Sightsong

自縄自縛日記

大江健三郎『沖縄ノート』

2011-04-29 09:45:45 | 沖縄

大江・岩波沖縄戦裁判が、最高裁において原告(旧日本軍の守備隊長ら)の敗訴に終わった。訴訟の対象となったひとつが、大江健三郎『沖縄ノート』(岩波新書、1970年)であった。施政権返還の直前に出された本だが、沖縄において生起する声と、醜いヤマトゥの姿を提示する内容は、残念なことに、まったく古びていない。

これはいわゆる「集団自決」についての告発書ではない。「集団自決」の責任に関する旧守備隊長の言動について、「かれ個人は必要でない」としつつ、日本人の「想像力の問題」の奥底を抉りだそうと試みている書である。

なお原告は、歴史修正主義の尻馬に乗っていたためか、この本を読んでいなかったと言われる(訴訟の対象を読んでいないとはどういうことか?)。裁判が一応の決着を見たこともあり、あらためて読んだ。

言葉のひとつひとつを練った上で、思いを伝えんがための、大江健三郎独自の文章構造と節回し。それらは私の好きだった『「雨の木」(レイン・ツリー)を聴く女たち』『人生の親戚』でも感じ入ったものだったが、ここでは、想像世界を繰り広げるわけにいかない対象だけに、より直接的に迫ってくる。施政権返還前にして、「沖縄に日本が属する」ものとして、また自らを醜いヤマトゥの人間として、思考を進めたひとつの形である。

そういえば、大江健三郎がノーベル文学賞を受賞したとき、故人となってもはや賞を受けることのできない大岡昇平や安部公房、そして当然賞を受けるべき存在としてマリオ・バルガス・リョサやミラン・クンデラの名前を挙げていた記憶がある。その後、リョサがノーベル賞を受けたが、さてクンデラはどうなるのか。

無駄なことは言わず、いくつか大江の言葉を拾ってみる。

「新しい沖縄残酷物語をくりだして、旅行者の好奇心にちょっとした賦活作用をあたえてやる奉仕などまで、なぜ沖縄に生きつづける人々がおこなわねばならないだろう?」

「・・・現実には行使できていない沖縄の民衆の主権をも、あたかもつつみこんでいるすべての日本人の主権であるかのように擬装して、本土から日本国の潜在主権というもうひとつ別の「御意」をもちこんでゆくところの、われわれもまた毒ガスの側に立っている。」

「日本人とはなにか、という問いかけにおいて僕がくりかえし検討したいと考えているところの指標のひとつに、それもおそらくは中心的なものとして、日本人とは、多様性を生きいきと維持する点において有能でない属性をそなえている国民なのではないか、という疑いがあることもまたいわねばならない。」

「沖縄の民衆の抵抗は、つきつめれば、この核兵器による恐怖の均衡の体制にたいする、恐怖する者、殲滅される危機のさなかに生きる者としての、異議申し立てにつらぬかれているのであるが、それを沖縄駐在の米軍と高等弁務官がどのように無視し、どのように抑圧してきたかはわれわれの知るところである。しかしわれわれが十分にそれを知ってきたかといえば、・・・」

「・・・日本が沖縄に属する、というような発想には、肉体および精神の奥底を逆なでされる不愉快を感じるのが一般であるように見えるという観察には、いまも僕は固執する。もしかしたらそれが、日本人の政治的想像力における最悪の疾患をかたちづくっているところのものにつうじる鍵ではないであろうか?」

「それは一般に日本人が、あいまいな、欺瞞くさい言葉にたいして、科学的・実証的にくいさがることをしないタイプの精神であり、しかもそれでいて不安におそわれることもないのは、日本の「中華思想」的感覚が、その論理化されない暗部にとぐろをまいており、いやそのままあいまいにしておけばうまくゆくのだし、疑心暗鬼になることは「中華思想」の外にはじきだされた弱小者のやることだと、根拠もなく鼻であしらっているような内実があるからではあるまいか? なんとか自分だけはうまい牧草の、豊かに自生したところにみちびかれるように手をうってあるのだ、という小利巧な、しかしいったん甘い予想がひっくりかえればまったくお先まっ暗であるところの、奇妙にタカをくくった他人まかせの気質が作用しているからではあるまいか?」

「それはまったく逃れようのない蟻地獄の穴に陥没してゆく日本と日本人を、まともに正視するかわりに、様々な自己欺瞞をかさねてきた、自分への認識ということで・・・」

「・・・とにかく若い娘が戦場で死ぬということは痛ましいことだ、というかたちに一般化し、そうすることによって本土の日本人には誰にとってもかれの人間としての根源を刺してくるはずの沖縄の毒から身をまもり、安穏に涙を流すことができた。そして涙が乾けば、もう「沖縄問題は終った」と、・・・」

「・・・憲法の名を持ち出す時、自民党の政治家たちはその廉恥心において手が震えるということはないのか? これはハノイに旅したアメリカ人たるスーザン・ソンタグが発見してきた用語であるが、かれらに倫理的想像力 moral imagination はいささかもないのか?」

