Sightsong

自縄自縛日記

宮澤昭『野百合』

2011-02-27 06:00:00 | アヴァンギャルド・ジャズ

宮澤昭『野百合』(東芝EMI、1991年)がずっと愛聴盤である。日本のモダンジャズ黎明期に名を残すプレイヤーだが、個人的には、フォービートの演奏はさほど好みでない。それでも、この、渋谷毅とのデュオ盤は掛け値なしに素晴らしい。一度はそのプレイを観たいと思っていたが、2000年に亡くなってしまった。

浅川マキがプロデュースしたシリーズ第一弾である。渋谷毅の起用は宮澤昭本人が浅川マキに持ちかけた話らしい。この組み合わせが本当に絶妙であり、どっしりとして繊細な宮澤の即興の隙間に渋谷毅のピアノが入り込み、またゆらりと引いていく。冒頭の愉しげな「野百合」も良いし、宮澤のカデンツァにピアノが噛んでいく「浜名湖」も良い。飄々としたピアノソロ「秋意」も良い。

しかし何といっても、「BEYOND THE FRAMES」。浅川マキのラストアルバム『闇の中に置き去りにして』(東芝EMI、1998年)(>> リンク)において、マキが呟くように歌っていた曲「無題」と同じであり、渋谷毅のピアノソロもよく聴いた。ここでの宮澤昭のふわりと入る哀愁も繊細さも溢れたサックスソロは最高なのだ。

『JAZZLIFE』(1995年9月号)は「浅川マキの闇」という特集を組んでいる(よくジャズ雑誌でこの特集と表紙にできたね)。そのなかで、宮澤昭がインタビューに答え、『野百合』録音時の話をしている。とてもそんなことは感じられない演奏だが、血糖値が高く、ワンテイクごとに横になって休んでいたという。驚いたことに、本人はジャズのレコードを何十年も聴いておらず、他のプレイヤーに影響されることを嫌っていた。これが如何に凄いことか。

「だって彼は彼だし、自分は自分なんだから。上手い下手じゃなくてね。上手い人の演奏を聴いたら真似したくなる。しかしこの世界は真似じゃダメなんだよ。真似はいくら上手くやったって真似だからね。いくら真似してもレスター・ヤングにはなれないし、若い人でレスター・ヤングより上手い人は大勢いるけど、レスター・ヤングの方が枯れてていいでしょ。そこなんだよ、音楽は。」

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ロスコー・ミッチェル+デイヴィッド・ウェッセル『CONTACT』

2011-02-26 15:42:58 | アヴァンギャルド・ジャズ

ロスコー・ミッチェル+デイヴィッド・ウェッセル『CONTACT』(ROGUEART、CD:2002年録音、DVD:2004年録画)を聴く。ロスコー・ミッチェルのリーダー作を買うのは、『Nine to Get Ready』(ECM、1997年録音)以来だから久しぶりだ。本来は聴くべき作品がその間にもあったはずだ。

CDとDVDとのカップリング盤で、両方ともデイヴィッド・ウェッセルがノートパソコンと奇妙なエレクトロニクスを使い、タッチパネルのような機材にターンテーブルよろしく操作することでおかしな音を出している。ミッチェルはその横で、淡々とアルトサックスとソプラノサックスを吹き続ける。

ミッチェルの音は昔から大好きで、ここでも、微妙に外れた音を泉のごとく吹きだしてくる。このオリジナリティをうまく説明できないことが歯痒い。サックスの腕前で言えば、同じアート・アンサンブル・オブ・シカゴに属したジョゼフ・ジャーマンより遥かに上だ。CDでは様々な音の表情を見せるのに対して、ライヴを記録したDVDはそうでもない。しかし、プレイ中のミッチェルを観ることができるだけで嬉しい。

