Sightsong

自縄自縛日記

名作アイス「爽」

2011-11-29 00:57:22 | 食べ物飲み物

ロッテのアイス「爽」は、アイス史に残るに違いない名作である。クリームの中に微細な氷の粒が混在していて、そのために表面はきらきらと光っている。ガリガリじゃりじゃりとしたかき氷的・シャーベット的な要素も、ねっとりとしたアイスクリーム的な要素もある。実は凄い技術なのではないか。しかもたったの百数十円。こんなもの昔はなかった(紙で包んであった30円の名糖ホームランバーも旨かったが)。

ちょっと前までは「バニラ味」だけだったと記憶しているが、そのうち「3種の果実入りヨーグルト味」が出て、ツイッターのC氏の情報では「ゆず味」も出て(まだ見つけていない)、そして、今月になって「粒つぶ苺&ミルク」がコンビニに並び始めた。冷静に横目で見るともなく見るふりをしていたが、今日、我慢できずに食べた。やはりシンプルな「バニラ味」には叶わないものの最高の食感、もう大人であるから勢いよく食べて後頭部が痛くなることはないが、それでも落ち着いて食べることができず胸が冷える。

アイス個人史上のベスト5(順不同)

●ロッテ・爽(バニラ味)
●ハーゲンダッツ(バニラ味)
●ハーゲンダッツ(抹茶味)
●根津・芋甚尾張屋のアベックアイス(バニラ味と小倉味)
●小さい頃親戚が御土産に持ってきた巨大なレディーボーデン(ノスタルジア)

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マイケル・マン『インサイダー』

2011-11-26 23:55:57 | 北米

マイケル・マン『インサイダー』(1999年)を観る。1995年に発覚した事件をもとにした物語である。

ファイザーなど大手製薬メーカーを経て大手タバコ会社・B&W(現在は吸収合併されて存在しない)に在籍した科学者・ワイズマン(ラッセル・クロウ)は、突然、会社から解雇される。一方、CBSの番組『60 Minites』のプロデューサー、バーグマン(アル・パチーノ)は、B&Wをはじめとする7大タバコ会社が、ニコチンの有害性を研究により知りながら無害だと言い続けていたという内部文書を入手し、それを読み解くことができるワイズマンに接触する。内情を告発しようとするワイズマンには、守秘義務契約を盾にしてB&Wから激しい圧力がかけられる。それはCBSの上層部にまで及んだ。バーグマンは揉み消しに反発し、ひとり闘う。

勧善懲悪的な物語展開を含め、マイケル・マンの演出は手堅い印象であり、160分の長さを感じさせない。時折聴こえるサックスの音がヤン・ガルバレクみたいだなあと思っていたら、やはりガルバレクだった。

それにしても、原田眞人『クライマーズ・ハイ』といい、本作といい、組織に対して反骨心を剥き出しにして闘う男の姿を見せられると、実に単純に感情移入してしまう。私はアホかもね。

●参照
マイケル・マン『パブリック・エネミーズ』
『インサイダー』のヤン・ガルバレクによるサウンドトラック(Youtube)

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『Number』の「ホークス最強の証明。」特集

2011-11-26 09:58:23 | スポーツ

『Number』(文藝春秋)が、「日本シリーズ完全詳報 ホークス最強の証明。」と題した特集を組んでいる。はじめてこの雑誌を読んだのが1989年ジャイアンツ優勝時の特集号で、やはり表紙はシリーズMVPの駒田だった(まだ大事に持っている)。

タイトルの「ホークス」にはオーナー企業名を付していない。自分はこれを良しと思ってきたが(Jリーグ方式)、そうすると本当に地域密着型のプロスポーツとして商業ベースに乗るのかどうか。単に読売だけの問題かもしれない。

今回はほとんどテレビ観戦していないが、それでも面白く、夜中まであっという間に読んでしまった。やはり江夏豊をはじめ、プロがプロを語る方法が興味深い。語るべきことを持つ「解説者」(そもそも、精神論しか語れない解説者が多い)が仮に野球中継で何かを発言したとしても、そのほとんどは消えてしまうからだ。

