Sightsong

自縄自縛日記

松風鉱一カルテット+石田幹雄@新宿ピットイン

2018-04-30 20:04:39 | アヴァンギャルド・ジャズ

入院中の病院から抜け出して(もちろん外出許可をもらっている)、新宿ピットイン昼の部(2018/4/30)。

Koichi Matsukaze 松風鉱一(as, ts, fl)
Takayuki Kato 加藤崇之(g)
Hiroaki Mizutani 水谷浩章(b)
Akira Sotoyama 外山明(ds)
Mikio Ishida 石田幹雄(p)

10年くらい前は「全員が見渡せるから」という理由でバンドの一番後ろに立ち、5年くらい前は皆の前に立ち、いまは悠然と座って吹くようになった師匠。しかしサウンドは枯れたりマンネリになったりするわけではなく、むしろその逆で、どんどんハチャメチャで自由で過激になってきている。

最初に座るなり適当に音を出し始めるのにも笑ったが、2曲目に松風さんがアルトを持ってからの全員好き放題にはもっと笑ってしまった。水谷さんの作りだすビートだって踊りまくっているし、加藤・外山・石田各氏はその都度新たな言語を生み出している。

そして松風さんの音は強靭に外向きに、ではなく、強靭に場と一体化する。特に最後の「w.w.w.」におけるテナーは、もう自分もあなたもどうにでもしていいけんねという凄まじい胆力を示すものだった。

師匠なんで録音しないんだろう。この音楽をもっと広く知らしめないと。

●松風鉱一
今村祐司グループ@新宿ピットイン(2017年)
松風M.A.S.H. その2@なってるハウス(2017年)
松風M.A.S.H.@なってるハウス(2017年)
渋谷毅オーケストラ@新宿ピットイン(2017年)
渋谷毅オーケストラ@新宿ピットイン(2016年その3)
松風鉱一カルテット+石田幹雄@新宿ピットイン(2016年)
渋谷毅オーケストラ@新宿ピットイン(2016年その2)
松風鉱一@十条カフェスペース101(2016年)
渋谷毅オーケストラ@新宿ピットイン(2016年その1)
渋谷毅エッセンシャル・エリントン@新宿ピットイン(2015年)
松風鉱一カルテット+石田幹雄@新宿ピットイン(2015年)
渋谷毅オーケストラ@新宿ピットイン(2014年)
5年ぶりの松風鉱一トリオ@Lindenbaum(2013年)
松風鉱一カルテット@新宿ピットイン(2012年)
渋谷毅オーケストラ@新宿ピットイン(2011年)
松風鉱一トリオ@Lindenbaum(2008年)
松風鉱一カルテット、ズミクロン50mm/f2(2007年)
原みどりとワンダー5『恋☆さざなみ慕情』(2006年)
松風鉱一『Good Nature』(1981年)
『生活向上委員会ライブ・イン・益田』(1976年)
カーラ・ブレイ+スティーヴ・スワロウ『DUETS』、渋谷毅オーケストラ
森山威男『SMILE』、『Live at LOVELY』 
反対側の新宿ピットイン
くにおんジャズ、鳥飼否宇『密林』

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ハミッド・ダバシ『ポスト・オリエンタリズム』

2018-04-30 09:25:25 | 思想・文学

ハミッド・ダバシ『ポスト・オリエンタリズム テロの時代における知と権力』(作品社、原著2009年)を読む。

著者のハミッド・ダバシはイラン出身の中東研究者であり、しばしば故エドワード・サイードにも比される。本書もサイードの『オリエンタリズム』(1978年)を意識し、また直接引用・批評するものである。従って、ポストコロニアル批評の発展形でもあると言うことができる。

サイード『オリエンタリズム』は、アジアや中東(もともとはギリシャ・ローマから視た「東」)について、ヨーロッパが、自分の視点でのみ一方的でコミュニケーションになど基づかない言説をいかに作り上げていったかを実証的にまとめ上げたものだった。本書の前半では、ゴルトツィーエル・イグナーツという19-20世紀のイスラーム・東洋学者の活動について、その観点から検証している(馴染みのない議論でありここで挫折する人も少なくないだろう)。それによれば、サイードが想定した東方への視線を、必ずしもゴルトツィーエルが持っていたわけではなかった。『オリエンタリズム』の描く大きなストーリーからはみ出してしまうものはあるということだ。

しかし、そのことは同書が画期的な成果だったことに傷をつけるものではない。ダバシは、同書はミシェル・フーコーが発展させた理論に影響された面が大きいと説く(たとえば非合理なものを線の向こう側に追いやる歴史的な経緯を説いた、1961年の『狂気の歴史』)。まさにフーコーの理論をリアルの社会と歴史に適用したことがサイードの功績であったというわけである。その分、サイードは抽象的な思想を開拓したわけではなかったとする。本人は同書を理論ではなく遊撃(パルチザン)だと表明している。

一方で、ガヤトリ・C・スピヴァクが引き合いに出される。サイードとは対照的に、ジェンダーの違い、サバルタン性、非ヨーロッパ(インド)という立ち位置からの批評は明瞭ではなく、わかりにくく、大きな批判の対象にもなった(実際に彼女のポストコロニアル批評のテキストはわかりにくいと思う)。だが、そのことを踏まえた上で、ダバシはスピヴァクの言説もサイードと同様に高く評価する。おそらくそれは、異なる立ち位置からの言説の模索ゆえのことである。私たちは何もサイードとスピヴァクのどちらかを選ばなければならないわけではない。

