Sightsong

自縄自縛日記

サニー・マレイのレコード

2009-10-31 23:37:05 | アヴァンギャルド・ジャズ

疲れ果てている土曜日の朝、元気を出そうと思ってサニー・マレイのレコードを聴く。セシル・テイラーやアルバート・アイラーとの共演を経て、リーダー作も出すようになったドラマーである。有名なのは名前を冠した『サニー・マレイ』くらいだが、リーダー作は少なくもない(>> ディスコグラフィ)。

1999年に来日したとき、渋谷のメアリジェーンでソロを観て、その後に銀座で豊住芳三郎、薩摩枇杷の普門義則との奇妙なセッションにも足を運んだ。特にソロ演奏では、パルスの振幅を変動させるような独特のドラミングに驚かされた。シンバルの音色を繊細に変え続ける方法もユニークで、このあたりはフランスのドラマー、ダニエル・ユメールにも共通する印象を抱いたのだが、実際のプレイを目の当りにしなければそのようには感じなかっただろう。攻めのパルスも、「ン、ドドドドド」と来る後ノリも好きなのだ。


メアリジェーン、1999年 PENTAX MZ-3、FA28mmF2.8、Provia400、DP

『サニー・マレイ』(ESP、1966年)では、かなりマレイのドラムスの音を全面に出している。フロントがジャック・コーシル(トランペット)、ジャック・グラハムとバイアード・ランカスター(アルトサックス)の3人、それにアラン・シルヴァのベース。強烈な個性であることは痛いほどわかるが、ひたすらやかましく、余り繰り返し聴く気分にはならない。

随分後の『ジ・アンタッチャブル・ファクター ”チャード・アース”』(Kharma、1977年)では、管楽器をバイアード・ランカスターだけにとどめ、デイヴ・バレル(ピアノ)らとの典型的なカルテットを組んでいる。しかし、どうも押し出しの弱いランカスターのサックスが今ひとつ好きになれない。マイルス・デイヴィスの「セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン」やホレス・シルヴァーの「ピース」を演奏するなど意外な面は、まあ、一瞬だけ楽しい。とは言え、バレルの硬質なピアノとマレイとの絡みには痺れる。たぶん今後、誉めそやされることは決してないであろうアルバムだが、別にそんなことはどうでもよいのだ。

大推薦の熱いアルバムは、『アフリカへのオマージュ』(BYG、1969年)である。

A面は大編成で、金管3本、サックス3本のフロントに加え、やはりデイヴ・バレルのピアノとアラン・シルヴァのベース。ここではマラカイ・フェイヴァースはベースではなく、他の2人とベルなどを鳴らしている。そしてジーン・リーのヴォイス。分厚いフロントの音の塊が押し出され、やがてシルヴァのベースが低音を支え、アーチー・シェップの聴き間違えようのないテナーが加わり、さらにリーがアーアーと叫ぶ。ノイズとともに昇華する18分間だ。

B面は同じピアノトリオ+フロント4人に絞っており、A面とは違ってマレイのドラムスをまともに聴くことができる。ここでもバレルの硬いピアノが素晴らしい。ロスコー・ミッチェルのわが道を行く変人アルトサックスが聴こえてくると笑ってしまう。

99年の来日のあと、確か数年前、体調が悪いという理由で来日がキャンセルされたことがあった。今世紀になってからの演奏を聴いていないのだが、どうなのだろう。

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『情況』の、「現代中国論」特集

2009-10-29 23:44:54 | 中国・台湾

『情況』(2009年10月号、情況出版)が、「現代中国論―建国六〇周年」と題した特集を組んでいる。

目当ては加々美光行によるウルムチ事件に関する論文である。それによれば、2009年7月に起きたウイグル族と漢族との衝突は、従来のそれとは性質を異にしているのだという。このあたりは、中国を一枚岩のように語る言説とははっきりと一線を画しており、とても興味深い。

●従来の新疆の独立運動は、イスラム信仰と必ずしも結びついていなかった(世界ウイグル会議主席のラビア・カーディルもカリスマではない)。
●国家発展改革委員会による「西部大開発」プロジェクト(2000年~)や、上海から新疆を抜けてドイツまで光ファイバーを敷く「ユーラシア・ランド・ブリッジ計画」(1992年~)などインフラ事業が本格化している。ウルムチには出稼ぎ労働者が流入し、中国沿岸部の資本側が使いやすい漢人が優先された結果、あぶれたウイグル人はあちこちに出稼ぎに出ることとなった。広東の事件に新疆のウイグル人たちが反応したのは、そのようにつながった同胞意識があったからだ。
●今回のデモは、独立運動関連ではなく、漢人とウイグル人との貧富格差に起因する。その背景には、政府の開発至上主義により、地方の従属化が進んだことがある(地元ではなく外部が開発の主体になる)。
●開発の肥大化は、地方政府の権限の膨張にもつながっている。河北省の毒入りギョーザ事件において、原因は日本側だと公言したのは、地方政府の独走だった。
●一部の独立運動だけでなく、一般民衆を巻き込んだ民族解放運動につながっていく可能性は高まっている。これまでカリスマ不在で盛り上がらなかった東トルキスタン独立運動にも結びつく兆候もある。胡錦涛がラクイラから慌てて帰ったのは異例のことであり、危機感を募らせていることのあらわれである。
●「中華ナショナリズム」は、孫文たちの生み出した「中華民族」の概念に起因している。本来は国境も宗教も民族も跨り、さまざまな要素を丸呑みする普遍的な色彩が強いものであった。90年代から排他性を強め、自己を尊大視する「中華ナショナリズム」は崩壊の危機を迎えている。