平田、野本、堂上兄弟など、大器と目されているドラゴンズの若手がなぜレギュラーとして定着しきれないか。江夏豊は、「落合監督になってから、中日がドラフトで指名した選手は、誰一人として、一度も規定打席に達したことがない」と指摘して、その理由として、「落合監督が調子を見極めて、目の前の試合を勝つためにうまく選手をとっかえひっかえ起用してきた」こと、「勝つことにこだわって、育てることは二の次になってしまった」ことを挙げている。一方、福留孝介は、荒木・井端と小池・平田の「狙い球と違ったときの見送り方」の違いをもとに、「むしろ若い選手の方に育とうとする自覚がまだ足りてない」と指摘している。

桑田真澄による吉見論も面白い。ピンチでのセットポジション時に、吉見は早く投げたがるピッチャー心理を抑制し、ボールを長く持つことができているのだという。

こういったディテールを精神論でなく技術論として語る技術があってこそのプロ解説である。

ところで、優勝翌日にスマホの調子が悪くソフトバンクのショップに足を運んだところ、ビラを貰った。「日本一」のあとに丸で囲んだ「ダ」とあるのは何だろう。ダイエーのこと?

●参照
『Number』の「決選秘話。」特集
『Number』の清原特集、G+の清原特集番組、『番長日記』
『Number』の野茂特集
平出隆『ベースボールの詩学』、愛甲猛『球界の野良犬』
パット・アダチ『Asahi: A Legend in Baseball』、テッド・Y・フルモト『バンクーバー朝日軍』
2010年6月12日、イースタンのジャイアンツ
WBCの不在に気付く来年の春
山際淳司『ルーキー』 宇部商の選手たちはいま
北京にあわせて『和田の130キロ台はなぜ打ちにくいか』
野茂英雄の2冊の手記

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ブレット・ラトナー『ラッシュアワー』の2と3

2011-11-21 08:00:07 | アート・映画

何となく気が向いて、ブレット・ラトナー『ラッシュアワー2』(2001年)、『ラッシュアワー3』(2007年)を立て続けに観る。堅物の香港人ジャッキー・チェンと軽薄な米国人クリス・タッカーとがコンビを組んだ捜査アクション物であり、如何に無関係な要素を詰め込み、話題性を持たせているか、という点のみが見所である。

『2』は香港とロサンゼルスが舞台。チャン・ツィイーのアクションに驚く。さすがにチャン・イーモウ『LOVERS』や馮小剛『女帝/エンペラー』で格好いいところを見せつけただけのことはある(ワイヤーだとはいえ)。

『3』の舞台はロサンゼルスとパリ。エッフェル塔でのクライマックスが怖い(高所恐怖症なのだ)。物語はさらに散漫でおかしな点がたくさんある。クリス・タッカーが、イラン人をテロリストだと決めつけて10人不当逮捕した咎で干されていたり、パリのタクシー運転手に「アメリカ人は嫌いだよ、ベトナムでもイラクでも無意味に人を殺しまくって」と罵られると逆上して銃を突きつけたり、と、米国の自虐ネタが笑える。ここでは真田広之と工藤夕貴がいい演技をみせるが、少しくらい日本人のチャームがあってもいいんじゃないか。中国では公開禁止になったとかならなかったとか、まあ、米、中、日、仏と皆ロクでもないステレオタイプのイメージを示しているのだから、どうこう言うほどのものでもない。

カリカチュア化されたフランス人として登場するのは、何とロマン・ポランスキー(!)である。本当はポーランド人なんだけど・・・。

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チコ・フリーマン『The Essence of Silence』

2011-11-20 10:37:18 | アヴァンギャルド・ジャズ

チコ・フリーマン久しぶりの新譜、『The Essence of Silence』(Celf Recordings、2010年)を聴く。フリッツ・パウアーのピアノトリオと組んだ2枚組である。自分の方にも以前のようなチコ熱がなくなってしまって、発売されてからしばらく経ってしまっての入手だ。

『Project Terra Nova』(1996年)、『Oh, By The Way...』(2001年)、『Out Of Many Comes The One』(2006年)と、最近の作品は多種多様な要素を取り入れようとした結果生煮え感が強いものだった。それに対し、この新作は、拍子抜けしてしまうようなストレート・アヘッドな4ビート・ジャズである。フリッツ・パウアーのピアノも上品な和音を聴かせて主張し、この枠をはみ出してしまうことはない。