というのも、本書後半になって、越境を伴う者たち(モフセン・マフマルバフ、マルコムX、チェ・ゲバラ、フランツ・ファノンら)の視線こそを非常に称揚するからだ。

「理論家でかつ実践家でもあるこれらの革命家は巡礼者のようだ。つねに移動することを定めとし、さらにまた次の現場を訪れる。こうしてまさに訪れたどこか他の場所の遠いこだまを聞き取って語り、また見覚えあるあらゆる場所に堆積している知恵を読み取って語るのである。彼らはつねに自らの声の中にある異郷の波紋とともに語った。そして来るべき場所についての確信の輝きとともに行動した。たいへんな説得力でものを見て触発することができたのだが、それは自分たちがいたのとは別の異なる場所がどこかにあるという、響き渡る確信の声で語ったからである。昨日の世界からやってきたが、明日の言語で語った。(略)神の介入によってではなく、駆け抜ける馬の蹄、旅するブーツのかかとが巻き上げるつむじ風によって幻視したのである。」

それと対照的なものは、サイードが可視化したようなヨーロッパ内で相手(東方)を内部化する言説、あるいは、アメリカのエスタブリッシュメント・ネオコンと深く関係したイデオローグ的な言説(ノーム・チョムスキーが何度も指摘しているように)。ダバシの表現によれば、この「内方浸透」による知のあり方は「ヘゲモニーなき帝国に奉仕して何も意味しない知」と手厳しい。一見相手を公平・客観的に位置づけ扱うようであっても、それは固定化され歪んだ構造に基づくものに過ぎないということである。なぜ誰もがヨーロッパ的な思想空間・言説空間を介して表象せねばならないのか、ヨーロッパ的な者を対話者として選ばねばならぬのか、語る主体は誰なのかというわけだ。

「彼らの恐れと震えに向き合うこと。彼らが「自分たちの古典」と呼ぶものの死せる読解における、生命のない確実性に頼ろうとする「西洋文明」の守護者としての「西洋」を、脱物語化する潮流に身を投じること。ポスト土着主義(ポストコロニアル)の知識人の基本的な仕事は、こうしたテクストが実際に自分たちに属しているという満足を、ありもしない「西洋」の文化的戦士たちに与えないことだ。これらのテクストは、彼らのものではない。これらのテクストが亡命(エグザイル)しているとき、私たちは故郷(ホーム)に居るのである。」

●ミシェル・フーコー
ミシェル・フーコー『性の歴史Ⅰ 知への意志』(1979年)
ミシェル・フーコー『監獄の誕生』(1975年)
ミシェル・フーコー『ピエール・リヴィエール』(1973年)
ミシェル・フーコー『言説の領界』(1971年)
ミシェル・フーコー『わたしは花火師です』(1970年代)
ミシェル・フーコー『知の考古学』(1969年)
ミシェル・フーコー『狂気の歴史』(1961年)
ミシェル・フーコー『コレクション4 権力・監禁』
重田園江『ミシェル・フーコー』
桜井哲夫『フーコー 知と権力』
ジル・ドゥルーズ『フーコー』
ルネ・アリオ『私、ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した』
二コラ・フィリベール『かつて、ノルマンディーで』

●ガヤトリ・C・スピヴァク
ガヤトリ・C・スピヴァク『ナショナリズムと想像力』(2010年)
ガヤトリ・C・スピヴァク『デリダ論』(1974年)

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ジュリアス・ヘンフィルのBlack Saintのボックスセット

2018-04-29 13:57:53 | アヴァンギャルド・ジャズ

諸事情で入院せざるを得ず、まとめて聴く音源をいろいろと持ち込んだ。

最近、ティム・バーンを含め、ジュリアス・ヘンフィルから連なるサックス奏者の系譜についての指摘が少なくない。クリス・デイヴィスだってヘンフィルの曲を演奏していた。今回、ヘンフィルのBlack Saintレーベルの5枚セットも落ち着いて通して聴くことができて、入院も悪くない。5枚のうち過去に聴いたのは2枚のみであり、手元には1枚しか残っていなかった。

■ ジュリアス・ヘンフィル+アブドゥル・ワダッド+ドン・モイエ『Raw Materials and Residuals』(1977年)

Julius Hemphill (as, ss)
Abdul Wadud (cello)
Famadou Don Moye (perc)

内部を引っ掻くようなヘンフィルのサックスにはやはり痺れる。ここで特筆すべきはモイエの「Mirrors」におけるパーカッションであって、シンバルだけで実に美しく重ね合わされたグラデーションを描いている。また「G Song」ではワダッドはピチカートに転じ、オリエンタルな感覚を生み出してもおり、アルバムの締めくくりとして面白い。

■ ジュリアス・ヘンフィル『Flat-Out Jump Suite』(1980年)

Julius Hemphill (fl, ts)
Abdul Wadud (cello)
Warren Smith (perc)
Olu Dara (tp)

タイトル通り組曲的な作りである。カルテットでありながら、まるで役者がステージ上で入れ替わり演技を行うようであり、変わっていながらも魅力的なコンポジションだ。「Mind」の第2部までは、ヘンフィルはフルートに声も吹き込みなかなかの音色。それが4曲目「Heart」でテナーに持ち替え全員で疾走する転換にはぞくりとさせられる。ワダッドのチェロとウォーレン・スミスのパーカッションが跳ねる中で粘るヘンフィルのサウンドは、確かにティム・バーンに受け継がれている。

