Sightsong

自縄自縛日記

姫田光義編『北・東北アジア地域交流史』

2012-09-30 23:19:02 | 北アジア・中央アジア

姫田光義編『北・東北アジア地域交流史』(有斐閣、2012年)を読む。

国や地域を限定せず、むしろ地域間のインタラクションに焦点を当てたユニークな本。

たとえば。

モンゴル帝国は、サハリンに住むアイヌらとの交易を行っていた。それは、アイヌが持ってきたオコジョ(銀鼠)の毛皮を、クビライ・ハンが着た絵を見てもわかる。黒い筋はオコジョの尾の先だという。(杉山正明『クビライの挑戦』の表紙画にもなっている。>> リンク
○1630年代から1853年の黒船来航まで、日本は「鎖国」をしていたというのが、近世日本についての共通理解だった。しかし、1970年代以降の研究により、長崎の他に、薩摩(琉球)、対馬(朝鮮)、松前(蝦夷地)を入れて4つの国際関係が開かれており(4つの口)、それを通じて世界とつながっていたということが共通理解となった。それは、清国との直接外交を持たない形で自立する苦肉の策だった。
○無人に近い状態だった極東ロシアは、1850年代から、ロシア政府によって開発が進められ、そのために多数の労働者が送り込まれた(もともと、ウラジオストクは「東洋を支配せよ」との意味)。しかし労働者不足により、19世紀末から20世紀初頭、ウラジオストクは、むしろ、清国人、朝鮮人、日本人など東アジア系の出稼ぎ労働者が目立つ街となった。彼らなしではシベリア鉄道の建設はできなかった。
○ロシア沿海地方には、19世紀から、多くの朝鮮人農民が移住した。これは1910年からの日本の朝鮮併合により加速した。彼らは高い農業技術を持ち込んだ。
○ここで、朝鮮人の抗日運動が盛り上がった。しかし、ソヴィエト・ロシアは、政治的な判断により、これを抑え込んだ(1925年、日ソ国交回復)。そして、朝鮮人自治州の構想を却下し、さらには、1937年より、朝鮮人住民を中央アジアへと強制移住させた
○モンゴル帝国は、交易や戦争を通じて、宗教や文化や情報のネットワークを発展させたと言える。
○モンゴル帝国崩壊後、モンゴルは内モンゴルと外モンゴルとに分裂。清朝崩壊、人民革命、ソ連による援助・支配、そして1990年代の米国による市場経済以降と、激動の歴史を経ている。生活様式を破壊された遊牧民たちが、いままた、大地に根付いた生活を取り戻そうという動きを活発化させている。
○中国人は海外に移住し、華僑ネットワークを構築しているばかりではない。もとより、中国国内でも頻繁に大移動を繰り返していた。大小いくつもの社会集団における「」により社会の仕組みをつくる方法は、そのような歴史から生みだされてきた。
○神の「縁」もある。道教の媽祖信仰は、海上交易のネットワークとともに拡がり、中国沿岸のみならず、東南アジア、沖縄、日本でもその足跡を確認できる(青森県大間町にも辿りついている)。

こちらの断片的な知識が思わぬ形で他とつながったりして、とても刺激的で興味深い。参考文献リストも丁寧に作られている。良書。

●参照
杉山正明『クビライの挑戦』
朴三石『海外コリアン』、カザフのコリアンに関するドキュメンタリー ラウレンティー・ソン『フルンゼ実験農場』『コレサラム』(中央アジアに強制移住させられたコリアンを描く)
李恢成『流域へ』(中央アジアに強制移住させられたコリアンを描く)

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青空文庫の金史良

2012-09-29 09:21:34 | 韓国・朝鮮

青空文庫には金史良(キム・サリャン)の小説がいくつか収録されている。そのうち楽天のkobo touch用のサイトで無料ダウンロードできるのは5作品である。

読み終わってから気がついたのだが、全て底本は講談社文芸文庫版である。積ん読になっていた本だ。意味がないかと言えばそんなことはない。快適に読むことができたのだから。いろいろ批判のあるkobo touchだが、このように青空文庫の作品を無料で読むことができることは嬉しい。

「荷」(1936年)

ごく短い短編ながら、低湿地の崩れかかった小屋に住む「尹さん」の人間臭さを描き出している。テーマは、生命力と儚さか。

「尹主事」(1941年)

「荷」と同様に、半狂人の老人の人間臭さを短く描く。老人の卑屈さの中に「最後の火のほとぼり」を見出す主人公。

「玄界灘密航」(1940年)

「玄界灘」とは密航の代名詞であった。日本支配下朝鮮から「内地」への密航である。北九州に住む主人公は、密航団が摘発されたという新聞記事を読んでは、「監視されているような、いやな気持」になり、そのためか、目と鼻の先の玄界灘の海辺にはあまり出かけない。それでもある日、唐津の海岸で、移住してきた女性たちが白い着物で貝殻を拾い歩く美しい光景を目にする。

J.G.バラード『結晶世界』を思い出すような鮮やかな描写である。

「故郷を想う」(1941年)

