Sightsong

自縄自縛日記

渡辺豪『国策のまちおこし 嘉手納からの報告』

2009-11-30 21:53:12 | 沖縄

インターネット新聞JanJanに、渡辺豪『国策のまちおこし 嘉手納からの報告』(凱風社、2009年)の書評を寄稿した。

>> 『国策のまちおこし 嘉手納からの報告』に見る「アメとムチ」

沖縄タイムスの記者である著者は、『「アメとムチ」の構図 普天間移設の内幕』(沖縄タイムス社、2008年)を書いてもいる。

 『国策のまちおこし 嘉手納からの報告』は、アジア最大級の米空軍基地である嘉手納基地にほとんどの面積を奪われている沖縄県の嘉手納町が、如何に町内活性化のための莫大な補助金を獲得してきたか、そしてその結果生じた問題を、取材によって検証した労作である。

 嘉手納をはじめ沖縄の米軍基地が、戦争を機に暴力的に確保された場所であることは確かだ。そして日本政府は、米軍に居続けてもらうために、いまだ基地を差し出し続けている。住民に暴力を振るっているのは、米軍よりもむしろ日本政府だと断言できる。

 本書において明らかにされているのは、いまや沖縄だけでなく日本全国で使われるようになった「アメとムチ」という手法が、まさに嘉手納町の補助金獲得のプロセスと並行して定着してきたということである。

 1996年、前年の沖縄における米兵の少女暴行事件を契機として、普天間基地の移設など「ガス抜き」の試みがはじまっていた。いわゆる「島田懇談会」に基づく、基地被害を受けている自治体に対する巨額の補助事業もそのひとつだ(現在また議論されている「嘉手納統合案」も、この頃にいちど没案になっている)。しかし実際には、名護市が新基地(辺野古の計画は、決して負担軽減の代替などではなく、機能がアップした新基地にすぎない)を受け入れることを条件とした「北部振興策」とセットとなって動いていた。

 そのようななか、嘉手納町は、「ハコもの」建設と、「ハコ」の中身の目玉として那覇防衛施設局(現・沖縄防衛局)の誘致に全精力を費やす。本書では、その結果、やはり「ハコ」の維持に苦労していること、古い地域が破壊されてしまったこと、そして基地負担軽減や失業対策という根本的な対策にはつながっていないことを、具体的に示していく。官公庁の縦割りや政治家のエゴなどが障壁となってきたことが、実感できる検証である。

 だからといって、政府の「アメとムチ」手法の源流のひとつとなったことを取り上げて、嘉手納町の努力を簡単に批判していいことにはならない。基地被害を沖縄に押し付けている本土の人間は、私も含め、そのような自治体を批判する権利を持たないといっても極論ではないだろう。基地という異物が消える見通しがないなかで、また生きるための選択肢が決定的に少ないなかで、最大限の変革を求めたことの結果であるからだ。

 むしろ、国策の都合にあわせて、住民をオカネでどのようにでも抑圧できるという国家の思想こそが問われなければならないのである。これはまた、地方自治・地方自立の思想とも完全に逆行している。著者はいみじくも、日本政府には、沖縄の負担軽減を行うつもりなどさらさらなかったのだということを、次のように指摘する。「……沖縄振興の目的は、沖縄の自立的な発展ではなく、むしろ自立の芽を摘み、基地を維持するためだった、ととらえれば腑に落ちる」と。

 それでは、新政権に何を期待すればいいのか。少なくとも、いまの段階で、嘉手納統合だ、いや辺野古だ、という限られた選択肢を云々することは、あまりにもビジョンがなさすぎると言わざるを得ないだろう。なぜならば、本書でも具体的に示されているように、基地をなくすという根本的な解決なしには、永遠に地方自治も、住民の基本的人権も、手に入れることはできないだろうからである。

●参照
渡辺豪『「アメとムチ」の構図』

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ちあきなおみのカヴァー曲集

2009-11-29 23:59:30 | ポップス

ある日、生協のカタログに載っていて一も二もなく買った2枚組CD、『ちあきなおみ カヴァー・ヒット・コレクション』(Columbia、2006年)。名前の通り、誰かの元歌のカヴァー曲集である。どうやら生協限定のOEM商品らしい。

 

知っている曲も、知らない曲もあるが、そもそも世代的に厳しい。CDの解説には、元歌が誰によるものか書かれていないので、ほとんど自分の便利のためにYoutubeで検索してリンク集を作った。 

<ポップス歌謡>
01 愛のくらし(加藤登紀子) >> リンク
02 五番街のマリーへ(ペドロ&カプリシャス) >> リンク
03 わかって下さい(因幡晃) >> リンク
04 雨が空を捨てる日は(中島みゆき) >> リンク
05 ブルー・ライト・ヨコハマ(いしだあゆみ) >> リンク
06 愛は傷つきやすく(ヒデとロザンナ) >> リンク
07 積木の部屋(布施明) >> リンク
08 あばよ(中島みゆき) >> リンク
09 あなたならどうする(いしだあゆみ) >> リンク
10 愛して愛して愛しちゃったのよ(和田弘とマヒナスターズ・田代美代子) >> リンク
11 いいじゃないの幸せならば(佐良直美) >> リンク
12 人形の家(弘田三枝子) >> リンク
<ムード歌謡>
01 今日でお別れ(菅原洋一) 
02 知りたくないの(菅原洋一) 
03 女の意地(西田佐知子) >> リンク
04 つかれたわけじゃないわ(島津ゆたか) >> リンク
05 ベッドで煙草を吸わないで(西田佐知子) >> リンク
06 つめ(ペギー葉山) >> リンク
07 あなたのすべてを(佐々木勉) >> リンク
08 赤坂の夜は更けて(西田佐知子) >> リンク
09 そっとおやすみ(布施明) >> リンク
10 酔いしれて(岸洋子)
11 逢いたくて逢いたくて(園まり) >> リンク
12 アカシアの雨がやむとき(西田佐知子) >> リンク

