後藤映範
五 ・一五事件陳情書
前頁 士官候補生 後藤映範 五・一五事件陳情書1 「 素因 」の 続き
動機目的
以上ノゴトキ 素因ヲ有スル私ガ、以上ノゴトクニ認識シ、一片愛國ノ熱意座視スルニ忍ビズ、
ツイニ ミズカラアノ時機ニ蹶起シテ非常手段ヲ決行スルニ至ツタ次第デアリマス。
シカシテ ソノ究極ノ目的トスルトコロハ建國ノ本義ヲ基調トスル皇國日本ヲ確立シ、皇道ヲ世界ニ宣布スルコトデアリマス。
直接ノ目的ハ天誅ノ劍ヲ、現ニ國家を亡烕ノ淵ニ陥シツツアル腐敗堕落セル政黨財閥特殊階級等ノ支配階級ニ加エ、
コレヲ瓦解ニ至ラシメ モツテ國難ノ禍根斷滅ノ烽火タラントスルコト、
オヨビ 無自覚ナル全國民ノ惰眠ヲ覺破センガタメ 青天の霹靂ヲ下スコトノ 二ツ デアリマス。
シカモ私ガ最大重點ヲ置イタノハ國民ノ覺醒ニアリマシタ。
要スルニ私ドモハ一言ニシテ尽セバ國體擁護ノタメニ蹶起シタノデアリマス。
直接行動ヲ實行スルニ至リタル理由根據ノ詳細
コレハ申シ上グベキ事項中最重點デアリマスガ要約スレバ次ノ三ツ スナワチ
一、情況切迫シソノ危急ニ處スルニハ最モ効果的ノ方法トシテ直接手段以外ニナカツタコト
二、私共ノ當時ノ身分ニオイテ執リ得ベキ唯一ノ方法ガ直接手段デアツタコト
三、史實ヤ人間性等ヨリ考エテモ大改革ノ端緒トシ直接行動ガ不可避ナリト思ワレタコトニ 歸スルト思イマス。
今サラニコレヲ、
一、直接行動ヲドウシテモ必要ト認メタル理由根據
二、アノ時機ニオイテ必要ト認メタル理由スナワチ一日モ速カニ實行スルヲ必要ト考エタル理由
三、自分ラガ決行スルヲ必要ト考エタル理由
ノ三ツニ分ケテ申シ上ゲヨウト思イマス。
・
一 直接行動ヲドウシテモ必要ト認メタル理由根據
1 國家内外ノ情勢ニ對スル認識ヨリシテ他ノ方法ナシト確信シタルコト
私ガ認識致シマシタ國家國民ノ現狀トイウモノハ 危急切迫 コレヲ一日モユルガセニスルコトガデキヌモノデアリマシタ。
( コレニツイテ、二 ニオイテ申シ上ゲマス。)
コノ結果私ハ一日速カニ改革ヲ斷行スル必要ヲ痛感致シマシタ。
シカルニコノ危急切迫ノ際尋常ノ手段デハ断ジテ功ヲ奏シマセン。
非常ノ際ニハ非常ノ決心處置ヲトルハ戰闘ノ原則デアリマスガ、
國家ノ非常時、危機ニモコレヲ適用スルコトガ出來マス。
非常時ニオイテモナオカツ尋常ノ手段シカトラザルハ迂闊千萬ソノ愚笑ウベシデアリマス。
故ニ私ハマズ非常ノ手段ヲ要スベキヲ考エマシタ。
シカルニ非常ノ聲高クナツテヨリカナリ月日ガタチ、口ニ筆ニ絶叫スル人々ハタクサンアリ、
政黨デサエモコレヲ口ニハシテイマスガ、シカシ實際ニオイテ果シテ何ガ行ナワレタデシヨウカ。
文字ガ功ヲ奏シ得レナラバ
發達セル新聞雑誌ソノ他ノ出版物ノ現狀ヲモツテ何ラノ功ナキヲ咎とがメナクテハナリマセン。
社會ノ木鐸タル新聞紙モ、眠レル、否 腐敗セルモノノ一ツデハアリマセンカ。
言論ハ如何。
コレニツイテモ文學ト同様ノコトハ言ワレマス。
マタ政見、政策施設等ガ何ラカ著大ノ効果ヲアゲ得タデシヨウカ。
民政黨ガ立ツテモ政友會ガ立ツテモ國難ハ マスマス大トナリ、危機ハイヨイヨ深刻化スルバカリデアリマシタ。
政當カモソレラノ人達ガ大童おおわらわデ立廻ツテミテモ何モデキナイデハアリマセンカ。
ココニオイテ私ハ合法的ナ尋常手段ハ何ラ爲スナキヲ覺リマシタ。
少ナクトモコノ窮迫セル局面ヲ打開 ---現下ニ処シテ最モ切要ナル--- スルタメニハ、
殘サレタモノハタダ直接行動ノミデアリマシタ。
コレハ一體何ヲ意味スルデシヨウカ。
私ハ現下ノ日本ノ問題ハ政策トカ施設トカバカリデハ決シテ救イ難ク、
