あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

五・一五事件 ・ 西田税 撃たれる

2018年02月20日 19時22分27秒 | 五・一五事件

 
西田税  撃たれる

西田宅をおとずれた私と朝山とが、
西田夫妻の夫婦喧嘩に対して 「犬も食いませんからね・・・」
と、夕食を固辞して玄関を出て間もなく、川崎長光は、その玄関にたったのだった。
「 川崎君じゃないか、さあ上がれ 」
西田は、久しぶりの川崎を二階の書斎に通した。
日召や他の連中の元気であることや、差し入れのことなどこまごま説明した。
川崎は終始うつむきかげんに聞いていたが、その態度には落ちつきがない。
少々変だぞ、と西田が感じたのは、十五分か二十分すぎてからであった。
川崎は、ころあいを見て、隠していた拳銃を出して構えた。
「 何をするッ 」
と 西田が一喝して立ち上がった瞬間、第一弾が西田の胸部を貫いた。
西田は、鉄の棒で、ピシッと殴られたような衝撃を感じた。
だが、西田はひるまなかった。
両手でテーブルを掴むや前の方に押し倒し、
倒れたそのテーブルを乗り越えて、川崎に挑みかかった。
川崎はあとに退りながら第二弾を放った。
西田の腹部に命中した。
後退する川崎は、障子を倒して廊下によろめき出た。
西田の家に駈けつけたとき、
垣根の外から見た光景は、そのときの生々しい惨劇の跡だったのだ。
西田の家の二階は廊下がカギ形に曲がって、その廊下の端が階段になっていた。
川崎は、廊下を後退しつつ続けさまに撃ちまくった。
西田は、左手を前方に出して左半身に構え、川崎に迫った。
一発が左の掌を貫通した。
次の一発は左肘を、他の一発は左肩を貫いた。
西田は、川崎の発射のたびに口の中で一発、二発、三発と数えて肉迫した。
川崎が撃ち尽くしたと知ったとき、西田は川崎に組みついた。
階段の降り口であったため、二人はもつれて階段を転がり落ちた。
その途端、西田は川崎をとり逃がした。
大きな音に驚いた西田夫人が、玄関に飛び出してみると、
血に染まった西田が「早くつかまえるんだ」と叫んだ。
夫人はとっさに川崎の腰をつかんだ。
だが、川崎は、つかんだ夫人の手を振りはなして逃げた。
気丈な夫人は、足袋はだしのまま追っかけたが、川崎の姿はもうそこにはなかった。
玄関に戻ってみると、
気息奄々の西田が壁にもたれて、女中の差し出すコップの水を飲もうとしていた。
「 大けがに水はいけません 」
夫人は、西田からコップを奪い取った。
急を知って駈け付けた、北、栗原らによって順天堂に運び込まれたのは、
受傷後、二時間を経過した後であった。
手術は全身麻酔がかけられた。
西田の口からは、微かに観音経が誦せられた。
命中した弾は五か所であった。
出血多量で一時は生命もあやぶまれたが、
奇跡的にその生命はくいとめることができた。

西田税を撃った  川崎長光
大蔵栄一  著
二・二六事件への挽歌 より

同志の裏切りに斃れる
朝山中尉と私とが、西田宅を辞去して、ほどなく川崎長光がその門を叩いた。
川崎は、小沼正、菱沼五郎と共に、井上日召の薫陶を受けた血盟団の残党で、
あの事件当時は宇都宮の輜重隊に入隊していた関係で、
事件には直接参加していなかったのだ。
「川崎君じゃないか、久し振りだなァ、よく来た。さア上がれ」
玄関に佇んだ和服姿の川崎を認めた西田のまなざしは、なつかしさにあふれている。
そして、夕食をすまして来た、という川崎をいだくようにして二階の書斎に招じ入れた。
二人は、テーブルをさしはさんで、向かい合って静かに椅子についた。
テーブルの上に、無造作に投げ入れられた遅咲きの八重の一枝が、かすかにゆれている。
「暫くでした。お変わりはありませんでしたか」
川崎はうつむいたまま挨拶をのべた。
「君こそどうだった? 元気らしいではないか、結構なことだ」
と、言いつつ西田は、
川崎のなんとなく落ち着きのない態度に、微かな不審を抱いた。
だが、未決に収監されている日召のこと、
あるいはその他の同志の近況や指し入れのこと、
などについて話を進めて行く中に、最初抱いた不審は、
いつの間にやら跡形もなく消え去っていた。
「いろいろと有難うございます」
と、言った川崎の態度は、依然としてうつむいたままである。
陸軍や海軍の同志の近況に関することを縷々説明し出した頃、西田は川崎の態度に、
常日頃と異なったものをハッキリ確認した。
時々、うつろな返事をしたり、あるいは袖からこっそり懐の中に手を入れたり出したり、
その動作には少しの落ち着きもない。
かれこれ、十五分か二十分くらい経過したと思われる頃、
西田は話をやめて、ジーッと、川崎の顔を凝視した。
顔色のすぐれない彼の顔には、脂汗がにじんでいる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
テーブルの上の八重の一ひらが、音もなく散って西田の足許に落ちた。
息づまる一秒、二秒・・・・・。
近くを、小田急の電車が、ゴーッと音をたてて過ぎ去った。