「かれは他人に嘘をついて瞞着するのみならず、自分自身にも嘘をつく。そのような恥を知らぬ嘘、自己欺瞞が、いかに数多くの、いわゆる「沖縄戦記」のたぐいをみたしていることか。(略)
 慶良間の集団自決の責任者も、そのような自己欺瞞と他者への瞞着の試みを、たえずくりかえしてきたことであろう。人間としてそれをつぐなうには、あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで、かれはなんとか正気で生き伸びたいとねがう。かれは、しだいに希薄化する記憶、歪められる記憶にたすけられて罪を相対化する。つづいてかれは自己弁護の余地をこじあけるために、過去の事実の改変に力をつくす。いや、それはそのようではなかったと、1945年の事実に立って反論する声は、実際誰もが沖縄でのそのような罪を忘れたがっている本土での、市民的日常生活においてかれに届かない。」

「・・・沖縄を軸とするこのような逆転の機会をねらいつづけてきたのは、あの渡嘉敷島の旧守備隊長にとどまらない。日本人の、実際に膨大な数の人間がまさにそうなのであり、何といってもこの前の戦争中のいろいろな出来事や父親の行動に責任がない、新世代の大群がそれにつきしたがおうとしているのである。(略) ・・・かれらからにせの罪悪感を取除く手続きのみをおこない、逆にかれらの倫理的想像力における真の罪悪感の種子の自生をうながす努力をしないこと、されは大規模な国家犯罪へとむかうあやまちの構造を、あらためてひとつずつ積みかさねていることではないのか。」

●参照
沖縄「集団自決」問題(記事多数)

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北井一夫『新世界物語』

2011-04-29 01:49:59 | 関西

北井一夫『新世界物語』(長征社、1981年)も好きな写真集である。浦安を撮った『境川の人々』が1978年、珍しいカラー『西班牙の夜』も1978年、当時不評だった『ドイツ表現派1920年代の旅』が1979年、やはりカラー『英雄伝説アントニオ猪木』が1982年、そんな時期に位置する。

ここで使われた機材やフィルムは不明だが、『境川の人々』ではズミルックス35mm、『西班牙の夜』ではライカM5にズミルックス35mmF1.4開放・コダクローム64、『ドイツ表現派・・・』ではライカM4とM5に50mmと35mmのズミルックス、『英雄伝説アントニオ猪木』ではライカM5に35mmと50mmのズミルックス・トライX。従って、大体は共通している。実際に、暗い場所での独特のボケと滲みはズミルックス35mmのものだ。

それにしても、どの頁を開いても良い写真群だ。大阪・新世界の街角、駅や電車、道端で遊ぶ子どもたち、芸人、飲み屋のおかみ、元極道、立ち飲み屋。北井さんはいちいち話をしては、相手の体験談や語りを引きだし、沁みるような絶妙の距離感で写真を撮りまくっている。

夜や暗い室内では開放なのだろう、それが『境川の人々』にも共通する、涙が出そうな親近感と生活感とを生み出している。

久しぶりに大阪を歩きたくなる。

今後の北井一夫情報

●『湯治場 Tohjiba/ The Bathhouse』 展、写真集『湯治場』(下北半島で撮ったモノクロ写真群)(2011/7/15-31) Zen Foto Gallery
●『Walking with Leica 3』(2012年1月という話だったが、そろそろ写真集が出そうな雰囲気) ギャラリー冬青
●1965年、神戸の港湾労働者を撮った未発表写真群(2013年) ギャラリー冬青
●『村へ』カラー版!(2014年?) ギャラリー冬青

●参照 北井一夫
『ドイツ表現派1920年代の旅』
『境川の人々』
『フナバシストーリー』
『Walking with Leica』、『英雄伝説アントニオ猪木』
『Walking with Leica 2』
『1973 中国』
『西班牙の夜』
中里和人展「風景ノ境界 1983-2010」+北井一夫
豊里友行『沖縄1999-2010』

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山下清展

2011-04-27 08:33:04 | アート・映画

福岡に足を運んだついでに、福岡アジア美術館で開催されている「山下清展」を観た。まともに山下清の絵に向かい合ったのははじめてかもしれない。

貼絵の繊細で精緻なことに瞠目する。光沢のあるものとないもの、貼る前に縒ってちぎったコヨリ、石垣のように隣り合う紙に寄り添ったサイズ。そんな数々の小さな命が世界を創りあげている。木々、草、人、それから背景が溶けあうような色彩も素晴らしい。

点描のようなペン画も良い。フェルトペンで素朴にしかし丹念に描かれている。特に「ストックホルムの夜景」と題された、山下清がヨーロッパ放浪中に描いた絵では、点々による夜の闇が、建物や彫像と一体化しており、吃驚してしまう。

正直に言って、これまで山下清の美術世界をろくに知らなかったことを恥じてしまった。それほどに嬉しかった。

会場には、山下清が使ったリュックや認識票やゆかたなどが展示されている。その中に、8ミリカメラがあった。ベルハウエル(Bell & Howell)のダブル8だろうか。帰ってから、ユルゲン・ロッサウ『Movie Cameras』(atoll medien)という大判のやたら重たい本で確認してみると、どうやら「7125 Duozoom」のようだ。レンズは9-27mm/F1.8、メッキのテカリがいかにもかつてのアメリカだ。本人の撮った映像は残っているのだろうか。

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ジャズが聴こえないジャズ・ミステリ、ポーラ・ゴズリング『負け犬のブルース』

