あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

昭和11年7月12日 (六) 澁川善助

2021年01月26日 14時09分34秒 | 天皇陛下萬歳 (處刑)


澁川善助

諸君万歳を三唱しませう。
天皇陛下万歳
皇国万歳
・・澁川善助・・・死刑執行直前、刑架前での発言

七月十二日 ( 日 )  朝、晴
今朝執行サレルコトガ昨日ノ午後カラウスウス解ツテ夜ニ入ツテハツキリ解ツタ。
一同ノ爲メ 力ノ及ブ限リ讀經シ 祝詞ヲ上ゲタ。  疲レタ。・・< 註 > 
今朝モ思フ存分祈ツタ。
揮毫きごう ハ時間ガ足リナクテ十分出來ナカツタ。
徹夜シテ書イタガ、家ヘノ分、各人宛ノハ出來ナカツタ。
「 爲報四恩 」 ヲ家ノ分ニシテ下サレバヨイト思ヒマス。 ・・< 註 > 
濟ミマセンデシタ。
最後マテ親同胞ニ盡スコトガ出來マセンデシタ。
遺言は平常話シ、今度オ目ニカカツテ申上ゲマシタカラ別ニアリマセン。
一同
君ケ代合唱
天皇陛下  萬歳三唱
大日本帝國 ( 皇國 ) 萬歳三唱
シマシタ。
祖父上様ノ御寫眞ヲ拝見シ、御両親始メ皆々様、
御親戚ノ方々ニモオ目ニカカレテ嬉シウ御座イマシタ。
皆様、御機嫌ヤウ。
私共モ皆元気デス。
浩次、恵三、代リニ孝行盡シテクレ。
絹子 元気で辛抱強ク暮セ、
祖父上様や父上様、母上様ニヨクオ仕ヘシテオクレ。
五之町ノ皆様、御許シ下サイ。
此ノ日記 ( 感想録 ) ハ絹子ニ保存サセテ下サイ。
 百千たび此の土に生れ皇國に
  仇なす醜も伏しすくはむ

・・・ 澁川善助 『 感想録 』 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
< 註 >
読経 祝詞 ・・・澁川善助の観音経 
「 為報四恩 」 ・・・あを雲の涯 (六) 澁川善助

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[チクショウ・・]
七月七日、
面會許可の通知が來た。
嗚呼 何も彼もお終いだ。
七月八日、
大垣さんが家族にまじって面會して來たと言う。
澁川さんに會い度い。
一日だけでいい、も一辺あの温顔に接したい。
然し現在の自分としては會わせる顔がない。
何故澁川さんと一緒に行かなかったのか。
何故澁川さんと一緒に死ねる運命にならなかったのか。
七月九日、
會い度いと、會い度くないと言う二つの矛盾せる気持ちが情に押された。
澁川さんの甥の名をかたって、
佐藤さん ( 奥さんの兄さん) に案内され、渡邊さん御夫妻と衛戍刑務所に赴く。
嚴戒裡の門を入ると憲兵が應接に出る。
桧葉の植込と、木造建築の事務室らしい屋根の間から、
嚴めしい赤煉瓦の高い塀がのぞいている。
アッ、あの中に澁川さん達が居られるんだ。
アア、あの塀一重で・・・・。
面會に來られた家族の方が、三三五五まって、海底の重苦しい沈黙。
顔見知りの方も大分來て居られる。
村中さんの奥さんが挨拶に近よって來られた。
無心の法子ちゃんが駄々をこねる度に、若いお母さんの眼に浮かぶ涙・・・・。
どうして正視出來よう。

