独立行政法人国民生活センター発行 国民生活 2022.1より
消費者問題アラカルト だまされない消費者になるための心理学
有賀敦紀氏(広島大学大学院人間社会科学研究科 准教授)
人間の認識は、私たちが思っている以上に歪んでいます。
消費者被害において重要なことは、歪みそのものよりも、私たち自身がその歪みに気づいていないことです。
動因と誘因
人間の行動は、基本的に動因と誘因に基づいています。
動因とは欲求(内的状態)のことを指し、
誘因とはその欲求を満たすような外的要因のことを指します。
例えば、おなかがすいているときは「食べたい!」という動因が生まれ、
ちょうど目の前に食べ物という誘因があれば、「食べる」という行動が起こります。
消費者被害のケースに当てはめると、消費者は様々な動因を持っていると言えます。
例えば「お金が欲しい」「きれいになりたい」「友だちが欲しい」などです。
このような消費者に行動を起こさせるために必要なことは、誘因を与えることです。
つまり、「お金がほしい」と思っている人にもうけ話を提案する。
「きれいになりたい」と思っている人に美容サービス・機器を勧める、
「友だちが欲しい」と思っている人に「いい人」が近づくなどです。
だまそうとする人たちは消費者の動因につけ込んで、その動因が行動(契約や購買など)に結び付くように誘因を与えているわけです。
このような心理プロセスは、さまざまな認知バイアスの影響を受けると考えられます。
以下では、その一部を紹介します。
ポジティビティバイアス
人間の行動指針は、基本的にポジティブ側に傾斜しています。(ボジティビティバイアス)。
つまり、人間は自身の期待に沿う(ポジティブな)情報に対しては注目しますが、
期待に沿わない(ネガティブな)情報は無視します。
例えば、消費者トラブルの過去の事例では
「契約金が少々高額だけど、その後儲かるならいいと思って契約した」
「2年間は解約できないけど、美容効果があるならいいと思って購入した」などの体験談が良く紹介されます。
この時「契約金が少々高額」「2年間は解約できない」という情報は、
消費者の契約・購買の意思決定にとって本来(かなり)ネガティブな情報であるはずですが、
これらの情報は無視あるいは過小評価されて、最終的に契約・購入にいたってしまうケースが少なからずあるようです。
ポジティビティバイアスと年齢
ポジティビティバイアスの起きやすさは年齢によって異なることが報告されています。
以前は、認知機能が低下した高齢者はポジティビティバイアスが起きやすいとされていましたが(Reed & Carstensen,2012)、
最近ではむしろ認知機能が保たれている高齢者ほどポジティビティバイアスが起きやすいとされています。(Kalenzaga et al,2016)
行動に対するモチベーションが高い、いわゆる「元気な高齢者」ほどポジティビティバイアスが起きやすいようです。
最近では若者もポジティビティバイアスを示すことが報告されていま(Barber et.al.2016)
実際、消費者庁のウェブサイトに掲載されている「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会報告書」にも、
「不審なメッセージに対して約7割の人が前向きに反応し、そのうち約4割の人が購入・契約する」という分析結果が報告されています。
この背景にポジティビティバイアスがあると考えられます。
つまり、誘因の認識においては、情報のポジティブな側面が優先的に認識される傾向が強く、
結果的に行動に結びついているのでしょう。
2022年4月より成年年利絵が18歳に引き下げられ、若者の消費者被害の増大が懸念されます。
被害を未然に防ぐためには、早い段階での適切な消費者教育が必要です。
後知恵バイアス