何年か前のビートたけしの番組や、最近ではNHKでも特集番組を放送していたが、不世出の歌手・ちあきなおみに対する再評価が凄い。実際に、本当に良い声である。ツマのCD棚にあった、「喝采」をはじめとするヒット曲集のCDを聴いて、なぜ今まで気が付かなかったのだろうと思ったのは、本当に最近のことだ。

このCDは1枚目が「ポップス歌謡」、2枚目が「ムード歌謡」。特に後者では、「いかにも」な感じのカクテルピアノやフルートや、極め付けに咽び泣くテナーサックスが主張しまくっていて、これがたまらなく良いのだ。

しかし、NHKが2週続けてちあきなおみの特集を組むというのは、何か再登場の動きでもあるのだろうか。それはないかな。

●参照
黄昏のビギン

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戸邊秀明「「方言論争」再考」 琉球・沖縄研究所

2009-11-28 00:44:46 | 沖縄

早稲田大学琉球・沖縄研究所では、総合講座「沖縄学」として、毎週金曜日夜に講義が行われている。今回、戸邊秀明(東京経済大学)による「「方言論争」再考―沖縄にとっての文化・開発・主体性」に足を運んだ(2009/11/27)。

講義のユニークな点は、「方言論争」の研究がどのように変貌してきたのかに着目していることだ。それによって、<民芸>対<沖縄県庁>という対立を見る視線が孕むものをあぶりだそうとしている。

「方言論争」とは、1940年、柳宗悦を中心とする民芸運動の知識人と、沖縄県庁との論争のことをいう。上からの標準語励行(強制)に関して、柳宗悦は、残された純正の和語を日本文化のために残すべきだと批判した。一見そこから始まる論争である。以下に、講義の内容をピックアップしてみる。

講師は、明治政府による琉球処分以来の差別(制度的差別とその後の社会的差別)、経済的な窮乏から抜け出そうとする必死の思いを抜きにしては、この問題は全く語ることができないのだという。その表れが、「標準語」奨励(強制)方言撲滅の動きであった。

70年代頃までは、沖縄県による自己の固有な文化の破壊というファシズム批判だとして、柳の論調は高く評価されていた。しかし80年代後半より、柳とそのパトロンであった式場隆三郎の意図するものが、沖縄自身ではなく他ならぬ日本文化のため、そして「国民精神の高揚」のためであったことが顕わになってきた。すなわち、ファシズム批判どころか、逆に日本ファシズムに乗る形であった。そして90年代以降、なぜ沖縄人が自らの言葉を捨てざるを得なかったのか、という問いに対して、柳らは文化という視点でのみ応えたつもりになっていることが見えてきている。実は論争ではなく全くすれ違いであったというわけである。

この論争は、突然生じたものではなかった。30年代、<観光>というものの興隆時に、柳たちも沖縄の観光産業育成に一役買おうとしていた。そのときには、県も柳らも同じ側に立っていた。しかしながら、<観光>の出現は、オリエンタルな視線・植民地と同じレベルでの視線を半永久的に持続させようという力を生み出すものであって、沖縄の<自立>や<発展>とは、根本的に矛盾するものであった。そして、植民地と同一の位置に立ちたくないということは、沖縄が<被差別者>と<差別者>の2つの貌を持つことだとも言うことができた。

それでは、現在も歪な形で残るこの構造をどう見るのか、というのが講義の締めくくりの問題提起だった。資料に引用しているテキストは、高良倉吉によるものだ。

「〔沖縄の価値を表象する「様々なメニュー」の〕 それらの中のどれをとらえてアピールするか、そのことは発信者の自由に属する。無論その場合、発信する担い手がいわゆるウチナーンチュであるか否かを問う必要はない。地元沖縄において、若い世代を中心に「沖縄」が絶えず発見され、「発見」した「沖縄」をカルチャーとして引き受ける状況も存在している。〔中略〕 その状況を見て、他者が創作したところの「沖縄イメージ」に躍らされているのではないか、という見方を私はしない。どのような「沖縄」を受け取るか、それをどうパフォーマンスとして発揮するかは各自の自由であり、その是非を判定できる審査官などが居てはならないと思うからだ。」

おそらく講師の戸邊秀明は、このテキストに見られる非歴史性(現在だけを語ることの不可能性)、非対称性(スタンスも活動も決して互換ではない)という点に賛同できないのだろうな、と、帰りながら考えた。仮にそうだとして、私にはそこまでには思えない。基地や経済など差別構造が残ることを見ようとしない<観光者>が、全面的に潜在的な<差別者>としての責めを負うべきだとは言い切れないと思ったからだ。しかし、そうでないかも知れない。

●参照
水島朝穂「オキナワと憲法―その原点と現点」(琉球・沖縄研究所)
『シーサーの屋根の下で』(柳宗悦の日本民藝館が登場)

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中島岳志『インドの時代』

2009-11-27 00:29:19 | 南アジア

またインドに行くこともあろうかと妄想し、評判の良い、中島岳志『インドの時代 豊かさと苦悩の幕開け』(新潮文庫、原著2006年)を読む。薄い文庫本ではあるが、私の見ていないインドが書かれている。タイトルから、ただの時事ネタ本だと思ったら間違いだ。なお著者は、小林よしのりや西部邁らとパール判事に関する論争を行っているが、そのことは忘れる。

本書に書かれているのは、21世紀に入ってから急速に変貌している中間層以上の姿である。彼らは、隔離された近代的なマンションに住み、近代的なショッピングセンターを使い、余暇には地元に昔からあるのではない寺院に通う。仕事でインドを訪れた私のような人間の前にも、もちろんバックパッカーやツアー観光客の前にも現われない世界だろう。しかし、そんな世界の住人たちは、ストレスを溜め込み、メディアによって気付かされる消費願望を満たし、疎外感を抱き、それは宗教への偏った依存やナショナリズムへの偏向などとなって顕在化する。日本社会と共通する側面だ、というのが著者の観察である。

