Sightsong

自縄自縛日記

ゆんたく高江、『ゆんたんざ沖縄』

2008-04-29 23:56:50 | 沖縄

高円寺で、高江のヘリパッド問題をアピールしているというので、足を運んだ。それにしても、学生時代はすこしだけ「中央線な人」でもあったので、たまにこのような猥雑でゆるい街に行くと、なんとも言えない気分になる。(あまり高円寺には縁がなかったが。)

会場は、高円寺北口の北中通り、「素人の乱」という企画でいくつもの店をやっているひとつで、エンジョイ★北中ホール(仮)という、雑居ビルにある小さいイベントスペースだ。何が問題なのかを示そうとするパネルや、高江の写真がたくさん貼られていた。

まず自己紹介をしたり、おかわり自由のカレーをよそったり、という時間があったが、進めかたが激しくユルく(笑)、まあ予定時間を大幅に超えての雑談である。このようなあり方がマルチチュードなのだと主張している人もいた。ノリで来ているような人も含め、漠然とした意識は共通しているようにおもえた。

そのあとに上映された映画『ゆんたんざ沖縄』(西山正啓、1987年)は、以前から観たかった記録だ。「ゆんたんざ」は「読谷山」、読谷村を舞台にしている。

映画は、彫刻家・金城実さんが沖縄に到着するところからはじまる。チビチリガマの横に造る平和の像のイメージとするため、集団自決の体験者たちに話を聴く。また、丸木位里・俊夫妻が、「沖縄戦の図」作成のため、山内徳信読谷村長(現・参議院議員)から沖縄戦の実態について話を聴き、さらに集団自決の生き残りである知花カマドさんにモデルになってもらって筆を走らせるシーンなどが記録されている。

こういったことをどう受け止めるかについて、知花昌一さんが語っている―――集団自決に関して文献で学習はしたが、実際に体験者に会ってみると迫真性がまるで異なる。チビチリガマに近づくと泣き出してしまい、身体がいうことを聴かない方もいる。体験のない自分たちの世代は、体験者の声をこじ開けて聴いた以上、それを引き受けなければならない―――という。実際に、チビチリガマで慰霊のため、遺族の方々が遺骨を掘って集めている場面などは、当事者たちの気持ちをごくわずか汲んだだけで、痛くてたまらない。

後半は、日の丸・君が代強制の情勢にあって、卒業式での国旗掲揚に断固として反対する高校生たちの姿が捉えられている。高校の校長は、地元住民の署名や多くの声にも関わらず、「教育指導要領に従うのが仕事だ」として、国旗をあくまで掲げようとする。それに対して、ある女子学生は、「誰が賛成したのですか」「嫌です」と泣きながら日の丸を奪い、外のどぶで汚してから校外に投げ捨てる。他の学生が、「どうしても心の奥底で、国旗は戦争と結びついている。」「他の国の人々に認めてもらえるような国旗になってから、使えばよい。」といった意見を出していたのが印象的だった。

映画が撮られてから20年が経過しているわけだが、まったく状況が変わっていないどころか、軍事や教育に関するものは悪化し、同時に私たちの感覚の麻痺も進んでいるようにおもえるのが恐ろしいところだ。

●参考
基地景と「まーみなー」
読谷村 登り窯、チビチリガマ

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コーヒー(2) 『コーヒーが廻り世界史が廻る』

2008-04-28 23:59:25 | 食べ物飲み物

臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』(中公新書、1992年)は、コーヒーの誕生からはじまり、中東、アフリカ、南米、そして欧州などで文字通り歴史を駆動する「黒い血液」ぶりを描いた、途轍もなく面白い本である。書棚から引っ張り出してきて、10年ぶりくらいに読んだ。

なぜコーヒーが歴史を動かしてきたのか。その答えのひとつは、終章において著者が書いているように、コーヒーを飲むということが前提としている条件が、極めて不自然、人工的、文明的であることに起因する。すなわち、ヨーロッパから遠い世界でコーヒーが生産され、最終的に届くまで一切の産業構造が機能していなければならない。この地域や開発水準の偏りは、奴隷や植民地支配といった血塗られた歴史に結びつく。