2012年、ある川でも鉄砲水によって、遊んでいた幼稚園児が死亡するという水難事後が発生しました。
裁判の争点は、引率の幼稚園教諭が鉄砲水の予兆である川の濁りを事前に認識し、
事故を回避することができたかどうかでした。
検察側は事故前に撮影された川の写真は「濁って見える(すなわち、鉄砲水は予測可能であった)」と主張しましたが、
弁護側は「濁って見えるのは後知恵バイアスである」と主張しました。
後知恵バイアスとは、物事の結末を知らされると、それが以前から予測可能であったと錯覚するバイアスのことです。
同様のことは私たちの日常にも頻繁に起こっているといえます。
例えば「何であのときピッチャーを交代させなかったんだ、打たれるのが分かっていたのに」という居酒屋でよく聞かれるセリフも、
典型的な後知恵バイアスです。
(打たれたという)結末を知った途端に、そのが(打たれる)前から予測可能であったかのように錯覚するわけです。
事例紹介の危険性
事例紹介の場合、消費者は「既に起こった消費者被害」という結末を知ったうえでその事例に接するため
「なぜ被害者は詐欺だときづかなかったのか」「私だったらだまされない」と、
あたかもその被害が簡単に予測可能であったかのように錯覚するおそれがあります。
このような後知恵バイアスが生じると、事例紹介は逆効果になりかねません。
「私は大丈夫」と勘違いする(そして油断する)消費者をただ増やしてしまう可能性があります。
事例を広く紹介することはメリットもあります、
被害の経緯を知ることが出来、同様の手口に備えることができます。
しかし、そのメリットを生かすためには、後知恵バイアスがあることもセットで解説し、その危険性を伝える必要があります。
だまされない消費者になるために
人間の心理プロセスを考えると、動因をもった消費者が誘因に飛びつくのは仕方がないと思います。
「お金が欲しい」と思っているときにもうけ話を提案されたら、誰でも魅力を感じてとびつきたくなるはずです。
このとき、「だまされないために、お金が欲しいと思うのはやめましょう」(動因を捨てましょう)と言われても
実行するのは難しい。「お金がほしい」「きれいになりたい」などの動因をもつことは決して悪いことではありません。
「そんな簡単にもうかる話なんてあるはずがない(誘因を無視しましょう)」という注意喚起をよく耳にしますが、
これだけでもあまり効果的といえないでしょう。
なぜなら人間に動因がある限り誘因は生まれるからです。
そしてポジティビティバイアスによって、その誘因はとても魅力的に映ります。
心理プロセスや認知バイアスはある程度自動的なものであるため、
残念ながら私たちはそれらを完全にコントロールすることができません。
だまされない消費者になるためには、
私は人間行動の背景にある様々な心理プロセスや認知バイアスにあらがうのではなく、
その存在を知ってほしいと思っています。(残念ながら紙面の都合上、ここでは少ししか紹介できませんでしたが・・・)
人間には理性がありますから、動因と誘因がそろっても必ずしも動機づけのまま行動するわけではありません。
これまで述べてきたような心理学の知識があれば、行動を起こす前にふと立ち止まって再考することができます。
客観的に自分をみることができます。
自分が今置かれている環境はまずは疑うことも大切ですが、自分自身の認識を疑うことも同じように大切です。
私たちが思っている以上に人間の認識は歪んでいます。
読者の皆さんの中には「そんなこと、言われなくても前から経験的に知っていた」と思う人もいるでしょう。
でも、それも後知恵バイアスかもしれません。
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少し長い文章の紹介でしたが、
「だまされない消費者になるための心理学」という魅力的な内容です。
なぜ、騙されるのか?