城山英巳の論文では、ネットやNGO、弁護士のつながりなどによる民衆の民主化意識の高まりの事例をいくつも挙げている。「民」の不満を表す指標として、所得格差の度合いを示す「ジニ指数」があり、既に中国では警戒ラインを超えているとしている。

ポスト胡については、2人の名前が挙げられていた(城山英巳、小島弘)。

習近平: 「太子党」(高級幹部子弟グループ)、国家副主席、党中央書記局常務書記 
李源潮: 党組織部長、前江蘇省総書記

●『情況』
新自由主義特集(2008年1/2月号)
ハーヴェイ特集(2008年7月号)
沖縄5・18シンポジウム『来るべき<自己決定権>のために』特集( 〃 )
尹健次『思想体験の交錯』特集(2008年12月号)

●加々美光行
加々美光行『現代中国の黎明』 天安門事件前後の胡耀邦、趙紫陽、鄧小平、劉暁波
加々美光行『中国の民族問題』

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堀田善衛『インドで考えたこと』

2009-10-27 23:59:08 | 南アジア

今日、所用でインドに、ではなく、福岡に行ってきた。飛行機内の友は、堀田善衛『インドで考えたこと』(岩波新書、1957年)に決めた。私がインドに行ったのは4年ほど前、ただ強烈な印象は決して消えない。

それにしても1957年、初版から50年以上が経っている。インドで開催された文学者の会議に出席することになった堀田善衛は、あるインド人に、「われわれは貧しい。しかし五十年後には―――」と云われ、考え込んでしまう。

「五十年後の日本―――私はそんなものを考えたこともないし、五十年後の日本について現在生きているわれわれに責任があるなどと、それほど痛切な思いで考えたこともない。われわれは日本の未来についての理想を失ったのであろうか。一般に、長い未来についての理想をもたぬものは、それをもつものの未来像のなかに編入されて行くのが、ことの自然というものではなかろうか。何かぎょッとさせられる。」

もちろん堀田に責任はない。しかし実際にその50年後が何事もなかったように過ぎてしまい、日本は理想も未来もあるかないかわからないままであり、発展著しいとはいえ貧しいインドはまだ存在する。依然、常にぎょッとさせられ続けているわけである。

堀田の見たインドは、ひとりひとりの自己主張が猛烈に強く、純粋とは対極にあるような矛盾したものが同時に存在し、直接に歴史や宗教や神話を取り込む姿であった。非論理的で滅茶苦茶でありつつも、それらを体感したあとで見る日本は、いかにも空疎であった。堀田の頭の中には、夏目漱石が日本の開化を「外発的」かつ「皮相的」であるとした指摘がこだましていた。

「そしてこれは、単に政治だけでなく、より根本的には近代日本人の心性そのものが、こんな工合に表裏反対のものをもち、従って根本的な問題はつねにこの二重性の谷間につきおとされて、ウヤムヤになってしまう、ウヤムヤにしてしまう。つまりウヤムヤのうちに時間がたち時代と流行のようなものが変れば、それで済んだような気になる―――こういう心性、こういう時間と歴史のおくり方をわれわれはどこから得て来たのか。」

だからと言って、「ぶれる」ことがなく、強面で、強靭な哲学らしきものを持つようなリーダーを求めるのが間違いだということは明らかなのであって、私などは、それは個人の裡に抱え込まなければならないと信じるのだがどうか。

書かれて50年以上が経ち、相当にその時間を感じさせる部分もある。しかし、もっともらしい「文明批評」などでも、一時期流行ったような浅い「日本特殊論」でもないことは確かだ。ユーモアが溢れる思索的な書である。今まで縁のなかった堀田善衛というひとがちょっと好きになってしまった。

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押しつけられた常識を覆す

2009-10-27 00:38:41 | 沖縄

沖縄で2008年に開催されたシンポジウム、「押しつけられた常識を覆す」(「いまこそ発想の転換を!」実行委員会)における議論を記録したブックレットを読んだ。「経済の視点から」(2008/5/31)、「つくられた依存経済」(2008/10/19)の2回分である。(なお、高文研からも単行本として出ている。)

何が押し付けられているかと言えば、「米軍基地がないと沖縄経済が成り立たなくなる」という「常識」だ。実際にそのような声は多い、と言うべきか、あるいはメディアにおいて典型的な「声」として常に採用されている、と言うべきか。生活者の意思に反してそのような状況に追い込んでおいてオルタナティヴズを滅却しているのだという発言、あるいは、生活者への恫喝ではないかという発言は、圧倒的に少ないのだろう。