この過程で、中東とヨーロッパの果たした役割が大きかったことが、さまざまなエピソードとともに示されている。これらが、頭を揺さぶられるようでとても興味深い。

○15世紀イエメンにおける起源伝説からコーヒーの歴史もはじまる。当初はスーフィーたちの宗教上の飲み物であり、「黒いザムザムの聖水」であった。いうまでもなく、ザムザムの泉はメッカにある。
○イスラーム世界において、コーヒーを飲む場は、公共浴場(ハンマーム)のような、新種の社交場となった。
○ほどなく17世紀、「コーヒーの家」は、ヨーロッパにも広がった。そのころ、コーヒーの唯一の供給源はイエメンであった。港町モカの特殊性は、ここだけがヨーロッパの船舶が寄港を許されたことにある。イエメンは「幸福のアラビア」であり、紅海は「ルージュ色の海」であった。
○この頃から既に、当然のように商社機能が発達し、現代にもなお残る大きな差額構造が出来上がった。
○17世紀の「コーヒーの家」は、「カンバセーション」という、市民社会で必須の技術を開発するにあたって大きな役割を果たした。ここには、判断を異にする人々が集い、宮廷社会などとは異なる多種多様な層と会話・討議が交錯した。すなわち、近代市民社会は、じっくりものを考えるということよりも、情報、敏捷性、社交性などを徳として、血の廻りを促進するものだった。
○ロンドンのコーヒー文化は男性偏重であることから定着に至らず、特に女性を捉えたのが紅茶文化となった。一方パリでは、逆に女性の存在が鍵となり、カフェ文化が根を張った。このことは、フランス大革命の盛り上がりに無縁ではなかった。
○ナポレオンの大陸封鎖により、ポルトガルが海を渡り、ブラジルという国家を誕生させた。同時に砂糖の欠乏は甜菜糖業を発達させ、やがて砂糖を輸出できないブラジルがコーヒー栽培へと大転換することとなった。
○17世紀から18世紀にかけて栄華を誇った幸福のアラビア、イエメンは、20世紀には近代の国際商戦に破れ、寂れきっていた。

まだまだあって、コーヒー好きには、このうねりの中に身をゆだねることを勧めたい。

強調された差異がもっぱら自然的な差異であり、社会的歴史的差異を隠蔽するのは商品フェティシズムの常である。商品フェティシズムは、商品の社会的由来が意識できないものとなり、商品を一種の自然物として存在させてこそ真の商品フェティシズムである。人類と社会の生産・交通関係の結果として遍在しながら、その社会的由来を隠蔽する、この遍在と隠蔽の共存する存在様式こそ、商品フェティシズムの神秘である。」(本書227頁)

なお、メインストリートのコーヒーからはさらに外れた話。かつての「幸福のアラビア」、いまでも少ないながら独特の味を持つモカ・マタリを生産するイエメンでは、輸出した残りである皮殻を煮だして飲んでいる。街の中で「コーヒー」を頼んで出てくるのは、この「ギシルコーヒー」だ。決して不味くはなく、お茶のようなものだが、そこにある社会構造と歴史は苦い。


イエメン・サナアのギシル売り、1997年 PENTAX MZ-3, FA 28mm/f2.8, Provia 100

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浦安市郷土博物館

2008-04-27 22:37:07 | 関東

浦安市郷土博物館は、わりに近いところにあるので、休日にときどき遊びに行く。今日は、苗木の無料配布があるというので散歩と買い物を兼ねて、午後行ってみた。凄い行列だったが、紫オモトをいただき、ついでにオリーブとブルーベリーの苗木を買った。どちらも千円だった。

それにしても、毎年の植木市といい、この立派な博物館(無料)といい、東京ディズニーランドを抱える浦安市の財政的な余裕が感じられる。100円のコミュニティバスである「おさんぽバス」も赤字だと聞いたが、隣の市川市がコミュニティバスの赤字についてことさらに問題視するのとは対照的に見える。(赤字になることは最初から充分予想されたことであり、そもそも、コミュニティバスはそのようなものではない。黒字化に向けた努力は当然だが。)

浦安市郷土博物館の常設スペースは充実している。昔の家や町並みを再現した空間、漁業に使っていたべか舟や漁具、生活の様子、三番瀬や境川の生態系などが展示されていて、ひとつひとつに見入ってしまう。何によらずそうかもしれないが、三番瀬の保全が保証されていないいま、機能や経済性などを云々する前に、このようにミクロな視点から実感することはとても大事なことだとおもう。(余談だが、堂本千葉県知事は、三番瀬の大規模埋立を止めたことの功績があったが、そのあとの議論が進展を見せていない。第二湾岸を三番瀬の上か地下につくるという噂も消えていない。来年の千葉県知事選が不安である。)


博物館の常設展示解説書(とても良く出来ている)

現在は、『浦安の魚たち』と題した企画展もやっている。小ぶりな企画展示室だけなのだが、何周もしてしまうくらい面白い。オリエンタルランドが潰した「大三角」の先、新浦安近辺まで埋立てられていなかったころの空中写真が展示されていて、海苔養殖の網が整然と配置されている様子が一目でわかる。山本周五郎『青べか物語』でも、「先生」がべか舟に乗って逍遥していたあたりでもある。このあたりの写真―――貝をとったり、投網をしたり、海苔養殖の世話をしに来たり―――も、わかっていても驚いてしまう。

魚そのものは、剥製や標本や模型が飾られている。イシガレイと、環境変化に伴いイシガレイにとってかわったマコガレイ。江戸川や境川にまだ多くいるマハゼ。東京湾を代表するスズキ。高級寿司ネタとなってしまっているギンポ。そして、絶滅危惧種となっているアオギス

特に、このアオギスのことを、博物館では指標生物的に捉え、活動しているようだ。「小さないのち」が消えゆきつつあることは、人間には直接関係しないかもしれないが、実は生態系、地域環境、地球環境、精神、すべてにおいて影響しているという考えであり、これを重視するか軽視するか、が指標となるわけだ。これが言わなくてもわかる類の話ではないことは明らかだ。