CD冒頭の長い2曲は、この2002年に殺されたドラマー、オリヴァー・ジョンソンに捧げられている。アルコール中毒からホームレスになり、パリの公園のベンチで喧嘩になった結果だという。ウェッセルもパーカッシブな音を多用し、ミッチェルとともにプレイを盛り上げる。デュオだけに地味ではあるが、実は聴けば聴くほどミッチェルの味が出てくる。

そういえばオリヴァー・ジョンソンが参加した加古隆やノア・ハワードとのセッションをしばらく聴いていないなと思い出し、とりあえずスティーヴ・レイシー『WEAL & WOE』(録音1972・73年)を棚から出す(寒いからレコードが面倒で・・・)。もともとLPは違う盤で、『WEAL』がソロ、『WOE』がジョンソン入りのレイシーのクインテットである。ジョンソンのソロはやはりすさまじく、型からはみ出しまくっている。

●参照(ミッチェル、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ人脈)
アート・アンサンブル・オブ・シカゴ『苦悩の人々』
アート・アンサンブル・オブ・シカゴ『カミング・ホーム・ジャマイカ』
サニー・マレイ『アフリカへのオマージュ』
ムハール・リチャード・エイブラムス『Streaming』
ジョゼフ・ジャーマン
ドン・モイエ+アリ・ブラウン『live at the progressive arts center』、レスター・ボウイ
マラカイ・フェイヴァースのソロ・アルバム
マラカイ・フェイヴァース『Live at Last』

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バンコクのThavibuギャラリー

2011-02-26 14:28:41 | 東南アジア

バンコクの宿で、「bam / bangkok art map」という月刊のパンフレットを見つけた。さすが大都市、こういうものがあると話が早い。空いた時間に、いくつかのギャラリーが入っている大きな商業施設シーロム・ギャラリアに出かけた。とは言っても鍵がかかっていたり搬入作業をしていたりして、なんだかあまり活気があるとは言えない空間である。その中の「Thavibuギャラリー」も、ちょうど主人の女性が鍵をかけて出かけようとしているところだった。ああっと言うと笑って入れてくれて、立派な卓上カレンダーまで貰ってしまった。

名前の通り、ここはタイ、ヴェトナム、ビルマ(ミャンマーは軍政による国名)の現代アーティスト作品を展示している。生活風景の絵もカリカチュアライズされたユニークな作品もある。ざっと見て良いなと思った作品は2点とも抽象画。

ファム・アン・ハイ(Pham An Hai)はヴェトナムのアーティスト、タイトルは「Past and Present」(>> リンク)。

クリットサナ・チャイキットワッタナ(Kritsana Chaikitwattana)はタイのアーティストであり、展示してあったのは「The Eye」というミクストメディア作品(>> リンク)。台湾、韓国、スペインでも個展を開いたことがあるらしい。

東京都現代美術館『東南アジア1997 来るべき美術のために』という良い展覧会が開かれたことがあって、まだ印象に強く残っているのだが、それから十数年経っても日本にはさほど「来て」はいない。できればもっと探索してみたいところだ。

ギャラリーを出てから隣のラオス料理店「Cafe de Laos」に入った。2008年にビエンチャンで食べた米の麺が旨かった記憶があり(>> リンク)、麺はあるかと訊いたが、なかった。生春巻はあるかと訊いたら、ない、それはヴェトナムだと笑っていた。そんなわけで揚春巻を食べた。

明日から今年3度目のバンコク。

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朝まで生テレビ「国民に"国を守る義務"が有るのか!?」

2011-02-26 11:09:09 | 政治

友人のあれず・ふぁくれじゃはにさん(>> リンク)が登場するというので、久しぶりに『朝まで生テレビ』を観る(ただし録画で)。タイトルが「国民に"国を守る義務"が有るのか!?」となっているが、中東革命、尖閣諸島、北方領土、安保、中国、普天間などテーマはばらばらだ。