火を吐いたブローニング

川崎は、スックと立ち上がった。
椅子がパタンと音を立てて倒れた。
同時に川崎の右手に握られたブローニングが火を吐いた。
弾丸は西田の耳をかすめて後の壁を貫いた。
なごやかな静かな部屋は、一瞬にして鬼気せまる修羅場と化し去った。
「なぜオレを殺そうとするのだ?」
西田は、椅子にかけたまま両手でテーブルを握りしめて、
乱心したとしか思えない川崎を、一喝しながらにらみつけた。
怒りに燃えたそのまなざしの中には一抹の悲しみがただよっている。
第一弾を撃ち損じた川崎は、「しまった」と、かすかに口走りながら、
一歩退いて第二弾発射の姿勢をとった。
だが、西田の胸に向けた銃口は、僅かにふるえを帯びている。
一発で西田を射殺するつもりでいた川崎は、
目前のこの不覚に、少なからず、心の動揺を禁ずることが出来なかった。
その動揺は、怯者の動揺ではない。
同志を殺さねばならぬ悲運に対して、心の片隅に空洞が出来ておるのだ。
西田は、川崎にとっては、尊敬する先輩の一人である。
その尊敬に値する同志を射殺しなければならぬ。
決行に際して、川崎は幾度か躊躇せざるを得なかった。
そして今、銃口の前に怒りに燃えた西田の両眼が、
らんらんと底光って、今にも飛びかからんと身構えている。
早く撃つんだ、撃って西田の息の根をとめるんだ。
と、自分で自分の心を叱咤するけれども、
一方、イヤ命中しなかった方が、むしろよかったんだ、
と祈りに似た安心感が、心の片隅から強く呼びかけて来る。
川崎の気持は、千々に砕けて焦燥感は増すばかりであった。
これではならじと、気を持ちなおした川崎は、西田の怒眼をはね返した。
同時に、「馬鹿者っ」と、大喝しながら西田は、
咄嗟に、前のテーブルを押し倒して、それを乗り越えて突進した。
川崎は、二、三歩退きながら第二弾をぶっぱなした。
弾丸は、顔面を覆うように前につき出した西田の右の掌を貫通した。
掌から吹き出した鮮血は、青畳を真っ赤に染めて無気味だ。
気丈な西田は、負傷に屈せず同じ姿勢で進んで行く。
川崎の血走った両眼には、すでに躊躇もなく、狼狽もない。
ただあるものは必殺の殺気ばかりだ。
西田の剛気に気押されて後退した川崎のせなかが、障子にぶつかった。
障子は、バタッと音をたてて廊下に倒れた。
勢い余って川崎の身体は廊下によろめき出た。
その途端に発射された第三弾は西田の肺を貫通した。
西田は、鉄棒でたたかれたような痛さを胸に感じて、二、三歩よろめいた。
「三発目」西田は、心の中で発射弾数を数えながら、ジリジリと迫った。
鈎形に曲がった廊下を退きながら放った第四弾は、西田の右肩に命中した。
どす黒い血のりが着物にあふれて、西田の不屈の闘魂は、いよいよ猛り狂った。
川崎は、階段の降り口まで退いて、第五弾、第六弾を夢中にぶっぱなした。
一つは右の肱を貫通し、一つは右の腹に命中した。
五発、六発、と数え終わった西田は、
川崎が全弾を撃ちつくしたことを直感して、手負猪のごとく飛びついた。
二人は、組み合ったまま二階から階段を転がった。
階下に折り重なって落ちた途端に、西田はせっかく捕えた川崎をとりにがした。
川崎は、脱兎のごとく玄関から逃げ去った。