●参考 『青べか物語』は面白い

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『けーし風』読者の集い(5) 米兵の存在、環境破壊

2008-04-26 22:32:37 | 沖縄

『けーし風』(新沖縄フォーラム)の読者の集いに参加してきた(2008/4/26、神保町区民館)。参加者は6人+2次会に1人と少な目。

●やんばるの森にこっそりと、しかし実は激しく作られている林道について

本誌の記事においては、補助金頼みのいびつな構造のことが書かれている。実際には、日本の林業全体を覆う問題だと捉えるべきだろう。建設の目的が曖昧で、しかもその目的に見合うかどうかもわからない、作ること自体が目的化している自然破壊は、土建国家である日本の構造であることは明らかだ。かつて本多勝一は、『日本環境報告』(1992年、朝日文庫)などにおいて、足元の環境破壊を見ることを敢えて回避し、しがらみのない世界の環境破壊についてのみとりあげる「先生方」や報道のあり方を批判していた。

勿論、日本に遍く存在する問題であり、やんばるについても同様にとりあげられるべき問題であることは当然である。森林経営の補助金ひとつにしても、日本共通の問題と、やんばる独自の問題とに分けて考えるべきと思うわけだ。たとえば下刈りなどの森林管理も、やんばるの亜熱帯照葉樹林ではタブーな方法が多くあるとされているが、どうも補助金適用など事業実施にあたっては、本土と同様の一律な考えがなされているのではないかという疑念がある。

会では、「見えない世界のなかで道路事業を展開するのでなく、明示しなければならない」、「森林が多くクルマ社会の欧州においてどのような解決策が考えられているのか探るべき」といった意見が出された。後者についてはいままで思いつかなかった見方であり、ちょっと調べてみようと思う。

●米兵の起こす犯罪という「構造的問題」について

先日の北谷の事件を契機に気づかされたことだが、米軍兵が基地外に住み、基地に外から通っているという実態。「良き隣人」でありながら住民登録もされていないので、全貌が把握されていない。住宅は1軒1軒造られるので、規制が困難ということが、本誌においても書かれている(北谷町砂辺区長)。

会では、「貸家だろうし、オーナーは住民票のない者に通常貸すわけはないから、「思いやり予算」の使われ方などを明らかにすべき」という意見があった。「思いやり予算」で基地外住居を作らせておきながら、米兵が事件を起こしたら「勤務外」だとするのは矛盾だという指摘もあった。

2008年3月23日の沖縄県民大会で、自らの性的暴力による被害を語ったオーストラリア人・ジェーンさん(仮名)の件について、参加者から教えていただいた(→沖縄タイムスの記事)。加害者の米兵は、東京地裁に300万円の支払いを命じられながら逃亡・帰国し、そのまま行方不明となった(※)。この支払いを、日本の予算から行うという検討がなされているようだ。この場合、なぜ国税を充てるのか、障壁なく受け取ることができるのか、といった問題があるということになる。そのような歪みの前の大きな歪みについて、もっと一般的に周知されるべきということか。

(※)最初、「亡くなった」と誤記していました。誤解でした。

【参考】
『けーし風』2008.3 米兵の存在、環境破壊
『けーし風』読者の集い(4) ここからすすめる民主主義
『けーし風』2007.12 ここからすすめる民主主義、佐喜真美術館
『けーし風』読者の集い(3) 沖縄戦特集
『けーし風』2007.9 沖縄戦教育特集
『けーし風』読者の集い(2) 沖縄がつながる
『けーし風』2007.6 特集・沖縄がつながる
『けーし風』読者の集い(1) 検証・SACO 10年の沖縄
『けーし風』2007.3 特集・検証・SACO 10年の沖縄

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マリオ・ジャコメッリのボルヘス的衝撃

2008-04-24 23:59:21 | ヨーロッパ

仕事で恵比寿に行ったので、ついでに、東京都写真美術館『マリオ・ジャコメッリ展』を観て帰った。頭痛がよけい酷くなった。

ジャコメッリといえば、代表作、かもしれない作品、を何点か記憶しているのみで、ハイコントラスト化や焼き込みによって、あざといまでのイメージを作った人との印象しか持っていなかったのが正直なところだ。最初の何枚かを観て、その印象が如何に偏ったものであったかを悟った。そのような技術など、彼のもつ手段の極小の一部にしか過ぎないのだった。最近稀なくらいの衝撃を得た。

ジャコメッリは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの作品に依拠した写真群も残しているようだ。そうだ、ボルヘスの小説をはじめて読んだときの衝撃、暗闇の中の暗闇、絶望感、立眩みといったものに似ている。

遺作『この想い出をきみに伝えん』では、まさにそのボルヘス的イメージを顕在化したような世界が、乱暴でかつ多彩な技術によって提示されている。多重露出、焼き込み、ぶらし、ボケ、粗粒子化、乳剤のコントロール、そしてそれらのコラージュ。極めて硬調な印画紙と低感度のフィルムを使ったハイコントラストさが、よくジャコメッリの作品を評するときに使われる「生と死」のイメージを喚起するのは確かだ。しかし、そこから脱出して、闇の中で朦朧としなければ、ジャコメッリの姿が見えない気がする。