どこを聴いても、チコのテナーサックス(と、ソプラノサックス)の音である。音色にも、コード進行の中で端正なフレーズをテクニカルに積み上げていくインプロヴィゼーションにも、待ってましたというような印象を持つ。

過去に吹き込んだ曲もいくつかある。「Dark Blue」は『Tales of Ellington』(1987年)で演奏している。「To Hear a Teardrop in the Rain」は『Focus』(1994年)ほか数枚で演奏している。ドン・プーレンに捧げた曲かと思い込んでいたが勘違いで、かつて殺された女友達に捧げた曲のようだ。新しい曲に対峙するような緊張感はなく、またバックのピアノもパウアーの上品な和音よりも『Focus』におけるジョージ・ケイブルスのシングルトーンのほうが好みではあるが、悪くない。「Angel Eyes」は名作『Spirit Sensitive』の続編『Still Sensitive』(1995年)での抑えめの演奏とは異なり、イントロでベースとドラムスとが作りだすビートに乗って展開している。それでも、やがてチコのサウンドに耳が奪われる。

チコは、もはや若いころのような野心と破綻がないために飽きられてしまった存在なのかもしれない。しかし、チコの唯一無二の個性を聴くことができるなら、それでいいのだ。


『Focus』(1994年)


『Still Sensitive』(1995年) チコにサインを貰った

●参照
チコ・フリーマンの16年
ヘンリー・スレッギル(4) チコ・フリーマンと
最近のチコ・フリーマン

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赤間硯

2011-11-19 11:41:29 | 中国・四国

NHKの『こんなステキなにっぽんが』という番組で、山口県宇部市西万倉の赤間硯を特集していた。万倉(まぐら)は私のふるさとだ。田畑や山や瓦屋根の家の映像を視ると、胸がしめつけられるような気持になる(月並みな表現ながら)。

もっとも、宇部市というと違和感がある。2004年まで楠町であり、市町村合併の波に呑みこまれたのだ。かつてクスノキの大木があり、そのために陽が遮られて「まっくら」になった、という由来である。隣には、クスノキから船を造ったという意味で、船木という町がある。

赤間硯はその万倉の岩滝という部落で作っていた。あまり足を運んだことのない場所だが、道端に赤間石が転がっていた記憶がある。番組では、その赤間石を切りだす坑道や、硬い石をノミで彫って硯にしていく様子を紹介していた。今になってはじめて見る作業だ。ここに登場する書道家・柿沼康二氏は、赤間硯を使うと墨をきめ細やかに摺ることができ、使うと伸びやかでグレーやグリーンの中間色が出ると表現している。私は墨汁世代であって、墨を摺ってもうまくいかなかった。当時から背伸びして地元の赤間硯なんかを使っていたらどうだったのだろう。

万倉の小学校も中学校も1学年20人くらいだった。番組に登場した職人の息子さんは自分より2、3歳年下で、昔から住んでいるようだから、当然見知っていた筈なのだが、なぜかまったく記憶にない。当時から遠い同級生たちは長い道のりを自転車で通っていた。遊びに行くと、延々と続く山道がきつかった。

田舎ゆえテレビに映ることは滅多にない場所だ。私が小学低学年のころ、やはりNHKがやってきて、実家の旅館に泊まったことがある。放送車の中を見せてもらった私は有頂天になって、同級生たちに、ウチがテレビに出るぞ、お前たちも出してやろうか、などと吹聴した。楽しみに放送を観たところ、出てきたのは隣町だった。思い出すと恥ずかしい記憶である。

現在は過疎が進んで子どもの数も減っているというし、中学校は宇部市への合併時に廃校になってしまった。今ではスクールバスが出ていると聞いた。私が小学生のときに通っていた習字教室の公民館は、もう跡形もない。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」(室生犀星)、か。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて 異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや

実家の母親から電話があって、番組の話をすると、やはり観ていた。押し入れに赤間硯があるから、送ってやると言う。

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『BRUTUS』の映画特集

2011-11-18 02:27:15 | アート・映画

『BRUTUS』(2011/12/1号)が、「LIFE is a MOVIE」と題した特集を組んでいる。この雑誌はたまにコンビニで見つけると欲しくなる。

監督ごとの映画のセレクションが何とも嬉しい。トイレの中でぱらぱらと開く。

ロバート・アルトマン『ロング・グッドバイ』。アルトマンはマーロウ役にエリオット・グールドが決定してやる気を出した。あの女性たちが一杯のマンション、猫ちゃん、夜のレイジーで濡れた雰囲気、たまらない気分とともに思い出す。また観たいぞ。