事例を紹介しても、「欲をかくからだ」「言われた通りにしたのだ」「私は騙されない」という方も多くいます。
どうしたら自分事としてとらえてもらえるのかと悩みます。
今回の有賀先生の文書を見て、
アクティブな高齢者が増えている現在では
ポジティビティバイアスが起きやすく
経験がある分後知恵バイアスもあり
事例紹介がかえって油断する高齢者を作りかねないので、
出前講座をするときには、
誰でもだまされる可能性があるので、
行動を起こす前に立ち止まり再考する(相談する)ことが必要だと伝えることも
大切なのだと教えていただきました。
参考になればうれしいです。
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消費者問題アラカルト だまされない消費者になるための心理学
有賀敦紀氏(広島大学大学院人間社会科学研究科 准教授)
人間の認識は、私たちが思っている以上に歪んでいます。
消費者被害において重要なことは、歪みそのものよりも、私たち自身がその歪みに気づいていないことです。
動因と誘因
人間の行動は、基本的に動因と誘因に基づいています。
動因とは欲求(内的状態)のことを指し、
誘因とはその欲求を満たすような外的要因のことを指します。
例えば、おなかがすいているときは「食べたい!」という動因が生まれ、
ちょうど目の前に食べ物という誘因があれば、「食べる」という行動が起こります。
消費者被害のケースに当てはめると、消費者は様々な動因を持っていると言えます。
例えば「お金が欲しい」「きれいになりたい」「友だちが欲しい」などです。
このような消費者に行動を起こさせるために必要なことは、誘因を与えることです。
つまり、「お金がほしい」と思っている人にもうけ話を提案する。
「きれいになりたい」と思っている人に美容サービス・機器を勧める、
「友だちが欲しい」と思っている人に「いい人」が近づくなどです。
だまそうとする人たちは消費者の動因につけ込んで、その動因が行動(契約や購買など)に結び付くように誘因を与えているわけです。
このような心理プロセスは、さまざまな認知バイアスの影響を受けると考えられます。
以下では、その一部を紹介します。
ポジティビティバイアス
人間の行動指針は、基本的にポジティブ側に傾斜しています。(ボジティビティバイアス)。
つまり、人間は自身の期待に沿う(ポジティブな)情報に対しては注目しますが、
期待に沿わない(ネガティブな)情報は無視します。
例えば、消費者トラブルの過去の事例では
「契約金が少々高額だけど、その後儲かるならいいと思って契約した」
「2年間は解約できないけど、美容効果があるならいいと思って購入した」などの体験談が良く紹介されます。
この時「契約金が少々高額」「2年間は解約できない」という情報は、
消費者の契約・購買の意思決定にとって本来(かなり)ネガティブな情報であるはずですが、
これらの情報は無視あるいは過小評価されて、最終的に契約・購入にいたってしまうケースが少なからずあるようです。
ポジティビティバイアスと年齢
ポジティビティバイアスの起きやすさは年齢によって異なることが報告されています。
以前は、認知機能が低下した高齢者はポジティビティバイアスが起きやすいとされていましたが(Reed & Carstensen,2012)、
最近ではむしろ認知機能が保たれている高齢者ほどポジティビティバイアスが起きやすいとされています。(Kalenzaga et al,2016)
行動に対するモチベーションが高い、いわゆる「元気な高齢者」ほどポジティビティバイアスが起きやすいようです。
最近では若者もポジティビティバイアスを示すことが報告されていま(Barber et.al.2016)
実際、消費者庁のウェブサイトに掲載されている「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会報告書」にも、
「不審なメッセージに対して約7割の人が前向きに反応し、そのうち約4割の人が購入・契約する」という分析結果が報告されています。
この背景にポジティビティバイアスがあると考えられます。
つまり、誘因の認識においては、情報のポジティブな側面が優先的に認識される傾向が強く、
結果的に行動に結びついているのでしょう。
2022年4月より成年年利絵が18歳に引き下げられ、若者の消費者被害の増大が懸念されます。
被害を未然に防ぐためには、早い段階での適切な消費者教育が必要です。
後知恵バイアス
2012年、ある川でも鉄砲水によって、遊んでいた幼稚園児が死亡するという水難事後が発生しました。