蒼白くゆがんだ顔

その時、大きな物音に驚いてかけ出して来た西田夫人は、
この有様を見るや、足袋はだしのまま川崎を追跡した。
負傷に喘ぎながら、西田は玄関の壁にもたれて、静かに呼吸を整えた。
今までの騒ぎにひきかえて、家の中は物音一つしない。
五つの疵口から吹き出る血潮は、着物を染め、畳に流れてドス黒く凄惨である。
「オレの一生もこれで終わりか!」
全身の力が抜けていってしまうような激痛をこらえて、
静かに瞑目した西田のまぶたの底に、
越し方の苦難の途が、影絵のごとくきらめいて消えた。
川崎が、オレを殺そうとしたのは何故だ。
恐らく彼の本心からではあるまい。
背後に誰かそそのかした奴がいる、とすりば、それは誰だ。
イヤイヤ誰を恨むでもない、すべては天のなせるわざだ。
と、達観しながらも、この疑問を解く鍵は、どうしても探し出すことは出来なかった。
ふるさとの米子の風景が彷彿として浮かんだ。
風清き勝田ケ丘の奥津城から、今は亡き父がにこやかにさしまねいている。
年老いた母のなつかしい面影が、幾度か交錯した。
ハッとして、みひらいた西田の両眼には、不覚にも涙がにじんでいる。
古ゆ  ますらおがふみゆける道
涙と血との  凝りたるその道
辞世ともつかぬものを、西田は寂しく口ずさんだ。
「 お水はいかがでしょうか 」
と、言いながら、女中が恐る恐る顔を出した。
「・・・・・・」
西田は、女中に一瞥をあたえて、無言のまま頷いた。
間もなく女中は、大きなコップに、水をなみなみついで差し出した。
西田は一気に飲みほした。
二杯目を要求して、また一気に飲みほした。
この二杯の水に、西田は甘露に勝る味わいを覚えた。
「 とうとう見失いました 」
と夫人は、残念そうに喘ぎながら帰って来た。
右手にコップをつかんでいる西田の姿を見るや、
「 いけません。大怪我に水は毒です 」
と叫んで、西田からコップを奪いとった。
コップを奪いとって、つぶさに疵口をしらべた夫人は、
その傷の余りに大きく深いのに驚いて、
なすすべもなくただ茫然とみまもるのみであった。

栗原中尉が、勢いよく飛びこんで来た。
「 どうしたんですか、その血は・・・・・? 」 と、栗原中尉は唸った。
やがて、川崎に射たれたことをきき知って激怒した。
「 畜生っ 」
「 畜生っ 」
と 吐き捨てるようにつぶやきながら、
夫人と女中の手を借りて、西田を寝室に運んだ。
急を知って、北一輝夫妻もかけつけて来た。
変わりはてた西田の姿に接した北の両頬に痛憤の涙が一筋、跡をのこした。
順天堂病院に入院が決定されて、
西田らを乗せた自動車は、悲しい沈黙をつづけながら、代々木の森から遠ざかって行った。
日頃、蒼味を帯びた西田の顔面は、ひとしお蒼白くゆがんでいた。

朝山中尉と私は、西田の身の上に大きな不安を感じながら、
急遽新宿に出て、駅前の自動電話に飛び込んだ。
北一輝邸に電話して、西田が順天堂病院に入院したことを知って直ちに駆けつけた。
病院の時計は九時を過ぎている。
あわただしく駆け廻っていて、
今まで時間を忘れていたことに気がついた私は初めてわれをとりもどしたような気がした。
病院の応接室では、
北一輝、菅波三郎、村中孝次、栗原安秀らが額を集めて、何事か語り合っている。
私は、廊下に立ちどまって、彼等の顔を一人一人燃えつくすようにみつめた。
数年も会わなかったなつかしい友に、突然会った時のような喜びを感じた。
そして、病院に適わしくない緊張した空気が、私の身をひきしめた。
「 オウ、大蔵君に朝山君か、今西田君が手術室にはいるところだ。早く会って来給え 」
北が、いち早く私達の姿をみつけて、せきたてるように叫んだ。
西田は、独り寝台に横たわっていた。
瞑目した顔が蠟のように蒼白い。
私達が近づいた時、静かに眼を開いて、ニッコリ笑った。
「あとをよろしく頼む」
その声は低く細い。だが、耳を近づけれはハッキリした声で、語調も確かだ。
「大丈夫ですよ、頑張って下さい」
私は、必ず助かると心の中でハッキリ言い切った。
間もなく、看護婦が来て移動寝台は静かに手術室に押されて行った。
うす暗い廊下の電灯が遠ざかって行く西田の上を力なく照らしている。
私は心からの祈りを捧げて合掌した。