特に、イスラームや米国などの仮想敵を作り上げ、ヒンドゥー・ナショナリズムが影響力を持ってきたのだとする論旨には説得力がある。その背景には、従来の「インド的なるもの」が排除され、「アメリカ的なるもの」が、たとえば、新自由主義の影響や、衛生の徹底というポリシーを通じた権力工学によって普及してきたことが挙げられている。オカネや見えざるものによって、蜘蛛の巣のようにねとねとと張り巡らされる権力、それに抗する歪なナショナリズム。たとえば、あるプロパガンダ的な広告では、パキスタンもスリランカもまとめて「インド」として描かれてさえいるのであり、驚かされてしまう。

著者は、「インド」については多角的に捉えなければならないと説く。その勢いで、「悠久の大地」や「貧しいけれども心の豊かな人々」といったステレオタイプの見方が日本人のインド観を支配しているのだと苛立ちを隠そうとしない(沖縄でいえば、「癒しの島」という固定イメージか)。しかし、これはざっくり言えば大きなお世話であり、学者の傲慢だと言わざるを得ない。そう感じて表現する人にとっては、それが真実なのであり、偏ったロマンチックな観光客も、偏った「客観的」な観察を行う研究者も、「インド」への距離は変らないだろうね。

ところで、興味深く思ったこと。インドとスリランカとの間の海峡は、場所によっては海底が非常に浅く、「アダムス・ブリッジ」と呼ばれている(もちろん西洋起源の呼び方であって、スリランカの聖なる山スリー・パーダを「アダムス・ピーク」とも呼ぶことと同様)。ヒンドゥー・ナショナリストのある組織は、ここの航空写真をもって、『ラーマーヤナ』のなかで語られているように「ラーマがランカ島に渡った跡」だと主張しているという。「神話の史実化」である。これが真面目にでっち上げられるなら、アーサー・C・クラークが言ったように、スリランカ近海に落下した隕石がハヌマーンの落とした岩として伝説化し、それが重力異常となってあらわれているのだ、と、新たに主張しはじめてもおかしくはない。

●参照
スリランカの重力

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インドジヒ・ポラーク『イカリエ号XB1』

2009-11-25 23:56:05 | ヨーロッパ

名古屋から戻り、その足でチェコ大使館・チェコセンターに行き、『イカリエ号XB1』(インドジヒ・ポラーク、1963年)を観る。イラストはカラーだが、本編は白黒(英語字幕)である。

チェコスロバキア(当時)初のSF映画だが、原作はポーランドのスタニスワフ・レム『マゼラン星雲』(1956年)。あの『ソラリス』を書く5年前だ。調べてみると、当時の社会主義政権下にあって検閲や削除もあった曰く付きの作品で、邦訳はいまだなされていない。

上映の前に、大使館員が興味深い話をふたつしてくれた。まず、『スタートレック』は、この映画のセットをかなり参考にしていること(確かに、永遠の未来感覚がある)。それから、ソ連(当時)に、宇宙服のデザインのため参考資料の提供を求めたところ、大きな箱が腹に付いた写真が届いたという話。西側に技術が漏れてはいけないので、変に隠されていたわけである。既に1961年、ガガーリンは有人宇宙飛行を行っていた。

22世紀。宇宙船イカリエ号XB1は、新たな殖民地を求めてアルファ・ケンタウリへと旅立つ。宇宙船の中では、クルーたちは楽しく過ごしているものの、地球を離れるためか不安は隠せない。途中で、別の宇宙船に遭遇する。中を探索してみると、20世紀の地球から飛び立ったと思しきもの、だが全員が死んでいた。どうやら生き延びるために致死性のガスで殺し合いをした結果なのだった。さらに、核兵器が搭載してあるのを発見するが、誤って爆発し、探索していたクルーは宇宙の屑と消える。イカリエ号のクルーは目を覆い、ヒロシマの時代だと呟く。

しばらく先に、「ダークスター」なる暗黒物質が見えてくる。実はそこから何かが放出されており、クルーたちは苦しみながら眠りに落ちる。引き返してはならない、勇気を持つのだと呻きながら。目が覚めてみると、白い惑星が見えてきた。どうやら、その文明が「ダークスター」の放射を阻止してくれたようだった。そして、人類はじめて、宇宙で赤子が生まれる。赤子が見つめるなか、惑星の大気圏に突入すると、雲の切れ目から文明らしきものが見えてくるのだった。

未来派的な先鋭なセンスは今観ても格好良い。一方、特撮はあまりにもお粗末で、「ピロ~」という甲高い電子音とともに宇宙空間をよろよろ進むイカリエ号が出てくるたびに脱力する。

映画全体を覆う内省的な雰囲気は悪くない。しかし、明るい宇宙開発の未来を示すような終わり方は如何にもプロパガンダ的だ。レムの作品は読むことができないが、こんなものではない気がする。むしろ、「宇宙に出たところで、もう人間に新たな発見などない」と呟くクルー。地球が存在しなくなったと半狂乱に陥り自滅するクルー。こんなものが、レム的に感じられた。勿論、当時の政権下でそのような暗いメッセージを提示する映画は許可されなかったに違いない。

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ヨ・ジュンハン『セルアウト!』

2009-11-24 20:33:00 | 東南アジア

東京フィルメックスで、マレーシア映画『セルアウト!』(ヨ・ジュンハン、2008年)を観る。上映前に、監督がステージ挨拶をした。曰く、従来のマレーシア映画とは異なるが、マレーシアを反映したものである。