「内地」に渡って十年。主人公は、故郷の平壌のことを想う。亡くなった姉のこと、帰省してほしくて庭にトマトや何やをあきれるほど育てる老母のこと。

切迫感のあるセンチメンタリズムを持って、主人公は「こうして私はいつも朝鮮と内地の間を渡鳥のように行ったり来たりすることになろう」と呟く。北朝鮮を抽象的な「仮想敵」としかとらえない政治家やメディアの人間にこそ、読んでほしい。

「天馬」(1940年)

朝鮮に戻り、まるで日本で素晴らしい評価を得てきたかのように嘯き、日本を権威のように使って文士ぶる主人公。横柄な日本人と卑屈な主人公との対比が怖ろしい。金史良はどのような気持ちでこれを書いたのだろう。

主人公はぐでんぐでんに酔い、のっぴきならぬ袋小路に自らを追い詰めていく。

「彼はこの悲痛さを打消すように妙に喉にからんだ甲高い声を出して一人でに笑ってみた。だが彼は自分の笑い声にびっくりして慌てて肩にかけていた桃の枝を胸に抱きしめじっと息をころした。」

「朝鮮に出稼ぎ根性で渡って来た一部の学者輩の通弊の如く、彼も亦口では内鮮同仁(日本帝国主義の植民地政策の一つで、朝鮮民族を日本人に同化させるためのスローガン)を唱えながらも、自分は撰ばれた者として民族的に生活的に人一倍下司っぽい優越感を持っている。」

「内地人と向い合った時には一種の卑屈さから朝鮮人の悪口をだらだらと述べずにはおれない、そうして始めて又自分も内地人と同等に物が云えるのだと信じ切っている彼である。」

ここには、自己諧謔的な視線とともに、それだからこそ、非人間的な権力構造やナショナリズムを透徹する視線がある。

金史良は、朝鮮戦争が勃発すると北の軍隊に従軍し、36歳で戦死した。李恢成は、事あるごとに金史良の小説を評価している。

●参照(在日コリアン文学)
金石範『新編「在日」の思想』
金石範『万徳幽霊奇譚・詐欺師』 済州島のフォークロア
金石範講演会「文学の闘争/闘争の文学」
金達寿『玄界灘』
李恢成『沈黙と海―北であれ南であれわが祖国Ⅰ―』
李恢成『円の中の子供―北であれ南であれわが祖国Ⅱ―』
李恢成『伽�塩子のために』
李恢成『流域へ』
朴重鎬『にっぽん村のヨプチョン』
梁石日『魂の流れゆく果て』

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新藤健一編『検証・ニコン慰安婦写真展中止事件』

2012-09-26 00:59:01 | 韓国・朝鮮

ニコンは、ニコンサロンにおいて開催が決まっていた写真展の中止を、写真家・安世鴻氏に一方的に通告し、地裁と高裁の命令に従って、不承不承開いた。さらに、その後に及んでも、大阪ニコンサロンにおいても写真展は開催されないままであった。

新藤健一編『検証・ニコン慰安婦写真展中止事件』(産学社、2012年)は、 その経緯を日本語・韓国語の両方でまとめた冊子である。 

一読すると、事態の異常さが差し迫ってくる。

多くの問題がある。歴史修正主義。圧力に容易に屈する表現の場。事なかれ主義。議論の不透明性。

ニコンは、中止を決めた理由をいまだまともに説明していない。あるとすれば、「慰安婦」という歴史の「政治性」を指摘したのみである。しかし、本書でも多く指摘されているように、「政治性」をまとわない表現はあり得ない。あるいは、人間社会におけるすべての存在は「政治性」を身にまとう(ミシェル・フーコーを思い出すまでもなく)。

これを問題とすべき「政治性」とするならば、如何に多くの写真表現が「政治性」と無縁であるというのか。たとえば戦争や迫害された人々を追った写真が「報道写真」であって「写真表現」でないということはないし、逆に言えば、日常の人々を撮った「写真表現」であっても、「報道写真」でありうる。「政治性」と、抽象的な「写真表現」とは、独立の軸ではない。

そして、安世鴻氏の写真は、特定の「政治活動」を行うための手段として、「写真表現」を装って提示されたのでもない。それは鑑賞者たるわたしも感じたことであるし、もとより、選考委員会がその観点から写真展開催を決めたものであった。

おそらくは圧力を受けての判断なのだろう。それが誰からのものであったかについて、根拠は示されていないものの、本書における推測は、ある程度の説得力を持つように思える。

また、「ニコンムラ」という指摘も重要である。写真業界にあっては、ニコンは権威であり、そのためにこの問題に沈黙する者が多いというのだ。そうだとすれば、影響は今回の件にとどまらない。

「今回の写真展だけに限らず、映像でも文字でも絵画でも、ある表現行為や場所をはく奪されるような事態に対して、表現活動に携わる、特に職業人が、「黙っている」「何も言わない」ということだけは絶対にできない。
 「厄介になりそうだな」
 「できれば関わりたくないな」
 そんな意識が自らの心と身体の中に芽生えてくるとき、そこで踏ん張らなければ、その連鎖の根は断つことはできない。いったん「引く」と、自らも周りも少しずつ足なみをそろえて引いていくのではないか。それを断ち切るためにも、新宿ニコンサロン写真展で何が起きたのかを知り、そして、表現行為に関わる様々な”ネガティブな現象”を注視しなければならない。」

(綿井健陽氏)