大島渚『愛のコリーダ』。「本番」を行うことにどの俳優も尻込みし、大島に依頼された若松孝二が藤竜也を新宿ゴールデン街で口説いたなんてはじめて聞いた話だ。数年前、妻の小山明子に介護される大島渚の姿をテレビで見て愕然としたのだったが、再びの復活はあるのだろうか。『御法度 GOHATTO』が不満な出来だったために、もう一度、集大成を撮ってほしいと切望するのだが。

スタンリー・キューブリック『アイズ・ワイド・シャット』。評判は決して良くなかったキューブリックの遺作だが、自分は公開時に狂喜した。これもパラノイア作品、まるで視たくないのに目を見開き続けなければならないような悪夢的なアウラが漂っていた。またこの怖ろしさを味わうには、映画館の闇の中で目を凝らさなければならないのだろう。

ジョニー・トー『ザ・ミッション 非情の掟』。撮影前、トーの頭には簡単なストーリーと「紙屑サッカー」などいくつかのシチュエーションがあっただけだという。トーはやはり天才だ。

●参照(BRUTUS)
「仏像」(2009/4/15)
「猫である。」(2009/3/15)
「沖縄に連れてって」(2006/12/15号)

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『チビ丸の北支従軍 支那事変』 プロパガンダ戦争アニメ

2011-11-17 01:23:25 | 中国・台湾

科学映像館が、『チビ丸の北支従軍 支那事変』という1分ほどのフィルムを配信している。(>> リンク

玩具のような手回し映写機で観賞するためのものであったらしく、音声は入っていない。タイトル画面の直前には、このような玩具フィルムを大量に作っていたらしいライオンフィルム社の宣伝がある。

「ライオン活動寫真映寫機
どこでも評判のよい
堅牢無比の映寫機
綺麗で鮮明に寫るフヰルム
家庭の電燈から愉快で簡單に映寫出来ます」

支那事変とは盧溝橋事件に端を発した日中戦争のことであるから、このフィルムは1937年以降に製作されたということになる。そして冒頭に示される地図は満洲国の版図であり、日本軍は河北省秦皇島の山海関あたりに描かれている(山海関の東ゆえ関東軍と称した)。もちろん占領支配していた朝鮮半島も同じ色で塗りつぶされている。

肝心のアニメは、敵国の兵隊をさっくりと真っ二つに斬るなどひどい代物だ。当時こんなものが子ども向けのプロパガンダに使われていたのかと思うと、悲しい気持ちにとらわれてしまう。貴重な記録だと言うべきだろう。

一方で、砲弾に情けない顔が描かれており、シュールでもある。「チビ丸」という名前からも、戦時中に映画用のセル画を描いていた杉浦茂の手によるものかと思ったが、それは根拠のない憶測だ。作品も、杉浦茂が漫画映画に関わった終戦間際というよりも、もっと前に作られたに違いない(それも憶測)。『日本漫画映画の全貌』という本にも、ライオンフィルム社のことは触れられておらず、まったくわからない。

●科学映像館のおすすめ映像
『沖縄久高島のイザイホー(第一部、第二部)』(1978年の最後のイザイホー)
『科学の眼 ニコン』(坩堝法によるレンズ製造、ウルトラマイクロニッコール)
『昭和初期 9.5ミリ映画』(8ミリ以前の小型映画)
『石垣島川平のマユンガナシ』、『ビール誕生』
ザーラ・イマーエワ『子どもの物語にあらず』(チェチェン)
『たたら吹き』、『鋳物の技術―キュポラ熔解―』(製鉄)
熱帯林の映像(着生植物やマングローブなど)
川本博康『東京のカワウ 不忍池のコロニー』(カワウ)
『花ひらく日本万国博』(大阪万博)
アカテガニの生態を描いた短編『カニの誕生』
『かえるの話』(ヒキガエル、アカガエル、モリアオガエル)
『アリの世界』と『地蜂』
『潮だまりの生物』(岩礁の観察)
『上海の雲の上へ』(上海環球金融中心のエレベーター)
川本博康『今こそ自由を!金大中氏らを救おう』(金大中事件、光州事件)
『与論島の十五夜祭』(南九州に伝わる祭のひとつ)
『チャトハンとハイ』(ハカス共和国の喉歌と箏)
『雪舟』
『廣重』
『小島駅』(徳島本線の駅、8ミリ)
『黎明』、『福島の原子力』(福島原発) 
『原子力発電の夜明け』(東海第一原発)
戦前の北海道関係映画
山田典吾『死線を越えて 賀川豊彦物語』