仮に将来基地が去ったとして、その跡地利用と新たな経済社会のシナリオを描きだすことが今後望まれるとすれば、これらの議論はまだその地点まで到達してはいない。しかしそれは問題ではない。悪意のある石を脇にどけるための議論なのだろうと思う。

いくつか、指摘を拾ってみる。(敬称略)

●基地収入は沖縄県GDPの5%に過ぎない。一方、政府から沖縄への資本移転(経済振興費など)がGDPの14%を占めている。つまり、基地経済が足を引っ張っている。(平恒次)
●「基地依存度」(定義がよくわからないが、収入全体に占める割合か)は、25-27%(1955年)、17%(1964年)、「ベトナム・ブーム」で回復して20%(1966-67年)、10%未満(復帰時)、5%程度(現在)と減り続けている。(来間泰男)
●公共投資には必要なものもあった。このベネフィットを評価せずに独立を論じるのは空論である。(来間泰男)
●基地収入は、米軍の戦闘機能を維持するための「基地維持コスト」と捉えるべきであり、その場合、安価な基地を可能にしてきたと評価するべきである(金額として少なすぎる)。またそれはただのコストであり、経済発展の動因にはなりえない。(大城肇)
●国が発注した公共工事を分析すると、半分前後が県外企業への発注である。すなわち「ザル経済」であり、県内の経済波及効果が小さい。(宮田裕)
●基地所在市町村は、基地のない市町村に比べ、失業率が高い傾向がある。(前泊博盛)
●多額の基地振興策が投入された名護市では、市債残高の増加(振興策をこなすために借金を重ねた)、失業率の増加、法人税の減少などでむしろ基地依存度が高まった。(前泊博盛)
●補助金・交付金、公共事業目当てで基地を受け入れる仕組は、恒久的に続く保証はどこにもなく、今後削減されると、沖縄の自治は支えを失い崩壊しかねない。(佐藤学)

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『けーし風』読者の集い(8) 辺野古・環境アセスはいま

2009-10-25 22:54:29 | 沖縄

『けーし風』第64号(2009.9、新沖縄フォーラム)の「読者の集い」に参加してきた(2009/10/24)。参加者は9人、最近にしては多めである。

特集は「辺野古・環境アセスはいま」。辺野古の似非環境アセスは、「方法書」を経て「準備書」にいたり、先日、沖縄県知事の意見が出された段階にある。本誌では、主に「準備書」の欠陥と、日本の環境アセス法の欠陥を詳細に指摘している。また、法の違法な運用に対して提訴された「違法アセス訴訟」の状況についても解説がある。訴訟について真っ当な判決が出されることは期待したいところだが、環境アセス法の見直し(来年)についても注目したいところだ。特に、来年は生物多様性条約のCOP10が名古屋で開催されるから、盛り上がる可能性はあるのではないか。


環境アセスのフロー

集会での意見は以下のようなもの。

●辺野古の沖合移動に関して、埋立量が増えるため、地元土建の利益になるという誘導がある。
●「下河辺メモ」によれば、当初米国は滑走路45mで良いとの意向であったところ、日本側(政府、名護市)が、軍民共用の1800mにしようと必要以上にすり寄った経緯がある。(※下河辺・元国土事務次官のメモ)
嘉手納統合案が唐突に再浮上してきた理由は何か。民主党でも、県外移設、嘉手納、辺野古とあえて意見を分散させておいて選択肢を残す意図があるのではないか。来年早々の名護市長選も政治利用される。
●仮に嘉手納統合案が有力になっても、地元の反発があってとても成り立たないのではないか。(爆音訴訟団が最高裁に上告中)
八ッ場ダムとも共通するが、メディアは、軍のあり方や環境影響など肝心の内容よりも、条件闘争の行方ばかりに集中する傾向がある。
宮古のレーダーサイト周辺の設備が最近充実している。伊良部島への橋ができ、輸送体制が整う。下地島の位置付けも含め、これらの動きの意味は何か。
●「親米派の対米恐怖」(新崎盛暉)は、本当に実体を伴ったものか。
●沖縄のリゾートホテル建設が止まらない。現地では、本土からの客が来てくれると思っているが、そのようなものは必ずしも求められていない。むしろツアーに組み込まれて、わずかな利益しか得られないような事態に陥るのではないか。