決して技術偏重ではなく、内面で無数の相になった世界を垣間見せてくれる感がある。代表作、かもしれない、司祭たちの姿を刻んだ『私には自分の顔を愛撫する手がない』などでも、まず1年間位はそこに通い、溶け込んでから、撮影を行っている。その挙句の、予定調和とは程遠い作品群は何なのか。

詩と結びついたイメージを結像させた作品群も凄い。『夜が心を洗い流す』など、言葉で表現するのが馬鹿馬鹿しいほどの力を持っている。

今回の展覧会にあわせてナディッフから発刊された図録の印刷も秀逸。すべての作品が収録されていないのが残念ではあるが。

現在を生きることにのみかまけているわれわれは、ジャコメッリの写真に触れて記憶の古層に引き込まれ、同時にその記憶を現実の世界のなかに引き出そうと考えるようになればいいのである。」(多木浩二『マリオ・ジャコメッリの詩学』、図録より)

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すぐに過去形になる桜と境川 FUJI GW680 III

2008-04-24 07:30:22 | 関東

桜となると中判で撮りたくなって、富士フイルムのGW680 IIIを持って、浦安の境川を散歩した。昨年の同じ時期の写真を見ると、同じことをしていた。まったく進歩がない。


2008年の境川の桜 FUJI GW680 III、コダックE100G(120)、ダイレクトプリント


豊受神社と富士塚 FUJI GW680 III、コダックE100G(120)、ダイレクトプリント


2007年の境川の桜 FUJI GW680 III、FUJI Provia 400X(120)、ダイレクトプリント

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すぐに過去形になる桜と三番瀬 Fujinon 35mmF2.8(M42)

2008-04-21 23:53:59 | 関東

富士フイルムがSTシリーズ用に生産していたフジノンレンズ群には独特の魅力がある。後のほうになると、EBCという銘が付く。エレクトロ・ビーム・コーティングの略である。レンズを覗き込むと、何だかとても写りそうな妄想が膨らんでいく。このEBC 35mmF2.8は、28mmF2.8や50mmF1.4に比べるとあまり話題にのぼらないが、発色もいいし、ボケも昔ながらの粉っぽい感じで気に入っている。

これをペンタックスSP500に付けて、ネガカラーを詰めて、新浦安から当代島のほうまで歩いた。猫実川の河口から見る三番瀬は、アクセスが悪く、汚い。牡蠣礁がある近くだが、近づけないし、あまり観察する気にもならない。自然による回復よりも、人間と共生するものとして、親水性を高めようと主張する三番瀬の市民団体がいることも頷ける。


新浦安の桜 PENTAX SP500、EBC Fujinon 35mmF2.8、富士Venus 400、プリント


新浦安の桜 PENTAX SP500、EBC Fujinon 35mmF2.8、富士Venus 400、プリント


猫実川河口の三番瀬 PENTAX SP500、EBC Fujinon 35mmF2.8、富士Venus 400、プリント


猫実川 PENTAX SP500、EBC Fujinon 35mmF2.8、富士Venus 400、プリント


解体 PENTAX SP500、EBC Fujinon 35mmF2.8、富士Venus 400、プリント


当代島のオート三輪 PENTAX SP500、EBC Fujinon 35mmF2.8、富士Venus 400、プリント

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『季刊d/SIGN』の「写真都市」特集

2008-04-20 23:52:59 | 写真

『季刊d/SIGN』(no.15、2007年12月、太田出版)が、「写真都市」と題した特集を組んでいる。これが滅法面白い。行き止まりなのか、曲がり角なのか、変革期なのか、どうも写真という存在がよくわからないいま、それを捉える気概のようなものもあちこちで噴出しているようにみえる。

冒頭に、森山大道氏のインタビューがある。最近、国外を含めて人気がまた沸騰しているが、本人のスタンスも語りも以前と同様にみえる。世界との擦れを、焦燥感に駆られながら記録していき、ネガがまとまると憑りつかれたように暗室作業を行うという森山氏は、その圧倒的な量のなかに身を置くことによって、そのときの世界の「コード」を見出すのだという。黒と白のコントラストが一見豪胆なようでいて、実はど演歌か童歌のような叙情性が、森山写真の背後にはあるとおもう。

評論家の伊藤俊治氏は、ポストコロニアル、エグゾティシズムというキーワードから、クロード・レヴィ=ストロースのブラジル写真や、アーヴィング・ペンの『ダオメ』に迫っている。氏の言わんとしていることは、このような記録にある視線と過程は、単なるオリエンタリズムとして片付けられるものではなく、写真というメディアのもつ<わしづかみ>の全体性をもって捉えるべきだ、ということだと読んだ。全体性であるからこそ、<他者>との関係や想像力も、単一方向のものではなく、カオスの中で反響するからだ。しかし、そのような主張は、写真家たちのふるまいやその受け止められ方が、当時の世界においてどうだったのかではなく、現在の私たちが写真に含まれている情報を発見し、検証していくというスタンスでなされているのではないかと感じた。これは、何か意味があることなのか?