永い間待たされた人々が、
やがて面會を濟まして來る人達を振りかえって、ひそひそとささやき合い、
 みんな顔を垂れて、靜寂の中に嗚咽が聞えて來る。
胸に熱湯をつぎ込まれる思いに眩暈げんうんを感ずる。
仁丹をふくみ、瞑目して、歯を食いしばって我慢する。
脊柱の患部が無気味に痛む。
「 今日は面會の方が多いので、
貴方方は御気の毒ですが、明日にしていただき度いのですが 」
憲兵上等兵が申譯なさそうに、そう傳えて來た。
何と言う無礼さだ。
何と言う侮辱だ。
しきりに頭を下げている憲兵に對して、限りない憤りが爆發する。
「 我々は遅くなってもかまわないんだ 」
「 それはそうでしょうが、夕刻五時迄と言う規則で・・・・」
「 規則なんかどうでもいい 」
「 そんな無茶な・・・・」
「 何が無茶だ。我々が何しに來ているか分っているか 」
「 それは分っています。だから四時迄と言う制限を特に一時間延ばしたので・・・・」
「 面會所は幾つあるんだ 」
「 二つです 」
「 何故人數だけ作らないんだ 」
「 そう言うことは上の方の命令で・・・・」
とうとう面會出來ず引揚げた。
權力の横暴に口惜し涙が出る。
七月十日、
朝早く出かける。
今日は直ぐ面會出來た。
憲兵に身體檢査をうけ、法務員の身許調べをうける。
例によって澁川さんの甥になり濟ましている。
係官も全然氣がつかぬでもあるまいが、大目に見ているのであろう。
軍人の面會が目立つ。
同期生の連中らしい。
奥さんに導かれ、澁川さんの御兩親、御兄弟、奥さんのお母さんと兄さん、
渡邊さん御夫妻と面會所に入る。
八畳敷ばかりの土間だ。
直ぐ正面の机の前に、紋付姿の澁川さんが立って居られる。
「 オウッ ! 」
「 オウッ ! 」
見交す眼と眼。
「 頭を刈ったね ( 不肖の頭髪を短くした事 ) 」
「 はッ 」
何時もの澁川さんとちっともかわりはない。
感極まって言葉も出ない。

一應みんなの挨拶が濟んだ
澁川さんの口が徐に不肖に向って開かれる。
「 面會に來る青年將校の中に笑って死んでくれ、と言う奴等が居る。以ての外だ。
 我々はまだ戰っているのだ。
戰場に於ても、刑務所に於ても、死んで戰いは斷じて止めない。
それにどうして笑えるか。
笑って死ねと言うことは銃火を交えている我々の後ろから、負けろと言う事じゃないか。
我々は荒木、眞崎、川島等軍首脳部の陥穽に墜ちて「 尊皇義軍の主張は全部認める 」
と言う彼等の奉じ來たった勅命を信じ
實力部隊を撤収して終わったが爲、こんな結果になって終わった。
残念でたまらないが、將來之と同じ失敗をくりかえさないように、くれぐれも注意して置く。
抜いた刀は折れる迄鞘に収めてはならなかったのだ。
法廷に於ても、十分言うだけのことは言って死ぬつもりで居ったが、
たった一回しか引っぱり出さないで、
然も求刑には十五年と言い渡し、其後死刑の宣告をうけた。
法律上そんな無茶なことがあるか。
然も十分調べもしないで我々に宣告を与えて置いて、まだ調べて居る始末。
全く言語道斷だ 」
傍に臨席している法務官が 「 もっともです」 と思わずうなずく。
「 裏切った者は單に軍首脳部ばかりではない。
 事件最中、味方と思っていた者の中から續々として裏切り者のを出した。
その奴等全部に、北一輝が法廷に於て、めっきり白髪の多くなった頭を振り立てて
「 俺を一緒に殺してくれ 」 と絶叫していた道義の姿を見せたかった。
俺は絶對死なぬぞ。
肉體は亡びても魂はあくまで此の世に残って、
楠公の七世討奸のように、永刧に志を遂げる迄戰うのだ。
俺達は命が惜しいと言うのではない。
明治維新に於て有爲な人材を失ったと同じことを、
今日再びくりかえすことによって、日本が亡國たらんとすることを慨歎するのだ。
君達はどうか、俺のこの言葉を忘れないで記憶して置いて貰いたい。
事ここに至っては、一切は君達の双肩にかかっているのだ。
冥々の加護を信じて奮闘してくれ。
それだけが願いだ 」
「 観音經に修羅を以て得度するものには即ち修羅の身を現じて云々とある。
然り、我々も修羅と化して七生討奸を念じている 」
それから澁川さんは御兩親に向って、
「お父さんにもお母さんにも、不幸ばかりして來ました。
 然し忠孝並び立たない世の中だから、我等のようなものが必要なのです。
私は大正義の爲に戰って來たことを、例え死刑になっても喜んでいます。
分っていただけますか 」
澁川さんとしては、生みの親に、
國家の手に依って惨殺される自分を見せなければならない現實を、
最も苦悩されたのであろう。
お父さんは、はふり落ちる涙を拂いも得ず、
「 分って居る。お前のゆうことに惡いことはない 」
「 有難う御座いました 」
突如として澁川さんの兩眼から、とめどもなく流れ出て來る涙。
絶對境に於て最後の安心を得た歓喜の涙だ。
やがて涙を押しぬぐって澁川さんは奥さんに向って言った。
「 絹子には随分苦勞をかけて濟まなかった。
唯今こんな身になってからでは遅いかも知れないが、お詫びする 」