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赤坂の兄夫食堂再訪、新大久保のモイセ

2011-11-14 00:19:36 | 韓国・朝鮮

赤坂に出かけたついでに、コリアンタウンにある「兄夫(ヒョンブ)食堂」にまた足を運んだ。芸能人のサインが冗談みたいに多く、わずかの間に増殖しているような気が。路上ではここの弁当も売っていて、近くの勤め人は幸せだな。甘辛いプルコギ丼と真っ赤なスンドゥブチゲのランチセットを食べた。大満足大満足(いつも同じことしか言っていない)、しかし、そのあと人と会っていてニンニク臭のゲップが出てきて困った。

数日後の夜、新大久保に足を運んだ。これまで縁がなくて、東京近辺に20年以上居ながらはじめて入るコリアンタウンである。大久保通りからちょっと横道に入ったところにある「モイセ」に突入。既に出来上がった人たちが声を張り上げている。ザワザワした雰囲気に何かの神経が目覚め、突然空腹感が襲ってくる。理由のよくわからない活力を、韓国料理からよく貰う。

マッコリ、豚カルビ、太刀魚、海鮮チヂミ。旨い旨いと連発しながら貪るように喰う。今回何だか嬉しいのは太刀魚である。自分も西日本の生まれゆえ太刀魚には親しんでいたが、どうやら関東ではあまり食べないのだ。その昔は大阪でも食べなかったというし(金賛汀『異邦人は君ヶ代丸に乗って』)、太刀魚食い文化は朝鮮半島から渡ってきたのかなと想像するがどうだろうか。


鋏で豚カルビをバチバチ切る


太刀魚!

●参照
韓国冷麺
赤坂コリアンタウンの兄夫食堂
鶴橋でホルモン
枝川コリアンタウンの大喜

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ポール・ハンター『バレット モンク』

2011-11-13 09:52:35 | 中国・台湾

ポール・ハンター『バレット モンク』(2003年)を観る。吹き替えゆえ気楽だが、内容はさらにお気楽である。なお原題は『Balletproof Monk』、『防弾僧』とでもいうべきか。この邦題では『弾丸僧』になってしまう。

戦時中、チベットの山奥では門外不出の巻物を護っていた。それを奪おうと攻撃してくるナチス軍。巻物を託された僧(チョウ・ユンファ)は不老不死となって現代のニューヨークを逃げ続ける。

それにしても、ひたすら下らないね。チベットはこんな風に扱われて災難だ。チョウ・ユンファの演技は何の映画でも同じ。

●参照
ミカエル・ハフストローム『シャンハイ』、胡玫『孔子の教え(チョウ・ユンファ)

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藤田綾子『大阪「鶴橋」物語』

2011-11-12 21:43:46 | 関西

藤田綾子『大阪「鶴橋」物語 ごった煮商店街の戦後史』(現代書館、2005年)を読む。金賛汀『異邦人は君ヶ代丸に乗って』が1920、30年代の旧猪飼野におけるコリアンタウンの成立を描いているのに対し、本書は戦中戦後の変貌を描いている。両者に共通する点は地元に密着した聞き取りに基づくことである。

私が鶴橋に足を運んだのはわずか2回に過ぎず、土地勘はまったくないし、あの雑踏を何を目指してどのように歩いたらよいのか手がかりがなかった。しかし本書を読むと、そのわかりにくさこそが歴史を反映したものであることがわかる。鶴橋駅周辺は戦時中の「建物疎開」によってまるまる空き地に変わり、その空き地が戦後闇市に変貌し、そして商店街へと姿を変えてきた場だったのだ。それらのカオス的な発展が鶴橋の雑踏を生んだということである。同様に疎開空地からマーケットへと移行した場として、渋谷、池袋、上野、大阪の梅田が挙げられている。