●参考 「まなざし」とアーヴィング・ペン『ダオメ』

もうひとつ、動悸動悸しながら読んだのが、富士フイルムの技術者2人によるフィルムやデジタルの解説である。カラーネガ、リバーサル、白黒のラティチュードとプリントとの関係。「ベルビア」や「コダクローム」についての論評。プロラボの行方。白黒印画紙の行方。アナログの力。写真を撮ることは、ここまで発展した産業に組み込まれることであるから、もっと技術的な側面について理解しておかなければいけないと思う。

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『風の歌を聴け』の小説と映画

2008-04-19 23:36:32 | アート・映画

村上春樹のエッセイはわりと好きでよく読んだのだが、小説となると、大学生の頃に赤と緑のハードカバーが話題になった『ノルウェイの森』を、友だちに借りて、読んだきりである。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』は、やはり大学生の頃、別の友だちに何故かプレゼントしてもらったのだが、今に至るまで読んでいない。

この間、CSで『風の歌を聴け』(大森一樹、1981年)を録画したので、観る前に、図書館で借りてきた小説も読んだ。村上春樹の文章は、空気も間合いも絶妙で、現在形であっても<ノスタルジイ>が付きまとっていて、それなりに心に浮遊して残る。映画をさっき観たら、印象がさらにどこかに浮遊していってしまった。

主人公が、とても大学生に見えない小林薫ということは置いておくとして。友人の<鼠>が巻上公一。<彼女>が真行寺君枝(何でも、村上春樹が真行寺君枝のファンだったとか)。昔の<彼女>が室井滋(映画デビュー)。バーのマスターが坂田明。音楽担当が千野秀一で、浅川マキが挿入されていて、8ミリの映像も使われていて、ATGで、面白がる条件はそれなりに揃っている。でも別に・・・。

村上春樹は紙とテキストでこそ魅力的な面があるのかな。よくわからない。

●参考 沢渡朔+真行寺君枝『シビラの四季』

kakko
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『ルオーとマティス』での色の違いと変遷、どら焼

2008-04-19 19:12:10 | ヨーロッパ

ツマに行こうと言われて、家族でずんごろずんごろと『ルオーとマティス』展(松下電工汐留ミュージアム)を観てきた。ルオー、マティスともにそれほど熱心なファンでもないのだが、今回は足を運んで良かったとおもった。特に、共通の師匠であるギュスターヴ・モローの作品数点からはじまっていて、モローの鮮やかな青緑、ルオーの沈んだ色、マティスのピンクなど、それぞれの持ち色を同時に楽しむことができた。

ジョルジュ・ルオーの初期作品群には救いがない。裸婦たちは色も形もグロテスクな怪物のようだ。1911年の『悩みの果てぬ場末』という、3人の家族らしき人物を描いた作品など、沈みきって濁った色で、どうしようもなく絶望的な印象である。それが30年代、40年代の、ルオーの特徴をなす厚ぼったい塗りの作品になってくると、色もやや明るさを増してきている。それはたぶん、画家の内面の反映といってもいいのだろう。たとえば、1912年の『エクソドゥス』は、出エジプトを扱ったものだが、同時期の『悩みの果てぬ場末』と同様にモーゼ一行の先の見えない彷徨でしかないように見える。しかし、1948年の同題の作品(→リンク)になると、希望も一緒にイコンとして塗りこめているようだ。

アンリ・マティスについては、嗜好でいえば、思いつきの絵、大傑作もあるがどうしようもない記録もある天才画家だとおもっていた。あらためて、あたかも感性で筆を走らせただけの作品群が、ことごとくとても良いものに見えてきたのが不思議だ。とくに、有名な『ジャズ』連作20点を楽しんだ。1943年の『白い象の悪夢』(→リンク)、1946年『カウボーイ』(→リンク)など鮮やか。また、ボードレール『悪の華』に、すべて女性の顔を挿絵として入れたものなどもお洒落で、復刻版なんかあったら欲しいなとおもった。

仕事で汐留に行くと、かなりの確率で、香川・愛媛のアンテナショップ「せとうち旬彩館」の2階にあるレストラン「かおりひめ(香媛)」に行く。きょうも讃岐うどんや鯛めしなんかの昼ごはんを食べた。物産館には目がない(何でだ)のだが、例によって1階をうろうろし、結局、小豆島のオリーブオイルと、おやつにどら焼を3種類買って帰った。

今治市・ボッコ製菓の「島いちごどら焼」は思いつかない組み合わせで新鮮。東かがわ市・ばいこう堂の「和糖どら焼」は上品。松山市・うつぼ屋の「みつ豆どら焼」は、名前の通り、小豆、大納言、うぐいすと3種類の餡を混ぜていて楽しい。どれも旨かった。

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『けーし風』2008.3 米兵の存在、環境破壊

2008-04-16 21:22:25 | 沖縄

『けーし風』第58号(2008.3、新沖縄フォーラム)では、米兵という存在が起こしている構造的な問題、それから高江、辺野古、やんばるの林道における環境や生活破壊について、特集が組まれている。

定期購読していないので、神保町の「書肆アクセス」が店をたたんだ今、新宿の「模索舎」まで買いに行かなければならない。他の資料なんかも物色したいので、敢えてそうしているのではある。今回も収穫があって、ついでに歌舞伎町の「ナルシス」で雑談して帰った(ついでに言えば、他のお客さんもいたので過激でない路線、ロリンズ『ニュークス・タイム』、オーネット『ゴールデン・サークル』、ブルーベック『タイム・アウト』、コルトレーン『アフリカ・ブラス』がターンテーブルに載った)。

