あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

藤井齊 『 内地ヲ此儘ニシテ出征スルニ忍ヒナイ、即時決行シタイ 』

2018年02月02日 04時40分48秒 | 藤井齊

西田税、盟友藤井齊ヲ語る

藤井齊 

十月事件ガ不発ニ終ツタノデ、
海軍側ノ藤井ナドヤ民間側ノ井上日召ナドガ焦リ出シ、

私ニ關係ナク計劃ヲ進メタノガ、彼ノ血盟團事件デアリマス。
昭和七年ノ元旦ニ、日召ハ酒ニ酔拂ツテ、
テロヲヤルノダトカ、革命ヲヤルノダ等ト叫ムダトノ事ヲ聞キマシタノデ、
私ハ其ノ輕率不謹愼ヲ責メタ事ガアリマス。

・・・挿入・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

井上日召

井上一派は十月事件に依り各自部署に付いて暗殺を担当し、
革命の為め一命を捨てる覚悟をしたので、十月事件の挫折によつてもその決意は解消せしめられず
西田、菅波一派と共同し 陸海民間の聯合を組織して蹶起しようとして居つた。
同年 ( 昭和六年 ) 十二月二十八日、当時井上は十月初頃より、
当時の東京府豊多摩郡代々木幡町代々木上原百八十六番地 成事 権藤善太郎 方附近の
同人管理する所謂権藤空家に居つたのであるが
冬の休暇で状況して居た海軍側同志や在京の陸軍菅波一統と権藤方に於て忘年会を開いた。
出席者は
海軍側  村上功    沢田邲    古賀清志    伊藤亀城    浜勇治    中村義男
陸軍側  菅波三郎    栗原安秀    大蔵栄一    佐藤某
民間側  井上昭    古内栄司    池袋正釟郎    四元義隆    田中邦雄    久木田祐弘
            西田税
            権藤成卿
等で単純なる顔合せに過ぎなかつた。
然るに 其の直後 同月 ( 十二月 ) 三十一日
西田税の発議で陸海民間の同志のみで会合することとなり、
府下 下高井戸料亭松仙閣に於て会合が行はれた。
出席者は前記の外 陸軍側に
大岸頼好 ( 青森 )  東昇 ( 大村 )  小川三郎 ( 丸亀 )  香田清貞  村中孝次
等が出席した。
大岸、東、小川 等は其の三日前行はれた権藤方の忘年会には出席せず 其直後揃つて上京し
而も 従来の関係よりすれば必ず立寄るべきである井上の許には立寄らず何の挨拶もなかつた。
井上はこの事情から、西田、菅波等が井上に秘して何事かを画策して居る。
即ち 西田、菅波が自分より離れて了つたことを直感したと称している。
その上 宴会に於ても西田、菅波、大岸、東 等は大岸等の上京の理由を井上に明さず、
井上を除いて何事か策動して居る事が感受力の強い井上の頭に強く響いた。
其夜井上は泥酔した。
正月になり菅波から古内等に
井上は酔払って革命の事を他人に口外する様では困る

と 排斥的な注意があつた。
そして西田、菅波等の態度は俄かに井上等と行動を共にせざる風が見えて来た。
井上は非常に苦しみ、
同志に対し これ迄指導的立場に在つて、今斯様な状態となり
革命遂行に最も力とする陸軍側と離れつつあるのを自己の責任であると感じ悲痛な感に打たれた。
井上を盟主と頼み、中心と信頼する青年達や海軍側同志は
陸軍側の離れつつあるのを偏へに西田の所為となして西田に対し強い反感を抱いた。
・・・ 血盟団・井上日召と西田税 4 『十月事件の後』
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彼等ハ何ウシテモ私ヲ引込ミ、

以テ陸軍靑年將校ヲモ引出サウト考ヘテ居ルト云フ事ヲ日召ヨリ聞キ、
之ニ反對シテ陸軍靑年將校ノ參加ヲ思ヒ止マラセマシタ。
次デ同年一月中旬、藤井ハ私ニ、
「 乗掛ツタ船ダカラ、何トカシタイ。
支那ノ風雲急ヲ告グルノ時、
内地ヲ此儘ニシテ出征スルニ忍ヒナイカラ、
十月事件ノ噂ニ依ル計劃ト同程度デ即時決行シタイ。
自分ハ先ヅ空中ヨリ第一聲ヲ放ツカラ、貴方ハ後事善処シナイカ。」
ト云フ趣旨ノ手紙ヲ寄越シマシタノデ、私ハ直ニ
「 十月事件ガ惨澹タル失敗ニ終リタルニ、尚懲リズニ蹶起スルト云フノハ何ウカ。
事ハ愼重デナケレバナラヌ。」
ト云フ趣旨ヲ書キ、鞏硬ナル反對意見ノ返事ヲ出シマシタ処、
更ニ沈痛ナ語調ヲ以テ悶々ノ情ヲ訴ヘテ來マシタ。
夫レハ、同人ガ上海ニ出征スル二、三日前デアリマシタ。

藤井ガ上海ニ出征シテ戰死シタノハ、
夫レヨリ一週間位後ノ昭和七年二月五日デアリマス。

藤井ト云フ人ハ、
鞏硬ナ意見ノ持主デハアリマスガ、道理ヲ説聞カセバ判ル人デ、

何レ上海ニ行ケバ死ヌ、
ダカラ行ク前ニ決行シタイト考ヘタミノト思ヒマス。

夫レガ私ノ反對ニ會ツタノデ、起ツニ起タレズ、
悲壮ナ氣持デ出征シ戰死シタモノデ、

私ハ、藤井ハ敵中深ク立入ツテ戰死シタト云フヨリモ、
進ムデ死ヲ選ムダノデナイカト思ツテ居リマス。

・・・リンク
 西田税 「 今迄はとめてきたけれど、今度はとめられない。 黙認する 」 
西田税 1 「 私は諸君と今迄の關係上自己一身の事は捨てます 」



斯様ニ軍部ガ蹶起シナイノデ、
民間側ダケデ起ツタノガ血盟團事件デ、
二月九日蔵相井上準之助ヲ殺シ、
三月五日男爵斷琢磨ヲ斃シマシタガ、
私ハ其ノ翌三月六日警視庁ニ檢束セラレ、
爾後血盟團ノ起訴當日迄引續キ留置、取調ヲ受ケテ居リマシタガ、
無關係ナルコトガ判ツテ釋放セラレマシタ。

・・・ニ ・二六事件北 ・西田裁判記録(三) 第一回公判 から