2011-04-27 01:13:46 | アヴァンギャルド・ジャズ

福岡行きの機内で、ポーラ・ゴズリング『負け犬のブルース』(ハヤカワ文庫、原著1980年)を読む。場所はロンドン、クラシック・ピアニストでありながらジャズに手を染め、さらには食っていくために何でも依頼仕事を行う男が主人公である。40歳を過ぎたばかり、バツイチのインテリ、才能はピカイチ、女性にはモテる。そんな奴いるのか、まあ、お話だからどうでも良いんだけど・・・。

どうしてもジャズ・ファンをくすぐる描写に期待してしまうが、実のところ、そのような場面はさほど多くない。デイヴ・ブルーベック、ズート・シムズ、オスカー・ピーターソン、テディ・ウィルソン、ハービー・ハンコック、MJQといった音楽家の名前は出るし、「柳、柳、わたしのために泣いておくれ」といったようにスタンダードの曲名をちりばめたり、ジャズのコード進行とインプロヴィゼーションをスキーのスラロームに例えた講釈をしてみたりと工夫はしている。しかし、ジャズの緊張感を感じさせる演奏場面の描写はまったくたいしたことがない。この作家はジャズに思い入れがさほどないのではないだろうか。

ミステリとしてのプロットや謎解きの面白さも少ない。ようやく最後になって、映画的とでも言うべきカーチェイスのシーンがあって救われた気分になった。

カーオーディオから流れてくる音楽は、バッハの「ブランデンブルグ協奏曲」。映画そのものであっても、このギャップを活かしたら愉快かもしれない。菊地雅章クインテットの音楽がずっと流れるカーチェイス映画、西村潔『ヘアピン・サーカス』(1972年)と比べたら、映画ならばきっと両者互角、小説ならばバッハだろうと思ってしまった。小説で、次々に繰り出されていくジャズのインプロヴィゼーションを表現できれば話が違うかもしれないが。

●ジャズ・ミステリ
フランソワ・ジョリ『鮮血の音符』
ビル・ムーディ『脅迫者のブルース』
シャーロット・カーターがストリートのサックス吹きを描いたジャズ・ミステリ『赤い鶏』、『パリに眠れ』

●カーチェイス
菊地雅章クインテット『ヘアピン・サーカス』

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『英国王のスピーチ』

2011-04-24 01:05:01 | ヨーロッパ

『英国王のスピーチ』(トム・フーパー、2010年)を観る。

エリザベス女王の父、ジョージ6世は吃音症のため、人前で話すことができなかった。ところが、父のジョージ5世が亡くなり、長男のエドワード8世が王位継承後すぐに投げ出したため、スピーチせざるを得ない王位がジョージ6世のもとに転がり込んでくる。困った彼の妻は、医者に相談する。

私も以前は人前で話すのが大の苦手、というのも小学校二年生のときに『アリの研究』という本の読書感想文を皆の前で朗読させられ、声が小さかったことを叱責されたことがトラウマになっていたからなのだが、いまでは海外でも講演でもごくたまのテレビでも、仕事であればまるで緊張しなくなったからわからないものだ(それでも挨拶はいまだ苦手である)。そんなわけで、ジョージ6世の奮闘は身につまされてしまった。う~ん、スピーチしたくなったぞ(何を?)。

この映画の面白いのは、英国の排外主義的な面が描かれていることだ。エドワード8世が王位を譲るきっかけとなったのは、離婚歴のある米国人のガールフレンド・シンプソン夫人だったが、彼女の醜い描き方は熾烈を極める。そして、彼女ジョージ6世を診た医者は豪州出身であり、大司教にはいきなり蔑視される。彼はまた、シェイクスピア好きの俳優志望者でもあったが、オーディションで豪州なまりを指摘され、落とされてしまう。

医者「実際に演じたこともあるんですよ。」
選考者「どこで。シドニーでか?」
医者「パースです。」

シドニーの人は豪州のシドニー以外の地を「ブッシュ」と呼んで見下すのだ、とはよく言われるジョークである。それがメルボルンであってもパースであってもだ。(実際にパースは田舎の都市なのだが。)

ジョン・ファーマン『とびきり愉快なイギリス史』(ちくま文庫、原著1990年)には、シンプソン夫人について次のように書かれている。「ドイツ人よりはまし」ってどういう意味だ?

「内閣にとっては、これは鉛の風船みたいなもの、そこで、女を選ぶか王冠を選ぶかと迫った。どうみても離婚歴のある「アメリカ」女性を王妃にするなど、とんでもない話(ぼくに言わせれば、どこの国の人間でも、ドイツ人よりはましだと思うけど)。ともかく、これはもう三日と続かず、女をあきらめるだろうと思ったらしいんだね。それが大間違い。たった十か月後には、クソ面白くもない王冠なんかそちらでどうぞと、あっさり投げ出してしまった。」
「シンプソン夫人は(シンプソン氏の始末をつけてから)純粋アメリカ人のイギリス公爵夫人になった。しかし、義母にあたる年老いたメアリー女王は、彼女を家に入れようとしなかったし、決して話しかけることもなかった(これが姑ってもんさ)。」