しかし、やはり東京に1箇所のみというのは不便である。駿河台下の三省堂4階にも地方流通書コーナーが出来ているので、そこで取り扱ってほしいと思う。

最初の特集は、米軍・米兵という存在が必然的にもたらす恐ろしさを、現地の生の声から提示している。「良き隣人」という欺瞞でいかに虚飾しようと、性的暴行事件も騒音被害も不可避なものだということだ。勿論、結果としての被害だけではなく、そういう潜在的な存在があるということも問題とされる。座談会の中で印象的だったのは、米兵の声として「I kill you」よりも「I can kill you」のほうが怖いという指摘である。

さらには、現場で経験し、想像力を持たなければ、なかなか思い至らない点が指摘されている。

○性的暴力は「女性問題」に囲い込まれるものではなく、暴力的なシステムという政治的・構造的な問題に他ならない。またここには「女性」という差異だけでなく、同性、外国人、年齢などといった顕れにくい差異もある。
○事件に対する怒りは政治カードとして受け止められるものではない(岩国市長選の前にこの事件が起きていたら・・・とする言説もそうだろう)。国防や国際政治など他の問題と天秤にかけてもならない。
○「英会話を教えてくれ、ボランティアも行ういい人」という個別の観察で、構造問題を覆い隠す現象が起きている。被害者にも落ち度があったとする心無い指摘は、そのような構造について想像できないからだ。構造問題であるからこそ、問題は反復し再生産される
米兵の基地外居住の問題が明らかになってきたのは今回がはじめてだろう。住民登録もなされておらず、なし崩しに住居が建てられていて、全貌をとらえにくい。その基地外の住居にしても、がら空きのところもあり、「思いやり予算」の無駄な使い方が見え隠れする。

このような側面について、「綱紀粛正」などとことさらに憤慨するふりをしてみながら、基地撤去という解を隠してきたのがこれまでのあり方であり、それを助長しているのが大手メディアであることについては、あえて言うまでもないだろう。

次の特集は、やんばるの森における林道建設や、高江・辺野古の基地建設についてとりあげている。特に自分にとって有難かったのは、林道建設の現況に関する報告である。90年代までの大国林道(大宜味から国頭なので大国)建設以来、大皆伐は影を潜めてはいるが、実際のところ支線がどんどん拡大していて、まったく森林破壊が止まっていないことが示されている。ここで指摘されるのは、

○事業のための事業が行われている。イタジイなどの照葉樹林(ブロッコリーの森)が伐採され、かわりにイスノキやイジュが必然性なく新植されている。この、破綻が明らかな樹種転換は、30年前の本土の林業と同じである。
○これは森林整備事業としてなされており、補助金に過度に依存したあり方になっている。
○ヤンバルクイナ交通事故問題や(実際に効果が不明な)マングース捕獲キャンペーンにばかり、情緒的に対応するのは問題である。ヤンバルクイナが森を追われるなら、その森のあり方をこそ問うていかなければならない。
○世界遺産の水準を持つ森林生態系であり、IUCNの視察や洞爺湖サミットでの発信なども対策に加えたい。

といったところだ。もっとも、補助金に依存した林業の形は沖縄に限った話ではない。補助金がヘクタールあたり幾らとかいった指摘よりも、補助金適用のあり方こそが問題なのではないか、というのが、自分が最も気になった点である。要は、単純に「育成複層林」などのカテゴリーで規定するのではなく、森林の重要さや特徴をもっと優先する仕組が必要ではないか、ということである。実際、このように、補助金を得て、枝打ちや間伐などの森林経営をしなければならない森林が一般的だと思う。

辺野古の件については、真喜志好一氏が、米国国防省に厳しい判決となったジュゴン訴訟や、今回のアセスの破綻について詳述している。また、高江の件については、高江住民の方々や真喜志氏や議員が防衛省に要請した議事録が掲載されている。このなかで、ヘリパッドが、オスプレイ配備を念頭においていると考えられるほど異様に丁寧に作られていることが、真喜志氏によって指摘されていることが、特筆すべき点だ。

【参考】
『けーし風』読者の集い(4) ここからすすめる民主主義
『けーし風』2007.12 ここからすすめる民主主義、佐喜真美術館
『けーし風』読者の集い(3) 沖縄戦特集
『けーし風』2007.9 沖縄戦教育特集
『けーし風』読者の集い(2) 沖縄がつながる
『けーし風』2007.6 特集・沖縄がつながる
『けーし風』読者の集い(1) 検証・SACO 10年の沖縄
『けーし風』2007.3 特集・検証・SACO 10年の沖縄

kakko
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飯田鉄、北井一夫、榎本敏雄、清水哲朗

2008-04-15 22:19:41 | 写真

最近の写真展をいくつか。

清水哲朗「中国・国境線を行く」(オリンパスギャラリー東京)は、北京のみならず、内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区など中国でもマージナルな場所にある都市の風景を写した写真群。北京、夜の胡同をローアングルから広角で撮った写真や、カシュガルの子どもたち、内モンゴルで馬頭琴を作っている写真などがとても新鮮で良かった。ただ、やはり全てデジカメ(オリンパスE-3)、デジタルプリントであり、写真がそれ以上でもそれ以下でもないような存在感にとどまっているようにおもった。その奥に何かがあるのは、銀塩プリントなのではないか・・・比較すべきではないかもしれないが。