■ ジュリアス・ヘンフィル『Fat Man and the Hard Blues』(1991年)

Julius Hemphill (as)
Carl Grubbs (as, ss)
Sam Furnace (bs, fl)
Marty Ehrlich (ss, as, fl)
Andrew White (ts)
James Carter (ts) 

管楽器だけのセクステット。この時期まで在籍したワールド・サキソフォン・カルテットからヘンフィルが発展させた面もあるのかなと思いつつ聴いた。WSQと共通する快感もある。そしてその中で、ヘンフィルのアルトは内奥を引っ掻き、震え、喉を鳴らし、塩っ辛く魅力的なブルースを吹く。 

■ ジュリアス・ヘンフィル『Five Chord Stud』(1993年)

Tim Berne (as)
Fred Ho (bs)
Marty Ehrlich (ss, as)
Sam Furnace (ss, as)
Andrew White (ts)
James Carter (ts)

ここではヘンフィルは演奏せず作曲と指揮に専念している。そのためか、同じ管楽器だけのセクステットでも、曲によってフィーチャーするソロイストをうまく入れ替え、前作よりも仕掛けが多く凝った構成になっている。「Shortly」でのティム・バーンのソロがかれらしくてとても良いし、その曲後半になるとジェームス・カーターがブルージーなテナーを吹き、また面白い。マーティ・アーリックはあらためて聴くと、やはりふくよかな音色なんだな(マイラ・メルフォードとのデュオを観て意外に感じたことだった)。ちょっとフレッド・ホーのバリトンがダサく感じられた。

■ ジュリアス・ヘンフィル+ウォーレン・スミス『Chile New York』(1980年)

Julius Hemphill (as, ts, fl, voice)
Warren Smith (perc)

はじめて聴いた。ガチのデュオ、ではあるのだが、即興とエネルギーとをぶつけ合うというよりも、サウンド風景を創り出すことに注力しているようである。スミスのパーカッションはずいぶんと場で響かせ、一方でヘンフィルは曲によって楽器を変え、その結果、連番が振られた7曲を通じてダークで籠ったような雰囲気が発散されている。

●ジュリアス・ヘンフィル
映像『Woodstock Jazz Festival '81』
(1981年)

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済州島、火山島

2018-04-29 12:17:36 | 韓国・朝鮮

済州島は火山島であり、金石範の長編小説の題名にもなっている。もっとも高い火山は1950mの休火山・漢拏山(ハルラ山)であり、これは韓国の最高峰でもある。韓国はプレート境界近くでもないため、火山活動は限られているのだ。従って済州島は韓国の中では珍しい地形を持ち、そのためにリゾート開発もなされ有名な観光地になっている(観光客は減ってきているらしい)。

火山島であるためおそらく土壌は肥沃でもなく(松の木が目立ったのはそのせいか)、大きな産業もない。観光産業が発達したのはそのことの裏返しであるだろう。かつては貧困のため、1920年代に大阪との間に定期船「君ヶ代丸」が就航してからは日本に労働者が流出した。被差別の島でもあった。また、太平洋戦争末期には、日本の「本土」防衛のために捨て石として利用される計画があった。最近では南部の江汀という場所に、米軍の軍事計画に沿った形での韓国海軍基地が建設された。すなわち、沖縄と似たところが多い。

昔から、この島は女、石、風が多い「三多島」と言われている。石は火山岩であり、主に黒く気泡がたくさん入った玄武岩。これが風から農地や家を護るために石垣として使われている。また、お墓の周りも石垣で取り囲まれている。畑の中にお墓を作って死者・祖先を身近に感じ、またそのために撤去もできず周りだけ新しい農地というパターンも多かった。

まあ、とにかく石垣が予想を超えて多い。別に石垣の写真を撮りに済州島まで行ったわけではないが気が付くとカメラを向けている。ほとんどは無造作に積まれ、石の間に粘土や泥やセメントが詰められていたりはしない。昔の住居を保存した「城邑民俗マウル」に行ってみると、家の壁として使う場合には間に泥を塗り込めるようだったが、風が入っても困るし当然かもしれない。また、便所はお金持ちでなければ野外にあって、石で組まれており、排泄物が石垣の中にそのまま流されて豚の餌となる仕組みだった(高嶺剛『ウンタマギルー』は沖縄を舞台にしているが、そこに似たようなものが出てきた記憶がある)。

山口県の祝島も風が強く、石が積み上げられて間をセメントや漆喰で埋める練塀が多い。このルーツは、祝島と交流のあった国東半島ではなく、済州島にあるのだという(『風の民、練塀の町』)。見た限りの印象ではそれはよくわからないのだが、祝島は朝鮮通信使のルート上にもあったわけだし、そういった文化が伝播してきたとしても不思議ではない。

海沿いを歩くと柱状節理もある。また断崖絶壁もある。

島の南西部で、17世紀にオランダの船乗りヘンドリック・ハメルが難破して流れ着いた場所も見ることができた(かれはその後13年間幽囚され、のちに『朝鮮幽囚記』を書いた)。その近くには山房山(サンバンサン)という溶岩が下から盛り上がって出来た山があり、階段をひいひい言ってのぼると、上の洞窟に仏が設置されていた。仏の前には水滴が溜められ、山の女神が石になって流す涙だと伝えられていた。当然ひと口飲んだので長寿は間違いない。