●参照
リドリー・スコット『ロビン・フッド』 いい子のリチャードと悪がきジョン

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大木茂『汽罐車』

2011-04-23 10:20:08 | 写真

大木茂『汽罐車 よみがえる鉄路の記憶』(新宿書房、2011年)という写真集が素晴らしい。「汽罐」とはボイラー、何ともプリミティブで、変なお化粧をまとっていない人間的な奴。そんな汽罐車のかつての姿が収められている。なお、写真家は市民運動家・大木晴子さん(>> リンク)のお連れ合いの方である。

人間臭さも相まっての詩情というのか、抒情というのか、自分の血中鉄分濃度は高くないのだが、それでも、頁をめくるたびに眼が悦ぶ。

短いコメントが詩情をかきたてる。たとえば、「鳥の鳴く声もなく、光は暖かそうに見えるのだが、ひたすら寒い」とある。雪景色の中で彼らの姿が映えるのは、たまたまではなく、寒いと吐き出す煙の水蒸気が真っ白になるからだった。とは言っても煙、おおらかな時代だったんだな。雪の中だけではなく、田園地帯、工場、住宅、港、海辺川辺、さまざまなところに彼らは現れる。山口線や大井川鉄道の「復刻もの」しか見たことのない自分にも愛おしく感じられる。


海辺を撮った写真の一部

直接取り寄せると、画像データを収めたCDが付いてくる。これを拡大してモニターで凝視すると、モノクロフィルムの粒子感がよくわかる。プリントは「明るい暗室」ではあっても、やはりフィルムは好きだ。最初はネオパンSS、のちに長巻のトライXが使われている。1960年代末、36枚撮りのネオパンSSは190円、トライXは500円とずいぶん値段差があって、それでも、トライXの長巻であれば19本分撮れて3900円だったという。

『翼の王国』2006年4月号(ANA)に中国のSL特集が組まれていたことを思いだして、棚から引っ張りだしてきた。中国においては、汽車・列車のことを「火車」と称するらしい。5年前の時点で、2008年の北京五輪までに鉄道の完全無煙化をめざし、蒸気機関車は限られた地方鉄道や産業用路線で活躍するだけだと書かれている。確かに、中国ではこの数年間で高速鉄道が急速に普及し、仕事で行くには格段に楽になった。

ここには成都や瀋陽の蒸気機関車の姿が収められている。極寒の場所で捉えられた姿は、やはり、『汽罐車』にある日本での姿とは佇まいが異なって大陸的だ。彼らはいまどうしているのだろう。


小竹直人『けむりの旅路』(『翼の王国』2006年4月号所収)より

●参照
郭昊(グォ・ハォ)による雪や靄のけぶる中に見える列車の絵
新幹線「和階号」
王福春『火車上的中国人』

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沖縄「集団自決」問題(19) 大江・岩波沖縄戦裁判 最高裁で原告の上告棄却

2011-04-23 01:17:24 | 沖縄

沖縄戦での「集団自決」に関して、旧日本軍の関与をなかったことにしようとした裁判が、ついに最高裁で決着した。

慶良間の守備隊長らが、偏狭なナショナリスト・歴史修正主義者らによって担ぎ出された構造であり、旧日本軍の美化、さらには国民のイノチを国家体制のストーリーに組み込もうとする動きであった。しかし、それは最終的に否定された。

当然の結論ではあるが、最高裁は常に政治色が強い機能でもあり、心配していた。まずはほっとした気分だ。

>> 「琉球新報」(2011/4/22) 「<電子号外>大江さん勝訴 「集団自決」訴訟」

●参照
沖縄「集団自決」問題(記事多数)

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マイラ・メルフォード『Alive in the House of Saints』 HAT HUTのCDはすぐ劣化する?

2011-04-19 02:16:13 | アヴァンギャルド・ジャズ

先日久しぶりに、マイラ・メルフォードのピアノ・トリオによる傑作、『Alive in the House of Saints』(hat ART、1993年録音)を聴いていたところ、音がへなへなとよれていく。あれおかしいなと思い盤面を見ると、CD内部のアルミ蒸着膜が腐食している。本人にサインを貰った大事なCDであり結構ショックだった。そういえば、同じような症状が、マックス・ローチ+アーチー・シェップ『The Long March Part 1』(hat ART、1979年録音)にもあった。ボーズのWave CDでは音飛びがしても、単体のCDプレイヤーだと上手く信号を補正してくれるのか、再生がおかしくはならなかった。

CDが出始めの頃、そんな話があった。ソニーの社長が「○○年はもちます」と発言し、○○年しか持たないのかという噂が流れたりとか、CDの樹脂によっては塩素がアルミに悪さをして腐食させるのだ、とか。この2枚が両方ともHAT HUT RECORDSのものであることは何を意味するのだろう。当時怪しい素材を使っていたのかな。

そんなわけで、ディスクユニオンに『Alive in the House of Saints』の新版(hatLOGY、1993年録音)の中古盤があったので買い直した。旧版の6曲に未発表4曲が追加され、2枚組になっている。同じレコード会社だがレーベルが変わり、すぐにぼろくなる紙ジャケットになっている。

曲が増えたとは言っても、やはりマイラの名曲「Evening Might Still」と「Jump」が中心であるから、印象はまったく変わらない。リンゼイ・ホーナーのベース、レジー・ニコルソンのドラムスとアスリートのように絡み合い、ギンギンに悦びを発散させる演奏である。何を聴いてもマイラは素晴らしい。ソロライヴを聴いたとき、ヘンリー・スレッギル『Makin' a Move』(Columbia、1995年)に収録されている「Noisy Flowers」に加え、キメの「Jump」を弾いたことが嬉しかったことを覚えている。