鶴橋の闇市は凄まじいエネルギーを呼び寄せ、発生させたものであったようだ。奈良から名古屋から、またさらに遠くから、食物や物資が運ばれ、それが利潤と人びとのイノチを生産し続けた。しばらくは警察に厳しく統制されたものの、1949年頃には統制解除の流れが明らかなものとなってきて、それを抜けたあとには鶴橋商店街の黄金時代が到来する。「鶴橋に行けば何でも揃う」と言われ、近鉄電車の早朝ラッシュ時にさえ鮮魚の買い出し人たちで混雑していたという。もちろんコリアンタウンでもあり、チマ・チョゴリでも韓国食材でも買うことができた。

ここを利用するのはそれなりの理由もあったようで、例えば、石鹸の大手メーカーが問屋に卸す価格が地方により異なっていたため、遠くから来てもまだ利ざやはあった。鶴橋は行商人や業者だけが集まる場ではなく、素人客もまとめ買いをしてオカネを浮かせていた。

もちろんこれは産業構造のゆえであって、時代が変われば状況も激変する。スーパーの進出もあり、鶴橋でも大型ショッピングセンター建設の計画があったという。著者は、古い時代を残した商店街が存続していることを単に良しとすべきではない、と主張しているように思える。それはそうに違いないことであって、自分を含めた他者の視線など、多かれ少なかれ歪んだ欲望が変身しただけのものに過ぎまい。

また、本書によれば、焼肉などの韓国料理屋が沢山出来たのはさほど古い話ではない。老舗「鶴一」の創業者は、戦時中に済州島から大阪に渡ってきて、1948年に鶴橋で蒸し豚屋を始め、1953年頃になってようやくホルモン焼を店に出している。かと言って爆発的にこのような店が増えたのではなく、1970年代にあっても焼肉屋は数軒程度であった。われわれの視線は、よそ者の欲望を孕んでいるだけではなく、時間を移動できる能力を欠いている。

ところで、昨日所用で北九州に足を運んだ際、空港で、下関のフリーペーパー『083』を手に取った。海峡を挟んだ向こう側である。下関のコリアンタウンの特集記事があって、最近、商店街の入り口に「釜山門」が作られているという。力道山の木像が安置された韓国寺さえある。下関は私の生まれ育った街からさほど遠くないが、コリアンタウンには足を運んだことがない。関釜フェリーに乗りたいと思い続けてまだ果たせていない。いつかぜひ。

●参照
金賛汀『異邦人は君ヶ代丸に乗って』(鶴橋のコリアンタウン形成史)
林海象『大阪ラブ&ソウル』(済州島をルーツとする鶴橋の男の物語)
『済州島四・三事件 記憶と真実』、『悲劇の島チェジュ』
梁石日『魂の流れゆく果て』(金石範の思い出)
鶴橋でホルモン(鶴一)

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オリヴィエ・アサイヤス『クリーン』

2011-11-12 20:25:04 | ヨーロッパ

オリヴィエ・アサイヤス『クリーン』(2004年)を観る。

ロック業界。ドラッグで夫を亡くし、自らもドラッグ中毒で収監された女性(マギー・チャン)は、慣れない仕事を探し、いまだ見たことのない真っ当な生活を引寄せようとする。全ては、夫の両親のもとに預けている息子と一緒に暮らすためだった。記憶がこびりついたロンドンを避けてパリへ、そしてヴォーカリストとして録音のオファーがあったサンフランシスコへ赴く。

このときマギー・チャンは40歳前後。斜に構え、虚勢を張る傲慢な態度を変えることができないながら、弱さを暴発させそうな愚かな女性の演技が良い(アサイヤスと離婚したばかりだった)。また、感情を抑える夫の父親を演じたニック・ノルティも良い。口がでかくけだるい感覚のベアトリス・ダルも良い。

しかし何よりも、ライヴ感のあるカメラワーク、アンビエントな音楽とアンビエントなノイズ、短いセンテンスをスピーディーに鋏で断ったような編集が絶妙だった。感動も感情移入もしないが魅せられたことは確かだ。

