるのだが。

●参照
デイヴィッド・マレイのグレイトフル・デッド集
マル・ウォルドロン最後の録音 デイヴィッド・マレイとのデュオ『Silence』
マッコイ・タイナーのサックス・カルテット
ワールド・サキソフォン・カルテット『Yes We Can』
リロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)『ブルース・ピープル』
リロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)『根拠地』 その現代性

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横井一江『アヴァンギャルド・ジャズ ヨーロッパ・フリーの軌跡』

2011-05-28 23:39:35 | アヴァンギャルド・ジャズ

ジャズ評論家・横井一江さんによる『アヴァンギャルド・ジャズ ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷、2011年)を読む。表紙のミシャ・メンゲルベルグの横顔が何とも良い。撮影は1992年というから、当然まだフィルムである。以前ご本人に訊ねたところ、もうデジタル一眼レフを使っているが、撮れすぎてしまうのだ、とのこと。

それにしても類書がないだけに面白い。教科書的なものではなく著者の同時代史でもあるように読める。その中に、自分も足を運んだライヴ、駆けつけられなかった来日公演などが登場して動悸動悸する。

構造的に商業化された音楽ではないから、ベースとなるのは人と人とのつながりである。ウィレム・ブロイカーペーター・ブロッツマンハン・ベニンクに紹介。アマチュア時代のジョン・マクラフリンまたはエヴァン・パーカーデレク・ベイリーをベニンクに紹介(複数の証言が矛盾)。ペーター・コヴァルトがブロッツマンを、ブロッツマンがベニンクやブロイカーやメンゲルベルグやアレックス・フォン・シュリッペンバッハをパーカーに紹介。パーカーがケニー・ホイーラーをシュリッペンバッハやブロッツマンに紹介、というように。そうか、旅人コヴァルトが最初の糊でもあったのか。コヴァルトはサインホ・ナムチラックをヨーロッパで紹介もしている。

日本に比べ欧州の文化活動に対する助成は手厚い、とはよく聴く話でもあるが、そのあたりの実情も興味深い。ICPオーケストラも、ウィレム・ブロイカー・コレクティーフも、来日には自国政府の助成制度を何とか利用できたからであったという。アヴァンギャルド・ジャズという、個々の個性を聴かせてナンボの音楽の制約は、常にオカネである。

本書では、欧州各国の状況について、各論としてまとめている。ヨーロッパはひとつの家でもあり、そうでもない。個人の声、地域主義である。特に、フランスでは地域での草の根的な動きが多いという文脈の中に、現代の旅人ミッシェル・ドネダを位置づけていることは面白かった。さらに時間軸でのゆらぎとしてジョン・ブッチャーを取りあげ、ソロ奏者としての声ではなく場の音を構築しようとしているのだという分析には納得させられる。

フリージャズ、アヴァンギャルド・ジャズを捉えた本としては、清水俊彦『ジャズ転生』『ジャズ・オルタナティヴ』『ジャズ・アヴァンギャルド』、副島輝人『現代ジャズの潮流』『日本フリージャズ史』などと並ぶものではないか。生き方=ジャズ、を感じるためにもお薦めである。

●参照
ヨーロッパ・ジャズの矜持『Play Your Own Thing』
ハン・ベニンク『Hazentijd』
イレーネ・シュヴァイツァーの映像
ペーター・コヴァルトのソロ、デュオ
アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ『ライヴ・イン・ベルリン』
シュリッペンバッハ・トリオの新作、『黄金はあなたが見つけるところだ』
ペーター・ブロッツマン
アクセル・ドゥナー + 今井和雄 + 井野信義 + 田中徳崇 『rostbeständige Zeit』
『失望』の新作
リー・コニッツ+ルディ・マハール『俳句』
ウィレム・ブロイカーの『Misery』と未発表音源集
ウィレム・ブロイカーが亡くなったので、デレク・ベイリー『Playing for Friends on 5th Street』を観る
ウィレム・ブロイカーとレオ・キュイパースとのデュオ『・・・スーパースターズ』
ジャズ的写真集(5) ギィ・ル・ケレック『carnet de routes』
デレク・ベイリーvs.サンプリング音源
田中泯+デレク・ベイリー『Mountain Stage』
トニー・ウィリアムス+デレク・ベイリー+ビル・ラズウェル『アルカーナ』
デレク・ベイリー『Standards』
ジョン・ブッチャー+大友良英、2010年2月、マドリッド
ジョン・ブッチャー『THE GEOMETRY OF SENTIMENT』
マッツ・グスタフソンのエリントン集
大友良英+尾関幹人+マッツ・グスタフソン 『ENSEMBLES 09 休符だらけの音楽装置展 「with records」』
サインホ・ナムチラックの映像
TriO+サインホ・ナムチラック『Forgotton Streets of St. Petersburg』
姜泰煥+サインホ・ナムチラック『Live』
ネッド・ローゼンバーグ+サインホ・ナムチラック『Amulet』
テレビ版『クライマーズ・ハイ』(大友良英+サインホ)
サインホ・ナムチラック『TERRA』
ミッシェル・ドネダと齋藤徹、ペンタックス43mm