終わってから、久しぶりに「」に入った。沖縄そばを使ったやきそばが旨かった。

●参照
ジュゴンの棲む辺野古に基地がつくられる 環境アセスへの意見(4)
『けーし風』2009.3 オバマ政権と沖縄
『けーし風』読者の集い(7) 戦争と軍隊を問う/環境破壊とたたかう人びと、読者の集い
『けーし風』2008.9 歴史を語る磁場
『けーし風』読者の集い(6) 沖縄の18歳、<当事者>のまなざし、依存型経済
『けーし風』2008.6 沖縄の18歳に伝えたいオキナワ
『けーし風』読者の集い(5) 米兵の存在、環境破壊
『けーし風』2008.3 米兵の存在、環境破壊
『けーし風』読者の集い(4) ここからすすめる民主主義
『けーし風』2007.12 ここからすすめる民主主義、佐喜真美術館
『けーし風』読者の集い(3) 沖縄戦特集
『けーし風』2007.9 沖縄戦教育特集
『けーし風』読者の集い(2) 沖縄がつながる
『けーし風』2007.6 特集・沖縄がつながる
『けーし風』読者の集い(1) 検証・SACO 10年の沖縄
『けーし風』2007.3 特集・検証・SACO 10年の沖縄

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クリス・ロビンソン『ライアン・ラーキン やせっぽちのバラード』

2009-10-23 22:10:37 | 北米

インターネット新聞JanJanに、クリス・ロビンソン『ライアン・ラーキン やせっぽちのバラード』(太郎次郎社エディタス、2009年)の書評を寄稿した。半分は推薦、半分は残念ながらケチ。

>> 『ライアン・ラーキン やせっぽちのバラード』の感想

 渋谷のユニークな映画館ライズXで、ライアン・ラーキンの短編アニメ集を観た。ギリシャ神話をモチーフにした『シランクス』(1965年)、せわしなく喧しい都会の動きを描いた『トラフィック』(1966年)、歩く人々の動きだけで観る者の眼を釘付けにする『ウォーキング』(1968年)、ビートニクの楽しさが詰まった『ストリート・ミュージック』(1972年)。

 すべて10分にも満たない作品ばかりだが、文字通りラーキンという「若きオタク」の手作業のみにより創り出された暖かい世界である。そして、1960年代後半から1970年代前半、20代のうちに才能を発揮したあとは、ドラッグと酒に溺れ、ホームレスとして何十年も過ごすことになる。

 おそらくプロモーション上は、ホームレス化とそこからの再生を含め、不世出、悲劇の天才としておきたいのだろう。もちろん、わざわざ足を運んで観るに値するものだ。しかし、今の眼で観れば、悲劇は置いておいても、不世出の天才というにはやや過大評価に思える。

 本書は、そんなラーキンをホームレスから救い上げ、ムーヴメントを作ったアニメ・ディレクターによる手記である。ラーキンとは関係のない自分の体験を中心に話を展開するのがユニークであり、冒頭からラーキンについて「天才だったわけじゃない」「彼の作品はとりとめがなくて不完全で、少しばかり彼自身の人生と似ていた」と表現するくだりから、もうこの語りを信頼してよいのだろうと思わせる。

 自分の本当の父親探しや、酒浸りからの脱却が、著者自身の体験である。そんな激しい日常の中で、我儘で弱いラーキンを支えようとし、振り回され、怒り狂う。しかし、同じ人間が関わっている以上、見かけ上は関係なくても、自身の問題とラーキンの問題とはたえずつながっていた。そしてその人間くささ(というより、問題を抱えた弱い存在が人間そのもの)は、やはりラーキンの作品に流れている人間くささと重なっていくのだった。

 だからこそ、本書を読むだけでなく、あわせてラーキンの若き日のアニメを観て欲しいと思う。調べてみると、本書の原書『The Ballad of a Thin Man』には、『ウォーキング』『ストリート・ミュージック』と、ラーキン自身をアニメ化した『ライアン』(クリス・ランドレス監督、2004年)が収録されたDVDが付いているようだ。

 だが、本書の「訳者あとがき」には、原書と訳書の違いを細かく説明しているにも関わらず、DVDが無いことについてはまったく触れていない。版権上やむをえないのかもしれないし、日本での映画上映のプロモーションにならないからかもしれないが、ここは誠実に言ってほしかった。映像がある、ないとではまったく価値が異なるのだ。

●参照 ライアン・ラーキン

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内里美香『たびだち』

2009-10-22 23:51:02 | 沖縄

先週末に高円寺に足を運んだついでに、ガード下の中古CD店を何気なく除いたら、内里美香『たびだち』(ンナルフォン、1999年)を発見した。いつの間にか廃盤になっていて、入手できなかったものである。期待しないときに良いことが起きる。

高校の卒業記念に録音された、内里美香のデビューアルバム。聴いてみるといまよりも音域が高めで、低音のどっしりした声はまだ足りない。しかし、唄い始めの情感が既にあって、特に「宮古根」や「かなさんどー」などはとても良い。「ニービチすがやー」の信じられないくらいダサい編曲とキーボードには目を瞑ることにする。