相変わらずの保守派がもっともらしい発言を繰り返すのには苛々させられる。田原総一朗を見るのも久しぶりであり、過去の戦争を正当化したり、保守派以外の出席者からの発言に理解が追いつかなかったりと、もう終わっている印象が強い。そんななかで、あれずさん、葉千栄さんが、現実を見ずに話をするな、イデオロギーで話をするな、帝国の存続自体を大前提に話をするな、と主張していたことに共感を覚えた。

糸数慶子の主張を受けて、もはや辺野古はムリだとする田原総一朗の断言には、誰も反論できなかった。この点だけはまともな判断だった。

ヴィジョンとは、権威ではなく知識をもとに、近視眼的ではなくその先の可能性までを視ようとする者しか持つことができない。

>> 朝まで生テレビ「国民に"国を守る義務"が有るのか!?」
>> あれずさんのブログより、「朝生で伝えたかったこと」

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『ちょっと長い関係のブルース 君は浅川マキを聴いたか』

2011-02-25 23:59:28 | アヴァンギャルド・ジャズ

『ちょっと長い関係のブルース 君は浅川マキを聴いたか』(喜多條忠・編、実業之日本社、2011年)を読む。1年前の急逝後、CDが再発されたり、このような本が出たりと、浅川マキが突如として歴史と化してしまった。リアルタイムでなくなってはじめてその存在価値を思い知らされる、しかしそれは寂しいことでもある。自分だって何年も年末の新宿ピットインに通わないでいた。

自分が浅川マキのライヴにはじめて足を運んだのは1995年か96年。文芸坐ル・ピリエが壊される最後の年にも駆けつけたが、それ以外は新宿ピットインばかりである。しかし、ここに文章を寄せている面々はそんなものではない、1968年の新宿「蠍座」公演から見続けていたりする。「時代」であるから、その時代を生きた者としての極めて個人的な思い出話で満たされている。運動、恋愛、貧乏、酒、そんな無数の極私に浅川マキが必要とされたことがよくわかる。読んでいると何だか沁みてくる。何で自分は最後のピットインに行かなかったんだろう、馬鹿だな。

「とにかく一々懐かしいことばっかり思い出す。」奥成達
「振り返ると、とりかえしのつかないことばかり。」立花珠樹
「残酷ないいかたをすれば、プチブルの顔で死んでいないブルースだ。」平岡正明
「そこへ浅川マキのあの声が流れてきた。それはまさに腑抜け的な腑の落ち方だった。浅川マキの「夜が明けたら」。あぁ、人生は長いのだ。」最首悟
「マキの歌は、多情多恨の歌である。」森詠
「そんな生き方なんて簡単に変えられない。」田村仁


浅川マキと山内テツ(2002年) Canon IVSb改、Canon 50mmF1.8開放、スぺリア1600

●参照
浅川マキ『幻の男たち』 1984年の映像
『恐怖劇場アンバランス』の「夜が明けたら」、浅川マキ
浅川マキが亡くなった
浅川マキ+渋谷毅『ちょっと長い関係のブルース』
浅川マキ DARKNESS完結
ハン・ベニンク キヤノン50mm/f1.8(浅川マキとの共演)
オルトフォンのカートリッジに交換した(『ふと、或る夜、生き物みたいに歩いているので、演奏者たちのOKをもらった』)
浅川マキ『闇の中に置き去りにして』

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湯本貴和『熱帯雨林』

2011-02-25 08:13:02 | 環境・自然

湯本貴和『熱帯雨林』(岩波新書、1999年)を読む。

熱帯に行ったことはあっても熱帯雨林を体験したことのない自分にとっては(沖縄の亜熱帯林止まりである)、観察方法や生態系の話など興味津津である。著者によると、自らを防御する植物が多い熱帯雨林は「毒物の森」であるという(!)。私もグンター・パウリ氏(ゼロエミッションの提唱者)にアドバイスをもらってコロンビアの森林管理に関わりかけたことがかつてあって、そうしていたなら、熱帯雨林の世界に触れることができていたのだが。