北東部には城山日出峰(ソンサンイルチュルボン)という海に出っ張った噴火口跡がある。空撮した写真を見ると見事なお椀型なのだが、やはりひいひい言ってのぼってみると、お椀の端っこしか見ることはできない。しかし奇妙な形の岩や海や下界の干潟を眺めることができて愉しかった。すぐ近くに、やはり海に突き出たソプチコジという場所があり、ここも歩くだけで愉しいところだった。

そんなわけで、さすがに自然の風景だけでも見どころが多い。今度来ることがあれば漢拏山も歩いてみたい。詩人の金時鐘さんは、四・三事件から逃れて大阪に辿り着き、機関誌『ヂンダレ』のメンバーになった。そのヂンダレとは山つつじのジンダレのことだろう。もうちょっと早い季節なら漢拏山にのぼればジンダレを見ることができるという。 

漢拏山

石垣の数々

昔の家と便所と犬(城邑民俗マウル)

お墓

柱状節理

セソカク

南部の絶壁

ハメルが漂着した海岸

山房山

城山日出峰

ソプチコジ

●済州島
済州島四・三事件の慰霊碑と写真展
済州島の平和博物館

済州島四・三事件69周年追悼の集い〜講演とコンサートの夕べ
『済州島四・三事件 記憶と真実』、『悲劇の島チェジュ』
オ・ミヨル『チスル』、済州島四・三事件、金石範
文京洙『済州島四・三事件』
文京洙『新・韓国現代史』
金石範、金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか 済州島四・三事件の記憶と文学』
金石範講演会「文学の闘争/闘争の文学」
金石範『万徳幽霊奇譚・詐欺師』 済州島のフォークロア
金石範『新編「在日」の思想』
水野直樹・文京洙『在日朝鮮人 歴史と現在』
済州島四・三事件と江汀海軍基地問題 入門編
金時鐘講演会「日本と朝鮮のはざまで」
金時鐘『朝鮮と日本に生きる』

金時鐘『境界の詩 猪飼野詩集/光州詩片』
細見和之『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』
『海鳴りの果てに~言葉・祈り・死者たち~』
『海鳴りのなかを~詩人・金時鐘の60年』
梁石日『魂の流れゆく果て』
(屋台時代の金石範)
仲里効『悲しき亜言語帯』(金時鐘への言及)
林海象『大阪ラブ&ソウル』(済州島をルーツとする鶴橋の男の物語)
金賛汀『異邦人は君ヶ代丸に乗って』(済州島から大阪への流れ)
藤田綾子『大阪「鶴橋」物語』
鶴橋でホルモン(与太話)
三河島コリアンタウンの伽耶とママチキン
尹東柱『空と風と星と詩』(金時鐘による翻訳)
『越境広場』創刊0号(丸川哲史による済州島への旅)
徐京植、高橋哲哉、韓洪九『フクシマ以後の思想をもとめて』(済州島での対談)
新崎盛暉『沖縄現代史』、シンポジウム『アジアの中で沖縄現代史を問い直す』(沖縄と済州島)
宮里一夫『沖縄「韓国レポート」』(沖縄と済州島)
長島と祝島(2) 練塀の島、祝島(祝島と済州島)
野村進『コリアン世界の旅』(つげ義春『李さん一家』の妻は済州島出身との指摘)
加古隆+高木元輝+豊住芳三郎『滄海』(「Nostalgia for Che-ju Island」)
豊住芳三郎+高木元輝 『もし海が壊れたら』、『藻』(「Nostalgia for Che-ju Island」)
吉増剛造「盲いた黄金の庭」、「まず、木浦Cineをみながら、韓の国とCheju-doのこと」
「岡谷神社学」の2冊

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バド・パウエル『At the Golden Circle』の5枚

2018-04-28 12:19:08 | アヴァンギャルド・ジャズ

バド・パウエルが1962年にストックホルムのゴールデン・サークルにおいて吹き込んだライヴ演奏5枚組、『At the Golden Circle』(Steeple Chase、1962年)をまとめて聴く。これまでつまむ程度だった。

Bud Powell (p)
Torbjörn Hultcrantz (b)
Sune Spångberg (ds)

vol. 1-3が4月19日、vol.4・5が4月23日。ベースとドラムスとは現地のプレイヤーであり、あまり目立つところはない。つまりバドを聴くためのアルバムである。ストックホルムだからといって、『In Paris』のように「Dear Old Stockholm」を弾くようなサービスはない。

通して聴いてみて、同日に演奏されたvol.2と3とが個人的な白眉だ。もう、驚くほどよれよれである。1964年の『In Paris』も酔っぱらっているようだが、それよりもよれよれである。vol. 2における「Like Someone in Love」は翌1963年にデクスター・ゴードン『Our Man in Paris』においてピアノトリオで演奏しており、諦めと悦びとがあい混じった和音が素晴らしいものだが、それよりも遅く、よれている。

だからこそのバドである。すべての感情を中に詰め込むようなことは誰にも真似ができない。61年も、この62年も、63年や64年も何とも言えず好きである。

●バド・パウエル
『Jazz in Denmark』 1960年代のバド・パウエル、NYC5、ダラー・ブランド(1960年代)
「3人のボス」のバド・パウエル(1961年)
穐吉敏子@Mezzrow(2015年)
サシャ・ペリー『eretik』(2005年)
アル・ヘイグ『A Portrait of Bud Powell』(1977年)