結婚と出産で活動が減っているのだろうか?アルバムも、『風のションカネー』(キャンパス、2005年)以来ない。そろそろ新しい録音を聴きたい。


内里美香(2006年) Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X、月光2号

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岡本恵徳批評集『「沖縄」に生きる思想』

2009-10-22 13:10:37 | 沖縄

故・岡本恵徳による論考を集めた『「沖縄」に生きる思想』(未来社、2007年)を読む。発売日に入手しておきながら、何となく2年間も寝かせてしまっていた。

1956年から2006年までの論考。「集団自決」、差別、沖縄海洋博、「人類館」、基地、辺野古。ここに見いだすことができるのは、さほど奇抜なものでも派手なものでもない。逆にこのことが、岡本恵徳の発信が、いまの沖縄を巡る言説の底流となっていることを如実に示しているようだ。

地元紙『沖縄タイムス』のほか、『けーし風』など現場発信の雑誌に、たえず書き続けていたことには、強く注目すべきだろう。決して高踏的ではなく、地道、真摯にして具体的。腹立たしいほど、問題の多くがいまだ魍魎のように生き残っているため、皮肉にもこの批評集は現代のものである。

たとえば、沖縄戦において「ひめゆり」として亡くなった生徒の魂を「浄魂」ととらえることを美しいとしつつも、別の視点を提示している。「ベトナム」を他のアナロジイとしてもしなくても、現代の肉声となりうるものだ。

「あまりに美しい。だがあまりの美しさに、私はかすかないらだちを感じる。今まさにベトナム戦への加担者として生きている私(たち)が、それを余儀なくさせている沖縄の状況にたちむかうとき、このような美しさは、私(たち)からある種の凶暴な怒りを奪いさるのだ。はかなく、もろいこの種の美しさは、その美しさの故に私(たち)を魅きつけ、心を奪いさる。そしておそらく殺戮者は、そのような美しさを喜びむかえるにちがいないのだ。だから、私は、このような美しさを心から拒否したいとねがっているのである。」(『沖縄タイムス』、1969年)

そして、辺野古についての論考を読むとき、もう他の選択肢は考えつくした、ここに基地を造らなければグアム移転はないぞと嘯く米国ゲーツ国防長官(と、それを無批判に流すメディア)の姿が、なおさら非常にあさましいものに見えてくるのだった。

島尾敏雄の「ヤポネシア」論については、別の著作をもとにその論考を追ってみようと思っている。

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ミラン・クンデラ『不滅』

2009-10-21 22:27:51 | ヨーロッパ

ミラン・クンデラの小説を読むのは久しぶりだ。全体主義の歪みを描いた『冗談』(1967年)も、哀しさが濃厚な『存在の耐えられない軽さ』(1984年)も、印象的な作品だった。「プラハの春」後のソ連軍による侵攻以降、クンデラの作品が母国チェコですべて発禁となったのは、人間の得体の知れなさが読む者に浸透する力の所為か。この、長編6作目の『不滅』(1990年)も、フランスで書かれている。

600頁弱にも及ぶ大作ながら、ドラマが最後の大団円に向かって熱狂的に進むような小説世界ではない。時空間も語り手も聴き手もひらりひらりと交錯し、テキストは交錯する。まるで、顎から下しか見えない何者かによる操り人形による劇中劇が、空中に浮かんでいるようである。複層世界は相互に無関係であり、かつ世界のどこかで繋がっている。なかでも、ゲーテとヘミングウェイ(勿論、同時代人ではない)が、死後の世界に語り合うくだりなどは痺れるほど面白い。

異なる舞台に、それぞれ2種類の女性たちが登場する。彼女たちにとって、<愛>が意味するものはまったく異なる。非=互換的な、変貌など知らない、2人の人間の間の特権的な<愛=関係>。それに対し、天上の手によって魂に点される焔、光に導かれて見いだし続ける<愛=感情>。<愛=感情>を持つ女性の視線の先にあるのは、<歴史>であり、<不滅>なのだった。そして、人間の命は有限であるという矛盾。自らの行動の意味がわからず、それがわかるころには自分自身の墓掘人となっているという悪い冗談。

クンデラは感情でさえも小説の道具とはせず、おもむろに相対化してみせる。

「感情というものは、そもそも、われわれのなかに知らず知らずに、そしてしばしば意に逆らって湧きあがってくる。われわれがそれを感じようと欲すると(ドン・キホーテがドゥルネシアを愛そうと決めたように、われわれがそれを感じようと決めると)、感情はもはや感情ではなくなり、感情を模倣する紛いもの、感情の誇示になってしまう。ふつう一般にヒステリーと呼ばれるものになってしまう。だからしてホモ・センチメンタリスは(いいかえれば、感情を価値に仕立てた人間は)、じっさいホモ・ヒストリクスと同一なのである。」

大団円ではないと言いながら、分裂していながら、小説世界はある女性の人生と重なってくる。クンデラの恐るべき余裕、傑作である。

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ジュゴンと生きるアジアの国々に学ぶ(2006年)

2009-10-21 00:24:06 | 沖縄

今年の2月に行われたセミナー『ジュゴンと共に生きる国々から学ぶ』で入手した冊子、『ジュゴンと生きるアジアの国々に学ぶ』(アジア太平洋ジュゴン保護ネットワーク・シンポジウム、2006年3月)に改めて目を通す。