●参
安世鴻『重重 中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち』
安世鴻『重重 中国に残された朝鮮人元日本軍「慰安婦」の女性たち』第2弾、安世鴻×鄭南求×李康澤
『科学の眼 ニコン』
陸川『南京!南京!』
金元栄『或る韓国人の沖縄生存手記』
朴寿南『アリランのうた』『ぬちがふう』
沖縄戦に関するドキュメンタリー3本 『兵士たちの戦争』、『未決・沖縄戦』、『証言 集団自決』
オキナワ戦の女たち 朝鮮人従軍慰安婦
『けーし風』2008.9 歴史を語る磁場
新崎盛暉氏の講演
新崎盛暉『沖縄からの問い』

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ジョージ・アダムスの甘甘作品

2012-09-25 07:30:04 | アヴァンギャルド・ジャズ

ジョージ・アダムス『Nightingale』(somethin'else、1988年)を500円で見つけ、あまりの懐かしさに入手してしまった。とは言っても、自分がこれを聴いたのは発売後数年が経ってからだった。

何でも、アダムスは87年の「マウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァル」において大受けしたのだという。そのアダムスが、日本マーケット向けに投入した甘甘のスタンダード集。ちょうどケニー・ドリューが軟弱なジャケットのピアノトリオ集でヒットしていた頃である。レーベルも、ブルーノートの腰砕け兄弟サムシンエルス。色眼鏡をかける条件はすべて整っていた。

しかし、そこから時代がふたまわりし、いまでは余計なことを考えない。そして、これが悪くないのだ。それまで硬派で鳴らしていたアダムスも、この朗々としたブローを聴かせるアダムスも、まったく違わない。「Bridge over Troubled Water」も、「A Nightingale Sang in Berkeley Square」も、「Going Home」も、ゆったり味わいながら聴くことができる。

もっとも、あとで思い出そうとすると、印象が希薄なのではあるが。

George Adams (ts, fl, ss)
Hugh Lawson (p)
Sirone (b)
Victor Lewis (ds)

『Ballads』(Alfa、1979-84年)も、これに負けず劣らず軟弱路線。やはり軟弱全盛の1991年に、ケニー・ドリューをヒットさせていたアルファジャズが発売している。昔の演奏から、バラードだけをピックアップした作品集である。

基本的には似たようなものだ。しかし、やはり硬派仲間のドン・プーレンキャメロン・ブラウンと組んでいるだけに、ただの甘甘よりは聴きごたえがある。プーレンの掻き乱しピアノは健在だし、ブラウンのぶんぶんと唸る(「Band in a Box」のような)ベースも妙に嬉しい。アダムスの音は太く、中に唾と気持ちが脳髄のように詰まっている。本当は、ハードな演奏の間にあってより光る演奏のはずではあるが、まあよい。

ところで、「Send in the Clowns」がなぜアダムスの作曲となっているのだろう。どう聴いても、サラ・ヴォーンが歌ったあの曲である。

George Adams (ts, fl, vo)
Don Pullen (p)
Cameron Brown (b)
Dannie Richmond (ds)
Don Pate (b)(1曲のみ)
Al Foster (ds)(1曲のみ)
Azzedin Weston (perc)(1曲のみ)

●参照
ギル・エヴァンス+ローランド・カーク『Live in Dortmund 1976』(アダムス参加)
ルーツ『Salute to the Saxophone』(プーレン参加)
デイヴィッド・マレイ『Children』(プーレン参加)

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尾崎哲夫『英単語500でわかる現代アメリカ』

2012-09-25 00:14:45 | 北米

尾崎哲夫『英単語500でわかる現代アメリカ』(朝日新書、2008年)を、kobo touchで読む。TOEICの試験もあるし、と、さもしい気持ちで買ったものである。米国の時事ネタを解説しつつ、そのキーワードになる英単語を併記するというスタイルだ。

何しろ4年前、オバマ大統領誕生前夜だ。当時の盛り上がりは記憶に新しいような、もう昔の話になってしまったような。

本書も、冒頭を「2008年の大統領選」と題して、その経緯や背景について書いている。そんなわけで、バラク・オバマ、ヒラリー・クリントン、ジョン・マケインの生い立ちやキャラクターなどを紹介しているのだが、やはり時代の熱気があるせいか、まるで英雄譚になっているのは仕方がない。

その後は、「アメリカの政治制度」、「アメリカの司法制度」、「アメリカの政治風土」、「人種問題」、「ポリティカル・コレクトネス」、「アメリカ人とは?」、「中絶論争と女性の権利」、「同性愛をどう見るか」、「建国「以前」から現代まで」、「星条旗の歴史」、「国歌の歴史」、「道路と交通」、「ITが変えた生活」、「アメリカの音楽」と続く。通読すると、忘れていたことや、へええと驚いてしまうようなことも多い。

それにしても、米国は、生まれも育ちも面倒で困ったちゃんなんだな、と痛感する。もっとも、それは各国各様であるけれど。

英単語も、普段の仕事や雑談では使わないボキャブラリーであるだけに、なかなか勉強になる(だからこそ覚えられない)。微妙な言葉の使い分けも面白い。例えば、同じ「道」であっても、street、avenue、boulevard、sidewalk、lane、alley、rowはどう違うか、など。