やがて澁川さんは言い遺すことを終り、
「 獄中でみんな非常に元氣だ。
 事件關係者十七人が全部第四舎と言うのに、丁度入ったのも不思議な因縁だ。
刑務所でも割合に寛大に待遇してくれ、お互い同士話すこと位は大目に見てくれる。
自分が毎朝晩勤行すると、みんなが  『 澁川さん、もっと大きな声でやって下さい 
  」
等と言っていたが、近頃は自分に和して勤行するものも出て來た。
近頃は 『 死ぬ前に座談會を開いて、みんなの話をレコードに吹き込んだら、よく賣れるだろうなあ 』
等と言っている連中もある。
勿論レコードは冗談だがみんなが一つ部屋に集って、
せめて熱いお茶とお菓子位で最後の別宴兼座談会を開かせてくれないかなあと言うのは、
みんなの切實な願いだ。
林少尉が
『 俺は二月事変で、天皇機關説の軍隊に殺された父 ( 林大八 聯隊長---上海事変で戰死 ) の 仇を討ったのだ。
 俺の仕事はこれからだ 』
と 言っていた。
之は一番若くて元氣だが、
首相官邸で、前から来る警官を袈裟懸けに斬りたおし、
後ろから組みついた警視廳の柔道三段と言う猛者を、
モロに背負投げにして、之を一刀の下に斬り、
一度に二人たたっ斬ったのは目覺ましいものだった。
それから、末松大尉が護送されて來ているね。
先日散歩の時間に反對側を悠々と例の調子で歩いているのを見たので、
一寸合圖をしたが氣がつかなかったらしい 」
等と獄中の模様や當時の様子を話したり、
「 死刑になったら先ず一同打ちつれて、在京の大官達を訪問し、
それから湯河原に行って牧野に挨拶し、
此の夏はゆっくり伊豆で避暑をし、
秋になって涼しくなったら興津に西園寺を訪ねる約束だ 」
等々、反對に我々の気分を輕くして励ましたり、慰めて下さった。
「 三角君は身體が弱いのだから、大事にしなければいけない。
夜船閑話にも、心気上昇すれば色々の病發る、と 書いてある。
何時も氣持を樂にしていることが大切だ。
何も彼も先ず病気を癒してからなければいけない 」
と 細かい注意までして下さった。
「 おやじが埼玉から、お約束の玉露を持って來たんですが、
差入れがきかないので残念だと言って居りました 」
「 ああ、そうかね。それは有難いことだ。
瀬邊さんに安心させないで死ぬのが残念だなあ。
早く御健康になられるように傳えて下さい 」
「 はあ・・・・。それから木村さんから、よろしく、と言うことづけでしたが・・・・」
「 うむ、木村さんには直接間接みんなが世話になっているんだから、
決して恩を忘れないように、 後に残っている人達で世話をして・・・・」
其処へ、隣の面會室に行く爲に、竹嶌中尉がドアの所を通りかかり、
奥さんを見て 「 やあ 」 と 元氣な声で挨拶に立寄られた。
澁川さんと同じように死んで行く人とは思えない顔色態度だ。