このシンポジウムでは、フィリピン、ベトナム、タイにおけるジュゴン保護の動きを報告しているほか、沖縄のジュゴンの現状を伝えている。たった3年半前とはいえ、沖縄のジュゴンは極めて稀少な種であるから、状況はさらに悪化しているかもしれない。

東南アジアの国々には、沖縄よりはジュゴンの個体数が多い。しかし、生育環境の悪化にともない、それぞれ脅威にさらされていることが訴えられている。(そういえば、辺見庸『もの食う人びと』にも、フィリピンのジュゴン食の話が出てくる。)

特に、海草を食べにタイの浅瀬に現われたジュゴンの群れの写真が冊子の表紙にもなっていて、目を奪われてしまう。干潮になると海面から出るようなエリアである。まさに沖縄との関連で考えるべきだが、日本自然保護協会により、沖縄最大の海草藻場が辺野古(名護市)と泡瀬(沖縄市)にあることが示されている。本来的な意義はもとより、環境的側面からも、もっともやってはいけない場所に基地だの無駄な埋立だのを計画している(一部実施している)わけである。

日本自然保護協会が行った海藻藻場のモニタリング調査「ジャングサ・ウォッチ」によれば、辺野古の海岸から1000mくらいまで海草が分布している


日本自然保護協会

また、ジュゴンネットワーク沖縄によれば、想定される飛行ルートは、ジュゴンが目視で確認された海域とかなり重なっている。タイのカンジャナ・アドゥルヤヌコスル氏の発言では、ジュゴンはヘリコプターの音などにとても敏感だということである。


ジュゴンネットワーク沖縄

要は何が言いたいかといえば、沖縄県・仲井真知事がアセス(似非アセス)の準備書に対して沖合に移動してほしいと要望しただの、それに対して米国ゲーツ国防長官が容認しただの、以前からの茶番をまるで条件闘争であるかのようにそのまま報道する新聞は、子供の使いかということだ。『東京新聞』ですらこのテイタラクであり、全国紙に至っては何をかいわんやだ。なお、50m前後の移動であればアセスをやり直す必要がないとされているが、上の通り、ジュゴンの生育環境に与える脅威という意味では何の違いもない。

●参照
ジュゴンと共に生きる国々から学ぶ
ジュゴンの棲む辺野古に基地がつくられる 環境アセスへの意見(4)

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ユルマズ・ギュネイ(1) 『路(Yol)』

2009-10-18 22:07:40 | 中東・アフリカ

円高の内にと思い、トルコ製のユルマズ・ギュネイのDVDボックスを買ってしまった。5作品で50ドル未満だから、まあ買い得である。英語字幕が入っているが、1枚だけトルコ語のみ(これは雰囲気を観るしかない)。

クルド人として生まれたギュネイは、俳優としてスタートし、のちに監督として多くの作品を撮っている。一方では反国家危険分子として3度投獄され、合計12年間の獄中生活を送っている(求刑を通算すると100年を超える)。獄中でも写真、録音などを受け取りつつ監督として指示していた。

トルコ国内でも相当の人気があったようで、意識は常に民衆の側にあったと評価されている。このような社会の不公平性への視点を強く打ち出す者は、軍の力が強かった政治とは相容れないものだったのだろう。

「芸術は一般に階級闘争の要素であり、他の芸術のように映画はこの闘争に貢献しなければならないと私は考えています。この意味ですべての芸術家は戦士であり、私の映画が戦闘的映画であると同様に、私はさらにこの道を歩んでいこうと考えています。」
(ユルマズ・ギュネイ「セルフポートレイト」、『ユルマズ・ギュネイ リアリズムの詩的飛躍』(欧日協会・ユーロスペース、1985年)所収)

ギュネイの代表作は以下の通りである。(DVDボックスに収録されている作品は★印)

?(Hudutların Kanunu) 1960年代 ★
 他、60年代にも作品
希望(Umut) 1970年 ★
エレジー(Agit) 1971年
歩兵オスマン(Piyade Osman) 1970年
七人の疲れた人びと(Yedi belalıar) 1970年
逃亡者たち(Kacaklar) 1971年
高利貸し(Vurguncular) 1971年
いましめ(Ibret) 1971年
明日は最後の日(Yarin son gundur) 1971年
絶望の人びと(Umutsuzlar) 1971年
苦難(Acı) 1971年
父(Baba) 1971年
友(Arkadas) 1974年
不安(Endise) 1974年
不幸な人々(Zavallılar) 1975年
群れ(Sürü) 1978年(獄中監督) ★
敵(Düsman) 1979年(獄中監督)
路(Yol) 1982年(獄中監督) ★
壁(Duvar) 1983年 ★

最初に、唯一知っていた『路(Yol)』を観た。

刑務所の囚人たち。家族や恋人からの手紙を待ちわびて暮らしている。そんな彼らに、期限付きでの仮釈放の許可が出た。それぞれ自分の家に帰るが、何年もの月日が待つ者に与えた影響は大きかった。ある男は、妻の親兄弟から恥だ敵だと罵られる。そして別の男の妻は、娼婦となり、気付いた親に連れ戻され、鎖を付けて監禁されている。極寒の雪の中を連れ帰ることを許されるが、それは監禁で弱った娘を殺してくれという意図でもあった。