テレビも家電も何もかも、「FONY」というグループ会社が牛耳っている。そのお偉方はどうかしているほど頑固で嫌な奴ら。テレビレポーターは、若い女性にその座を奪われる危機感で、次々に過激な番組に足を踏み入れていく。そして、人の死に際をレポートする『最後の瞬間』という番組で大当たりするものの、次に良いタイミングで死ぬ人を探し出し続けるという悪夢に苛まれる。

かたや、10種類の大豆製品を作ることができる製品を開発している技術者は、お偉方に、「保障期間を過ぎた途端に壊れる装置を組み込め」と命令され、人格分裂の挙句、理想主義者と現実主義者のふたりに分身してしまう。

歯止めのない悪夢的なイメージが面白いものの、ツボが違うのか、笑うというより痙攣しながら呆然と観た。マレーシアのことは何一つ知らないので判断できないが、何がマレーシア的なのだろう。企業の寡占か、マスメディアの支配か、製品に対する責任の無さか。実際に、『最後の瞬間』では、技術者の男ふたりのうち、どちらを死刑にすべきか、と全国の視聴者に問いかける。携帯電話での投票の結果、自己破壊装置が付いた製品など作れないと苦しむ「理想主義者」が死刑となってしまうのだ。

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増子満『素敵な昆虫の世界』、科学映像館の『アリの世界』と『地蜂』

2009-11-23 23:00:01 | 環境・自然

古書で何気なく手に取った、増子満『素敵な昆虫の世界』(新風社、2005年)。素敵と感じるかどうかは昆虫への愛情次第だが、たしかに驚嘆の社会だ。自分のように虫というものが得意でない人間にとっては、小さなパラレルワールドを見つけ、執拗、丹念に検証する視線そのものが驚きでもある。

昆虫は多様性こそが華だから、この本の記述もあっちへ行ったりこっちへ行ったり、まあ、好きなんだろうなというところだ。最初は、都会では見かけないミノムシ(以前、西葛西駅前の街路樹からぶら下がっているのを見つけたときは妙に嬉しかったのだが、ミノガという蛾が正体だと知れば、ちょっと敬遠したくなる)。この中には、死ぬまで外界を知ることのない雌が住んでいる。役割は繁殖なのだが、なんと雄の蛾は、フェロモンにつられて蓑の下にくっつき、相手を知ることなく交尾するのである(アクロバティックな・・・)。

については、スズメバチも、小さな種類も紹介されている。ハキリバチというのは、文字通り、苺の葉っぱをちょきちょき切って、竹の中に巣をつくる変った習性を持っている。以前、チョッキリオトシブミの存在を知ったときにも驚いたが、蜂にもこんな器用な奴がいるのだ。

クリタマバチは栗の樹に寄生する蜂で、やはり初めて聞いた話だが、雌しか存在せず、未受精卵を突然孵化させてクローンを産み続ける(どういうこと?)。しかしクリタマバチにも天敵コマユバチという寄生バチがいて、クリタマバチの幼虫に卵を付着させ、栄養を吸い取って自分が幼虫になってしまう。『スペースバンパイア』というしょうもない映画があったが、まさにそれだ。しかも連続写真で紹介されている(ううう・・・)。

本書で半分以上のスペースを割いているのが、アブラムシの生態である。本当に弱い虫で、蟻や蜂や蜘蛛や虻やてんとう虫に尻から出す甘い汁を提供するためだけに生きているような感じだ。蟻はアブラムシから甘露をもらうため、他の動物から保護していると言われてきた。しかし、それだけでもないらしく、アブラムシの身体そのもの(タンパク質)を求めることもあって、生かしておくか、食べてしまうか、決死の判断を下す局面があるのだという。生きるための知恵は虻にもあって、自分が将来飢えないため、アブラムシの母には手を出さず、第二世代の幼虫を襲ったりする。こうなると、知恵とか習性とかいうより、「業」という言葉を思い浮かべてしまうね。

過去の科学映画のアーカイヴを公開している科学映像館にも、昆虫ものがいくつもある。かなり古い記録だから、里山の自然も登場して気持ちがいい。また今のように撮影素子が小さいために焦点距離も短いわけではないから、被写界深度が極めて浅い。徹底的にあられもないほどに動物の生態を暴き出してしまうNHKの科学番組とは全く異なる世界だ(それが悪いとは言わないが)。

『アリの世界』(学研、1950~60年代?)は、クロオオアリの生態を追った短編である。庭の足元で不思議な組織行動を取る蟻というもの、昔からミニ社会を見いだされてきた。ここでは、オスアリが巣から出かけるとき、何か外界に異変があると、働きアリが必死に巣に押し戻す姿が捉えられている。働きアリはやっぱり大変で、生まれたら数時間後には働きはじめ、食べ物を探してこなければならないし、繭や蛹の薄皮を破る手伝いもする。そして、先の本によれば、天性労働のできないサムライアリは弱いクロヤマアリの繭を奪い取り、そこから生まれる蟻たちを奴隷として働かせるのである。

アリと共生するアブラムシだが、ここでは、アリマキという名前で紹介されている。映像で、アリマキに群がって甘露を舐める蟻は哀れに見える。だからこそ人間的にも見える・・・ナンチャッテ。

『アリの世界』 >> リンク

『地蜂』(十字屋、1936年頃)は、地中に巣をつくる肉食系の蜂を紹介している。長野・八ヶ岳の麓、十月だ。ここで見せてくれるのは、「地蜂狩り」という風習(いまでもあるのだろうか?)。蛙の肉をぶら下げておき、蜂が来たり飛び去ったりする方向や時間を見定める。子どもたちがしゃがんで見つめている。そして蜂に白い綿毛を目印として付けて、あとは帰巣時に追いかけるのみ。蜂が土の穴に入り込んだら、煙を吹き込んで活動を鈍らせる。そして、みんなで周りの土を掘り返して、巣の上を蓋のようによいしょと持ち上げるわけである。