TOEIC対策になるかどうかは置いておいても、米国を俯瞰するひとつの本として良いのではないかと思う。今度の大統領選後にでも改訂すれば、また読み応えがある本になるに違いない。

●参照
成澤宗男『オバマの危険 新政権の隠された本性』を読む
ワールド・サキソフォン・カルテット『Yes We Can』

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張芸謀『初恋のきた道』

2012-09-24 00:51:20 | 中国・台湾

張芸謀『初恋のきた道』(1999年)を観る。

これはチャン・ツィイーの顔のために作られたような映画である。初々しい笑顔やためらいの表情も、逆光での輝く髪の毛も、機織機越しのちょっと官能的な顔も、ただただ魅力的だ。感情を押しとどめられず走り続けるツィイーを捉えるカメラもまた良い。

もちろん演出もさすがのきめ細やかさ。急逝した父のもとに駆け付けた息子に、男ふたりが同時に話しかける描写。想いに苦しむ娘(ツィイー)のために、割れた食器を修繕してもらうインターミッション。亡くなった父の教え子たちが大勢集まり、遠路はるばる棺を運ぶ描写(ここで、不覚にも泣いてしまった)。

このようにヒューマニスティックな作品を観たあとに、日中のいざこざを思い出すと、やり切れない気持ちになる。対人ではなく対抽象の関係をいびつに肥大化させているのは誰だ。

●参照
張芸謀『LOVERS』
張芸謀『単騎、千里を走る。』
北京五輪開会式(張芸謀+蔡國強)

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リドリー・スコット『プロメテウス』、ピーター・バーグ『バトルシップ』

2012-09-22 22:22:25 | 北米

シンガポール行きの機内で、映画を2本。

■ リドリー・スコット『プロメテウス』(2012年)

考古学者たちが、古代の人類とアクセスしていたと考えられる生命体の存在を求め、ある惑星へと調査に向った。そこでわずかに生き延びていた巨人は、人間の始祖であった。彼らは、自らが作りだした生物兵器に滅ぼされていたのだった。そしてそれは、もともと人間を殲滅せんとして開発されたものであった。

あとあと記憶にこびりついてしまうような気色悪いシーンを含め、まあ凄まじい展開。大画面で観たら忘れられないだろう。

しかし、どこを取ってみても、どこかで観たような場面ばかりだ。リドリー・スコット本人の傑作『エイリアン』『ブレードランナー』のようなパイオニア性はない。なお、『エイリアン』の前日譚であることは、最後まで観ればわかる。

■ ピーター・バーグ『バトルシップ』(2012年)

米海軍を中心とする環太平洋合同演習(RIMPAC)の途中、エイリアンが出現し、米海軍と海上自衛隊が協力して敵を倒すという物語。

これは日米安保・日米同盟万歳といった感じのプロパガンダ映画そのものだ。政治的といえば、米海軍の退役軍人への敬意もあからさまに盛り込んでいたりする。最低、下劣。

『黒部の太陽』がダム工事のプロパガンダ映画として使われ続けたように、これも、どこかで気持ちを高めるために流されるのだろうか。

●参照
リドリー・スコット『ロビン・フッド』 いい子のリチャードと悪がきジョン

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板橋文夫『ダンシング東門』、『わたらせ』

2012-09-16 06:29:00 | アヴァンギャルド・ジャズ

板橋文夫のソロピアノ2枚組『ダンシング東門』(MIX DYNAMITE、2005年)を見つけた。何しろ、先日久しぶりに彼の激しくも抒情的なピアノを聴いたばかりだ。

セロニアス・モンクの「I Mean You」、高田渡の「生活の柄」、チリのヴィクトル・ハラの「平和に生きる権利」、中村八大の「上を向いて歩こう」、本人の名曲「渡良瀬」「グッドバイ」など、選曲がいちいちツボをついている。

生活の柄」は、『うちちゅーめー お月さま』では大工哲弘との共演だったが、ここでは、片手でピアニカ、片手でピアノを弾いており、嬉しさがこみあげてくる。

渡良瀬」は、先日のライヴを思い出す激しさだ。解説を読むと、青森にある店「東門」のオーナーが、「渡良瀬」の演奏中に鍵盤の蓋が落ちそうになったと書いてあって笑った。この前は、黒鍵が文字通り空中を飛んでいったのだ。「渡良瀬」はピアノ破壊曲だった。

そして「グッドバイ」。実は『North Wind』(1998年)という、やはりソロピアノ2枚組におけるこの曲の演奏があまり好きではなかった。テンポが跳ねるようで、どうしても浅川マキが歌っていたイメージと離れてしまっていたのだ。しかしここでは、オリジナルに回帰した演奏だ。マキさんの様子を思い出しながら、しみじみとしてしまう。

確か油井正一のガイドブックに『わたらせ』(DENON、1981年)が紹介してあり、「いままで何台のピアノを壊しただろう」などと書かれていた記憶がある。その『わたらせ』には、「渡良瀬」も、「グッドバイ」も収録されている。このアルバムだけを聴く限りでは、そのような破壊的な印象は希薄である。板橋文夫は、その身体の中に、絶えず情とエネルギーと混沌とを蓄積し続けているということになる。