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ベン・ウィートリー『ハイ・ライズ』

2018-04-27 15:31:07 | ヨーロッパ

ベン・ウィートリー『ハイ・ライズ』(2015年)を観る。何しろJ・G・バラード作品の映画化であり観たかったのだが公開期間も短く逃してしまっていた。amazonのプライムビデオにあった。

閉ざされた世界のような高層マンション。セレブはもはやモラルなど持っておらず本能のはけ口を探している。この帝国で、ヒエラルキーがあるために乱痴気騒ぎと狂気と殺し合いが歯止めなく暴走する。

正直言ってどうも面白くない。バラードのテキストの合間にある想像力のポケットが、この映像にはないためか。リミッターを超えたときに笑ってしまうユーモアもない。最終的に落ち着くところはテクノロジーの中の原始的なコミュニティであり、それはバラード的で良いのだが、それをマーガレット・サッチャー流の資本主義とシニカルに結び付けようとしたところも上滑り。

●J・G・バラード
J・G・バラード自伝『人生の奇跡』(2008年)
J・G・バラード『楽園への疾走』(1994年)
J・G・バラード『ヴァーミリオン・サンズ』(1956-70年)

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藤田敏八は恥ずかしい(3) 『スローなブギにしてくれ』

2018-04-27 06:24:44 | アート・映画

amazonで、藤田敏八『スローなブギにしてくれ』(1981年)。

37年前の浅野温子がとても魅力的、以上。ディテールがいちいち恥ずかしい。全シーンに(笑)が入りそうなほど恥ずかしい。



●藤田敏八
藤田敏八は恥ずかしい

藤田敏八は恥ずかしい(2) 「ロッポニカ」の『リボルバー』

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ドン・プーレン『Plays Monk』

2018-04-24 21:51:43 | アヴァンギャルド・ジャズ

ドン・プーレン『Plays Monk』(Whynot、1984年)を聴く。

Don Pullen (p)

言うまでもなく、ドン・プーレンのソロピアノによるセロニアス・モンク集。意外にも感じるが、プロデュースした悠雅彦さんは、モンクとプーレンとの関係を実証したかったのだという。

プーレンは独自の鍵盤をかき乱すプレイにより、二進も三進もいかない場所に自分を追い込んでゆく。すべてが公然の秘密であり時間の進み方も最初から達観していたようなモンクとは、やはり、根本的に違うタイプのピアニストのように思える。それゆえに面白い。

●ドン・プーレン
サム・リヴァースをしのんで ルーツ『Salute to the Saxophone』、『Portrait』(1992年、1995年)
ドン・プーレンのピアノトリオとシンディ・ブラックマン(1988-92年)
ジョージ・アダムスの甘甘作品(1979-84年、1988年)
ドン・プーレン+ジョセフ・ジャーマン+ドン・モイエ『The Magic Triangle』(1979年)

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ジェレミー・ペルト『Noir en Rouge / Live in Paris』

2018-04-24 00:30:11 | アヴァンギャルド・ジャズ

ジェレミー・ペルト『Noir en Rouge / Live in Paris』(High Note、2017年)を聴く。

Jeremy Pelt (tp)
Victor Gould (p)
Vincente Archer (b)
Jonathan Barber (ds)
Jacquelene Acevedo (perc) 

ジェレミー・ペルトの音はフィジカルにどっしりと安定していて、ダークで色気もあって、とても良い。たいへんな実力者だし傑作を出しているのに、いまひとつ評価が盛り上がらないような気がする。このような「どジャズ」をやることは時流に乗ることではないということなのかな。しかし良いものは良い。

前作と同じメンバーで、「カルテット+パーカッション」というべきか、打楽器ふたりというべきか。ペルトの重い剛球を持ち上げるにはどうやら適したフォーマットのようである。

そして、パリのSunset-Sunsideの洞窟空間における響きが、さらにサウンドを色っぽいものにしている。

●ジェレミー・ペルト
ジェレミー・ペルト『Make Noise!』(2016年)
ジェレミー・ペルト『#Jiveculture』(2015年)
ブラック・アート・ジャズ・コレクティヴ『Presented by the Side Door Jazz Club』(2014年)
ジェレミー・ペルト『Tales, Musings and other Reveries』(2014年)
ジェレミー・ペルト@SMOKE(2014年)
ジャズ・インコーポレイテッド『Live at Smalls』(2010年)
ジェレミー・ペルト『Men of Honor』(2009年)
ルイ・ヘイズ『Dreamin' of Cannonball』(2001年)

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済州島四・三事件の慰霊碑と写真展

2018-04-23 00:18:10 | 韓国・朝鮮

済州島の南部の海岸あたりで、昼食を取ろうとてくてく歩いていると、突然、道端に四・三事件の慰霊碑が現れた。安徳面(面は行政区分のひとつの呼び方)という地域の犠牲者を慰霊する碑なのだった。裏側には犠牲者の方々の名前がびっしりと彫られている。