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オクタビオ・パス『鷲か太陽か?』

2011-05-28 13:49:02 | 中南米

オクタビオ・パス『鷲か太陽か?』(書肆山田、原著1951年)を再読する。メキシコ出身のパスがパリに滞在していたときに公表された散文詩である。

頁を凝視して言葉のイメージを増幅させながら、気が付くと、他のことを考えてしまっている。詩なんてものは、心にでかい余裕があるとき、あるいは、どうしようもなく言葉を渇望しているときにしか読むことができない。特に「鷲か太陽か?」の連作はメキシコのぎらぎらした暗喩に溢れたシリーズであり、ニュートリノのように眼も脳も心も通過していく。ときどき何かが反応する程度だ。いま読むべき本ではなかったか。

それでも、より散文に近い「動く砂」のシリーズにおける言葉の凝縮感は吐きそうなほど凄まじい。青い目玉を抉り集め続ける男の物語「青い花束」、海の波に恋をして一緒に暮らす男の物語「波との生活」、どうしようもない死への転落と渇望を描いた「正体不明の二人への手紙」など、何度も何度も読んでしまう魅力がある。凝縮感ということでいえば、以前に魯迅『影の告別』を読んでいて、パスのこれらを思い出した記憶がある。

「おれのきらいなものが天国にあれば、行くのがいやだ。おれのきらいなものが地獄にあれば、行くのがいやだ。おれのきらいなものが君たちの未来の黄金世界にあれば、行くのがいやだ。 だが、君こそおれのきらいなものだ。 友よ、おれは君についていくのがいやだ。とどまることが。 おれはいやだ。 ああ、ああ、おれはいやだ。無にさまようほうがよい。」(魯迅『野草』所収、『影の告別』)

私のパス作品との出会いは、『ラテンアメリカ五人集』(集英社文庫、1995年)に収録された「青い目の花束」、「見知らぬふたりへの手紙」、「」だった。前の2つは題名こそ若干違うものの、同じ野谷文昭の名訳である。「正体不明の二人への手紙」=「見知らぬふたりへの手紙」については、そのときの鮮烈な印象とのずれがあって、2冊を比べてみたところ、原文が異なるようだ。『鷲と太陽』に収録されたそれは、1998年にメキシコで再刊されたものを底本としている。何度も自作に手を加え続けたパスのことだから(井伏鱒二もそうだったか?)、そういった事情によるのかもしれない。好みは『ラテンアメリカ五人集』収録のほうだ。

だからこそ、きみは死だと私は言ったのだ。きみは私とともに誕生し、やがてほかの身体に棲むために私から去っていった、あの死というものに違いない。」(『ラテンアメリカ五人集』所収、「正体不明の二人への手紙」)

だが、ことによると、それらすべては、古くからの死の呼び名なのかも知れない。その死は僕とともに生まれ、他の身体に棲むために僕から去っていったのだ。」(『鷲か太陽か?』所収、「見知らぬふたりへの手紙」)

「鷲か太陽か?」の連作の一篇はマリオ・バルガス=リョサに捧げられている。この悦びの表現は良い。

だが、自由な人間の自由な讃歌よ、涙でできた頑丈なピラミッドよ、不眠の天辺に刻まれた炎よ、お前は憤怒の頂上で輝きそして歌え、僕のために、僕たちのために。音楽の松の木、光の柱、炎のポプラ、水の迸りよ。水だ、ついに水が出た、人間のための人間の言葉が!」(「未来の讃歌―マリオ・バルガス=リョサに」)

●参照
ハヌマーン(1) スリランカの重力(オクタビオ・パス『大いなる文法学者の猿』)

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ワールド・サキソフォン・カルテット『Yes We Can』

2011-05-28 12:18:32 | アヴァンギャルド・ジャズ

ワールド・サキソフォン・カルテット(WSQ)の新作、『Yes We Can』(jazzwerkstatt、2009年録音)を聴く。2009年3月のライヴ録音であるから、1月のオバマ政権誕生直後のうねりの中で演奏されたものだ。議会に押され、勢いが削がれ続けているが、「Yes we can」は歴史的な名言だった。ここでも、表題作の他、「ニジェール川」、「自由への長い道」など黒人の歴史を多くテーマにしており、WSQの心意気を感じることができる。

実はWSQの新譜を買うのは10年ぶりくらいで、いつの間にか、悪童ジェームス・カーターがメンバーに加わっていた。従って、グループ結成時からのオリジナル・メンバーは、ハミエット・ブリューイットデイヴィッド・マレイのみということになる。この盤では、他にアルトサックスのキッド・ジョーダンが参加している。

1曲目「Hattie Wall」では、ブリューイットのバリトンに続き、マレイの癖だらけのテナーが入ってくる。全員でのフラジオという血管が切れそうな瞬間が良い。2曲目「The River Niger」はジョーダンの曲であり、彼の無伴奏アルトソロが聴きどころなのだが、どうしてもマレイが美味しいところを取っていってしまっている。3曲目「Yes We Can」は哀しくアイロニカルな曲想であり、全員がブリューイットに寄り添っていく。そんな中でカーターのソプラノソロ、循環呼吸もあり見せ場が多い。しかし、(他の曲でもそうなのだが、)このメンバーの中でカーターがまったく浮上してこないのが驚きなのだ。恐らくカーターのリーダー作であったなら、このソロでも最高だなと感じたかもしれない。