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福田紀子『山を見に行った』、辻恵子『うさぎ年の春』、BIKAのニラそば

2011-04-19 01:27:45 | アート・映画

谷根千エリアに足を運んだついでに、ギャラリーを覗いた。

福田紀子『山を見に行った』(やぶさいそうすけ)は、模造紙に木や山の絵を描いた作品。紙の上にテキトーに紙が貼ってあり、その上からいかにもテキトーに色が塗られている。その結果、額装もしていないので絵はしわしわだ。暗いギャラリーのこげ茶色の木壁と相まって、まるで小学校で習字が貼り出されているみたいだ。・・・というようなことを、居合わせた作者に話したら苦笑していた。

辻恵子『うさぎ年の春』(トーキョーバイクギャラリー)は、ハギレや切手などの印刷物から人物を切り出し、もとの素材とともに額に収めている。ミニマルの極み、ちっちゃくて細かくて器用である。

何だか気分がささくれだっている今日この頃、これらのようにひたすらに人間くさい手仕事が嬉しい。そうか、これが「癒し系」か。

ついでに、学生時代にときどき行った中華料理のBIKA(根津駅近く)で、名物のニラそばを食べる。肉味噌が中心にあり、周囲は細かいニラだらけ。絶妙に火が通っていて、ちょっと生のピリッとするニラ感も残っている。昔食べた時、勢いよくすすりすぎてニラ片が喉に貼りつき、涙と鼻水を流しながら咳き込んだことを思い出した。もう穏やかに食べる歳なので、今回はそのような馬鹿な事故は起きなかった。

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原科幸彦『環境アセスメントとは何か』

2011-04-15 00:50:46 | 環境・自然

原科幸彦『環境アセスメントとは何か―対応から戦略へ』(岩波新書、2011年)を読む。環境アセスに関して日本を後進国だと位置づける著者の主張が明快に伝わる本である。

本書によれば、日本の環境影響評価法(アセス法)は1997年に制定、1999年に施行されたが、これはOECD加盟国の中で最後だった。しかも、大規模事業に限定しているため、実施件数は極めて少ない(もっとも、比較対象として挙げられている中国でのアセスはいわゆる「対策」として行われているものであって、額面通りには受け取れない)。このような情けない状況になってしまったことの一因として、産業界、特に電力業界の抵抗が挙げられている。要は発電所をアセスの対象から外せということであり、国策に沿った原子力立地もこれと無関係ではないだろう。

日本におけるアセスの欠陥のひとつはここにあり、小規模事業であっても簡易なアセスを行うべきだという。

それは置いておいても、大規模事業について言えば、例えば辺野古のアセスがなぜあれほどまでに出鱈目で(しかも9億円をかけているようだ)、アセス法の理念を政府自ら破壊しているか、その解は一部については示されている。

○アセスの方法を示す「方法書」の前にアセス自体を実施することを禁止すべき。
○事業計画を固める前の意思決定段階で「スコーピング」のプロセスを始めなければならない。日本の場合は官僚が事業計画を決めてからアセスに移るため、必要性の検討ができず、後戻りできない。
○公衆の意見に対して「意味ある応答」をしなければならない。
情報公開法(2001年施行)においては、国の所有する行政情報は公開されることになっている。しかし非公開としうるものとして、意思決定過程を例外としている。むしろここを透明化し、計画案検討段階から積極的な住民参加機会を作るべきである。
○大学の専門家が「アワセメント」に加担しないよう、とりわけ国民の税金で支えられている国立大学法人には、倫理観の教育を行う必要がある。

こう挙げてみると、すべて辺野古に当てはまることがわかる。これらが政府をも縛る規制となれば、事業は多少なりとも真っ当な方向に向かうようになるのかもしれない。しかし、事業の意思決定過程を透明化するとしても(難しいだろうが)、特に密室性の高い軍事政策に関連するような場合に、本当に、出鱈目な似非アセスをアリバイのように作っていく政府を規制できるのだろうか。


辺野古の環境アセスのフロー

●参照
名古屋COP10&アブダビ・ジュゴン国際会議報告会
ジュゴンの棲む辺野古に基地がつくられる 環境アセスへの意見(4)

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曽根干潟と田んぼの中の蕎麦屋

2011-04-14 01:31:30 | 環境・自然

所用で北九州に行ったついでに、北部九州最大の干潟である曽根干潟に立ち寄った。タクシーの運転手さんに訊ねると、小さいころから「潟」で遊んでいた、友だちなんかカブトガニを食べたんだぞと愉快な話。やや干潮時、ただスーツに革靴、干潟の中までずんずん入っていくわけにはいかず眺めるのみ。大潮の時には、向こうに見える間島まで歩いていけるのだという。

カニもカブトガニもトビハゼも見ることはできなかったが、広い泥干潟を眺めただけでとりあえずは良しとする。

干潟に面している曽根新田はその名の通り埋立地である。その田んぼの中にぽつんと建っている蕎麦屋「もず」で昼食をとった。十割蕎麦なのになめらか、旨かった。近くの田んぼや花や小川の風景ともども大満足である。ついでに蕎麦饅頭を買って鞄に入れておき、夕刻、電車の中で食べた。