二十分の面會時間が十分超過した。
愈々お別れだ ( それでいいのか、然し そうしなければならない )
もう之で再び生きて相見ゆることの出來ないお別れだ。
法務官に促されて席を立つ。
澁川さんは御兩親初め外の方達にも、それぞれ挨拶をして居られる。
魂が現實を離れて、余所の世界の出來事らように思われて呆然と立ちつくして居ると、
奥さんが涙声で、
「 三角さん、之が最後のお別れです 」
と 注意された。
ハッと我にかえって夢中で澁川さんの手にすがりつく。
堰を切ったように涙があふれて來て、拳を伝って流れる。
「澁川さん----これからは僕の方から行くことは出來ませんから、
貴方の方から時々訪ねて來て色々と教えて下さい 」
「 よし行くぞ。身體を大切にしてね 」
しばし無言。
「 いずれゆっくりお會い出來ることと信じています 」
「そうだ。今度會う時には、別れる心配はなくなるんだね 」
澁川さんの姿が扉の向うにかくれて終った。
不肖は何時迄も、何時迄も放心したように立ちつくして、その後を追う。

七月十二日、
朝八時過ぎ目覺めたまま床の中に横たわっている。
階段をあわただしく上って來る足音・・・・
( 奥さんだ )
不吉な豫感が電撃のように全身を衝撃する。
奥さんは枕許に坐ったまま、しばし無言。
「 澁川が 」
不肖は耐えきれなくなって布団をかぶった。
「 澁川がとうとう今朝八時・・・・」
奥さんの嗚咽が空氣を振わせ、瞬間血が逆流して骨と肉がばらぱらに解けた。
體中を狂気した魂がかけめぐる。
「八時二十分に銃殺されました・・・・。
只今憲兵隊から通知が參りましたので直にこちらへお知らせに來たのです・・・・」
石渡さんが目をしばたき乍ら、黙って入って來られて、うなだられて居られる。
追々外の連中も集って來た。
香煙がしずかに頭上に輪をえがいている。

午後二時、遺骸引取り。
遺骸は荼毘に附し、すぐに會津若松に帰られることとする。
自動車が制限されている爲、
二台の自動車に澁川さんのお父さん、奥さん、奥さんの御母さん、
兄さん、渡邊さん御夫妻が分乗され、石渡さんと松浦君と不肖は憲兵の好意で、憲兵隊の自動車に同乗。
代々木原南隅の指定の場所では、既に七人の方の分は引取りを濟ませて、
我々が一番後で到着したわけであった。
刑務所から明治神宮を望んだ右側に、ずらりと霊柩車と乗用車が並べられ、
左側に遺族控え席の天幕が張られ、
そのずっと後ろが十五柱の神霊を誅戮ちゅうりくし奉った刑場であろう、
無気味な土塁がつまれてある。
薄日がじりじりと草を蒸して、代々木原頭は一齊に死の沈黙。
粛々として一組ずつ取られる中に、自動車のきしむ音がヒステリックに響いている。
田中中尉の奥さんと会う。 低頭。
「 田中がよろしくと申して居りました 」
結婚して二ヶ月にして此度の事変に遭遇され、
雄々しくも後を守って差入れ等 奔走して居られた奥さん・・・・。
お若い喪服の姿が悲痛にも万斛の恨みを投じている。
水上君の遺児が何も知らずにたわむれ、待ちくたびれてむずかる度に、人々の涙をそそる。
此の人々の恨みだけでも・・・・。
其処へ憲兵が來て、執行は七時に開始されて、八時三十五分に完了したことを傳える。
到着順の爲、最後にまわされた。
やがて漸く日が西に傾く頃、
澁川さんのお父さんと、奥さんと、奥さんのお母さんが澁川さん入所中の生活、
執行當時のことに就て報告を受ける爲、刑務所長の所へ行かれた。
それが濟んで愈々刑務所の塀にそうて、裏口に當る遺骸引渡所に赴く。