何年だったか、故ジョン・ヒックスがカーターを引き連れて来日したことがあった。カーターは得意の派手なスーツを着こなし、悪乗りして自分だけが目立ちまくり、ヒックスにステージ上で諌められていた。それは観客にとっては、演奏に勢いが出るものであれば、面白いサプライズに過ぎない。それでも、引き立て役がいなければカーターは存在できないのかなと思った。この盤を聴いての印象もそれだ。

4曲目「The God of Pain」ではマレイがテナーを泣くように朗々と吹き、時にエキセントリックでもある。このマレイのブルース解釈をライヴで体感したなら恐らく全員が雷に打たれたように熱狂する。次の「The Angel of Pain」では同時多発的なコール・アンド・レスポンス。そして6曲目「The Guessing Game」では、ブリューイットのクラリネットを聴くことができる。これにマレイがバスクラをあわせていき、滋味というのか、素晴らしい。7曲目「Long March to Freedom」では、不穏な雰囲気のアンサンブル、その中で交代しては高音を吹き続ける。それはアート・アンサンブル・オブ・シカゴ『苦悩の人々』のようだ。ライヴは再び「Hattie Wall」で高揚して終わる。

このように嬉しい瞬間は次々に訪れる。それでも、WSQの演奏としては突出していないに違いない。初期のBlacksaintやElektra/Nonesuchレーベルではゲストを迎えてもカルテット中心だった。1996年から最近までのJustin Timeレーベルでは、パーカッション軍団を加えたりして刺激剤が加わり、ひたすら愉しいものになった。特に、マイルス・デイヴィスに捧げられた異色作『Selim Sivad』(Justin Time、1998年)は衝撃的だった(冒頭の「Seven Steps to Heaven」には何度聴いても興奮させられる)。そこから新レーベルに移り、シンプル回帰しているという図式か。

しかし、例えば『Plays Duke Ellington』(Nonesuch、1986年)で聴けるような緊張感は、『Yes We Can』にはない。オリヴァー・レイクジュリアス・ヘンフィルという稀代のサックス奏者たちがいないから、だろうか。それとも経年疲労か。


『Selim Sivad』 マレイにサインを頂いた


『Plays Duke Ellington』

●参照
デイヴィッド・マレイのグレイトフル・デッド集
マル・ウォルドロン最後の録音 デイヴィッド・マレイとのデュオ『Silence』
マッコイ・タイナーのサックス・カルテット

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ゲルハルト・リヒター、サイ・トゥオンブリー、マニット・スリワニチプーンなど

2011-05-23 11:37:00 | アート・映画

初台から六本木に移転したワコウ・ワークス・オブ・アートに足を運んだ。ワコウ恒例のゲルハルト・リヒター新作展、これは観ないわけにはいかない。

作品群『アブダラ』は、ガラスの裏側にラッカーで彩色したものだ。相変わらず、観た途端に眼が貼り付き、動悸を覚える。溶剤で溶かして流し込んだ痕跡なのか、デカルコマニーとも違う。中には、リヒター独自の「横塗り」を発見した作品もあり嬉しい。これを何と表現すべきか、生命というには有機的な原初からかけ離れすぎている。アートによってのみアートを語るとしか言いようがない。

ワコウでは、同時にサイ・トゥオンブリーの作品群『チューリップ』を展示している。近寄った結果のアウトフォーカスのチューリップ。抽象表現主義の画家だったはずのトゥオンブリーがこのように変貌していたとは知らなかった。しかし、何の感慨も覚えない。

ついでに、同じビルの中に入っている(やはり渋谷から移転したばかりの)Zen Foto Galleryで、『Nirvana』と題された二人展を覗く。ティム・ポーターはバンコクにある医療機関で、ホルマリン漬けされた奇形嬰児の写真を記録している。複雑な思いを観る者に抱かせる、しかし、何だというのか。これを作品化するほどお前は強靭で達観しているというのか。これは置いておいて、もうひとつのシリーズ、マニット・スリワニチプーンの『Masters』という写真群は良かった。バンコクの仏具店、その奥に、過去の伝説的な仏教僧たちのレプリカが置いてあり、この写真家は驚愕したという。そして、仏教や即物化に焦点を合わせずに距離感を保つためか、アウトフォーカスでの写真を撮っている。

オオタファインアーツでは、バングラデシュのアーティスト、フィロズ・マハムドの個展を開いている。ムガル帝国時代のイギリス東インド会社との争いを描いた作品群は模式的であまり感じるところがなかったが、インスタレーションは面白かった。何機もの戦闘機が吊り下げてあり、表面には小豆、レンズ豆、緑豆、粟などがびっちり色分けして貼り付けてある。メッセージは単純だ、しかし、やはり現代美術のひとつの大きな要素は軽い思いつきと哄笑にある。