しかし、『わたらせ』は、これはこれで素晴らしく抒情的な演奏で、LPが手に入らず聴きたいと思っていたところ2005年にCDが再発され、すぐに買って感激しながら聴いた作品だ。いまあらためて聴き惚れてしまった。

●参照
板橋文夫+李政美@どぅたっち
板橋文夫『うちちゅーめー お月さま』

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万年筆のペンクリニック

2012-09-15 22:27:58 | もろもろ

土曜の朝だというのに新宿の丸善まで出かけた。ペンクリニックを開いており、気になる万年筆を診てもらおうと思ったのだ。

持参したのは、使いはじめたばかりのデルタ・ドルチェビータ・スリムと、カジュアルなラミー・サファリである。前者のニブは14KのM。後者のニブはステンレスのM。書きはじめや書いている途中にインクが途切れ、ちょっと苛々することがあった。

仕事でも何でもペンを使うことが多い。そこに何しろ快楽を持ち込むための万年筆であるから、これでは折角気分が乗っても削がれてしまう。もっとも、同じ万年筆を延々と使い続け、ペン先がうまく摩耗してくれば、書き味は良くなるのだろう。しかし、最初から良いに越したことはない。

ペンドクターは、セントラル貿易の宍倉潔子さん。到着してさっそくお願いすると、にこにこしながら、ペン先を素手で拡げたり、何種類もの紙やすりや樹脂板のようなものでこすったり。その結果、見違えるようにインクフローがなめらかになった。さすがの技術である。

喫茶店でノートを開いて書いてみると、やっぱり全然違う。いや嬉しい。良い気分で、今年二回目のインドネシアに持っていこう。

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アレルギーとフォルティスの手巻き時計

2012-09-14 00:52:45 | もろもろ

東京駅近くの定食屋で昼食をとったところ、急に、腕時計を付けている左手首が真っ赤にかぶれてしまった。これはきっと、化学調味料が金属アレルギーを引き起こしたに違いない、と、さしたる根拠もなく結論付けた。

そんなわけで、しばらく腕時計をかえてみた。フォルティスの1960年頃の手巻き時計である。現行のフォルティスの腕時計は10万円とか20万円とかするが、これは桁がふたつくらい違う(もちろん、高いほうではない)。

手巻きであるから、朝、竜頭を10回か20回かぐりぐりと巻く。秒針が、ちょっと焦った感じでまわり続ける。それでも、1日が終わるころには、5分くらいは遅れている。もうどこかがやられているのだろう。しかし、それが妙に人間くさい。・・・というような話をすると、大概の人は呆れたように笑う。

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ポール・ニルセン・ラヴ+ケン・ヴァンダーマーク@新宿ピットイン

2012-09-12 07:10:04 | アヴァンギャルド・ジャズ

ポール・ニルセン・ラヴケン・ヴァンダーマークのふたりが来日していて、なんとか、新宿ピットインに足を運んだ(2011/9/11)。

Paal Nilssen-Love (ds)
Ken Vandermark (bs, ts, cl)
坂田明 (as, cl)
八木美知依 (エレクトリック21絃箏、17絃ベース箏)
本田珠也 (ds)

ノルウェー出身のニルセン・ラヴと、シカゴ出身のヴァンダーマーク。彼らはもう10年以上も共演を続けているといい、「4 Corners」というグループもある。ヴァンダーマークを直に観るのははじめてだ。

今回の演奏は以下の組み合わせ。

1. K.V (bs)、本田
2. K.V (ts)、本田
3. P.N.L、坂田 (as)、八木
4. P.N.L、坂田 (cl)、八木
5. P.N.L、坂田 (as)、八木
6. K.V (bs→cl→ts→cl→bs)、P.N.L、坂田 (as→cl→叫び→as)、八木、本田
7. K.V (ts)、P.N.L

まずはヴァンダーマークのオーソドックスでストロングスタイルのアプローチが印象的。この人はシカゴの王道なのである。エネルギッシュなバリトンサックス、抜けの良いテナーサックス。そして坂田明とのクラリネット2本によるぴろぴろ共演には笑った。エネルギーを吐き出しさらけ出しても、必ず太い流れに戻ってくる感覚。

ニルセン・ラヴは、前回観たときには、ジョシュ・バーネットのような堂々たる体躯でのパワープレイに圧倒されたのだったが、今回、強さも多彩さも惜しげもなく繰り出してくる様子を観て、あらためてそのポテンシャルに感じ入った。体形だけがジョシュなのではない。総合格闘技でもショープロレスでもトップで暴れるという点でもジョシュである。本田珠也と並んで叩いていると、ふたりともパワー、スピード、名人芸すべて持つ三冠王ながら、キャラの違いが出てくるようで面白い。ニルセン・ラヴは、マッスで聴く者を攻めてくる。

もちろん、坂田明の「待ってました」的な叫びも、八木美知依のつくりだすうねりも、素晴らしかった。それにしても、フロントに坂田明とヴァンダーマーク、ドラムスに本田珠也とニルセン・ラヴが並んでいる様は、冗談のようだ。

最後にアンコールに応え、来日したふたりのデュオを聴かせてくれたのは嬉しかった。この前日までがデュオのみで、稲毛のCandyにも駆けつけようと思いつつ時間がなかったのだった。