地面までほとんど光が届かない熱帯雨林にあって、倒木によってできる「林冠ギャップ」という穴が新たな勢力争いに重要な役目を果たすという説明が面白い。光を届けるために間伐や枝打ちを行うべきだとする日本の森林管理とはまったく別世界だ。むしろ乱伐や過度の焼畑を抑えるのみならず生態系(人間が加わった)を狂わせないようにすることが森林管理ということか。

熱帯の社会生活とのリンク付けを行うのはトロピカルフルーツだ。昆虫や鳥が花粉を運ぶばかりでなく、猿や象のような大きな動物が果実を食べて移動し、糞をすることで種子が拡散されていくメカニズムがある。その秘密は、マンゴーやランブータンの種が果実から離れにくく、その場で吐き出されないことにある。レストランで供されるマンゴーからは種が取り除かれているが、こんなことも考えれば宴が愉しい。それだけではない。南米にはホウガンノキという、直径20cmの実を付ける木があるという。この進化を駆動したのは、人間がやってくる以前に生息していた象のような大型草食獣であったに違いないと想像している。大きな果実の存在から、人間以前の世界にまで想像力が飛翔するわけである。

そして「一斉開花」。何年かに一度にしか開花しない多くの花が、突然わらわらわらと活動する現象である。いろいろな理由が考えられてはいるものの、まだそのメカニズムは謎に包まれているようだ。そんな時期に居合わせたら興奮するのだろうね。

タイは、映画『象つかい』(チャートリーチャルーム・ユコン)で描かれたように、戦前は国土の8割が熱帯林におおわれていたという(いまでは3割程度に過ぎない)。バンコクも含め、諸都市の現在の土地利用面積をもって「アジア的」だとか「アフリカ的」だとか論じた吉本隆明はやはり乱暴に過ぎる。

●参照
そこにいるべき樹木(宮脇昭の著作)
東京の樹木
小田ひで次『ミヨリの森』3部作
荒俣宏・安井仁『木精狩り』
森林=炭素の蓄積、伐採=?
『けーし風』2008.3 米兵の存在、環境破壊(やんばるの林道についての報告)
堀之内貝塚の林、カブトムシ
上田信『森と緑の中国史』
沖縄の地学の本と自然の本
熱帯林の映像(着生植物やマングローブなど)
只木良也『新版・森と人間の文化史』
チャートリーチャルーム・ユコン『象つかい』(タイの森林伐採問題)

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チャートリーチャルーム・ユコン『象つかい』

2011-02-21 01:31:29 | 東南アジア

バンコクのDVDショップで見つけた映画、チャートリーチャルーム・ユコン『象つかい』(The Elephant Keeper)(1987年)を観る。それにしても、この映画監督のことまでまとめられているのだから、Wikipediaは凄い(>> リンク)。

英語字幕が入っているもののジャケットはすべてタイ語、アユタヤ時代の象を使った戦争ものでもあろうかと思った。実際には、タイの森林伐採問題を訴えた作品であり、タイだけにとどまらない現代性を持っている。

法律で禁じられていても違法伐採が横行するタイ。森林が少ないデルタ地帯であるバンコクを見ていたら実感できないが、かつては現在よりも森林に覆われており、水田も森林伐採後に広がった歴史があるという(ヴェトナムに追い上げられてはいるが、いまだタイは世界一のコメ輸出国)。ヘリで監視し取り締まりを行うレンジャーたちも無力感を覚えているばかりか、その中にも、伐採に加担する者がいる状況である。すぐにオカネが手に入る換金商品であるからだ。

借金をかたに伐採を手伝わされている象つかいの男は、「伐採なんて昔からやっていたことじゃないか」と呟く。しかし、機械の導入による伐採速度の増大こそがバランスを失わせているのだということが示される。映画の最後にメッセージがある。森林を人間だとして、片手が失われても治癒できるかもしれない、しかしどんどん傷ついていったならその人間はどうなるか、と。象のスピードはエコロジカルなのだ。