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東松照明『新宿騒乱』

2011-05-23 00:47:18 | 写真

六本木のタカ・イシイギャラリーで、東松照明の個展を開いていた。小さいヴィンテージ7点と、最近得意のデジタル出力による大判2点。ほとんどが1968年の新宿騒乱、それから新宿の麿赤児を捉えている。政治の季節、東松曰く「見ることと選ぶことに終始するのが写真家である」とは言え、衒学的な感覚とドライな距離間にどうも馴染めない今日この頃だ。

同じ作品を含め、もっと多くの銀塩プリント写真群が、白金高輪駅近くのMisa Shin Gallery『新宿騒乱』と題されて展示されている。このあたりは昔からネジなど金属製品の町工場、卸問屋が多く、ギャラリーも古い鉄工場を改造して使われている(場所がわからず迷った)。

土方巽中平卓馬、麿赤児、新宿騒乱、新宿のエロス。有名な波照間島の写真もある。不思議なことに、タカ・イシイでは違和感しか覚えなかった写真群が迫ってくる。場所のせいか、プリントのせいか、セレクションの効果か。

おそらくは、禿頭の麿赤児が女性と抱き合っている写真が、こちらでは銀塩、タカ・イシイではデジタルという違いが観る者に影響を及ぼしているに違いないと思った。ドライな東松写真がさらにデジタルによりドライ化したら、もう隠しているものがないじゃないか。

●参照
東松照明『南島ハテルマ』
東松照明『長崎曼荼羅』
「岡本太郎・東松照明 まなざしの向こう側」(沖縄県立博物館・美術館)
平敷兼七、東松照明+比嘉康雄、大友真志
仲里効『フォトネシア』
沖縄・プリズム1872-2008
豊里友行『沖縄1999-2010』、比嘉康雄、東松照明
比嘉豊光『赤いゴーヤー』

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リロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)『ブルース・ピープル』

2011-05-22 09:00:43 | アヴァンギャルド・ジャズ

リロイ・ジョーンズ(のちのアミリ・バラカ)による『ブルース・ピープル 白いアメリカ、黒い音楽』(平凡社、原著1963年)を読む。

原著のサブタイトルは「白いアメリカにおけるニグロ音楽」であり、本文中でも原著を尊重して「ニグロ」という言葉が用いられている。歴史的には黒人に向けられた蔑称であり、米国では現在、「ブラック」や「アフリカン・アメリカン」と呼ばれる方が好まれているようだ。しかし、他ならぬリロイ・ジョーンズが使っているわけであり、彼は恐らくは言い換えることで抑圧をオブラートに包むことを毛嫌いする。

リロイによれば、ブルースとは、極めて個人的な音楽であった。ワークソングという機能的な歌が使われた奴隷時代、19世紀の南北戦争を経て、ブルースが登場する。さまざまに発展するブルースは、白人層の無理解、剽窃、同化の対象と化していく。ミとシを半音階下げるブルースのマイナー・コードは現在ではジャズにおいても基本中の基本だが、それさえにも、音楽学者たちは、奇妙であるとか調子はずれであるとかの視線を向けていた。

リロイは、黒人奴隷にとっての同化は、アフリカを離れて異国でキリスト教を信じること、中産階級として地位を得ることであり、その過程で、黒人が白人になりたがる現象、そして、黒人間の階層化も生まれたのだとする。その一方で、ブルースはそのような歴史を原点に立ち返らせるほどのアフリカ起源の爆発力を持っていたのだ、と。コール・アンド・レスポンスも、シャウトも、音色の揺れも、ポリリズムも、ポリフォニーも、アクセントの移動も、その文脈で捉えられている。長い時間のあと、ジャズにおいては、その親が誰なのかを忘却したまま、多世界でブルース的要素が取り入れられている(これが書かれたのは60年代であり、リロイの脳内にある「敵」は、「アメリカなるもの」である)。ユニークな視点は、逆に、ブルースと西洋との接点が、それ自身やジャズを発達させたのだという主張だ。

「ニグロは決して白人になることはできなかった。だが、それは彼らにとっての強みだった。ある点にいたるといつも白人文化の支配的な流れに加わることができなくなった。この臨界点においてこそ、白人文化以外の資源を利用する必要が生じたのである―――それがアフリカのものであれ、サブカルチャーのものであれ、秘教的なものであれ。この境界、この中間地帯(no man's land)こそが、黒人音楽に説得力と美しさをもたらしたのである。」

従って、リロイの評価するジャズは、トランペットでいえば、ビックス・バイダーべックマイルス・デイヴィスのフォロワーではなくルイ・アームストロングであり、サックスでいえば、ルイの方法を使った名手コールマン・ホーキンスではなく革新者レスター・ヤングであった。そして、チャーリー・パーカーらのビバップをブルースにルーツを持ち爆発的な力を持ったものとして最大限の賛辞を送っている。彼によれば、ハード・バップはその反動、革新ではなくメソッド、異物ではなく保護される芸術、ということになってしまう。