●東京湾の干潟(三番瀬、盤洲干潟・小櫃川河口、新浜湖干潟、江戸川放水路)
『みんなの力で守ろう三番瀬!集い』 船橋側のラムサール条約部分登録の意味とは
船橋の居酒屋「三番瀬」
市川塩浜の三番瀬と『潮だまりの生物』
日韓NGO湿地フォーラム
三番瀬を巡る混沌と不安 『地域環境の再生と円卓会議』
三番瀬の海苔
三番瀬は新知事のもとどうなるか、塩浜の護岸はどうなるか
三番瀬(5) 『海辺再生』
猫実川河口
三番瀬(4) 子どもと塩づくり
三番瀬(3) 何だか不公平なブックレット
三番瀬(2) 観察会
三番瀬(1) 観察会
『青べか物語』は面白い
Elmar 90mmF4.0で撮る妙典公園
江戸川放水路の泥干潟
井出孫六・小中陽太郎・高史明・田原総一郎『変貌する風土』 かつての木更津を描いた貴重なルポ
盤洲干潟 (千葉県木更津市)
○盤洲干潟の写真集 平野耕作『キサラヅ―共生限界:1998-2002』
新浜湖干潟(行徳・野鳥保護区)
谷津干潟

●沖縄の干潟・湿地・岩礁
泡瀬干潟
泡瀬干潟の埋立に関する報道
泡瀬干潟の埋め立てを止めさせるための署名
泡瀬干潟における犯罪的な蛮行は続く 小屋敷琢己『という可能性』を読む
またここでも公然の暴力が・・・泡瀬干潟が土で埋められる
救え沖縄・泡瀬干潟とサンゴ礁の海 小橋川共男写真展
屋嘉田潟原 
漫湖干潟
辺野古
糸満のイノー、大度海岸
沖縄県東村・慶佐次のヒルギ

●その他地域の干潟
下村兼史『或日の干潟』(有明海や三番瀬の映像)
『有明海の干潟漁』(有明海の驚異的な漁法)
栗原康『干潟は生きている』 震災で壊滅した蒲生干潟は・・・(仙台の蒲生干潟)

●その他
粟屋かよ子『破局 人類は生き残れるか』(栗原康『有限の生態学』を多く引用)
加藤真『日本の渚』(良書!)
『海辺の環境学』 海辺の人為(人の手を加えることについて)

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豊里友行『沖縄1999-2010 改訂増版』

2011-04-13 03:55:47 | 沖縄

豊里友行『沖縄1999-2010 ―戦世・普天間・辺野古― 改訂増版』(沖縄書房、2010年)をじっくり観る。同名の写真集を半年程度でリニューアルしたものである。A4横になり、改訂前より面積比が3倍程度になっている。表紙の写真は若干右にずらしたようだが、意図的かどうかわからない。

この写真サイズの大型化が、写真集として大きな違いをもたらしている。基本的に印刷のクオリティは同じだが、大きい分、以前は白飛びしていたような箇所でもトーンが出ている。また、視野の占領野が広いこともあり、作品に集中できる。

こうして比較してみると、改訂前のものは<カタログ>的であった。沖縄における社会問題・社会運動のカタログというわけだ。それを否定するわけではないし、糸満、辺野古、渡嘉敷島、普天間、米兵のたまり場など、この写真家が地道に被写体たちと一体化していることは、写真作品として素晴らしいと思う。その一方、過度な認知的情報、そして北井一夫氏のいうような政治への過度の依存といった側面が目立っていたのだろう。もちろん、改訂増版になってもその側面は変わらない。しかし、<ビジュアル>が<カタログ>を押し戻すことにより、より良い作品になっているのではないか。キャンプ・シュワブの鉄条網(フェンス化されてしまった!)の写真を観るとその想いを強くする。

アートと社会との併存と依存については、昔からの論点でもある。しかし、アートを手段として社会を語るのは邪道だというような単純な見解には賛成できない。人間は<ことば>であり、アートでさえ<ことば>を超える意図があっても<ことば>であるからだ。

今回、写真の数も増えている。特に航空自衛隊那覇基地で愉しそうに戦車で遊ぶ子どもたちをとらえた「エアーフェスティバル」や、普天間基地で大きな星条旗をバックにガスマスク姿でポーズをとる米兵をとらえた「毒ガス武装した米兵」、バタくさい飲み屋の前で自転車で遊ぶ子どもたちをとらえた「金武町の飲み屋街」、曇天の月夜のエイサー景「旧盆のエイサー」など、なぜこれまで収めなかったのだろうという作品である。

これで1,050円と相変わらず廉価である。商売にならないでしょう、豊里さん。

ところで、巻末に収録されている大城立裕の小文は支離滅裂である。多良間島の組踊に下痢で参加できなかった若者のエピソードは、『沖縄 「風土とこころ」への旅』(1973年)(>> リンク)でも紹介されているが、ここでは何が言いたいのか、意味不明だ。何だろう、これは。

