ポーランド政府が15日、ウクライナとの国境近くの村に「ロシア製のミサイル」が着弾し2人が死亡したと発表した問題は、16日夜の時点で、ウクライナの迎撃ミサイルの落下によるものとみられていますが、そこに至る経過には見過ごせない問題があります。
ロシアによるウクライナ侵攻(2月24日)以降、NATO(北大西洋条約機構)加盟国で犠牲者が出たのは初めてで、ロシアの意図的な攻撃であってなら、ロシアとNATOの全面戦争にもなりかねない深刻な問題でした。
ロシア国防省は15日、「(ロシアは)ウクライナとポーランドの国境付近を攻撃していない」「現場の残骸(の写真)は、ロシアの武器とは無関係だ」「状況をエスカレートさせるための意図的な挑発行為だ」と関与を否定しました。
NATOのストルデンベルグ事務総長は同日、「すべての事実が確立されることが重要だ」と述べました。
G7とNATO諸国は16日、インドネシアで緊急首脳会議を開催。バイデン米大統領は、「軌道から考えるとロシアから発射されたとは考えにくい」との見解を示しました。
アメリカもNATOも、場合によっては戦争の直接の当事者になるだけに、きわめて慎重に、真相究明の必要性を強調しました。
英BBCは当初から、「ロシアにポーランド攻撃のメリットはない」「ウクライナの迎撃ミサイルが落ちた可能性もある」と報じました。
ところが、ポーランド政府の発表直後に、ロシアによる攻撃だと断定した人物とメディアがあります。ウクライナのゼレンスキー大統領と日本のNHKです。
ゼレンスキー氏は15日夜の演説で、「NATOの領土をミサイル攻撃する。これは集団安全保障に対するロシアのミサイル攻撃だ。重大なエスカレーションだ。行動が必要だ。私たちがずっと警告してきたことが今日起きた。テロはウクライナ国境の内側にとどまるものではない」とロシアを厳しく非難しました(16日付朝日新聞デジタル)(写真左)。
NHKは16日午前6時のニュースで、ポーランド政府発表の第1報を報じたのに続き、午前10時のニュースで、国際部のMデスクが、「ロシア側の意図」について“解説”しました(写真中)。「ロシア側の意図」とは、ロシアによる意図的攻撃だということです。
その後、バイデン大統領が上記の発言を行ったことで、NHKの報道は変わりました。正午のニュースでは同じく国際部のMデスクが、「ロシアによる意図的な攻撃の可能性もある」と修正しました。
午後7時のニュースで、「ウクライナ迎撃ミサイルが落下か」として、「ウクライナ軍がロシアからのミサイルを迎撃するために発射したものとみられる」というAP通信の報道を流しました。
そして9時のニュースウォッチでは、ドゥダ・ポーランド大統領が「ウクライナの地対空ミサイルによるものとみられる」と述べたことを報じました(写真右)。
「ロシア側の意図」とした朝の報道は誤りだったわけですが、その釈明はありませんでした。
それどころか正午のニュースで、常連コメンテーターの兵頭慎治・防衛研究所政策研究部長は、「ウクライナのミサイルのみが着弾したとしても、ロシア側に原因がある」とコメントしました。
今日のウクライナ戦争の発端はもちろんロシアによる軍事侵攻です。それがけっして許されるものでないことは言うまでもありません。しかし、だからといって、その後に起こったことの責任をすべてロシアに転嫁することが、はたして正当でしょうか。
迎撃ミサイルが落下してポーランド市民を殺傷したことでウクライナの責任がどこまで問われるかには議論の余地があるとしても、ゼレンスキー氏がなんの証拠も示さないまま、直ちに「ロシアの攻撃だ」と決めつけ国際的に表明した責任は免れないのではないでしょうか。
事実に基づいて、正当な行為(言明)かどうかを、予断と偏見なく判断することが、1日も早い停戦・和平にとって不可欠だと考えます。