「ハード・バッパーはジャズをふたたび活性化しようとしたのだが、その試みは十分とはいえなかったのである。ビバップから学ぶべき卓見をなぜだが見失ってしまい、本当の意味でのリズムやメロディの多様さを、音色の幅だとかゴスペル紛いの効果にすり替えてしまったのだ。ハード・バップ・グループの用いるリズムは、1940年代の音楽に比較すると驚くほど穏やかで規則的である。」

この主張にはむろん違和感があるが、リロイは守旧派ではない。セシル・テイラーオーネット・コールマンを「最重要人物」として位置づけ、ソニー・ロリンズジョン・コルトレーンらを高く評価している。いまでは、ハード・バップとは、彼ら革新者だけでなく、傑出した者が個人として無数登場した音楽シーンとして考えるべきなのだろう。

現在はアミリ・バラカとして、ビリー・ハーパーウィリアム・パーカーらの音楽に「ポエトリー・リーディング」で参加している。鉄骨のような存在であり続けている。「アメリカなるもの」への視線はどのように維持されているのだろう。以下の文章は、50年近く前に書かれたとは思えないのだ。

「「民主主義にとって世界を安全にするため」の英雄的な戦争は、徐々に”警察的行為”へと暗く先細りしていたし、「警察的行為」といってもアメリカ兵の多くがその真相に気づくのは捕虜になってからだった。「民主主義」なる用語さえ、野心に溢れるものの恐ろしく偏狭な人間たちによって汚された。」

●参照
リロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)『根拠地』 その現代性
ビリー・ハーパーの新作『Blueprints of Jazz』(アミリ・バラカ参加)
ウィリアム・パーカーのカーティス・メイフィールド集(アミリ・バラカ参加)
チャールス・タイラー(「リロイ」という曲を捧げている)

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井の頭池

2011-05-21 11:35:56 | 関東

井の頭池(1990年)。

ここでボートに乗ったカップルは別れるという都市伝説がある。私は何をかなしんでか男同士で乗ったことがあり、確かに大学卒業後いちども会っていない(カップルではないのだが)。

この絵を描いた人は、ほどなく画才のなさに気づき、筆を折ったという。

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『科学』の有明海特集

2011-05-19 00:21:48 | 環境・自然

『科学』2011年5月号(岩波書店)が、有明海の特集を組んでいる。1997年に「ギロチン」により仕切られた諫早湾だが、2010年12月に福岡高裁により長期開門調査を命じられ、確定した。当初想定された以上の悪影響が有明海全体に見られたからだ。諫早湾は有明海の一部に過ぎないが、影響は有明海全体に及んでいるのである。

○有明海の干満差5mは東京湾の2mを遥かに上回る(韓国インチョンは8m)。これは、湾内での共鳴現象(!)による。そのために泥がフクフクしており、貧酸素化しない。(佐藤正典)
記録映画『有明海の干潟漁』では6mと紹介されていた。
○有明海の奥部(諫早湾とは異なる)で水質が悪化して赤潮発生や貧酸素化を起こしたのは、諫早湾の堤防により共鳴が弱められた(!)ことによる。(佐藤正典)
○諫早湾干拓に関する「一次アセス」の報告書には事業者(九州農政局、長崎県)にとって都合の悪い内容が入っており、長いこと秘密にされた。(田北徹)
○「二次アセス」には、肝心の諫早湾に関する評価が入っていなかった。そのために評価結果が弱められた。また、山下弘文氏らによる運動の拡大を危惧して調査が矮小化された。(田北徹)
○生態系影響は本来極めて複雑だが、そのために、ひどい評価を生物学的根拠で覆すことをせず、黙認の形になってしまった。(田北徹)
○開門調査に対し、長崎県は調整池の水質が悪化して使えなくなると反論しているが、実はいまになっても水質がひどく、まだ全く使われていない。干拓地が理想的な形で農業の売り上げを得た場合の47億円/年に対し、農水省は水質改善のために30億円/年を投じている。(高橋徹)
○調整池の水は潮位維持のために定期的に排水されている。その際に排水された富栄養化した汽水が海水の上層を覆い、赤潮を引き起こし、さらに死滅・沈殿したバクテリアが分解するために酸素を消費し、貧酸素化を引き起こしている。(高橋徹)
○アオコには毒性の高いミクロシスチンという物質が含まれており、海域の牡蠣やボラからも検出されている。(高橋徹)
○有明海の稀少な「特産魚種」(ムツゴロウやワラスボなど)は、対馬附近で最終氷期に大陸と日本とが地続きだった頃からの遺存種である。(山口敦子・久米元)
○有明海の赤潮増加は、筑後川などから流入する栄養塩と直接関係がない。むしろ、塩分濃度の低い表層をもつ「塩分成層」ができ、表層の富栄養化した水が赤潮を引き起こすことによる。普通なら塩分成層は縦に混じり合うが、堤防の存在がそれを妨げ、また、大雨のあとに貯水池から淡水化した水が流出して塩分成層を強化するため、そうはならない。(山口敦子・久米元)
○2004年以降、赤潮面積のデータが佐賀県・福岡県により、なぜか公表されなくなった。(山口敦子・久米元)
○現状のままでは、特定の種のみ急激に増加・減少を繰り返す不安定な底生動物相が続くと予想される。(佐藤慎一・東幹夫)
○筑後川からもたらされる有機懸濁物質(デトリタス)が、有明海の特定魚種にとって重要となっていた。ところが、筑後川の河川敷からの大量の砂利採取、筑後大堰からの大量取水によって干潟を疲弊させ、森と海を断絶させてしまっている。(田中克)