終わってからヴァンダーマークをつかまえ、ペーター・ブロッツマンのDVDでインタビューに答えて「インプロヴィゼーションは連続性(continuity)のスナップショットだ」とか言っていたのが印象的だったけど、と訊いた。彼は至極真面目な顔で、ウン確かにそう言った、生活も音楽も毎日いろいろあって異なる、インプロヴィゼーションはその一断面の発露だと思っている、などと語った。


ヴァンダーマークとニルセン・ラヴにサインを頂いた(『Letter to a Stranger』)

●参照
4 Corners『Alive in Lisbon』(ヴァンダーマーク、ニルセン・ラヴ参加)
ペーター・ブロッツマン@新宿ピットイン(ニルセン・ラヴ参加)
ジョー・マクフィーとポール・ニルセン・ラヴとのデュオ、『明日が今日来た』
ペーター・ブロッツマンの映像『Soldier of the Road』(ヴァンダーマークがインタビューに答える)
横井一江『アヴァンギャルド・ジャズ ヨーロッパ・フリーの軌跡』(ニルセン・ラヴに言及)

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デレク・ベイリー+ジョン・ブッチャー+ジノ・ロベール『Scrutables』

2012-09-11 01:13:59 | アヴァンギャルド・ジャズ

デレク・ベイリー+ジョン・ブッチャー+ジノ・ロベール『Scrutables』(WOW、2000年録音)を、最近入手した。

Derek Bailey (g)
John Butcher (sax)
Gino Robair (energised surfaces)

横井一江さんが書いていたと記憶するが、ジョン・ブッチャーの個性はこれと限定されるわけではなく、そのときの音楽世界に応じて実に多彩なサックスの音を繰り出してきて、場を形成する。ここでも、演奏を開始したときには、エヴァン・パーカーかと思わせるような微分的なアプローチだ。ところが、三者が絡み合う即興演奏が進むに従い、ヘンな音がどんどん出る。凄いテクなんだろうな。

もちろん主役は、デレク・ベイリーである。決してクリシェになりえない「いつもの音」は、ときに金属がしなる音のようでもあり、虚空を漂うようでもあり。ベイリーの唯一無二性は何によるものだろう。この人の演奏を聴くと、何だか、永遠の闇を凝視し続けようとした埴谷雄高の世界を思い出すのである。

実に素晴らしい記録だ。


ジョン・ブッチャー、マドリッド、2010年 Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+2増感)、フジブロ4号

●参照
ウィレム・ブロイカーが亡くなったので、デレク・ベイリー『Playing for Friends on 5th Street』を観る
デレク・ベイリーvs.サンプリング音源
田中泯+デレク・ベイリー『Mountain Stage』
トニー・ウィリアムス+デレク・ベイリー+ビル・ラズウェル『アルカーナ』
デレク・ベイリー『Standards』
1988年、ベルリンのセシル・テイラー(ベイリー参加)
ジョン・ブッチャー+大友良英、2010年2月、マドリッド
ジョン・ブッチャー『THE GEOMETRY OF SENTIMENT』
横井一江『アヴァンギャルド・ジャズ ヨーロッパ・フリーの軌跡』

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ポール・オースター『Man in the Dark』

2012-09-10 00:11:42 | 北米

ポール・オースター『Man in the Dark』(2008年)を、kobo touchで読む。

操作性にやや難があるkobo touchだが、英語ならばそれほどでもない。何より辞書機能が使いやすいのが良い。

突然、若い男ブリックが目覚めてみると、深い穴の中にいた。現れた男に、兵士として、ブリルというピューリッツァー賞も取った作家を殺せと命じられる。世界は別のアメリカであり、内戦の真っただ中なのだった。空腹で辿りついた街で、ブリックはようやく状況を把握する。彼が殺人を犯すのは、内戦を引き起こす原因を絶つためだという。拒めば、ブリックの家族は殺されてしまう。しばらくしてもとの家に戻ったブリックは、妻にことの次第を話すが、2日間も家を空けた男のたわごととして相手にしてもらえない。しかし、ネット検索すると、そのピューリッツァー作家は実在することがわかる。そして、殺人を命じた男たちが、早く義務を果たさないと殺すぞと現れる。

老いたブリルは、離婚した娘ミリアム、イラクで恋人を失った孫娘カティアと一緒に暮らしていた。自らも、離婚して何年かののちに再び同じ女性と再婚した過去を持っていた。ミリアムは、両親と同じく勢いで結婚し、失敗していた。カティアは、心の傷を癒すかのように、祖父ブリルと一緒にDVDの映画を観て感想を述べ合う毎日を送っていた。やがて、ブリルは、自分の過去について、明け透けに、カティアに話しはじめる。

これは、「別のアメリカ」があるというパラレルワールド小説である。それは理不尽で、極めて個人的な感情の集合からなる。ブリルの悔恨に満ちた告白に耳を傾けていると、何だか身につまされてしまう。

しかし、すべては謎のままだ。なぜこのような事態が起きたのかの説明はほとんどなされず、ふたつの話の流れは収斂しないままに終わる。最後のページを読み終えたあと、ええっ、これでおしまいなのかと吃驚させられた。いくらなんでも、読者を放り投げすぎだ。快感も悦楽もない。「9・11」以降の米国が、間違った世界へと突き進んでいることへの怒りは、嫌というほど伝わってくるのではあるが。