ハニカムに住む、大量の蜂の子・・・これらを佃煮にしたり、蜂の子飯を炊いたりする。もう何年も前に、お土産の蜂の子を食べたことがあるが、血の気が逆上するようで強烈だった。

『地蜂』 >> リンク

何だか気持ちが悪くなってきた。生まれ変わっても、昆虫学者になる素質は私にはあるまい。かと言って、働きアリにも、ミノムシの雌にも、アブラムシにもなりたくはない。

●昆虫
昆虫の写真展 オトシブミやチョッキリの器用な工作、アキアカネの産卵、昆虫の北上

●科学映像館のおすすめ映像
『沖縄久高島のイザイホー(第一部、第二部)』(1978年の最後のイザイホー)
『科学の眼 ニコン』(坩堝法によるレンズ製造、ウルトラマイクロニッコール)
『昭和初期 9.5ミリ映画』(8ミリ以前の小型映画)
『石垣島川平のマユンガナシ』、『ビール誕生』
ザーラ・イマーエワ『子どもの物語にあらず』(チェチェン)
『たたら吹き』、『鋳物の技術―キュポラ熔解―』(製鉄)
熱帯林の映像(着生植物やマングローブなど)
川本博康『東京のカワウ 不忍池のコロニー』(カワウ)
『花ひらく日本万国博』(大阪万博)
アカテガニの生態を描いた短編『カニの誕生』
『かえるの話』(ヒキガエル、アカガエル、モリアオガエル)

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スティーヴィー・ワンダー『キー・オブ・ライフ』と最近のライヴ

2009-11-22 22:58:50 | ポップス

中高生の頃、MTVなどを観ては夢中になっている姉がいたせいか、「洋楽」というものが鬱陶しく、ろくに聴いてこなかった。スティーヴィー・ワンダーも例外ではなかった。そんな狭い了見ではいけない。

『SONG TO SOUL』というBS-TBSの番組があって、毎回何か1曲を採りあげている。以前、スティーヴィー・ワンダーの「Sir Duke」を特集した回(>> リンク)をツマが観ていた。ああこれ、いけるねと気が付き、この歳になってスティーヴィーが気になる存在になってしまった。

「Sir Duke」は、亡くなったばかりのデューク・エリントンに捧げた曲。決してあのジャングル・サウンドを真似たものではないが、賑々しい幸福感には共通するものがある。番組の解説によると、『Talking Book』(1972年)に収録された「You Are The Sunshine Of My Life」は、「Take the "A" Train」に倣って、イントロをホール・トーン(全音階だけの関係)にしている。決して「Sir Duke」のタイトルを思いつきで付けたものではないというわけだ。

そんなわけで、『メイキング・オブ・キー・オブ・ライフ』(1997年)というレンタル落ちのDVDを入手した。「Sir Duke」は、アルバム『Songs in the Key of Life』(1976年)に収録されている。ベースを弾いたネイサン・ワッツが言うように、スティーヴィーはソロを演奏できる上手いプレイヤーよりも、スティーヴィーのインスピレーションをすぐに耳で聴いて演奏できるプレイヤーを求めていた。それでも、このアルバムにはハービー・ハンコックも参加していて、インタビューに答えてもっともらしいことを語っているのは苦笑ものだ。そんな大御所よりも、アルバムに参加した者たちが輪になって同窓会のように喋るのは面白い。ミュージシャンってどこでも馬鹿話と法螺話が好きなんだな。

気になるとはいっても、最近の活動とか何もチェックしていないので、何年か前の大晦日に放送された「K-1」(曙がホイス・グレイシーにあっさり敗れたとき)で、米国の国歌を歌っていたのが印象に残っていた程度。それで、ついこの間、昨年(2008年)のライヴ映像がNHKで放送されたので、嬉しくなって観た。なんと、最初の曲として、スティーヴィーは、ハーモニカでマイルス・デイヴィスの「All Blues」を弾いた。今まで、ディー・ディー・ブリッジウォーターが歌うヴァージョンが好きだったのだが、勿論これも最高に格好よかった。

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『現代思想』の「日米軍事同盟」特集

2009-11-21 22:21:29 | 政治

何だか背中がずきずきと痛むので、サックスのレッスンもキャンセルして病院に行ってみたが、原因不明。運動不足か、寝不足か、過労か・・・。

それはそうと、温暖化の本を出した(>> リンク)。自分がまとめたものとしては5冊目にあたる。

『現代思想』2006年9月号の「日米軍事同盟」特集号を丹念に読む。現在までの3年間に、辺野古の似非アセスが勝手に進められ、高江の動きも岩国の動きもあった。しかし、本質的には何も変っていない。

梅林宏道+新城郁夫+吉見俊哉の対談、柄谷行人、マイケル・ハート、孫歌、新崎盛暉、纐纈厚、道場親信、東琢磨、宋安鐘、土佐弘之、平良夏芽など、それぞれの声が収められている。鳩山政権の普天間問題に関する、あまりにも視野が狭く健忘症的な報道を見聞きする前に、まずは一読する価値は高い。

まずは、キーワードである。なぜ「日米軍事同盟」ではなく「日米同盟」ということばが(専ら上から)使われているのか、ここに軍事カラーの隠蔽の意図があることは明らかだろう。さらに、日米安保条約の範囲を遥かに逸脱した活動が、米国の世界的な軍事戦略のいち機能として(積極的に/消極的に)組み込まれることが、なぜ「同盟」か。

「日本政府は、アメリカとの同盟関係を強化すると言いながら、同盟の本来の意味における対等性を理解せず、従属性という歪な関係に自らを追い込んできた。」纐纈厚

これを単に覇権という側面でのみ見るべきではなく、新自由主義という面から米国の資本拡大にこそ注目すべきだという主張は、過去の裏庭・南米での振舞いや、中東での石油利権獲得を見るまでもなく正鵠を得ている。