ドラマはちゃちでメッセージ性が強い。その意味で大した映画でもないが、スリランカのコロニアル社会を無邪気に描いた映画『巨象の道』(ウィリアム・ディターレ)などに比べれば、遥かにすぐれた象映画である。

ところで、象つかいが竹の口琴を使うシーンがあった。そうか、タイにも口琴があった。バンコクで見つけられるかな。

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エマニュエル・レヴィナス『存在の彼方へ』

2011-02-20 10:36:24 | 思想・文学

エマニュエル・レヴィナス『存在の彼方へ』(講談社学術文庫、原著1974年)を読む。原題は『存在するとは別の仕方で あるいは存在することの彼方へ』である。レヴィナスのバックグラウンドとして、リトアニア出身のユダヤ人であり、地元に残ったほぼ全員の親族がドイツ軍に殺されたこと(ジョナス・メカスはいつレヴィナスのことを意識しただろう?)、フッサールとハイデガーに師事し、そこから出発したこと、デリダの思想との相互の影響(とくに応答という考えについて)、といった点が挙げられる。

存在という我執は、既にそこにある存在から捉えることはできない。自我も、<語られたこと>も、既にそこにある存在であり、そうではなく、存在の彼方に超越し、予知できない<語ること>に我が身を曝さなければならない。語りえぬことを語ることはできないと言ったのはヴィトゲンシュタインだが、語りえぬことかどうか予見できないままの曝露ということである。それが<他者>への責任であり、<善>や<愛>であり、全ての者の倫理たるべきものである。レヴィナスのこうした主張は延々と続き、信仰にも重なってくる。

我が身を<語ること>に曝すということは、レヴィナスによれば、予見できぬ受動性であり(受苦の内容を予見できればそれは<語られたこと>に吸収されてしまう!)、<他者>のために<身代りになること>に他ならない。逆に言えば、自己さえも出発点ではありえない。全く無条件に自らを安住の場所から追放し続けることで<他者>への応答責任を果たさなければならないとする考えは、<他者>の偏在を示したデリダ、ミクロな分子群となって<他者>になるイメージを示したドゥルーズ/ガタリと比べてみても、相当に苛烈なものだと感じられる。

「しかし、贈与することは単なる自我の不在ではない。自己に反して自己から引き剥がされることとしてのみ、贈与することは意味を持つのだ。が、このように自己に反して自己から引き剥がされることが意味を持つのは、享受における自己満足から引き剥がされること、みずからの口からパンを引き剥がすこととしてのみである。」

「自己に回帰すること、それはわが家に腰を落ち着けることではない。それは一切の所有物を奪われてわが家に戻ることでさえない。
 自己に回帰すること、それは異邦人としてわが家からも追い出されることである。(略) 自己を曝露しつつこの曝露そのものに責任を負う能作を超えて、自己を更に曝露すること―自己表出し、初語すること―、それは不朽不変の<一者>たることである。言い換えるなら、自己の曝露をも曝露することである。初語という能作は受動性の受動性なのだ。」

レヴィナスは、走っても走っても届かない光を夢想しているようにも見える。しかし、これは抽象的な戯言ではない。<語られたこと>は支配のコードであり、意識の帝国主義であり、押しつけられた歴史であることが常に示唆される。<語ること>はそういった世界にぶつける善と愛の哲学でもある。例えば、歴史に対する国家あるいは成員すべての責任や、偏狭なナショナリズムとの決別を考える際の哲学にもなりうるだろう。そして、わずかではあるが、<語られたこと>から<語り直し>へのシフトさえも示されている。これは押しつけられた歴史の転換哲学である。

「責任・応答という<語ること>は、一者が自己のうちに閉じ籠らないための唯一の仕方であり、それによってのみ、一者はその自同性の手前で他者の身代わりになる再帰をつうじて、自己を剥き出しにするのだが、一者は身代わりの関係のうちで自己を多様化するのではなく、逆に、一者は身代わりの関係のうちで自己の統一性を告知するのだ。」