ここまでの悪影響は、山下弘文『諫早湾ムツゴロウ騒動記』(南方新社、1998年)でも予想されていない。しかし、調整池の用水需要が実はないこと、水質悪化は避けられないであろうことは、はっきりと指摘されている。そして、現在でも予想通りまったく使うことができないでいる。

それにしても、内湾の共鳴現象ということには驚かされた。自然の不思議である。

●参照
下村兼史『或日の干潟』(有明海や三番瀬の映像)
『有明海の干潟漁』(有明海の驚異的な漁法)

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彭祥杰の写真

2011-05-18 07:00:03 | 中国・台湾

以前に北京の書店で入手した彭祥杰(ペン・シャンジー)の写真集。中国工人出版社が出版した写真家シリーズのひとつで、他にも解海?(『希望』を撮った)、楊延康(チベットやカトリックの写真群を撮った)、陸元敏(『上海人』を撮り、ロモにはまった写真家)などの写真集を出している。ところが、表紙の質がべこべこの厚紙で、皆が自由気ままに手に取る中国の書店ではもうぼろぼろになる。立ち読みして、気にいったらビニール掛け品を探すのが一番である。

写真集は3部構成になっている。サーカス一座の人びと(陝西省が多い)、新疆ウイグル自治区の綿花労働者、街角で花を売る子どもたち(これも陝西省西安が多い)。

印刷がいまひとつだが、モノクロ写真のプリント技術は良い。光の足りない状況下で、寒い空気、砂風の中での息遣いを覚える。しかし、この人たちの生活に近づき過ぎるくらい近づいているにも関わらず、そしてレンズのほうを向いているにも関わらず、何かスクリーンのような存在を間に感じてしまうのはなぜだろう。

あれこれと思いを巡らしてみたが、どうもきっかけをつかむことができない。同じ陝西省のカトリック信者たちを撮った楊延康『郷村天主教/Catholic In The Country Side』(>> リンク)には、写真家と被写体との狭間を感じない。

ウェブ上に彭祥杰の写真群があった。>> リンク

●参照 中国の写真家
陸元敏『上海人』、王福春『火車上的中国人』、陳綿『茶舗』
張祖道『江村紀事』、路濘『尋常』、解海?『希望』、姜健『档案的肖像』
劉博智『南国細節』、蕭雲集『温州的活路』、呉正中『家在青島』
楊延康、徐勇@北京798芸術区
亜牛、ルー・シャンニ@北京798芸術区
孫驥、蔣志@上海の莫干山路・M50
邵文?、?楚、矯健、田野@上海OFOTO Gallery
海原修平『消逝的老街』 パノラマの眼、90年代後半の上海
陸元敏のロモグラフィー

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『アンフォルメルとは何か?』@ブリヂストン美術館

2011-05-18 00:44:24 | アート・映画

八重洲のブリヂストン美術館で開かれている『アンフォルメルとは何か? 20世紀フランス絵画の挑戦』を観る。

「アンフォルメル」など最近ではあまり聞かない運動名になってしまっている。こうして改めて多くの画家たちの作品を眺めると、近代から現代に至り噴出した異端たち、あるいはフォロワーたちを、まとめて運動に押し込めたものではないかという印象を抱いてしまう。ここでも展示されている今井俊満(素晴らしい!!)もアンフォルメル側であるし、同時代の米国中心の「抽象表現主義」(やはり、サム・フランシスジャクソン・ポロックが展示されている)と同時に観てもやはり地続きである。

それはともかく、現代の扉を開いた画家たちの作品には動悸動悸する。毒々しくないマテリアル感が何故か内臓露出を思わせるジャン・フォートリエ、大野一雄の傷痕写真のようなルーチョ・フォンタナの空間的な作品、浮遊感と夜の海のような青が素晴らしいザオ・ウーキー(趙無極)。べとべとの黒絵具を横に擦りのばし、摩擦の違いとアスペリティを利用したピエール・スーラージュによる手法は、きっとゲルハルト・リヒターに影響を与えているに違いないと思ったのだが、さて美術史的にはどうか。

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楠元香代子『スリランカ巨大仏の不思議』

2011-05-17 02:10:12 | 南アジア

楠元香代子『スリランカ巨大仏の不思議 誰が・いつ・何のために』(法蔵館、2004年)を読む。著者は彫刻家であり、その視線を、古のスリランカの仏像に注いでいる。このようなバイアスは大歓迎だ。

ここに紹介されている遺跡群を歩いてからもう15年が経つが、日差しとともに強烈な印象を刻みつけられたものらしく、読むと思いだして愉しい。

スリランカは上座部仏教の国である。それでも、大乗仏教の力は時に大きかったようで、アヌラーダプラアバヤギリ大仏塔は大乗仏教の総本山だったという。そうか、いい加減にしか覚えていなかった。