どのように、止まると死ぬ軍事という化物、国家という化物に抗するか。マイケル・ハートは、市民というレベルからの「マルチチュード」の運動、それも相互連関を訴えている(もっとも、ハートと組んでいたアントニオ・ネグリが言うマルチチュードにおいては、組織化を過度に重視しているような気がして馴染めなかったのだが)。道場親信は、ノンガバメンタルな反グローバリズムと反ミリタリズムの動きが「奇貨」となり、大きな戦争機械をそこかしこで食い破り、風穴を開けていく想像力をつないでいくことを考えている。また、新城郁夫は、徹底的に「非合意」に拘ることを主張しており、これは説得力がある。

「「合意」という言葉は、対等な存在がお互いに協議をしあって合意形成を図る、という風に思われがちですが、そんな「合意」なんていうのは、そもそも政治的には存在しないのかもしれません。決定的な不均衡による押しつけという暴力を、「合意」と名づけているだけではないでしょうか。
 (略) そうなってくると、合意を前提とした条件闘争ということ事態が、あり得ないのではないか。こういう、超法規的で非政治的な軍事再編が進んでいく状況においては、徹底して「非合意」にこだわる必要があるように思うんです。合意していないということを、どうやって新しい政治の場で言語化し身体化し、そしてそれを可視化していくか。」
(梅林宏道・吉見俊哉の対談における新城郁夫の発言)

土佐弘之による仮想問答は面白い。現実論を理想論よりも上位に見ることしかできない「良雄くん」に対し、「淑女さん」と「難解先生」は、理想論が現実をつくっていく流れもあることを語っている。民主党は、そしてメディアは、頑として理想を語ることができるだろうか。

●参照
久江雅彦『米軍再編』、森本敏『米軍再編と在日米軍』
アントニオ・ネグリ『未来派左翼』(上)
アントニオ・ネグリ『未来派左翼』(下)
廣瀬純『闘争の最小回路』を読む
太田昌国『暴力批判論』を読む
中南米の地殻変動をまとめた『反米大陸』
デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』
『情況』の新自由主義特集(2008年1/2月号)
『情況』のハーヴェイ特集(2008年7月号)

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『おててたっち』

2009-11-19 22:29:17 | 思想・文学

インターネット新聞JanJanに、絵本『おててたっち』(武内祐人、くもん出版、2009年)の書評を寄稿した。

>> 『おててたっち』の読み聞かせ

 絵本とは、コミュニケーション・ツールである。親、あるいは近い存在の者が、唯一無二の肉声で読み聞かせ、子どもはそれを反復する。子どもの反応次第では、遅くしてもいいし、視線を辿って気になるところを探ってみてもいいし、子どもに質問してもいい。行きつ戻りつしても構わない。そしてその共通体験が、共通の記憶となり、次の体験を迎え入れることになる。

 『おててたっち』は、2歳の子どもが本当に喜んでくれた絵本だった。それは、コミュニケーション・ツールとして良く出来ているからでもあるように思う。

 特に良い点は、シンプルな嬉しさを反復する構成になっていることだ。たとえば、左頁「きつねさんと」、右頁「くまさんが」、次の頁見開き「おててたっち」と言って手を合わせる。そう、視線が迷わず、「きつねさん」と「くまさん」に感情移入しやすいのである。頁を開いていくペースはリズミカルであり、登場する動物を変えて同じパターンを繰り返すのは音楽のようだ。「たこさん」が出てくるときには、多くの手で全て「たっち」するという楽しさもある。

 何より、「たっち」と読みながら、子どものしっとりして小さい手と「たっち」するときの嬉しさ!

 最後に、子どもと両親が出てきて、「おててたっち」する。自分の生活に戻ってくる仕掛けだと思う。それは良いのだが、ひとつ違和感がある。子どもの父親を「ぱぱ」と呼んでいることだ。もちろん昔と違って、「ぱぱ」と呼ぶ家庭は例外的ではない。しかしそれは、教育のポリシーに近い微妙な心遣いなのであり、できれば「ぱぱ」あるいは「おとうさん」という言葉は使わないでほしかった。

 それはそれとしても、良い絵本だ。子どもとずっと一緒にいて、煮詰まっている親御さんも、子どもと掌をしっとりと合わせたら、ほっとひと息つけるのでは?

●絵本
『ながいなが~い』、『いつもいっしょ』
忌野清志郎の絵本
柳田邦男『みんな、絵本から』

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犬童一心『メゾン・ド・ヒミコ』、田中泯+デレク・ベイリー『Mountain Stage』

2009-11-19 00:23:19 | アート・映画

所用で出かけた大阪から早めに帰ったので、録画しておいた映画、犬童一心『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年)を観る。

銀座の伝説的なバー「卑弥呼」のママ(田中泯)は、海辺で、ゲイのための老人ホーム「メゾン・ド・ヒミコ」を仕切っている。彼は死の床にあった。卑弥呼を愛する岸本(オダギリジョー)は、かつて卑弥呼が捨てた娘(柴崎コウ)をアルバイトとして雇う。そこでは、何人もの個性的なゲイが暮らしていた。

何が面白いのかわからないし決して傑作ではないが、不思議なムードがあり、まったく飽きない。細野晴臣のアンビエントな音楽もかなり秀逸。中でも、田中泯の存在感が凄まじく、病んでベッドの上にあるときにも、顔から胴体まで張りつめた身体はベッドから浮いているようだ。

そんなわけで、ついでに好きなライヴ映像『Mountain Stage』(Incus、1993年)も観る。田中泯デレク・ベイリーと共演したアートキャンプ白州での記録である。ここで、蝉が鳴く炎天下、山中の木のステージでベイリーが淡々とギターを弾き、田中はスルスルゴキゴキと踊る。この尋常でない身体が、卑弥呼としての存在を際立たせていたわけだ。


向こうに佇む田中泯(2008年5月) Leica M3、Elmarit 90mmF2.8、Kodak TMAX-3200、オリエンタル・ニューシーガルVC-RPII、3号フィルタ