●参照 他者・・・
ジャック・デリダ『死を与える』 他者とは、応答とは
徐京植『ディアスポラ紀行』
ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ『千のプラトー』(中)
柄谷行人『探究Ⅰ』
柄谷行人『倫理21』 他者の認識、世界の認識、括弧、責任
高橋哲哉『戦後責任論』
戦争被害と相容れない国際政治

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チャーリー・パーカーのソロって凄い

2011-02-19 09:50:07 | アヴァンギャルド・ジャズ

成田とバンコクを往復する間の10時間以上は、ずっと機内のプログラムにあったチャーリー・パーカーを聴いていた。40年代のサヴォイ、ダイアル、ヴァーヴに記録された音源であり、これらの演奏を聴いたことのないジャズ・ファンはいない。

それにしてもソロが凄い。ブルースやプレモダン時代のジャズの源流があるとは言え、紛れもなくオリジナル・フレーズを高速でキュッキュッと押しだしてくる。まるで空間をびっしり独特な神で埋め尽くしたヒンドゥー寺院のイメージだ。その後のモダン・ジャズにおいて、現在まで、このような域に達したアルトサックス奏者は皆無に違いない。

Now's The Time」や「Confirmation」など、以前にコピー譜をもとに真似しようとしたこともあって、聞き覚えのあるアドリブ・フレーズが嬉しい(その段階でアドリブでない)。自分にはこの速度で真似することなど到底できなかったのだが、仮に追いついたとしても、それはバードではない。オリジナルな世界をその場で創生して押しだしてくるのがバードだからだ。


コピー譜『Charlie Parker Omnibook』

戻ってから、棚にある何枚かのこれらのセッションを探して聴いた。「KoKo」など何度聴いても凄まじい(別テイクでは、途中から何故か「Cherokee」のアンサンブルになるヴァージョンもある)。しかし、機内で惚れぼれとして繰り返し聴いた「Barbados」が見当たらない。これはサヴォイ音源か、探し出してまた聴きたいところだ。

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ガネーシャ(2) ククリット邸にて

2011-02-18 00:22:21 | 東南アジア

バンコクの横道に、70年代のタイの首相、ククリット・プラモート氏の邸宅がある。土日は公開しているということなので覗いてみた。

クメール仏が置かれている中庭、木々や花を眺めることができるテラスなど、当然ながら立派な屋敷である。室内には、各国の政治家たちからの贈り物が飾られている。日本の京人形もある。毛沢東から贈られたという壺(乾漆?)もある。

片隅に、ガネーシャが3体あった。片膝を立てている形のものは、スリランカ出身の私物とそっくりだ。そして、どこの出身だろう、ほとんど寝そべっているものがある。


ククリット邸のガネーシャ(1)


ククリット邸のガネーシャ(2)


ククリット邸のガネーシャ(3) スリランカ出身の彼とそっくり


毛沢東からの贈り物

●参照
ガネーシャ(1)
ハヌマーン(1) スリランカの重力

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タイ湾、どこかにジュゴンが?

2011-02-17 07:41:07 | 東南アジア

タイ・バンコクから2-3時間走ると、南部の工業地帯ラヨーンに着く。運良くタイ湾を見ながら昼食をとった。

カンジャナ・アドゥルヤヌコスル氏らの論文『タイのジュゴンと海草:現状および将来の挑戦』(2004年)(>> リンク)によると、ジュゴンが多く棲んでいるのは南部プーケット近辺だが、タイ湾の北部でも観察事例はあるようだ。海草も分布している。ただ、このラヨーンあたりでは、漁業、家庭排水、旅行者のボートなどが海草に悪影響を与えているという。実際にここは欧米の旅行者が目立つホテルのレストランであり、海にはボートも見えた。


タイ沿岸におけるジュゴン(丸印)および海草(緑色)の分布(前出カンジャナ氏論文より)