当時、アメリカ・韓国警察は済州島の住民の多くをパルゲンイ(アカ)だとみなし、焦土化作戦として海岸線から5kmより内陸に居るすべての者を「害虫」だとして、多くの住民を虐殺した。しかし、海岸に近いこの地でも犠牲者が多かったということになる。あるいは韓国のみの選挙への反対運動のために出ていった人たちも入っているのかもしれない。

慰霊碑建立に伴う言葉が隣の石に掘られている。韓国語ができる友人に送って大意を訳してもらった。そこには、盧武鉉大統領(当時)が2003年になって史実を認め謝罪したことに加え、こんなことが書かれている。犠牲者は共産主義の何たるかを知らず、白も黒もわからず、それなのに殺されたのだ、と。それでは共産主義者であり、確固とした思想を持っていたとしたらどうなのか。このあたりが、かつて「アカ」と言われることが死を意味した戦後韓国社会だからこそのように思えた。

この2日後に、済州市(島の北部)の済州文芸会館で開かれていた四・三事件の写真展を観た。70周年を記念したものであり、講演なども行われているようだった。

そこに行くつもりだとタクシーの運転手さんに話したところ、こんなことを言ってくれた。四・三事件についてはいろいろな説がある。きっかけが韓国の警察側であったという人、あるいは、金徳三(「暴徒の主導者」と位置付けられている)が口火を切ったのだという人。複雑だからいろいろと勉強しないとね、と。

昨年(2017年)に開かれた「済州島四・三事件69周年追悼の集い」によれば、四・三平和公園(今回は行けなかった)には被害者1万4200人ほどの名前が刻まれた位牌が祀られている。しかし、その金徳三の名前は入っていないのだという。安徳面の慰霊碑についても、そのような線引きと無関係ではないのかもしれない。

写真展は2つの展示室に分けられていた。最初の部屋には、山中でとらえられた人たちや、連行されて集められた人たちの姿がある。遺骨の写真もあるがちょっと正視できない。処刑されている人は、上の金徳三と同様に「暴徒の主導者」たる李徳九であった。第2の部屋に展示されている写真は、生き残った体験者たちの姿。ひどい後遺症が残った人もいる。また、毎年行われているシャーマンたちによる慰霊行事の様子もあった。

韓国では、2008年に李明博政権が発足してから四・三事件への視線が歴史修正主義的なものに歪んでいったという(いまの「犠牲者」の中にもパルゲンイがいるとの攻撃)。朴槿恵政権を経てふたたびリベラルの文在寅が大統領になったことは、少なくとも、四・三事件の真相究明に向けては良いことだったのだろう。

Nikon P7800

●参照
済州島の平和博物館
済州島四・三事件69周年追悼の集い〜講演とコンサートの夕べ
『済州島四・三事件 記憶と真実』、『悲劇の島チェジュ』
オ・ミヨル『チスル』、済州島四・三事件、金石範
文京洙『済州島四・三事件』
文京洙『新・韓国現代史』
金石範、金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか 済州島四・三事件の記憶と文学』
金石範講演会「文学の闘争/闘争の文学」
金石範『万徳幽霊奇譚・詐欺師』 済州島のフォークロア
金石範『新編「在日」の思想』
水野直樹・文京洙『在日朝鮮人 歴史と現在』
済州島四・三事件と江汀海軍基地問題 入門編
金時鐘講演会「日本と朝鮮のはざまで」
金時鐘『朝鮮と日本に生きる』

金時鐘『境界の詩 猪飼野詩集/光州詩片』
細見和之『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』
『海鳴りの果てに~言葉・祈り・死者たち~』
『海鳴りのなかを~詩人・金時鐘の60年』
梁石日『魂の流れゆく果て』
(屋台時代の金石範)
仲里効『悲しき亜言語帯』(金時鐘への言及)
林海象『大阪ラブ&ソウル』(済州島をルーツとする鶴橋の男の物語)
金賛汀『異邦人は君ヶ代丸に乗って』(済州島から大阪への流れ)
藤田綾子『大阪「鶴橋」物語』
鶴橋でホルモン(与太話)
三河島コリアンタウンの伽耶とママチキン
尹東柱『空と風と星と詩』(金時鐘による翻訳)
『越境広場』創刊0号(丸川哲史による済州島への旅)
徐京植、高橋哲哉、韓洪九『フクシマ以後の思想をもとめて』(済州島での対談)
新崎盛暉『沖縄現代史』、シンポジウム『アジアの中で沖縄現代史を問い直す』(沖縄と済州島)
宮里一夫『沖縄「韓国レポート」』(沖縄と済州島)
長島と祝島(2) 練塀の島、祝島(祝島と済州島)
野村進『コリアン世界の旅』(つげ義春『李さん一家』の妻は済州島出身との指摘)
加古隆+高木元輝+豊住芳三郎『滄海』(「Nostalgia for Che-ju Island」)
豊住芳三郎+高木元輝 『もし海が壊れたら』、『藻』(「Nostalgia for Che-ju Island」)
吉増剛造「盲いた黄金の庭」、「まず、木浦Cineをみながら、韓の国とCheju-doのこと」
「岡谷神社学」の2冊

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済州島の平和博物館

2018-04-22 23:31:00 | 韓国・朝鮮

済州島の中西部にある平和博物館に足を運んだ。近くには茶畑や茶文化を展示するオーソルロクティーミュージアムがあり、うまい緑茶のアイスやロールケーキを食べることができる。宿のご主人は、茶の博物館のことは知っていたが、平和博物館のことは知らなかった。タクシーの運転手は、日本人ならそれを見て反省することも良いだろうと言っていた(と、通訳してくれた)。もちろん自然なことである。