●参照
豊里友行『沖縄1999-2010』、比嘉康雄、東松照明
豊里友行『彫刻家 金城実の世界』、『ちゃーすが!? 沖縄』
比嘉豊光『光るナナムイの神々』『骨の戦世』
仲里効『フォトネシア』
『LP』の「写真家 平敷兼七 追悼」特集
「岡本太郎・東松照明 まなざしの向こう側」(沖縄県立博物館・美術館)
平敷兼七、東松照明+比嘉康雄、大友真志
沖縄・プリズム1872-2008
東松照明『長崎曼荼羅』
東松照明『南島ハテルマ』
石川真生『Laugh it off !』、山本英夫『沖縄・辺野古”この海と生きる”』

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大城立裕『沖縄 「風土とこころ」への旅』

2011-04-12 08:30:38 | 沖縄

大城立裕『沖縄 「風土とこころ」への旅』(現代教養文庫、1973年)を読む。月並みな郷土紹介本ではない。儀間比呂志による表紙と挿絵が嬉しい。

沖縄の施政権返還の翌年に書かれており、ここには、大城立裕のヤマトゥへの想いが揺れ動いているのを感じることができる。リアルタイムで読んだ者はどのように自身の、あるいは他者の問題として受けとめたのだろう。あるいはまた、著者の芥川賞受賞作『カクテル・パーティ』(1967年)についての批評、「・・・「一人前の男」(?)になり損ねてきた「沖縄」の、屈折した父権的欲望を露呈させてきたのが他ならぬ戦後沖縄文学であったとさえ言えるかもしれない」(新城郁夫『米軍占領下の沖縄文学―異文化接触という隠蔽に抗って』、『InterCommunication』2003/8所収)といった側面を観察できるのかもしれない。著者の主体がどこに立つものなのか、曖昧にならざるを得ないのである。

「斎場御嶽に佇めば、太平洋は眼下である。そこに久高島が浮かび、そのはるかなむこうに「ヤマト」がある。ここにいきなり「ヤマト」を持ちだすのは、かならずしも政治的に沖縄と日本を結びつけることを支持するからではない。わが沖縄の民族が南から来たか北から来たかどちらかに片付けることは、それほど容易なことではあるまいし、私は素人考えで、どちらもありえたと考えている。北―日本からの渡来もありえた。ヤマト―日本を祖霊の地とし、そこをあこがれるこころが、沖縄人の血に流れているような気が私はしている。そう考えなければ、あれほど戦争で犠牲になった上、なお日本復帰運動がおこったことの理由がわからない。」

ただ、これはイデオロギーではない。著者は沖縄戦の記憶ですら、「反戦イデオロギー」の構築にのみ資するものではなく、生活のあらゆるところに入り込んでくる「新しい世紀のための神話」となることを想定している。沖縄戦から30年も経たない時期に「神話」(否定的な意味で使われているのではない)と発言したことの重さを感じるべきだろうか。また、古いことも新しい記憶も、国家の解体もが渾然一体となって思考を進めることの困難さを追体験すべきだろうか。なお、著者は「神話」という言葉のあやうさについても、次のように指摘している。

「ところで―戦争体験記は神話になる、とさきに私は書いた。しかし、それが神話として有効でありうるためには、やはりそれをうけつぐ主体が問題である、と思う。
 「南部戦跡」がすでにロマンになりつつあることに、私たち現地の人間の多くは、はなはだしい違和感をもつようになっている。」

私たち現地の人間」とあるが、時には文化人類学的に沖縄的なものを観察し、その突き放したスタンスは先島に向けられた視線において顕著になる。それだからこそ、主体性が曖昧であると感じるわけである。たとえば次の文章を、岡本太郎『沖縄文化論』(1961年)において抽出した「沖縄」性とどう比較すればよいだろう。

「首里を訪れるひとは、園比屋武御嶽石門やその近くの弁財天堂の前に、二、三人の婦人たちがうずくまってお供えものをし礼拝している姿を、しばらく敬虔な気持ちをもってながめてみるとよい。彼女たちは、とにかくなにかの祈願をこめているのであるが、おもしろいことに彼女たちは、この石門や弁財天堂が復元される前から、戦前とおなじ位置で祈願をしてきたのである。彼女たちにとっては、建物が問題ではなくその場所が問題であった。そこに神がましましたのである。(略)沖縄文化のひとつの核が、ここにあるのではないか。」

沖縄北部やんばるについての記述はとりわけ興味深い。国頭村の安波、安田、奥における共同売店のあり方は、生活共同体=運命共同体としてのかつての社会を象徴している。現在も残る共同売店であるが、ここから何を取り出すか。私はずっと「共同売店ファンクラブ」(>> リンク)に注目している。最新の記事では、震災時と沖縄戦とを比較し、共同体の重要性を説いている。思い至らなかった指摘だ。

1973年は公害国会から間もない時期であり、多くの人が「公害」を意識し、体制がそれに追いついていなかった時期でもある。ここでも、金武湾の石油備蓄基地や、本部半島の採石や、石垣島の川平湾について指摘している。30年近くがさらに経って、辺野古でも泡瀬でも、環境がいまだ顧みられないのは切ないことだ。


琉球セメントの採掘する石灰岩、2007年末 Leica M4、Carl Zeiss Biogon ZM 35mmF2、Tri-X、イルフォードマルチグレードIV(光沢)、2号フィルタ

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マイルス・デイヴィスの1964年日本ライヴと魔人

2011-04-11 23:45:23 | アヴァンギャルド・ジャズ

マイルス・デイヴィスが1964年に来日したときの記録は、『Miles in Tokyo』(Sony、1964年)に残されている。私が手放さず棚に残している数少ないマイルスのCDのひとつである。最近、別の日のライヴ音源が『The Unissued Japanese Concerts』(Domino Records、1964年)としてCD化された。