飯田鉄「まちの呼吸」(ことば:寺田侑)(お茶の水画廊)は、入ったときに、ちょうどオープニングパーティーをやっていた。狭いギャラリーで少なくない人たちが雑談や挨拶なんかをしていて、落ち着いて観ることができない。自分も花粉症なのか洟をたらしていて、とても酒をもらってうろうろする元気がない。

写真はすべてモノクロプリントで、飯田鉄さんならではの地味な「佇み」が漂っていた。十八番の質感のある建物も、夜店で「人がそこに居る」作品もある。良いに違いない写真群だった。それだけに、1枚1枚を小さな穴の中を覗くような気分でこそ観たかった。飯田鉄さんもM型ライカを首から下げておられた。今度は人が少ないときに再訪したいとおもう。

榎本敏雄「薄明の記憶・京都」(gallery bauhaus)も、すべてモノクロである。正直言って、フラッシュを焚いて撮った芸者や子どもたちの写真は、趣はあるものの、薄明でもなんでもなく、まったく好みでない。しかし、地下に展示されている桜の写真群は印象的だった。絞って長時間露出を行うことにより、桜の枝や花が妖怪の手のようにうごめいている。また、フラッシュを焚いて、近くの散る桜の花びらや、水しぶきや、雪を際立たせた作品群にも心が動かされた。水たまりに浮かぶ桜の花びらにはピントを合わせず、反射する枝のシャドウに視線を運ぶ写真も良かった。

アートスペース・モーターで何人かの作家を集めて展示した「コレクション・ミニ展」では、北井一夫さんのいろいろな作品を観ることができた。『おてんき』からは、ランプにたかった蛾の写真。『村へ』からは、三里塚の農作業風景。『北京』からは、北京のボートの写真。それから何の作品集からかわからないが、マルセイユの街の珍しいカラー写真。北井さんの薄いトーンのプリントはずっと観ていても飽きない。もっとも好きな写真家のひとりである。

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ジャズ的写真集(1) エルスケン『ジャズ』

2008-04-13 23:59:03 | アヴァンギャルド・ジャズ

別に集めるつもりでもないが、ジャズの写真集は何冊も持っている。そのなかで、エド・ファン・デア・エルスケン(Ed van der Elsken)の『ジャズ』は、特に有名な作品のひとつだろう。

1955年から61年にかけて撮られた写真群である。ハードバップ全盛期、伝説的な音楽家たちの若い頃が記録されている。私の持っているのは、アムスで1991年に再発されたものらしい。神田小川町の源喜堂書店で何年か前に見つけて買った。何度も観ていたら、背表紙が取れてぼろぼろになってしまった。

手ブレも何のその、おそらくとても増感したり一部のみのトリミングをしたために粒子が目立っており、これがドキュメントとしての迫力を増している。また、音楽家たちの良い表情を捉えている。大先輩レスター・ヤングに尊敬のまなざしを向けるマイルス・デイヴィス。どうだと言わんばかりのオスカー・ピーターソン。感極まったサラ・ヴォーン。きりの無い世界に没入し続けるジョン・コルトレーン。塩っ辛いテナーの音を汗だくで吹くコールマン・ホーキンス。黒ぶちメガネでおそらく自在にインプロヴィゼーションを展開していたであろうソニー・ロリンズの風格。悠々としたジミー・ラッシング。

何のカメラで撮ったのかわからないが、自分の反射する姿を撮ったローライではなく、35mmだろうと思う。エルスケンが使っていたライカM3(→リンク)は1954年に発売されたばかりであり、現在、地震学者の島村英紀氏が所有する遺品のシリアル番号を見ても、初期の頃のもののようだ。(私も地震研究所に所属していたことがあり、島村氏の名前は当然知っていたが、このようなカメラマニアだとは思わなかった。)

自分もこんな写真を撮ってプリントしたいなと妄想する。


レスター・ヤングとマイルス・デイヴィス


オスカー・ピーターソン


サラ・ヴォーン


ソニー・ロリンズ


ジョン・コルトレーン


ジョン・コルトレーンとエリック・ドルフィー


コールマン・ホーキンス


ジミー・ラッシング

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高田渡『バーボン・ストリート・ブルース』

2008-04-12 23:18:37 | ポップス

故・高田渡が2001年に出した半生記『バーボン・ストリート・ブルース』(山と渓谷社、2001年)が、ちくま文庫から再発されていた。実は元本はかなりの稀少本となっていて、古本市場でもざらに1万円以上の値を付けていた・・・ということに、今頃気が付いた。売っておいて文庫を買えばよかった(違)