最初に13分間ほどの映像を観る。日本軍が済州島に駐留したのは1945年はじめから敗戦までの1年未満に過ぎないが、それは大きな戦略上の意図を伴っていた。日本軍は済州道民を強制的に動員して洞窟陣地を作り、日本の「本土」防衛のための場所にしようとしていた。すなわち、済州島が沖縄のようになる可能性は十分にあった。映像では、動員された体験者が、手袋もなく掘ることを命じられ惨めなものだったと語っていた。

展示室の中には、日本軍の遺したものが主に展示されている。また日本教育に使われた教科書の横には、安重根の写真を載せた自国の歴史書も置かれていた。朝鮮戦争時に北朝鮮軍によって使われたロケット砲の残骸もあった。テーマが絞られていないのではなく、歴史をひとつながりのものとして見せようとするものと理解した。

外には、なんと、その洞窟陣地が保存されている。その一部には入ることができるのだが、戦慄すべきものだ。ここで戦争末期に虐殺や「集団自決」が起きていたかもしれないのである。

Nikon P7800

●参照
済州島四・三事件69周年追悼の集い〜講演とコンサートの夕べ
『済州島四・三事件 記憶と真実』、『悲劇の島チェジュ』
オ・ミヨル『チスル』、済州島四・三事件、金石範
文京洙『済州島四・三事件』
文京洙『新・韓国現代史』
金石範、金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか 済州島四・三事件の記憶と文学』
金石範講演会「文学の闘争/闘争の文学」
金石範『万徳幽霊奇譚・詐欺師』 済州島のフォークロア
金石範『新編「在日」の思想』
水野直樹・文京洙『在日朝鮮人 歴史と現在』
済州島四・三事件と江汀海軍基地問題 入門編
金時鐘講演会「日本と朝鮮のはざまで」
金時鐘『朝鮮と日本に生きる』

金時鐘『境界の詩 猪飼野詩集/光州詩片』
細見和之『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』
『海鳴りの果てに~言葉・祈り・死者たち~』
『海鳴りのなかを~詩人・金時鐘の60年』
梁石日『魂の流れゆく果て』
(屋台時代の金石範)
仲里効『悲しき亜言語帯』(金時鐘への言及)
林海象『大阪ラブ&ソウル』(済州島をルーツとする鶴橋の男の物語)
金賛汀『異邦人は君ヶ代丸に乗って』(済州島から大阪への流れ)
藤田綾子『大阪「鶴橋」物語』
鶴橋でホルモン(与太話)
三河島コリアンタウンの伽耶とママチキン
尹東柱『空と風と星と詩』(金時鐘による翻訳)
『越境広場』創刊0号(丸川哲史による済州島への旅)
徐京植、高橋哲哉、韓洪九『フクシマ以後の思想をもとめて』(済州島での対談)
新崎盛暉『沖縄現代史』、シンポジウム『アジアの中で沖縄現代史を問い直す』(沖縄と済州島)
宮里一夫『沖縄「韓国レポート」』(沖縄と済州島)
長島と祝島(2) 練塀の島、祝島(祝島と済州島)
野村進『コリアン世界の旅』(つげ義春『李さん一家』の妻は済州島出身との指摘)
加古隆+高木元輝+豊住芳三郎『滄海』(「Nostalgia for Che-ju Island」)
豊住芳三郎+高木元輝 『もし海が壊れたら』、『藻』(「Nostalgia for Che-ju Island」)
吉増剛造「盲いた黄金の庭」、「まず、木浦Cineをみながら、韓の国とCheju-doのこと」
「岡谷神社学」の2冊

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ヴァネッサ・ブレイ+山口コーイチ@サラヴァ東京

2018-04-19 08:05:41 | アヴァンギャルド・ジャズ

渋谷のサラヴァ東京において、「ピアノな夜」(2018/4/17)。

Vanessa Bley (p)
Koichi Yamaguchi 山口コーイチ (p)

ヴァネッサ・ブレイはポール・ブレイの下の娘。神童であったようで、このようなインプロピアノ「も」余裕で弾きこなしていたという。実際にはじめて接するのだが、確かにそのあたりから美しいものを手で摘み、次々にフレーズにしてゆくところなど、父親に似ているのだなと思った次第。凄みが出るのはこれからだ。

セカンドセットは山口コーイチ。やはり山口さんらしくはじまりも終わりもないシームレスな魅力がある。途中で「All The Things You Are」がモチーフとして発展された。山口さんによれば、「20年くらい前」にポール・ブレイが来日したときに、同曲のイントロばかりをセットを通じて弾き続けたことがあって、それに触発された演奏だった。

わたしもポール・ブレイのソロピアノをその頃に新宿ピットインで観て(同じ年かな?)、激しく魅了されたのだった。ブレイはバップ曲さえも弾いた。近くに座っていた観客が「美しい・・・」なんて呟いていた記憶がある。