ところで、仏歯寺のあるキャンディで、湖畔の小さな寺をうろうろしていたときのこと。中から怪しい使用人が出てきた。案内してやるというので着いていくと、「あなたは幸運だ。滅多にお目にかかることができない僧がこれから来る。会わせてやる」。袈裟を着た僧に会うや、そのオヤジは地面をごろごろ凄い勢いで這いつくばって僧に祈りをささげている。「ほら、あなたも祈りなさい。気持ちだけでも何か捧げなさい。何か持っていないか。カネでも良い。ごくわずかでも気持ちだから問題ない。」 よくわからずお布施を差し出すと、「これだけか!少ないだろ!」

騙されたような気がして(騙されたのだが)、複雑な気持ちでいると、オヤジの横を女学生たちが通り過ぎた。「君はスリランカの女性をどう思うか。」「いやまあ、綺麗ですね。」「本当にそう思うか(※怖いくらい顔を近づける)。君の宿は女性を呼べるところか(※斡旋しようとしていた)。」

憤懣やる方なく、翌日別の寺をうろうろすると、(当然)別のオヤジが出てきて、まったく同じセリフで同じ展開。学習したので、余裕を持って、ええ加減にせい、何人の観光客を騙したのか、と、つい怒ってしまったとさ。

この話が上座部仏教の構造と何か関係しているのかどうかわからない。しかし、少なくともどの国でも美談だけで語るのはつまらないということははっきりしている。

閑話休題。この本には他にもいろいろな発見がある。西と東がかちあってガンダーラ美術として仏像が生まれる前に、スリランカで仏像がつくられていてもおかしくないという意見。ポロンナルワガル・ヴィハーラにある涅槃像には、廃したはずの大乗仏教の影響がみられること。ガル・ヴィハーラの座像の顔が丸いのは、満月のイメージに違いないという意見。スリランカの立像の右手はほとんど側面を向けているということ。仏像の頭頂部には、大乗仏教では肉髻(にっけい)という盛り上がりがあるのに対し、上座部仏教ではシラスパタという炎状の飾りがあるという違い。仏像の顔は、いつの間にか自民族の顔になってしまうという観察。

アウカナ仏の写真を見ると、あった筈の古い石造りの屋根が見当たらない。どうしたのだろう。

スリランカの仏教遺跡をまた訪ね歩きたいが、たぶん、実際にその場にいたら、暑くて、本書のようにはしっかりと観察できない。ガル・ヴィハーラの横で買ったコーラが熱かった(!)ことをよく覚えている。


アウカナ仏(1996年) Pentax ME-Super、FA28mmF2.8、Provia100、DP


ガル・ヴィハーラ、ポロンナルワ(1996年) Pentax ME Super、FA28mmF2.8、Provia100、DP

●参照 スリランカ
川島耕司『スリランカと民族』
特別展・スリランカ
スリランカの映像(1) スリランカの自爆テロ
スリランカの映像(2) リゾートの島へ
スリランカの映像(3) テレビ番組いくつか
スリランカの映像(4) 木下恵介『スリランカの愛と別れ』
スリランカの映像(5) プラサンナ・ヴィターナゲー『満月の日の死』
スリランカの映像(6) コンラッド・ルークス『チャパクァ』
スリランカの映像(7) 『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』、『シーギリヤのカッサパ』
スリランカの重力
スリランカの歌手、Milton Mallawarachchi ・・・ ミルトン・マルラウアーラッチ?

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渋谷毅オーケストラ@新宿ピットイン

2011-05-16 07:00:00 | アヴァンギャルド・ジャズ

新宿ピットインで、本当に久しぶりに、渋谷毅オーケストラを聴く(2011/5/15)。

メンバーは、渋谷 毅(p, org)、松風鉱一(bs, as, fl)、林 栄一(as)、津上研太(as, ss)、松本治(tb)、森田修史(ts)、石渡明廣(g)、上村勝正(b)、外山明(ds)。森田修史(ts)は峰厚介不在のため初参加。

第1部。「Side Slip」(石渡)、「Ballad」(石渡)、「Three Views Of A Secret」(ジャコ・パストリアス)、「Chelsea Bridge」(ビリー・ストレイホーン)、「Brother」(林)。第2部。「もはやちがう町」(石渡)、「Such Sweet Thunder」(デューク・エリントン)、「Sonnet For Sister Kate」(エリントン)、「Jazz Me Blues」(traditional)、「Soon I Will Be Done With The Trouble Of The World」(カーラ・ブレイ)、「Aita's Country Life」(松風)、そしてピアノソロ「Lotus Blossom」(ストレイホーン)。

外山明の変リズムのドラムス、林栄一のさすがのアルトソロ、書ききれない素晴らしさ。やっぱり元気が出る。松風師匠とも久しぶりで、結局はカメラだとかヴェトナムだとかマレーシアだとか変わらずの話で、なんだか嬉しくなってしまった。また楽器ケースの蓋を開けようか。