心臓が調子を外れて踊っている。
既に意志もなければ、思考する能力もない。
高い塀の横腹に作られた小さなくぐり戸を入る。
刑務所の裏庭とも思える所に天幕が張ってあって、その下に寝棺が安置してある。
十四人の人達にも同じ様にしたであろうように、僧侶が型の如く讀經している。
香煙がむせるようだ。
立合いの法務官や看守が眼を眞赤に泣きはらし、すすり泣くのがきこえる。
あの中に澁川さんが入って居られるのだろうか。
本當の澁川さんだろうか。
みんなの焼香が濟むと、二人の法務官に依って棺の蓋が靜かにとられた。
みんなかけよった。

白装束。
( あっ、やっぱり澁川さんだ )
本當に殺しちまいやがった! 畜生!
繃帯が額を鉢巻にして顎にまわされている。
銃丸が眉間と顎を貫通しているに違いない。
誰が撃ちやがったのだ。
面會の時言われたように、
歯を食いしばって、半眼に開かれた眼が虚空をにらんでいる。
冷たく合わされている手を、必死と握りしめて居られる奥さんの胸中は・・・・。
然し不肖等自身、精神の常態を失っている。
何も彼も夢中、今更拙い筆に委ぬべくもない。
棺の蓋が蔽われ、看守の手に依って霊柩車に運ばれる。
添えられている花に一入悲しみが湧く。
午後六時八分、
霊柩車を先頭に、行列は代々木原を突切って、
しずしずと指定された落合火葬場へ向かう。
夕闇は神宮の杜に迫って、
ねぐらに急いでいた鴉のことが、不思議と混亂した頭に残っている。
警戒の兵隊が、嚴粛に捧げ銃をして弔意を表する。

午後六時半、嚴粛な黙禱の裡に棺は、かまの中に入れられた。
やがてスイッチが入って、
ヂヂヂヂと地獄の底から響いて來るような騒音が、みんなの體中を包んだ。
石渡さんの朗々たる御題目が、
闇を貫く光明のように、たたきのめされた魂に炬火かがりびを點ずる。
ぬぐえあえぬ涙を押えて、北さんの奥さん、西田さんの奥さん方が、それに和せられ、
それが次第に広がった。
「 南無妙法蓮華經 」 の 声は天地幽明にみなぎり渡り、
不肖等澁川さんと感応道交するようであった。
突如として線香台に立った石渡さんが宣告された。

「謹んで澁川善助さんの神霊に申上げます。
事志と違い、満腔の恨みを呑んで虐殺された御心中御察し致します。
どうか、在天の同志の方々と共に我々を導き下さいますよう。
奸雄と裏切者を掃蕩することをお誓い申します」

憲兵も警官も、すべて涙を押し拭っている。

澁川善助に兄事していた、三角友幾の手記である
軍隊と戦後のなかで 末松太平 著  夏草の蒸するころ から

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
処刑の前日の11日、

面会に訪れた直心道場の玉井賢治に
澁川善助は、
眞崎、荒木、山下等の将軍連中の名を挙げて、物凄い形相で
『 彼等は我々をたきつけておきながら、イザという時になったら裏切った。
だから この首を打ち落ちたら、虚空を飛んで行って 彼等の首つたまに食らいついてやる 』
と 、言った・・という

妻キヌは
死刑は予て覚悟の前なれば 今更申上ぐることはありません。
但し、昨十一日 刑務所に面会に赴きたる際、
刑務所にては 尚今後二、三日は面会を許さざる旨 申渡されたるを以て
上京中の親戚一部は帰郷し 一両日中 再上京することとなしたるに
之を偽はり 急遽執行さるるは 遺族のを無視せる不当の処置であると思ひます、
と 不満を洩らしたり