あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

昭和11年7月12日 (番外) 佐々木二郎大尉

2021年01月11日 13時30分58秒 | 天皇陛下萬歳 (處刑)

 
佐々木二郎 

七月十二日の朝、
いつものように座禅していると、
代々木練兵場から聞こえる空砲に混じって実弾の音が聞こえた。
その瞬間、頭上から冷水を浴びせられたように思った。
所内はシーンと静まり返り 軀はゾクゾクとしてき、上から何物かに圧せられたようだ。
実弾の音の度毎に、瞼の中に パッ と光明を感じ、ある臭いがした。
死刑執行だ
と 頭に閃いた。
ハッ と思い出したことがある。
しきしまのみち会から出した 『 明治天皇御製と軍人勅諭 』 のなかにある
「 ・・・・人体からも放射線が出て、宗教画の円光、後光などは 想像や譬喩ひゆではなく
物理、生理的現象であることが明らかにせられております。
礼記に人の生命は照明焄篙悽愴の三形態を取って空中に放射されるということがありますが、
これも物理、生理的に証明せられております 」
の 文句である。
今感じているのがその三形態ではないか。
私はとめどもなく涙を流しながら、ともすれば抜けんとする腹の力を抑えつつ、
この地上から離れて行く諸霊に祈念を凝らした。

初七日はよく晴れた日で、戸外運動をしているとき看守に言った。
「 今日は初七日だ。涙雨が降るぞ 」
「 この天気で 」
と 看守は笑っていた。
その夜激しい雷雨となった。
巡廻の看守が、
「 大尉殿、ひどい雨で、当たりましたね 」
と 心細そうにいった。
村中孝次はこの夜の模様を、
「 今や 『 死而為鎮護国家之忠魂 』 と 大書したる前に端座して、
十五士の為め 法華経二巻を読誦し終るや、遠雷変じて閃々たる紫電となり、
豪雨次いで沛然たり、
十五士中一人が
『 暫く湯河原で避暑し、一週間後に東京に帰って活動を開始しよう 』
と いいたりという 」
と 書いている。
三七日、四十九日 も 戸外運動のとき、
「 今日もまた雷雨がある 」
と いったが、初七日のことがあったので、今度は看守は笑わなかった。
ともに落雷を伴う激しい豪雨となった。
電灯も消えた闇の中で、雷鳴を聞き 激しい閃光を見ていると、見えざる何者かの怒りを感じた。

佐々木二郎 著
一革新将校の半生と磯部浅一
から