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ジャック・デリダ『アデュー エマニュエル・レヴィナスへ』

2011-11-09 02:24:49 | 思想・文学

ジャック・デリダ『アデュー エマニュエル・レヴィナスへ』(岩波書店、原著1997年)を読む。1995年に亡くなったエマニュエル・レヴィナスへの弔辞と、彼の思想についての読解を収めている。

レヴィナスの説く倫理や平和の思想はどうかしているほど過激かつ飛躍的であり、私にとって、それは唖然とするほど執拗にして徹底したものだった。まさにレヴィナスを読むことは、レヴィナス体験と呼ぶことができるものだった。ジャック・デリダがそれを如何に受けとめ、既に応答の実対象とならない者に対して、如何に呼びかけたのか。

レヴィナスは思索した。自分が自分として存在する社会においては、その前提を不純にならず維持する当然の結末として、何の条件もなく到来するものに、無限に自分を捧げなければならない。如何に傷つこうと、それは全てに先立つ倫理であり、自分が採集するものではない。それが歓待であり、常にを介在させた応答である。

デリダは疑問を投げかける。それでは、歓待の倫理は、社会や国家の時空間のうちに、なんらかの政治や法権利を創設できるのか。その亀裂を不純なものとしてよいのか(レヴィナスは、「政治は後で!」と言った)。レヴィナスが常に出発点にしていたイスラエル・パレスチナだけでなく世界のあちこちで起こり続ける難問、平和への逆行に対し、そのような超然とした態度は倫理でありうるのか。戦争さえも顔を介在させた歓待の一環だという論理は成り立たせてよいものなのか。

おそらく、デリダは、政治や法権利の働きかけ(「政治的発明」)が無条件の応答責任という面から見れば不純であることを認めつつも、しかし一方では、難問の解きほぐしと何がしかの平和の実現のためには必要だという考えとの間のジレンマに苦しんでいる。「政治的発明」がデリダのいう「欠席裁判」のもと「「私はここに」と言う者が誰もいない場で」なされること、それこそが軍事基地や原発が置かれる場で倫理に背いて発動され続け、同時に隠され続けていることなのだ。まさにデリダの読み解きにより、レヴィナス思想の現代性が浮上してくる瞬間である。

「絶対に忘れてはならないことがある。それは、この選びが、選びに対してつねに異議を申し立てるように思われるものから、すなわち身代わりから、切り離しえないということである。」
「政治はつねに「欠席裁判によって」判断するだろう。要するに、死者ないし不在者について、顔が現前しない場で、「私はここに」と言う者が誰もいない場で、判断するだろう。」

また、政治への無関心、普遍への意志であったはずのキリスト教が、逆にナショナリズムを生んでしまったことにも触れている。この、デリダの思索の揺れ動きは動悸動悸させられるものだ。

「・・・キリスト教のこの区画性が生み出す「政治無関心主義」とレヴィナスがためらわずに呼ぶものこそが、逆説的に、キリスト教を「かくも頻繁に国家宗教」にしたのだ、と言う。政治無関心主義は、権力のための権力への嗜好を、権力ならば何でも、どんなことをしても手に入れるという嗜好を呼び招く。政治無関心主義だからこそ、協会が国家を支配しうるとき、協会の抑制なき権威主義と独断主義にやましさのない良心が与えられうる、というわけである。」

そして、デリダは、いつの間にかメビウスの輪のように倫理とその亀裂の論理を反転させる。

「・・・非-応答は、応答すべき者が私ただひとりである場合でも、私の応答責任の条件である。沈黙、裂孔は、規則がないということではなく、倫理的、司法的、政治的な決定=決断の瞬間において跳躍が必要だということである。この沈黙、裂孔がなければ、私たちは行動プログラムとしての知をただ繰り広げるだけとなるだろう。このこと以上に人を無責任にする、全体主義的なものはない。
 さらに、この不連続性を組み込めば、レヴィナスが平和やメシア的歓待、政治的なものの内なる政治の彼方について語るあらゆることに、賛同可能となる。」