西田の手術後の経過は良好であった。
手術に際してして、全身麻酔が施された。
西田の疵口に、院長佐藤博士のメスがザクリと音をたてた時、
西田の唇がかすかに動いて、観音経が誦し出された。
かくして西田は九死に一生を得たのであった。
昭和七年五月十五日。
おもえば、私にとってこの一日は、実に長い一日であった。


大蔵栄一  著
五・一五事件、西田税暗殺未遂の真相
目撃者が語る昭和史 第2巻 昭和恐慌
日本週報臨時増刊 / S ・34 ・3  
リンク→ 西田はつ 回顧 西田税 1 五・一五事件 「 つかまえろ 」 

 ・
五 ・一五事件の副産物として、西田税が同じ陣営の血盟団から狙撃されたことから、
西田には革命ブローカー、煽動家という暗いイメージがまつわりつくようになった。
「 西田を殺せ 」 と、川崎に命じたのは古賀清志であったといわれる。
「 いや、あの頃はどこへ行っても壁にぶつかる。その壁の向うには西田の姿がある。
この男が邪魔しているな、邪魔者は殺せ、というので狙撃を命じたわけだ。
何しろあの頃は若くて、生命がけで国の進路を変えようと昭和維新ばかり考えていたんで、
気が立っていたからね」
と、往年の精悍な面影を忘れ去ったような、好々爺然とした古賀不二人(改名)の追憶である。
軍事法廷で西田を激しく非難したのは、古賀ばかりでなく中村義雄もこう言っている。
「 西田は同志として一緒に死ぬといふ人物でなく、実行よりも煽動家であり、
どうも我々の計画を憲兵隊方面に漏らしたやうな点もあるので、
決行当日西田を殺すことな成ったのです (五・一五事件軍法会議記録)
もっと、手きびしいのは三上卓の陳述である。
「 西田なるものは結局何や彼やと策動する男で、真に国を憂ふる士ではなく軍閥と結んだ煽動家だ 」
 ( 五・一五事件軍法会議記録 )
と、激しい口調で攻撃している。
「 その頃、陸士の本科生であったが、私たちの目から見ると、
西田さんと日召は革新陣営の二大巨頭という感じであった。
ほんとうの革命の行者という印象をうけた。
菅波さんは誰にも評判が良いのにひきかえ、西田さんは一部の者から罵詈讒謗の的であった。
あの狙撃事件は言ってみれば喬木風に妬まる、という所であろうか。
それだけ強い指導力でみなをぐんぐん引っぱる、
その大きな影響力に海軍の連中は恐れたのだと思う 」
と、これは明石賢二の観察である。

西田 同志に撃たる
西田税 二・二六への軌跡 須山幸雄 著から 


五・一五事件 士官候補生・後藤映範 『 陳情書 』

2018年02月20日 05時07分24秒 | 五・一五事件


後藤映範

  昭和8年5月17日の新聞報道

国法ニシロ
私ドモ現在ノ本分ニシロ、
日本帝国トイウモノガ
厳トシテ存在スレバコソ意義ヲモツモノデアリマス。

国家ノ安否存否トイウコトハ第一義根本ノ問題デ他ハ皆第二義デアリマス。
故ニ国家ノ現状ニ対し前ニ申シ上ゲマシタヨウナ認識ニ達シタル私ドモハ、
軽重先後ノ価値批判ヲナシタル時コソ第一義根本問題ニ全力を傾注シ、
コノ目的ヲ達シ得ベキ唯一ノ方法ナリト確信シタル手段ヲ選ンダノデアリマス。
シカシテソレヲ真ノ意義ニオケル忠君ト考エマシタ。
大御心ニ合スルモノデアルト私ハ信ジマシタ。