●参照
名古屋COP10&アブダビ・ジュゴン国際会議報告会
ジュゴンと生きるアジアの国々に学ぶ(2006年)
ジュゴンと共に生きる国々から学ぶ(カンジャナ氏報告)
二度目の辺野古
高江・辺野古訪問記(2) 辺野古、ジュゴンの見える丘
ジュゴンの棲む辺野古に基地がつくられる 環境アセスへの意見(4)

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空から琉球弧

2011-02-16 21:07:34 | 沖縄

今朝の便でバンコクから帰国した。機内では寝たり、機内食を食べたり、レヴィナスを読んだり。そろそろ沖縄あたりかなと外を見ると、いきなり普天間基地の形が見えた。本島から、リーフの綺麗な与論島、沖永良部島、徳之島と北上し、またしばらく洋上を飛んで、雲海の向こうに富士山が現れた。目立ち過ぎていた。


普天間基地


嘉手納基地


金武岬


奥間


与論島


沖永良部島


徳之島


そして富士山

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末廣昭『タイ 中進国の模索』

2011-02-07 01:46:42 | 東南アジア

末廣昭『タイ 中進国の模索』(岩波新書、2009年)を読む。経済ブームが始まった1988年から、通貨危機、タクシン時代、そして現在までの移り変わりを描いている。私はこの1月、およそ7年ぶりにバンコクを訪れたが(前回は地下鉄開業直前だった)、そんな点だけでは視野にすら入らないタイの姿を示してくれる。

点で見ると、確かにバンコクは近代的な大都会であり、その中にさまざまな発展段階の世界が混在していたり、地方はまるで異なったりという側面はあっても(それは北京や上海でもそうだ)、タイを「中進国」と呼ぶことに抵抗はまるでない。7年前に比べ、物価は決して安くはない。ただ、現在に至るまでには紆余曲折があった。日本と似ているところも、そうでないところもあるように読める。

地方はバンコクとは別かと思ったが、そうとばかりは言えないという指摘がある。たとえば1人あたりビール消費量は日本の6割にまで増加している(シンハーやチャーン)。また、セブンイレブンの店舗数は日本の4割もあり、まもなく世界第三位になろうとしている。これらは地方の購買力を過小評価したら成立しないという。

日本と似ていない点の代表は、「足るを知る経済」という概念である。

ひとびとは虎になることに狂奔してきた。・・・しかし、虎になることは重要ではない。重要なことは<足るを知る経済>だ。<足るを知る経済>とは、自分たちの足で支える経済のことである。100%を目指す必要はない。今の経済の半分、いや四分の一を<足るを知る経済>に変えるだけでも十分である」(1997年、国王の講和)

開発ではなく道徳と仏教をベースとした社会の幸福を掲げるあり方は、しかし、必ずしも精神の成熟のためではない。国王の道徳を上に置く政治文化があってのことであり、強い首相=タクシンが一定期間の国民の支持を集めたのと裏腹であるようだ。そのタクシン政治は、「足るを知る政治」とは逆の方向性を持つものであった。著者は、そのふたつのベクトルが今後のタイが選択できる道であり、双方は排他的ではないとしている。

もうひとつ日本との差という意味でユニークな観察がある。90年代、地方住民や農民たちにより「自分たちの生活の権利を守る闘い」が盛んになった。この「森からの民主化運動」は、実は、急速な経済進展と密接に関連していた。オカネのための無断耕作、エネルギーのためのダム建設、住宅建設のための乱伐、投機のための土地買い漁り、といったものである。別にタイだけの現象ではない、ならばなぜこのように目立つ運動と化したのか、非常に興味がある。

バブル崩壊、新自由主義、強い政治家への幻想、世界金融危機を経て、まるで服を着替えることができないでいる日本にとって、タイの揺れ動きがどのような意味を持つのか。良書である。


日本語の看板だらけのタニヤ通り(2011年1月)