●参照
姜泰煥・高橋悠治・田中泯
姜泰煥・高橋悠治・田中泯(2)

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久江雅彦『米軍再編』、森本敏『米軍再編と在日米軍』

2009-11-17 23:23:07 | 政治

気が向いて、米軍再編関連の新書を2冊読む。読む前から論調がわかっているところでもあり、何でこんな話を新幹線で読んでいるんだろうと思ってしまい、苛々しつつ。(なら読まなければいいのに)

久江雅彦『米軍再編 日米「秘密交渉」で何があったか』(講談社現代新書、2005年)は、日本政府の対米政策におけるヴィジョンの不在を突いている。そして、私たちには見えない交渉は、やはり腹立たしいものである。

日米安保条約の第5条は日本の防衛、第6条(極東条項)は米軍の極東活動のための日本駐留。特に極東条項に関して、外務省、防衛庁(現・防衛省)、米軍それぞれにスタンスは異なっていた。

2004年前後、米国は日本側に安全保障戦略についてのヴィジョンを示すよう迫る。しかし、日本政府は自衛隊イラク派兵で手一杯、「再編の対象となる個別の基地名がいつ出てくるかばかりを気にして、突っ込んだやり取りをできなかった」という。そんな中で米国は、もし住宅街の真横にある普天間基地付近で大事故が起きたら、日本の世論が沸騰し、日本での米軍配置がうまくいかなくなることを気にしていた。住民の安全や生活に配慮することと似ているようでいて、その対極にある思想だと言うことができる。

「・・・2004年の米軍ヘリ墜落事故を引き合いに、事故防止に向けた取り組みの強化を盛り込むよう要請した日本側に対して、米政府の当局者が「日本政府が普天間飛行場を名護市沖合に移転していれば、ヘリコプターは市街地ではなく、海の中に墜落していたのだ」と声を荒らげた事実は、今も伏せられている。」

最近また注目されている、普天間の嘉手納統合の考えだが、2004年の段階で米国より提示されていた(ヘリ部隊を暫定的に嘉手納へ、空中給油機は横田か岩国へ)。だが、ヴィジョンや戦略を欠いた小泉政権は、回答のボールを投げ返すことができなかったのだという。その後2005年、日米協議において、固定翼と回転翼との共存が危険だとして米空軍が強く拒否している。

ところで、その小泉首相(当時)は、町村外相(当時)に、沖縄の海兵隊を北海道で受け入れるところはないかと打診したが、「いや、北海道にも歴史的な経緯がありまして・・・」と言葉を濁したとの事実が書かれているのは興味深い。もちろん、北海道が彼の選挙区だからである(!)。

それにしても、「思いやり予算」のいびつさには吃驚させられる。2001年の数字では、日本は46億ドルであり、韓国・ドイツの各9億ドル、イタリアの3億ドル、英国の1億ドルなどを大きく引き離している。いつの間にか定着した「日米同盟」という言葉の無神経さを含め、この関係は何か。

「本来は、政治が安全保障政策をカバーすべきであり、「制服組」による既成事実を追認するだけの判断は避けなければならない。」

森本敏『米軍再編と在日米軍』(文春新書、2006年)は、まさに上の警句が該当するものだ。

米軍の白書かと勘違いしてしまうほど、その大義と詳細な軍の説明が記述されている。その意味で、沖縄の地政学的な重要性や、重厚から軽量へ、本格からモバイルへ、陸から海へといった、最近の米軍の変貌については非常によくわかる。

しかし、ここには「何故」が不在である。中国脅威論はこれでもかと強調されているが、外交や協調の努力については何もない。国防の重要性も強調され、基地負担論ばかりを問うことはおかしいと主張しているが、住民・市民ひとりひとりの生活や人生や安全性についての配慮は、マクロ的にはあっても、ミクロ的にはない。

そういった側面は、「普天間飛行場代替施設案の比較・検討」と題された表にも顕れている。「辺野古縮小、リーフ施設」に対する「キャンプ・シュワブ、陸上施設」のメリットとして、「工事反対の座り込みなど障害があっても対処し易い。」と書かれているところだ。なぜ市民が、自分の身体を張ってまでして反対しているのか、という想像力はどこに消えているのだろう。

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豊住芳三郎+高木元輝 『もし海が壊れたら』、『藻』

2009-11-16 07:00:00 | アヴァンギャルド・ジャズ

豊住芳三郎高木元輝とのデュオ、『If Ocean Is Broken(もし海が壊れたら)』は、今年音源が発掘され、イタリアのQBICOレーベルから出された2枚組LPである。ディスクユニオンに行くと、ちょっとだけ入荷したけどもう無いよという返事、何とか英国のレコード屋から調達した。

1971年4月のライヴである。副島輝人『日本フリージャズ史』(青土社、2002年)でこのあたりの事情を追ってみる。

富樫雅彦が事故に倒れたあと、高木・豊住デュオがはじまった。豊住はかつて富樫のボーヤであった。この関係は1年2ヶ月続き、1971年4月、豊住はシカゴのAACMを訪ねに渡米する。そして高木が1973年秋、パリに旅立つ。2人が再度組んだのは、1975年のことだった。つまり、このレコードは、まさに高木・豊住の第一次デュオの掉尾を飾るドキュメントだということになる。

LPの1面につき1曲の演奏、合計4曲が収められている。高木はテナーサックス、ソプラノサックス、バスクラリネットを吹く。どの曲がどのように魅力的かを伝えるのは難しい。どこを切っても高木元輝であり、太く朗々とした歌、叫び、急転して静かな独り話。ときに「ど演歌」を感じさせる暗い叙情性がある。