最近のオースター作品を読むたびに、彼の世界の特徴である後味の悪さだけがいびつに残る。もう、オースターを追いかけることもないだろう。

腹立たしいので、せめて気の効いたフレーズを抜きだしてみる。これも電子書籍のメリットだ。(英語学習のエッセイみたいだな。)

"Betty died of a broken heart. Some people laugh when they hear that phrase, but that's because they don't know anything about the world. People die of broken hearts."
「ベティは絶望によって死んだ。こう言うと笑う人もいるが、それは世界のことを何にも知らないからだ。人は絶望で死ぬんだ。」

(小津安二郎『東京物語』における原節子の台詞をもとに)
"Yes, Miriam, life is disappointing. But I also want you to be happy."
「そうだよ、ミリアム、人生はつまらないものだよ。だけど、君には幸せになってほしい」

(パラレルワールドからブリックを追ってきた同級生は、昔、憧れの的だった。妻を逃がしたブリックは、彼女との逢瀬を愉しむ)
"Let the man and the woman who met as children take mutual pleasure in their adult bodies. Let them climb into bed together and do what they will. Let them eat. Let them drink. Let them return to the bed and do what they will to every inch and orifice of their grown-up bodies. Life goes on, after all, even under the most painful circumstances, goes on until the end, and then it stops."
「子どもとして出会った男女に、大人の身体をもってお互いに悦ばせよ。ふたりにはベッドに入らせ、やりたいことをさせよ。食べさせよ。飲ませよ。そしてまたベッドに戻り、発育した身体のどんなところに対しても、やりたいようにさせよ。人生は続く。どんなに痛ましい状況でも、最後まで人生は続き、そして終わる。」

(ブリルが孫娘に対して述べる回想。若いころ、モラルをどのように扱っていたか)
"That was the fifties. Sex everywhere, but people closed their eyes and made believe it wasn't happening. In America anyway."
「それが50年代。セックスはいたるところにあって、しかし、人々は目を閉じてまるでそれがないかのように信じていた。アメリカのどこでもだ。」

(カティアの若い恋人がイラクに行くと聞いて、ブリルは思いとどまるよう説得する)
"... but the last time you were here, I remember you said that Bush should be thrown in jail --- along with Cheney, Rumsfeld, and the whole gang of fascist crooks who were running the country."
「・・・でも君はこのまえ、ブッシュを監獄に入れるべきだと言っていたじゃないか。チェイニーも、ラムズフェルドも、この国を動かしているファシストの犯罪者たち皆も。」

(ブリルやカティアは、カティアの恋人がテロリストに殺される映像を視てしまう。)
"Sleep is such a rare commodity in this house, ..."
「睡眠はこの家では稀少な商品となり、・・・」

"But there's one line ... one great line. I think it's as good as anything I've ever read.
Which one? She asks, turning to look at me.
As the weird world rolls on.
Miriam breaks into another big smile. I knew it, she says."
「でもあの一言が・・・偉大な一言がある。いままで読んだもののなかで一番良いものだと思う。
どの一言? 彼女は訊いて、わたしを見た。
”ひどい世界は過ぎ去っていく”
ミリアムはにっこり笑って言った。知ってるよ。」

●ポール・オースターの主要な小説のレビュー
『Sunset Park』(2010年)
『Invisible』(2009年)
○『Man in the Dark』(2008年)(本書)
『Travels in the Scriptorium』(2007年)
『ブルックリン・フォリーズ』(2005年)
『オラクル・ナイト』(2003年)
『幻影の書』(2002年)
『ティンブクトゥ』(1999年)
○『ルル・オン・ザ・ブリッジ』(1998年)
○『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』(1995年)
○『ミスター・ヴァーティゴ』(1994年)
○『リヴァイアサン』(1992年)
○『偶然の音楽』(1990年)
○『ムーン・パレス』(1989年)

『最後の物たちの国で』(1987年)
○『鍵のかかった部屋』(1986年)
○『幽霊たち』(1986年)
『ガラスの街』(1985年)
○『孤独の発明』(1982年)

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鶴見良行『東南アジアを知る』

2012-09-09 11:48:13 | 東南アジア

鶴見良行『東南アジアを知る ―私の方法―』(岩波新書、1995年)を読む。氏が1989-90年に行った講演録である。

何気なく読み始めたのだが、これがなかなか刺激的だった。さすがに歩く人である(本人は学者世界を批判し、自らを調査マン、ジャーナリストだと称していた)。ただ、あくまで講演録であるから、これをきっかけに次に進まなければならない。著者の本は、これまで『アジアを歩く』しか読んだことがなく、勉強不足を悔んだ。