詳しいレビューを楽しみに待ちたい。

Fuji X-E2、XF60mmF2.4

●ポール・ブレイ
ポール・ブレイ『Solo in Mondsee』(2001年)
ポール・ブレイ『Synth Thesis』(1993年)
ポール・ブレイ『Homage to Carla』(1992年)
ポール・ブレイ『Plays Carla Bley』(1991年)
ポール・ブレイ+ゲイリー・ピーコック『Partners』(1991年)
ポール・ブレイ+チャーリー・ヘイデン+ポール・モチアン『Memoirs』(1990年)
チェット・ベイカー+ポール・ブレイ『Diane』(1985年)
イマジン・ザ・サウンド(1981年)
アネット・ピーコック+ポール・ブレイ『Dual Unity』(1970年)
ポール・ブレイ『Barrage』(1964年)
ポール・ブレイ『Complete Savoy Sessions 1962-63』(1962-63年)

●山口コーイチ
川下直広カルテット@なってるハウス(2017年)
川下直広カルテット@なってるハウス(2016年)
AAS@なってるハウス(2016年)
山口コーイチ『愛しあうことだけはやめられない』(2009-10年)

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クリス・アンダーソン『Blues One』

2018-04-17 08:23:31 | アヴァンギャルド・ジャズ

クリス・アンダーソン『Blues One』(DIW、1991年)を聴く。

Chris Anderson (p)
Ray Drummond (b)
Billy Higgins (ds)

当時ぴか一のベースとドラムスとを伴い、スタンダードを中心に弾いた盤であるから、半分は期待しなかったのだが。

実は驚いた。この隙間だらけで達観したようなピアノは何だろう。アーマッド・ジャマルよりも過激なのではないか。またクリス・アンダーソンに惚れなおした次第。

●クリス・アンダーソン
Naimレーベルのチャーリー・ヘイデンとピアニストとのデュオ(1998年、2003年)
クリス・アンダーソン『Live at Bradleys』(1994年)

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オッキュン・リー『Dahl-Tah-Ghi』

2018-04-17 00:53:28 | アヴァンギャルド・ジャズ

オッキュン・リー『Dahl-Tah-Ghi』(Pica Disk、2013年)を聴く。

Okkyung Lee (cello)

オスロのエマニュエル・ヴィーゲラン美術館というところにおける、チェロのソロ演奏。写真を見る限りではフレスコ画に囲まれた古い空間のようだ。その中で、かすかな音からマテリアルを感じさせる大きな音まで幅広い弦の擦れが、増幅され反響している。湿った響きの残る中で次の音が発せられるものだから、まるで多重録音のように聴こえてくる。

オッキュン・リーはなんとなくインパクトが薄れたように思えていたが、やはりこの敬虔さも凶悪さも感じさせるサウンド、さすがである。

●オッキュン・リー
イクエ・モリ『Obelisk』(2017年)
オッキュン・リー+ビル・オーカット『Live at Cafe Oto』(2015年)
エヴァン・パーカー ElectroAcoustic Septet『Seven』(2014年)
アクセル・ドゥナー+オッキュン・リー+アキム・カウフマン『Precipitates』(2011、13年)
ジョン・エドワーズ+オッキュン・リー『White Cable Black Wires』(2011年)
エヴァン・パーカー+オッキュン・リー+ピーター・エヴァンス『The Bleeding Edge』(2010年)
フィル・ミントン+オッキュン・リー『Anicca』(2009年)
オッキュン・リー+ピーター・エヴァンス+スティーヴ・ベレスフォード『Check for Monsters』(2008年)
オッキュン・リーのTzadik盤2枚(2005、11年) 

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レイラ・ハサウェイ@ブルーノート東京

2018-04-16 21:03:26 | ポップス

ブルーノート東京に足を運び、レイラ・ハサウェイ来日ツアーの最終日最終回(2018/4/15)。昨年も一昨年も行けなかったのでようやく、である。その前にはアポロ劇場でのコンサートを見送ってあとで後悔していた。

Lalah Hathaway (vo)
Dennis Clark (back vo)
Eric Smith (b)
Lynette Williams (key)
Tavarius Johnson (ds)
DJ Spark (dj)

guests:
Zeebra (rap)
TOKU (vo, tp)

いきなりDJスパークが会場をもりもりに盛り上げる。しばらくしてから登場したレイラ・ハサウェイ、小柄なのにたいへんなアウラを身にまとっている(本当)。さすがスーパースター。

エリック・スミスのベースが不必要なほど響くなかで、レイラの歌声はしっとりと沈んで暗い空間に溶け込むように感じられる。なんとスタンダードの「Summertime」、『Live』でも歌っている「when your life was low」、父ダニーが歌った「a song for you」(たぶん)、『Honestly』の「Don't Give Up」なんかのあとで、やはり『Live』の「forever, for always, for love」を客にも歌わせて盛り上げた(アルバムと同じだ)。またこの曲でのキーボードが激しくてみんな大喜び。

最後にはゲストふたりが登壇し、Zeebraがフリースタイルの日本語ラップで笑わせ、TOKUが空気を鎮めるようなヴォーカルとトランペット(この人はこういうキャラに違いない)。それにしても久しぶりに観たぞTOKU。

もうテンションが高くなり、ミーハーにもサイン会に参加し、一緒に写真まで撮ってもらっちゃった。あとでスマホの待ち受け画面にした。わはは。

●レイラ・ハサウェイ
レイラ・ハサウェイ『Honestly』(-2017年)
レイラ・ハサウェイ『Live』(2015年)
グレゴリー・ポーター『Take Me To The Alley』(2015年)
テリ・リン・キャリントン『The Mosaic Project: Love and Soul』(2015年)

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