まずは、名誉と恥辱に対する観念がずいぶん重たいことに驚かされる。しかしそれよりも、悲惨な状況を作り出している軍の圧制、社会の不公正に対する怒りの念が、フィルム全体から体液のように滲み出していることが特筆すべき点だろう。怯えて暮らす男の家族は、「それでもクルドよりはましだ」と呟くのだった。

ギュネイは、『路』の撮影直後、仮釈放のままフランスに政治亡命、3年後に47歳で亡くなっている。

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大友良英+尾関幹人+マッツ・グスタフソン 『ENSEMBLES 09 休符だらけの音楽装置展 「with records」』

2009-10-17 23:59:08 | アヴァンギャルド・ジャズ

家族が用事で出かけてしまったこともあり、その間に、高円寺に足を運んだ。目的は、GALLERY 45-8におけるサウンド・インスタレーション、大友良英+尾関幹人+マッツ・グスタフソン 『ENSEMBLES 09 休符だらけの音楽装置展 「with records」』である。

マッツ・グスタフソンのサックス・ソロのレコードに、尾関幹人による切り絵が貼り付けてある。より正確には、レコード盤全面に貼り付けた薄い塩ビ版をカッターで刻み、残す部分以外を剥離する方法である(会場では製作風景の映像を観ることができる)。

この作品が、壁面に8種類展示してある。鋭角的なもの、曲線的なものがあり、細密さには仰天してしまう。今まで切り絵と言えば、東京タワー展望台などでの横顔カットなどといったものを除けば、中国山西省の伝統芸能が印象的だった。カッターではなく、鼻毛鋏程度の大きさの鋏でカットしていく驚異的なものだ。先日、なぜか現地の中学校の若手教師たちとの意見交換会に参加し、お土産に作品集の冊子を貰った。改めてじろじろ見ると感嘆する。ただ、ここでの尾関作品ははるかに現代的だ。


山西省の切り絵

レコード盤を観るだけではない。ギャラリーには5台のレコードプレイヤーが置いてあり、訪問者は壁からレコードを外してそれを再生できる。実際に行ってみると、あまりにも障害物となる切り絵が異質であるため、同じパターンを繰り返していたかと思うと、突然別のところにジャンプする。そして複数台で再生するときの音波は愉快である。

はじめにこの展覧会のDMを目にしたとき、思い出したのは大友良英と同様のターンテーブルのパイオニア、クリスチャン・マークレイによる『Record without a Cover』だ。カバーなしで販売・保管され、それによるノイズが音を追加していくコンセプトである。ただ、私は袋に入れて保管している(笑)。

勿論、ここでのコンセプトは異なる。マークレイの「サウンド/アート」は、演奏行為を伴うものを除けば、3つのグループに分けられる。①レコード盤を素材として用いたオブジェ、②音響と直接関係があるレディメイド、③音響と直接の関係はないが、より観念的な意味ではあきらかに「音」を主題としていると思しきインスタレーション。(佐々木敦、『美術手帖』1996年12月号所収) この中で言えば①に近いが、誰でも演奏行為に参加できる点が大きく異なり、ラディカルなところだ。そして、既に両者によってインパクトを少々滅失しているターンテーブルでの演奏という形式に刺激物・異物として加わった切り絵が、インスタレーションの存在感を増しているのは明白のように思った。

これらの再生音源を使って、大友良英がCD『with records』を製作している(doubtmusic、限定800枚、現在ギャラリーのみでの販売)。帰宅して聴くと、ギャラリーでは希薄だったマッツ・グスタフソンの音が濃密になっている。つまり、CD販売というメディア・ミックスがないと、なぜマッツなのかということになるわけか。それにしても、展示後のレコードはどうするのだろう。

●参照
マッツ・グスタフソンのエリントン集
ヘイディ・ケンヨンによるアボガドの葉の切り絵(オーストラリア・パース)
魯迅の切り絵(中国山西省)

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ライアン・ラーキン

2009-10-15 23:51:06 | 北米

渋谷のライズXで、『ライアン・ラーキン 路上に咲いたアニメーション』を観る。ラーキンの短編アニメ作品5本と、ラーキンに捧げられた現代のハイテクアニメ作品、クリス・ランドレス『ライアン』、そしてラーキンのインタビュー『ライアン・ラーキンの世界』の7本まとめての上映である。といっても、全部で44分に過ぎない。

ラーキンは早熟のオタク・アニメ作家であった。若くして短編4本を作ったあと、コカインと酒に溺れ、10年以上のホームレス生活を選ぶ。再び復帰して作りかけた作品は、ラーキンの死により未完の遺作となった。