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大津幸四郎『大野一雄 ひとりごとのように』

2011-02-06 01:32:22 | アート・映画

茅場町のギャラリーマキにて、大津幸四郎『大野一雄 ひとりごとのように』(2005年)を観る。暗黒舞踏の異端者・大野一雄は、2010年に亡くなった。この映画は、2000年から車椅子での生活を余儀なくされた大野一雄の姿を、その翌年、捉えたものである。

私は一度だけ、1998年に世田谷パブリックシアターで公演された『天道地道』を観た。車椅子生活の前、もう90歳を超えていた。大野一雄の周りは明らかに異空間と化していた。予約するとき、大野一雄舞踏研究所に電話したところ、「はい大野です」という返事があった。それが本人だったのかどうか、いまだにわからない。その後、同年に再演された『わたしのお母さん』がNHKで放送された。録画したVHSを取っておけばよかった。

『大野一雄 ひとりごとのように』では、椅子から降りて床に這いつくばり踊る大野、息子に後ろから支えられながら踊る大野の姿をたっぷり観ることができた。幻惑するような右手の動きは、ユーモラスを超えて、観る者の眼を釘づけにする。2001年の『花』の公演では、花を草原に撒き、そして何ものかを空中から捉える姿が恐ろしいほど執拗に繰り返されていた。この割り切れない情念を、情動を、どう人に説明すればよいのか。

そして織部賞の授賞式では、大野一雄は多くの人に花束を貰い、感極まる表情を見せる。この顔も芸だ。つい私の両目から涙が溢れてしまった。上映後、会場からは拍手が起きた。

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石田幹雄トリオ『ターキッシュ・マンボ』

2011-02-05 10:39:47 | アヴァンギャルド・ジャズ

所用で川崎に出かけたついでに、中古レコード店「TOPS」を覗いた。確かにわかりにくい隙間、雑居ビルの2階にあった。さっそく段ボールのエサ箱突撃といきたいところだが、LPを持ちかえることができない状況であり、CD棚に向かう。

収穫は、石田幹雄トリオ『ターキッシュ・マンボ』(Five Star Records、2008年)。ブログ「あうとわ~ど・ばうんど」で頻繁に紹介されることもあり、聴いてみたいピアニストだった。本田珠也(ドラムス)とマティアス・スベンソン(ベース)とのピアノトリオ。

レニー・トリスターノやリロイ・ヴィネガーといった渋い選曲、チャールス・ミンガス「So Long Eric」、ディジー・ガレスピー「Salt Peanuts」、バド・パウエル「Parisian Throughfair」(表示はスペルミス)、マイルス・デイヴィス「Milestones」、ジョージ・ガーシュイン「I Got Rhythm」といった有名曲まで揃っている。

そんなわけで、どうかなと思いつつ、本田珠也の音も浴びたいので、大音量で聴いてみた。ピアノの音が一々立ち、曲やスタイルにおもねることなく攻め続けている。ノリノリの「Salt Peanuts」や「Parisian Throughfair」において三者が絡みつつ駆けぬける様には興奮させられるし、トリスターノ「Requiem」や自作「Waltz」での静かな演奏でも力を絞りだすプロセスが体感できて素晴らしい。そして最後のピアノソロ「Amazing Grace」にはさぶイボが立つ感動を覚える。これは凄い。

ときおりピアニストのうめき声が聞こえてくるが、実際の演奏は激しいもののようで、ぜひ目撃したいところだ。近々どこかで演奏しないかな。

本田珠也をはじめて観たのはたぶん1990年代の初頭、渡辺香津美や辛島文雄の後ろで叩いていた。ファースト・インプレッションは、何というやかましいドラムスか、やかましすぎる。その後、それは快感に変わった。

ところで、「TOPS」の近くにある「屯ちん」でラーメンを食った。豚骨スープにちょっと平打ちの縮れ麺で、サクサクとした食感。かなり自分の好みゾーンを直撃した。インスタントラーメン感覚にも共通していて、こういうものが好きなのは、散々カップ麺を食べてきたからなんだろうね。

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