裁判の争点は、引率の幼稚園教諭が鉄砲水の予兆である川の濁りを事前に認識し、
事故を回避することができたかどうかでした。
検察側は事故前に撮影された川の写真は「濁って見える(すなわち、鉄砲水は予測可能であった)」と主張しましたが、
弁護側は「濁って見えるのは後知恵バイアスである」と主張しました。
後知恵バイアスとは、物事の結末を知らされると、それが以前から予測可能であったと錯覚するバイアスのことです。
同様のことは私たちの日常にも頻繁に起こっているといえます。
例えば「何であのときピッチャーを交代させなかったんだ、打たれるのが分かっていたのに」という居酒屋でよく聞かれるセリフも、
典型的な後知恵バイアスです。
(打たれたという)結末を知った途端に、そのが(打たれる)前から予測可能であったかのように錯覚するわけです。
事例紹介の危険性
事例紹介の場合、消費者は「既に起こった消費者被害」という結末を知ったうえでその事例に接するため
「なぜ被害者は詐欺だときづかなかったのか」「私だったらだまされない」と、
あたかもその被害が簡単に予測可能であったかのように錯覚するおそれがあります。
このような後知恵バイアスが生じると、事例紹介は逆効果になりかねません。
「私は大丈夫」と勘違いする(そして油断する)消費者をただ増やしてしまう可能性があります。
事例を広く紹介することはメリットもあります、
被害の経緯を知ることが出来、同様の手口に備えることができます。
しかし、そのメリットを生かすためには、後知恵バイアスがあることもセットで解説し、その危険性を伝える必要があります。
だまされない消費者になるために
人間の心理プロセスを考えると、動因をもった消費者が誘因に飛びつくのは仕方がないと思います。
「お金が欲しい」と思っているときにもうけ話を提案されたら、誰でも魅力を感じてとびつきたくなるはずです。
このとき、「だまされないために、お金が欲しいと思うのはやめましょう」(動因を捨てましょう)と言われても
実行するのは難しい。「お金がほしい」「きれいになりたい」などの動因をもつことは決して悪いことではありません。
「そんな簡単にもうかる話なんてあるはずがない(誘因を無視しましょう)」という注意喚起をよく耳にしますが、
これだけでもあまり効果的といえないでしょう。
なぜなら人間に動因がある限り誘因は生まれるからです。
そしてポジティビティバイアスによって、その誘因はとても魅力的に映ります。
心理プロセスや認知バイアスはある程度自動的なものであるため、
残念ながら私たちはそれらを完全にコントロールすることができません。
だまされない消費者になるためには、
私は人間行動の背景にある様々な心理プロセスや認知バイアスにあらがうのではなく、
その存在を知ってほしいと思っています。(残念ながら紙面の都合上、ここでは少ししか紹介できませんでしたが・・・)
人間には理性がありますから、動因と誘因がそろっても必ずしも動機づけのまま行動するわけではありません。
これまで述べてきたような心理学の知識があれば、行動を起こす前にふと立ち止まって再考することができます。
客観的に自分をみることができます。
自分が今置かれている環境はまずは疑うことも大切ですが、自分自身の認識を疑うことも同じように大切です。
私たちが思っている以上に人間の認識は歪んでいます。
読者の皆さんの中には「そんなこと、言われなくても前から経験的に知っていた」と思う人もいるでしょう。
でも、それも後知恵バイアスかもしれません。
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少し長い文章の紹介でしたが、
「だまされない消費者になるための心理学」という魅力的な内容です。
なぜ、騙されるのか?
事例を紹介しても、「欲をかくからだ」「言われた通りにしたのだ」「私は騙されない」という方も多くいます。
どうしたら自分事としてとらえてもらえるのかと悩みます。
今回の有賀先生の文書を見て、
アクティブな高齢者が増えている現在では
ポジティビティバイアスが起きやすく
経験がある分後知恵バイアスもあり
事例紹介がかえって油断する高齢者を作りかねないので、
出前講座をするときには、
誰でもだまされる可能性があるので、
行動を起こす前に立ち止まり再考する(相談する)ことが必要だと伝えることも
大切なのだと教えていただきました。
参考になればうれしいです。
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