サイドはハービー・ハンコック(ピアノ)、ロン・カーター(ベース)、トニー・ウィリアムス(ドラムス)とこのあたりは何も言うことがない面子であるが、何といっても、たった1か月ほど在籍したサム・リヴァース(テナーサックス)である。『週刊新潮』(4/14号)のコラム、関陽子『セレブゴシップ天国ときどき地獄』に、「チャーリー・シーン(魔人)」と書いてあって結構笑ったのだが、いやいや、サム・リヴァースだって魔人である。コードを豪快にアウトする独自性の高い音色とフレージングでもって、マイルスだろうが何だろうがお構いなく激進しまくる。サックス吹きの魔人度では、ユセフ・ラティーフと双壁をなす(いま思いついただけだが)。

この2枚組のCDには、それぞれ、1964年7月12日(日比谷野外音楽堂)と7月15日(京都丸山音楽堂)での演奏が収められている。『Miles in Tokyo』が7月14日(新宿厚生年金会館)であったから、その前後である。音質は確かに劣る。『Miles in Tokyo』で聴けるような、ロン・カーターのユルみまくる前のベースの響きも、トニー・ウィリアムスの果てしなく鮮烈なドラミングも、このもこもこした音源ではいまひとつ愉しめない。しかし、サム・リヴァースのひたすら愉快な異物混入的なソロは無防備に聴くことができる。最高である。

『Miles in Tokyo』にあってこっちにない曲は「My Funny Valentine」、ある曲は「If I Were a Bell」、「So What」、「Walikin'」、「All of You」。さらに『Miles in Tokyo』になかった「Autumn Leaves」、「Stella by Starlight」、「Oleo」、「Seven Steps to Heaven」も収録されている。もちろん彼らであるから、同じ曲であっても演奏の展開はそれぞれ異なる。特に京都での「Walkin'」におけるマイルスの走りかたには少なからず驚かされてしまう。

それにしても勿体ない。この後に加入するウェイン・ショーターの魔人度も高いが(一度ライヴを観たが、魔人から人を幻惑する魔術師に変っていて、ひたすら眠くなった)、もっとサム・リヴァースを使ってほしかった。水と油だったのか?

●参照
サム・リヴァースのザ・チューバ・トリオ
トニー・ウィリアムス+デレク・ベイリー+ビル・ラズウェル『アルカーナ』
ハンク・ジョーンズ(ザ・グレイト・ジャズ・トリオでのトニー・ウィリアムス)
トニー・ウィリアムスのメモ

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ウィリアム・パーカーのベースの多様な色

2011-04-10 09:30:27 | アヴァンギャルド・ジャズ

気が付くとウィリアム・パーカーのベースが割と好きになっている。名前も見かけもかたいため損をしているが(考えすぎか)、繰り出してくる音楽もベースの音も極めて柔軟である。セシル・テイラーやアンソニー・ブラクストンやペーター・ブロッツマンとの共演の顔が剛の者、古き良き黒人音楽のオルガン・カルテットカーティス・メイフィールド集といった吃驚してしまう演奏が柔の者。悲しみを知るケンシロウかどうかわからないが、ラオウでもトキでもある、これが愉快なところだ。

ニッティング・ファクトリー(行ってみたい!)でのソロ・ベース演奏集『Testimony』(zero in、1994年)も、その両面を持つ。轟音をたてて大きなコントラバスの筺体が軋み音を発するかと思えば、柔らかいピチカートもある。アルコとピチカートとのミクスチャーも愉快。世にソロ・ベース集は少なくなく、ソロである分プレイヤーの個性が出るのが魅力だが、これもそのような1枚だ。

最近何気なく中古盤を買ったのが、デイヴ・バレル『Expansion』(HIGH two、2004年)。バレルのピアノ、アンドリュー・シリルのドラムス、ウィリアム・パーカーのベースとのピアノトリオである。バレルのような硬質なピアノはさほど好みでもないのだが、即興で攻める曲も、ラグタイム風の曲もあり、聴けばやはり良い。アンドリュー・シリルのドラムスは、時空間を横展開するのではなく、縦構造での果敢な積み上げが特徴であるような印象で、やはり生で観たい。

そしてパーカーのベースはここでも柔軟で、地響きのような軋みを聴けば嬉しくなるのは当然としても、Koraという弦楽器でのギターのような演奏もアルコも素晴らしい。

パーカー来日しないかな。

●参照
ジョー・ヘンダーソン+KANKAWA『JAZZ TIME II』、ウィリアム・パーカー『Uncle Joe's Spirit House』 オルガン+サックスでも随分違う
ウィリアム・パーカーのカーティス・メイフィールド集
ブラクストン、グレイヴス、パーカー『Beyond Quantum』
ESPの映像、『INSIDE OUT IN THE OPEN』(ウィリアム・パーカーが語る)
サインホ・ナムチラックの映像(ウィリアム・パーカー参加)
ペーター・ブロッツマン(ウィリアム・パーカー参加)
セシル・テイラーのブラックセイントとソウルノートの5枚組ボックスセット(ウィリアム・パーカー参加)

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