亀裂の存在こそが倫理の実践に不可欠だとするわけなのだ。少なくとも私はそう読んだ。この帰結が苦し紛れのものかどうか、判断できない。少なくとも、現実社会にあって、レヴィナスの徹底的な倫理は「埋め込み」という形で永遠に倫理を志向するものでしかあり得ないのだろう、と思う。その意味で、レヴィナスを「埋め込む」べく、レヴィナスがもっと読まれるべきだ。

●参照
エマニュエル・レヴィナス『倫理と無限』
エマニュエル・レヴィナス『存在の彼方へ』
ジャック・デリダ『死を与える』 他者とは、応答とは

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森崎東『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』

2011-11-07 02:47:12 | 関西

森崎東『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』(1985年)を観る。舞台は敦賀湾の原発銀座である。

沖縄居酒屋「波の上」に、ドサ回りのヌードダンサー・バーバラ(倍賞美津子)が帰ってくる。連れ添いの原発ジプシー原田芳雄)とは、沖縄のコザ暴動のときに一緒に逃げた仲である。沼のような社会に、退学中学生、責任を取らされた引率教師(平田満)、ダルマ船の船長(殿山泰司)らがうごめく。彼らが食べていくための手段は、結局、孫請け、曾孫請けの原発ジプシーでしかない。接着剤となっているのはヤクザである。そして、原発の廃液漏れの証人を逃がそうとしたために、目に見えない権力と目に見えるヤクザに命を狙われることになる。

話をあえて混乱させることにより、混沌とした世界を描こうとする森崎東の手法は、三流としか言いようのないものだ。それはそれとして、黒木和雄『原子力戦争』(1977年)に続き、原発立地という穴を描く作品に登場した原田芳雄の演技は貫録である。殿山泰司もいつもながらの存在感をみせている。

原発ジプシー、被曝、原発立地という蟻地獄、隠蔽。

問題が問題として告発されている限りにおいて、問題は永遠の問題にとどまる。現在はとうの昔から存在していたのである。


『アートシアター ATG映画の全貌』(夏書館、1986年)より

●参照(ATG)
淺井愼平『キッドナップ・ブルース』
大島渚『夏の妹』
大島渚『少年』
大森一樹『風の歌を聴け』
唐十郎『任侠外伝・玄界灘』
黒木和雄『原子力戦争』
黒木和雄『日本の悪霊』
羽仁進『初恋・地獄篇』
実相寺昭雄『無常』
新藤兼人『心』
若松孝二『天使の恍惚』
アラン・レネ『去年マリエンバートで』
グラウベル・ローシャ『アントニオ・ダス・モルテス』

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ジョン・カーペンター『スターマン』

2011-11-06 21:09:44 | 北米

何もする気がせず、ジョン・カーペンター『スターマン』(1984年)を観る。

ボイジャーに搭載された55か国語によるメッセージレコード(なぜか映画では54か国語となっている)を読んだ宇宙人が、地球を訪れる。米国で撃墜されるも、彼は現地人に変身する。それは亡くなったばかりの男の写真と毛髪に残された情報をもとにしたもので、妻は8ミリの映像を観ては泣きながら寝る日々だった。友達の宇宙船とのランデブーのため、彼は未亡人を拉致し、アリゾナのクレーターに向かう。宇宙人は、未亡人に愛ってなんだと問う。女性の答えは、愛とは相手を自分よりも大事に思うこと、相手が自分の一部になることだ―というものだった。そして、モーテルのテレビで放送されていた『地上より永遠に』(たぶん)のラブシーンによりプロセスを学んだ彼は、未亡人の中に、亡くなった夫の子であり、かつ自分の子である種を宿す。

ジョン・カーペンターの作品であるから、きわめてアホらしく単純明快なるストーリーだ。時間つぶしのために気軽に観ていたが、最後には何やら感情移入してしまった。自分のなかでは『遊星からの物体X』の人に過ぎなかったのだが。(ところで、カーペンターは今ではAKB48のファンだそうで。)

ボイジャー打ち上げが1977年。

「Voyager」の銘板の一部が消えて「V ger」(ヴィージャー)となり、自分の創造者を求めるという物語を描いた『スター・トレック』が1979年。

そしてこれが1984年。ボイジャー1号と2号はまだ宇宙の彼方を飛び続けているそうだし、この映画の夢はまだ生きているわけである。まあいいかもね。

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