女性と鬼との関係『シランクス』(1965年、3分)、都会のトラフィックを描いた『シティスケープ』(1966年、1分)、歩くだけの『ウォーキング』(1968年、5分)、ビートニクやフラワーの色濃い『ストリート・ミュージック』(1972年、9分)のどれもが、ラーキンひとりによる無数の原画から作られた気の遠くなるような密度を持っている。文字通り手作りであり、手法は違えど、ロシアのアニメ作家ユーリ・ノルシュテインを想起させられる。

ただ、数十年が経過したいま、圧倒される凄みがあるわけではない。手仕事の厚みと温かさの素晴らしさである。この人間臭さに比べれば、CGとラーキンの作品をコラージュ的に使った『ライアン』など、小癪なだけの作品だ。

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八ッ場ダムのオカネ(2) 『SPA!』の特集

2009-10-15 00:17:03 | 環境・自然

名古屋行きのお供に、東京駅のキオスクで『SPA!』(2009/10/20)を買った。ふだんはこの下品な雑誌(失礼)には用がなく、手に取るのは、もう15年ぶりくらいだ。「元祖「脱ダム」田中康夫責任編集 マスコミが報じない八ッ場ダムの意外な真実」が目当てだ。

ここで注目すべき点は、「既に使った総事業費の7割分のオカネ」=3215億円について、それが付替道路や付替鉄道などとして全然できあがっておらず、残りのオカネで完成するわけがない、という指摘だ。

それによると、2008年末の段階で完成した割合は以下の通り。

付替国道 6%
付替県道(川原畑大戸線) 18%
付替県道(林岩下線・林長野原線) 0%
付替鉄道 75% ただし今後の土地取得が困難

さらに、嶋津暉之氏の指摘によると、建設事業費の他に、水源地域整備事業、水源地域対策基金事業などがかかってくるという。

したがって、総事業費4600億円(これも2003年に2110億円から突然倍増した)の残りの費用とされる1390億円について言えば、以下のようにさらに膨れ上がっていくことになる。

【ダムを作る】

ダム本体工事 620億円
ダムの安全化 560億円の一部
生活再建関連(未完成の付替道路等を含む) 770億円~ウン千億円?
水源地域整備事業
 997億円
水源地域対策基金事業 249億円
維持管理    8.36億円/年
環境破壊、生態系破壊  莫大(計上困難)
堆砂の浚渫 莫大(計上困難)
浅間山噴火による被害  莫大(計上困難)
危険な場所への住民移転 莫大(計上困難)
社会的不公平・不条理の野放し 莫大(計上困難) 

【ダムを作らない】

自治体への無駄遣い返還(義務)  1460億円
自治体への無駄遣い返還(義務外) 0円(無駄遣いに加担したため)
        ~525億円(無駄遣いに強制的に加担させられたため)
生活再建関連(住民に対する過去の国家犯罪の賠償) ?

「マスコミが報じない・・・」というタイトルは週刊誌の常套手段とはいえ、確かに、不充分なオカネの比較以外にも、住民が逆に反発したことばかりを報道するメディアには苛立ちを感じてしまう。さらに、本来は環境影響についても優先的に考えなければならないにも関わらず、二の次の話題とされているのは怠慢か欺瞞か。

●参照
八ッ場ダムのオカネ

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スピーカーのケーブルを新調した

2009-10-12 00:19:00 | アヴァンギャルド・ジャズ

部屋が本だのゴミだので溢れ、もうどうしようもない状態になったため、この1週間余りでバッポンテキな改造を行った。ああ汚い。スピーカーも部屋の中の通行を妨げていたので何とかうまく配置したが、そうするとケーブルの長さが足りなくなり、やむなくオーディオユニオンに足を運んだ。

これまでは、米JPS Labsの「Super Blue」という水のホースのように見えるケーブルを使っていたが、もう扱っていないという。店員と相談して、ドイツ・InakustikのLS-502というケーブルを選んだ。白と黒を組み合わせた模様で、これもスピーカーケーブルには見えない。

まずはテストしてみようと、ビル・エヴァンス『Waltz for Debby』(1961年、Riverside)を聴いてみる。ジャズ・ファンなら知らぬ者はない盤であり気恥ずかしいが、何しろ演奏が素晴らしく、録音の臨場感がただごとでないため、いまだ聴き飽きないのだ。再生してみると、今までより断然、楽器それぞれの音が主張してクリアに聴こえる。グラスの音や咳払いの声も生々しい。

次に賑々しいものを聴こうと思い、ルイ・ヘイズ『The Real Thing』(1977年、原盤Muse)を再生する。ヘイズの特徴的なシンバルが、無意味なほど風圧強く迫ってきて、これも再発見したような気になる。フロントは、ルネ・マクリーン(サックス)、ウディ・ショウ(トランペット)、曲によってスライド・ハンプトン(トロンボーン)が加わる。実はルネ・マクリーンのストイックなサックスが好きなのだ。シンバルが離脱したためもあり、管楽器がびしびし鳴って嬉しい。

ケーブルひとつでここまで変わるとは思わなかった。

●参照
オルトフォンのカートリッジに交換した

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