その、きっかけとして。

○東南アジア諸国は、欧米の侵略によって、国境と定住を前提としたネーションにならざるを得なかった。もともと島嶼部東南アジアは多様な民族・文化があったところであり、ネーションの形成には無理があった。レナト・コンスタンティーノは、民族的自覚(ネーションフッド)を、未完の発展的概念としている。このことから、ネーション形成の歴史を逆照射しなければならない。
○7世紀後半からマラッカ海峡の交易ルートを支配したスリウィジャヤ王国も、14世紀末から110年間存在したマラッカ王国も、いくつもの港の連合体であった。そのため、縮んだり大きくなったりできるものだった。
○東南アジアのナショナリズムは、植民地主義に対抗するために人為的に作ったものだった。このあたりが、タン・マラカ(インドネシアの共産主義者、独立後にオランダの再植民化に抵抗して殺される)、プラムディヤ・アナンタ・トゥール(インドネシアの共産主義者、獄中で小説を執筆)、レナト・コンスタンティーノらを悩ませた問題であった。
マングローブの沼地において、東南アジアの一揆や反乱が起きた。日本の定着農耕地を前提とする考えとはまったく異なる。
○ハノイやジャカルタやマニラは植民地主義者が築いたものであり、これだけで考えれば、植民地主義者の眼だけで「第三世界」を考えることになる。
○また、「第三世界」の生産が、一方的にヨーロッパの市場だけにつながったとする教育や史観は間違っている。(早瀬晋三『マンダラ国家から国民国家へ』では、たとえばコメの輸出入経済を、ヨーロッパとの関係だけでなく、東南アジア諸国間やインドとの間で論じている。)
マラッカ海峡は交通の要所でありながら、浅くて通過しにくい(むかし)、海賊が出没する(むかしもいまも)、といった難があり、マレー半島・タイのクラ地峡に運河を建設する計画があった。かつては、船を棄てるか持ち運ぶかして陸域を横断したものだった。インド大反乱(セポイの乱)(1857年)では、英国が香港の極東艦隊を呼び寄せるために建設を画策した。スエズ運河を建設(1869年)したレセップスは、タイのチュラーロンコーン王(ラーマ5世)と会談し、やはり運河建設を画策した。日本は戦前にも計画したが、1973年にあらためてそれが浮上する。なんと水爆を使って運河を掘るというものだった。そして今も計画は死んでいない。
○東南アジアでは人跡未踏のマングローブ林はわずかなのではないか(たとえば、エビ養殖との関係)。


インドネシア・N島のマングローブ林

ついでに、現代の「ナショナリズム」について、いくつか指摘を整理してみる(これも、きっかけとして)。

ジャック・デリダ キリスト教の「普遍への意図」「政治的無関心主義」が、逆に、ナショナリズムを生んでしまった。(>> リンク
ガヤトリ・C・スピヴァク 「公」をそれぞれ「私」に近づけ、それを拡大していく想像力をナショナリズムの原点に置くことができる。(>> リンク
デイヴィッド・ハーヴェイ 新自由主義は、市場の自由を標榜しながら、実は逆に、ナショナリズムが効率的に機能する仕組になっている。(>> リンク
高橋哲哉 マジョリティ(民族的多数派)のナショナリズムはもはや「健全」ではありえない。それは必然的に暴力を孕み、排外主義を孕んでしまう。(>> リンク
村井紀 日本のナショナリズムを相対化する柳田國男らの試みは、実は、排他性が組み込まれたナショナリズムそのものであった。(>> リンク
加々美光行 孫文による、国境・宗教・民族などさまざまな要素を丸呑みする普遍的な「中華ナショナリズム」は、その抵抗的性格を失ってしまうと精神を失い、排他性を強め、自己を尊大視するものと化した。(>> リンク)(>> リンク
徐京植 「死者への弔い」が、たえず「他者」を想像し、それとの差異を強調し、それを排除しながら、「鬼気せまる国民的想像力」によって、近代のナショナリズムを強固にしている。(>> リンク

●参照
早瀬晋三『マンダラ国家から国民国家へ』
中野聡『東南アジア占領と日本人』
後藤乾一『近代日本と東南アジア』

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板橋文夫+李政美@どぅたっち

2012-09-09 02:24:02 | アヴァンギャルド・ジャズ

琉球センター・どぅたっちで、板橋文夫李政美(い・ぢょんみ)のデュオを観た。

李政美さんの音楽に触れるのははじめてだ。「わたしはうたう」、「京成線」、「恨五百年」などのほか、「Summertime」や、「えんどうの花」、「じんじん」、「てぃんさぐぬ花」、「安里屋ユンタ」といった沖縄民謡も歌った。優しく入りながら、声の音圧が凄い。李さんは大きな朝鮮の太鼓チャンゴも使った。

そして板橋さんは、歌伴だけでなく、ピアノソロも披露した。東北に捧げられた曲では、ピアノが地震のように大きく揺れ、久々にこみあげてくるものを覚えた。最後の「渡良瀬」においてだったか、あまりの演奏の激しさに、黒鍵のひとつが横にぎゅいーんと飛んで行った。仰天である。


黒鍵を貼りつける前に、板橋さんのサインが書きこまれた

ライヴが終わってから、またも島袋さんの旨い料理で懇親会。何と板橋さんが興に乗って「生活の柄」なんかを弾きはじめた。太田武二さんの歌や三線にあわせて伴奏したり、箸で皿を叩いたり。

わたしも、板橋さんが講師を務めるスクールで、以前しばらく松風鉱一さんに師事してサックスを云々なんて言ったものだから、あとで、板橋さんに、いまサックス持ってないの!?こんなときに一緒にやらなきゃダメだよ!なんて迫られてしまった。仮にその場にあったとしても、しばらく触っていない楽器を、御大の前で取り出す蛮勇はわたしにはない。

●参照
板橋文夫『うちちゅーめー お月さま』

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