仕事で伺った先で、いかにもご夫婦というお二人が迎えてくれた。
もちろん初対面のはずなのだが、一目見たときから奥様とは以前どこかでお会いしたことがあると感じた。でも、思い出せないんだ。ん~。
お話すればするほど、知り合いに思えてきて困った。誰だ、どこで会ったのか、職場にはとにかくいろいろな人がやって来るのでもしかしたら挨拶だけしたのかもしれない、それにしても誰だったっけ?
こういうのって、困りますよね。先方が気づいていたら、とても失礼な話だ。これは何としても思い出さねば。
会話しながらも、海馬や大脳皮質にある記憶の引き出しを一つ一つ開けてみる。カバンの中も机の中も探したけれど見つからない。うぅっう~♪
ただですね、こっちはこれだけ悩んでいるといのに、向こうはまったくそんな素振りも見せないのだ。あなたとは間違いなく初対面ですけど的な、それはもうキッパリと全くブレのない応対だったのである。
帰り際、旦那様から「これ、よかったらお持ちください」と渡されたある有名な劇団の公演案内のリーフレット。その真ん中に写っているのは・・・奥様じゃないですか!
なんだ! 女優さんじゃん!
どこかで会ったと思っていた「どこか」は、テレビの画面だったのだ。僕が一方的に会っていただけで、奥様の応対は極めて正しかったのだ。
あぁ、よかった。
「以前どこかでお会いしましたよね」
と、もう少しで言っちゃうところだった。危ない、危ない。