それで、好きな『ごあいさつ』(ベルウッド、1971年)を聴きながら、また読んだ。あの声が聞こえてくるような語り口、衒いのなさ、あらためてしみじみする。それから、好き嫌いが激しく、相当に頑固だったんだろうなと思う。新宿や吉祥寺のことも懐かしそうに書いてある。私が上京してきてうろうろしはじめた時よりもずっと前から、当然、高田渡は、ハモニカ横丁や、「いせや」や、パルコの本屋なんかに出没していた。すぐにでも誰かを誘って、あの辺に飲みに行きたくなってしまう。

高田渡の好きな映画は、『鉄道員』なんかのネオリアリズム、新しめでは『ニュー・シネマ・パラダイス』や『イル・ポスティーノ』だったそうだ。邦画では『キューポラのある街』、『裸の島』、『かあちゃんしぐのいやだ』といったところ。

ついでなので、『かあちゃんしぐのいやだ』(川頭義郎、1961年)を録画してあったのを思い出して観た。『バーボン・ストリート・ブルース』には、高田渡が貧乏な子供時代に、学校の行き帰りに、磁石を紐で引きずって、くっついてきた金物を売ってオカネに換えたとあるが、この映画にも同じようなシーンがあった。福井県の貧乏な家庭の母子の話であり、こちらは切ないを通りこしていたたまれないというか、申し訳ないというか、気分が沈んでしまった。

高田渡が趣味で撮っていたモノクロ写真も、何葉も掲載されている。かなり上手く、人情も味もあって、これも好みだ。50mmっぽいなあと思っていたが、改めて確認したら、やはりそうだった。なぎら健壱が、高田渡の真似をして、同じカメラ・ニコマートFTNにニッコール50mmを1本だけ装着して街々を撮り始めたのが、カメラ遍歴の始まりだったと言っている(『カメラマガジン』no.2、えい出版社、2006年)。

結局、高田渡が歌うのを直接聴いたのは、アケタの店と、吉祥寺駅前での2回だけだった。それでも、大丈夫かというくらい酒を飲んで(大丈夫ではなかった)、歌の合間に飄々と話をする様子が強く印象に残っている。

●参考
「生活の柄」を国歌にしよう
山之口獏の石碑

takada
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コーヒー(1) 『季刊at』11号 コーヒー産業の現在

2008-04-12 15:01:44 | 食べ物飲み物

コーヒーは、中毒とまでは言わないが毎日手で挽いて飲んでいる。仕事中もないと困る。昔、イエメンのバニーマタル地方にモカ・マタリの木を見に行ったことや、コロンビア大使から直接コーヒー豆を頂いたことなんかを自慢にしている。しかし、いまの流通のことや、フェアトレードの背景のことなんかは今ひとつ知らなかったので、『季刊at』11号(特集・コーヒー産業の現在、2008年3月)を読んだ。

まず辻村英之「コーヒーのグローバル・フードシステムと価格変動 生産国タンザニアと消費国日本を事例として」によって、生産者価格と消費者価格とのあまりの乖離、それから、その乖離から得られる利益の大半が日本に輸入されてから発生しているとする分析に驚く。

論文から、2時点のグラフを作ってみた。


図 タンザニアから日本までのキリマンジャロコーヒーの価格変化(1998年、99年)
(辻村英之「コーヒーのグローバル・フードシステムと価格変動 生産国タンザニアと消費国日本を事例として」により作成)

こうみると、極めてアンバランスである。その上、他の論文も含めて読んでわかってくることは、

○輸出入価格は、概ねニューヨーク先物価格で決まる。従来は、この価格をブラジル産豆の収穫状況が大きく左右していたが、その比重は近年弱まり、投機的にもなってきている。
○輸出入価格の変動は、生産者価格に直結するが、消費者価格にはあまり影響を与えていない。すなわち、国際価格が暴落したときにダメージを受けるのは専ら現地の生産者である。
○コーヒーは、現地での生活の糧として依存度が高く、国際価格によって生活が左右されてしまう。また、たまに高騰すると植付が増え、再度の供給過多を招くという「悪循環」がある。
○国際コーヒー機関(ICO)では、国際価格安定化のためにさまざまな統制を行ったが、うまく機能しなかった。一方ではWTO体制は価格安定政策を嫌っている。
○最大のコーヒー輸入国である米国は、中南部の貧困層向けに安いコーヒーを確保したい思惑がある。また長らくICOに加盟していなかったが、2005年に再加盟した理由は、テロ対策としてコーヒー社会での国際協力が有効だとする安全保障面の考えが働いたと言われている。これによらず、極めて政治的な側面が多い。

といったところ。日本国内で単価が上がっているとはいっても、チェーン店以外の喫茶店はたぶん苦しいのだろう。高田渡のうたう「コーヒーブルース」や、旨いコーヒーを飲むたびに「ヒクヒク」していた殿山泰司の日記なんかを思い出したりして、最終消費地での喫茶文化と生産者の経済とを同列に並べて考えるわけにはいかないとも思う。とは言っても、本誌には東ティモールやタンザニアでのコーヒー生産確立に向けたいろいろな取り組みが紹介してあり、一概には判断できないだろうが、大手チェーンでコーヒーを飲むことの消費者としてのスタンスを考えてしまう。

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