五 ・ 一五事件
士官候補生

後藤映範
陳情書

目次
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素因
私ハ 自己ノ素因ヲ
軍隊教育 オヨビ軍隊生活ニヨリ得タル信念ト
明治維新史ナラビ 維新烈士研究ニヨリ得タル信念ノ
二ツ ニ見出シマシタ。
・・・士官候補生 後藤映範 五・一五事件陳情書1 「 素因 」

動機目的
以上ノゴトキ素因ヲ有スル私ガ、以上ノゴトクニ認識シ、一片愛国ノ熱意座視スルニ忍ビズ、
ツイニ ミズカラアノ時機ニ蹶起シテ非常手段ヲ決行スルニ至ツタ次第デアリマス。
シカシテ ソノ究極ノ目的トスルトコロハ建国ノ本義ヲ基調トスル皇国日本ヲ確立シ、
皇道ヲ世界ニ宣布スルコトデアリマス。
直接ノ目的ハ天誅ノ剣ヲ、
現ニ国家を亡烕ノ淵ニ陥シツツアル腐敗堕落セル政党財閥特殊階級等ノ支配階級ニ加エ、
コレヲ瓦解ニ至ラシメ モツテ国難ノ禍根断滅ノ烽火タラントスルコト、
オヨビ 無自覚ナル全国民ノ惰眠ヲ覚破センガタメ 青天の霹靂ヲ下スコトノ 二ツ デアリマス。
シカモ私ガ最大重点ヲ置イタノハ国民ノ覚醒ニアリマシタ。
要スルニ私ドモハ一言ニシテ尽セバ国体擁護ノタメニ蹶起シタノデアリマス。
・・・
士官候補生 後藤映範 五・一五事件陳情書2 「 動機目的 1 」


 満洲事変
サラニコレヲ私ドモノ立場、軍事的見地ヨリ考ウル時
一層ノ重大性ヲ発見致シタノデアリマス。
当時第二、第八師団ハ満洲ニ外征ニ従事シテイマシタ。
緊迫セル東北地方ハ働キ手ヲ奪ワレテシマツテイマシタ。
ソレハ後ニ残ルモノニモ痛手デアツタデシヨウ、
マシテ出テイツタ子弟ノ心中ハ察スルニアマリガアリマス。
サゾカシ後髪ヲ曳カレル心地ガシタコトト思イマス。
シカシ子弟ハ忠勇ニ君国ノタメ全力ヲ尽シテ働キマシタ。
後ニ残ツタ家族タチモ一言ノ不平モ申シマセンデシタ。
ソレドコロデハナク
誠心ヲモツテ子弟ヲ鼓舞シテ奉公ニ欠クルコトノナイヨウニ戒メマシタ。
ソノ涙グマシイ誠ノ情ハ私ドモ軍人トシテ感激ニ堪エナイトコロデアリマシタ。
子弟モ家族モアレホド立派ナコトガデキタノハ、アノ地方ノ人タチナレバコソデアリマス。
他ノ地方デアツタナラバ トテモアンナコトデハ無事ニ済マナカツタト思イマス。
必ずや筵旗ガ上ツタコトデシヨウ。
モシ一度一揆ガ起レバ父子相殺スノ惨劇ガ現出シマス。
コレハ実に忍ブベカラザルコトデアリマス。
日本ヲサヨウナ非道ノ国トナスコトハ
私ドモ軍人ニハ断ジテ許シ難イトコロデアリマシタ。
・・・士官候補生 後藤映範 五・一五事件陳情書3 「 動機目的 2 」 

犬養首相ハ
腐敗堕落セル政党ノ首相デアリ、
現在政権ヲ握ツテイル内閣ノ首班タル点ニオイテ
最モ好個ノ目標ト思イマスカラ全然同意シマシタ。
牧野内相ハ
久ク宮中ニアリ私党を営ミ袞竜こんりょうノ袖ニ隠レテ私曲ヲ行ナイ
大不義ヲ働ク君側ノ大奸デアリマスカラ、
コレヲ殺害スルハ最モ適当デアルト思イマシタ。
ナオ 牧野ニハ
特権階級ノ代表者トシテノ意味モアリマス。
イズレヨリスルモ最適ト認メマシタ。
右 犬養首相、牧野内相
両名ハ殺害スル考エデアリマシタ。
・・・士官候補生 後藤映範 五・一五事件陳情書4 「 動機目的 3 」


生き代り死に代りても尽さはや
  七度八度やまとたましい
コレガ私ノ現在ノ信念デアリマス。