2枚目のB面に収められた「Nostalgia for Che-ju Island」では、クレジットには無いが、後半になってアート・アンサンブル・オブ・シカゴの「People in Sorrow(苦悩の人々)」を吹き始め、静かに感動させられる。『モスラ・フライト』(ILP、1975年)にも記録しており、よく高木が吹いていた曲だというが、ここでは済州島の悲劇と重なっていたのだろうか。(高木元輝の本名は李元輝といった。)

ひとあし先に帰国した高木元輝が、豊住芳三郎の帰りを待ちわびて企画したコンサートは、「7つの海」と題され、1975年7月に行われた。その一部を記録したレコードが、豊住芳三郎『藻』(TRIO、1975年)である。

ここでは、豊住のパーカッション、高木のサックスとバスクラに加え、徳弘崇のベースが参加している。

離日前の『もし海が壊れたら』のあとに改めて聴くと、ずいぶん豊住のパーカッションのニュアンスが変っていることに気が付く。71年のデュオは、身体と身体が凄絶にぶつかり合い、血さえ出ているような印象がある。一方こちらは、もっと距離を置き、端正な印象さえ受ける。シンバルの巧みさ、音の綺麗さもある。

ただ、例えば、高木元輝と富樫雅彦のデュオ『アイソレーション』(1969年)と比べて聴いてみると、訪米の前にしても後にしても、パーカッションの性質の違いは明らかだ。音のひとつひとつの響きを追求し、構成主義的な富樫のプレイに比べ、豊住のそれは、天真爛漫(あるいは行き当たりばったり)、分裂気味であり、トータルではなく局面ごとに違った顔を見せている。

『もし海が壊れたら』と『藻』、どちらが好きかと言われたら、まだ印象が強烈な前者かな。なぜ今まで音源が世に出なかったのだろう。

●参照
アート・アンサンブル・オブ・シカゴの『苦悩の人々』、高木元輝のマウスピース、リスボンの古谷暢康
高木元輝の最後の歌

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ジョン・カサヴェテス『グロリア』

2009-11-15 22:14:09 | 北米

もう何度も観ているジョン・カサヴェテス『グロリア』(1980年)を、また観てしまう。強面で、情にもろくて、大柄なオバサン、ジーナ・ローランズに痺れるのだ。そういう人は多いのではないか。リメイク版も作られたが、シャロン・ストーンなどジーナの敵ではないに違いないから、観るつもりはない。


どこかでリバイバルを観たときのパンフレット

ただ、カサヴェテスの作品としては、『オープニング・ナイト』(1978年)、『ラヴ・ストリームス』(1984年)という大傑作に挟まれて、評価は微妙である。インディペンデント映画の雄ながら、MGMというメジャー資本での製作ということも評価に影響しているのだろう。私にとっても最も愛するカサヴェテス映画は『ラヴ・ストリームス』である。

レイ・カーニイ『The Films of John Cassavetes / Pragmatism, Modernism, and the Movies』(Cambridge University Press、1994年)でも決定的に低評価で、章すら与えられておらず、他の作品との比較ばかりに使われる程度である。しかし、カサヴェテス映画の特徴をなす即興性(実際に即興でなくても、その運動性)を述べる際に、『グロリア』を引用している。曰く、思考とは活動や現実の流転から距離を置いたものだが、カサヴェテスはそれを逆転しているのだ、と。すなわち、動きの中での思考、肉体化した思考(thinking in your feet / body)。人生の圧力や制約からタイムアウトを取っての思考ではなく、人生のパフォーマンスに通じる道としての思考。衝動の追求をやめて軌道修正せざるを得ない状態としての思考。これを、チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーのジャムセッションに例えているのは絶妙である。

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グローバリゼーションの中の沖縄

2009-11-14 23:11:53 | 沖縄

『グローバリゼーションの中の沖縄』(沖縄国際大学、2004年)は、2003年10月に行われた同名のシンポジウムの記録である。もう6年以上も前の発言集だが、例えば、宜野湾市・伊波市長普天間基地に対する発言ひとつにしても、最近のそれとさほどの違いはない。それは勿論、沖縄側の推進力不足に帰するものではない。そしてまた、昔から年々いびつになることが放置されてきたにも関わらず(SACO合意などの見せ掛けの進展はあるものの)、現政権が普天間問題をだらしなくも解決しかねている、と言わんばかりの報道姿勢も、未解決に無関係と言うことはできないだろう。

このなかで、コージ・タイラ(イリノイ大学)による指摘が興味深い。基地のための土地接収による人権侵害と沖縄住民による土地利用の妨害という事実は、国際人権規約(日本も批准している)に抵触している、とする。それは、沖縄の人々が「People」と公認される人間集団であることを自認し、アピールすることが前提となる。

第1条
1 すべての人民(Peoples)は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追及する。
2 すべての人民は、互恵の原則に基づく国際的経済協力から生ずる義務に違反しない限り、自己のためにその天然の富及び資源を自由に処分することができる。人民はいかなる場合にも、その生存の手段を奪われることはない。
3 この規約の締約国(非自治地域及び信託統治地域の施政の責任を有する国を含む。)は、国際連合憲章の規定に従い、自決の権利が実現されることを促進し自決の権利を尊重する。

コージ・タイラは、第2項を重要視する。つまり、沖縄という人間集団たる「People」は、天然の富及び資源たる土地を自由に処分できないのであり、これは国際人権規約に違反すると結論している。また、第3項にあるように、日本という規約締約国は、沖縄「People」の自決権を尊重し、その実現を促進したかと言われれば、答えは「否」と見なされるであろう。

コージ・タイラも、パトリック・ベイヴェール(フランス国立科学研究センター)も、ニュアンスの差こそあれ、EUという大きな家の存在価値を高く評価している。そして、両者ともに、日本には帰るべき家がないということを指摘する。現在の東アジア共同体構想は、仮に中国に主導権を握られたり、米国に干渉されたりしても、日本にとっての本来の家になるのだろうか。

●参照
戦争被害と相容れない国際政治
押しつけられた常識を覆す

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