●参照
渋谷毅のソロピアノ2枚
カーラ・ブレイ+スティーヴ・スワロウ『DUETS』、渋谷毅オーケストラ
浅川マキ+渋谷毅『ちょっと長い関係のブルース』
浅川マキの新旧オフィシャル本
宮澤昭『野百合』
松風鉱一トリオ@Lindenbaum
松風鉱一カルテット、ズミクロン50mm/f2
くにおんジャズ
反対側の新宿ピットイン

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ジョン・サーマン『Flashpoint: NDR Jazz Workshop - April '69』

2011-05-15 11:55:08 | アヴァンギャルド・ジャズ

ジョン・サーマン『Flashpoint: NDR Jazz Workshop - April '69』(Cuneiform Records、1969年録画)を観る。同内容のCDとセットになったDVDであり、ジョン・サーマン自身のバンドでの映像作品ははじめてらしい。熱心なサーマンの聴き手ではない私も、好きな『The Trio』録音の前年でもあり、ぜひ観たかった。

モノクロ映像は鮮明である。サーマンの指示でベースのイントロから入る1曲目「Mayflower」では、サーマンの長いソプラノサックスのソロを聴くことができる。それに比べて、マイク・オズボーン(アルトサックス)のソロは流れを先導しきれず今ひとつの印象だ。フリッツ・パウアーのモーダルなピアノはマッコイ・タイナーを思わせる。

2曲目の「Once Upon A Time」では、まず、若き日のケニー・ホイーラー(トランペット)のソロがある。大きな世界を透過するようなヴィジョンが眼前に広がるというのか、やはり独自の世界である。ホイーラーが吹くのは、デイヴ・ホランドの映像でしか観たことがなく、これは嬉しかった。1曲目ではフルートを吹いていたアラン・スキッドモアが良いテナーサックスのソロを吹く。3曲目「Puzzle」はトロンボーンのための曲のようで、作曲したエリック・クラインシュスターマルコム・グリフィスが順にトロンボーンのソロを取る。グリフィスはクラインシュスターより躍動的で、そのために音がふわふわと浮遊する(トロンボーンだから仕方ないか)。この2曲ではサーマンはバリトンサックスを吹くが、ソロはない。

4曲目「Gratuliere」はパウアーによるメロディアスな曲で、最初のアンサンブルの中でサーマンがときおりバリトンサックスで入れる「ンゴッ」という音がアクセントになる。そしてサーマンはソプラノに持ち替え、気持ちのいいソロを取る。自由で良いなあ。アンサンブルが再開してもソプラノを吹き続けて、クラインシュスターのきっちりしたソロにつなぐのがまた快感。この曲で、はじめてロニー・スコット(テナーサックス)がソロを吹くが、端正なだけでダサい。オリヴァー・ネルソン『The Blues And The Abstract Truth』でのリーダー兼サックス奏者・ネルソンもそうだったが、個性派のなかでのこのようなプレイヤーはまったく目立たず損をしている。アンサンブルの中では、スキッドモアのフルートが優しい味を与えている。終わった後、メンバーの誰かが「Very good!」と叫ぶ。

5曲目「Flashpoint」は全員で寄ってたかって音の洪水をつくった後、オズボーン(アルトサックス)、スキッドモア(テナーサックス)、サーマン(バリトンサックス)が相次いでキレそうな勢いでハードなソロを吹きまくり、周囲は煽りまくる。もうお祭りであり、サーマンはタンバリンさえ鳴らしている。もみあげが巨大なアラン・ジャクソン(ドラムス)もここぞとばかりに叩き続ける。最後に興奮の坩堝、である。

確かサーマンは「もうハードには吹けない」と発言し、穏やかなECM盤を吹き込み続けている。それらにはあまり縁がないのだが、やはりハードなサーマンは素晴らしい。

同じ年にサーマンが吹きこんだアルバムが棚にあった。『Unissued Sessions 1969』というプライヴェート盤で、サーマンの他にはオズボーン(アルトサックス)、ジョン・テイラー(ピアノ)、「probably」デイヴ・ホランド(ベース)、「Probably」ステュ・マーティン(ドラムス)。曲も「Glancing Backwards」以外はわからないようで、音はアンバランスで、かなり駄目な録音である。

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山口県の原発

2011-05-15 09:05:49 | 中国・四国

山口県上関町、祝島に面する場所に原発の立地が計画されているが、実際のところ、これまで山口県に原発を建設しようとする動きはいくつもあった。稼働している島根原発と、平林知事(のちに森内閣に入閣)時代に誘致された鳥取県の青谷町・気高町(現・鳥取市)とを除けば、田万川町(現・萩市)、萩市豊北町、そして上関町。これにとどまらず、全国でも反対運動が原発を撥ね退けた事例は少なくない。

共通の記憶とすべき履歴である。

●参照
○長島と祝島 >> リンク
○既視感のある暴力 山口県、上関町 >> リンク
○眼を向けると待ち構えている写真集 『中電さん、さようなら―山口県祝島 原発とたたかう島人の記録』 >> リンク
○角島(豊北町) >> リンク

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