否 ソレヨリモツトモツト根本的ナ魂ノ徹底的覺醒ニヨリ始メテ更生シ得ルコトヲ示スモノト考エマシタ。
ココニオイテ私ハ國民精神ノ根本ヨリ覺醒セシメテ、
コノ精神的更生ヲスベテノ國家現象ニ活現セシムベク樞要部ニ對シ手術ヲ試ミタノデアリマス。
コレガ私ドモノアノ行爲ヲ必要ト認メタ第一ノ理由デアリマス、
ソシテコレガ最大ノ理由デアリマス。
・
2 歴史的事實ニヨリ國家革新過程ノ一大轉機トシテ直接行動ノ必要ナルヲ確信シタルコト
次に歴史的事實ガイカニシテ直接行動ヲ取ルニ至ル根據トナツタカト申シマスト、
ソレニモイロイロアリマスガ最モ深ク考察シ、シタガツテソノ影響ヲ受ケタルモノハ國史、
ナカンズク明治維新史デアリマス。
オヨソ歴史ガ世ニ學バレル理由ノ最大ナルモノハ
ナマナマシキ事實ヲモツテ將來ノ當爲ヲ敎エ示シ、進化ノ指針トナル點ニアルト存ジマス。
シカシテ興亡隆替是非得失ハ史上ニ明ラカニソノ跡ヲ留メテイマスカラ、
イヤシクモ天下國家ヲモツテ念トスルモノガ史ニツイテ多ク學ブトコロノアルハ當然ノコトデアリマス。
シカモ日本人ニトツテハ國史、中ニモ明治維新史ハ事ノ性質上私ドモニ最モ多クヲ敎エ、
ソノ行爲精神ニ影響スルトコロハ實ニ莫大ナルモノガアリマシタ。
ココニ一言申シ上ゲテオキタイコトハ、
私ドモハ徒ラニ歴史ノ拙劣ナル反復ヲ演ゼントスルモノデハアリマセン。
進化、ヨリヨク、トイウコトハ改造ソノモノノ本質ヨリシテ私ドモノ決シテ忘レザルトコロデアリマス。
シカシ歴史ハ一大事實デアリ事實ニハ誰ガ何トイツテモ、絶對ニシテ疑ワントシテ疑イ得ザル眞理ガアリマス。
百世ヲ貫ク眞理ガアリマス。
私ハソレヲ確信シテ歴史ニ自己ノ当爲ヲ學ビマシタ。
シカシ私ドモハ輕々シク歴史ヲ範トシタノデハアリマセン。
人間性ヤ自然性ヨリモ考エテ歴史ノ明示スルトコロニ眞理を認メテコレヲマナンダノデアリマス。
・
一體國家ノ大改革ノ跡ヲヨク観察シテミマスト、オオヨソ三段ニ分レルカト存ジマス。
マズ先覺者ノ思想的覺醒、次ニ先覺者ノ具體的ナ實動、次ニ一般ノ覺醒オヨビ本格的ノ改革
トイウ順序ニナルヨウニ考エラレマス。
ソシテ古今東西ノ史ニ見エマシタル大改革ニオイテハ、タイテイコノ順序ヲ經テイルヨウニ私ニハ考エラレマス。
シカシテ第二ノ先覺者ノ實動ハ多クノ場合旧勢力ノ打破が主トナリ ---理想ノ雄大ナルベキハ勿論ナガラ---
シタガツテ現存ノ主勢力ニ抵抗シテ敢行スル關係上タイテイ第三段ノ先驅トシテソノ楚石トナリマス。
確カニコレハ一種ノ犠牲的行爲デアリ、コレヲチヨツト外形上ヨリミル時ハ イワユル捨石トナルヨウデアリマス。
シタガツテ三段階ノイズレトイエドモ大局ヨリミレバ決シテ輕重ハアリマセヌガ、
シカシソノ性質上ドウシテモ第二段ガ一番困難ナヨウニ思ワレマス。
第三段ニ至ツテハ一般ガ覺醒シ有志ノ士ハマスマス奮起シ 新建設大成ノ業トナリマスガ、
コレハ一般民衆ニシテ覺醒セバアエテ困難ナコトハナイト存ジマス。
・
サテ コレヲ維新史ニツキ考察シテミマスト、
第一段ニ相當スルモノハアマリ遠ク遡さかのぼレバ際限ガアリマセヌカラ、
マズ 淺見絅斎ノ 『 靖献遺言 』、頼山陽ノ 『 日本政記 』、『 日本外史 』 ハコレニ相當スルト思イマス。
マタ 竹内式部、山県大弐ノ宝歴明和ノ変モチヨツト第二段ノゴトクニ見エマセヌデモアリマセヌガ、
私トシテハコレハ第一段ニ属スルト考エテイマス。
シカシテコノ國内ニオケル思想的覺醒ガ黒船來ノ前後ヨリノ外來問題ノ勃發トカラミアツテ、
嘉永安政トジヨジヨニ改革ノ機運を熟成セシメテユキ、遂に第二段ニナツタノデアリマス。
シカシテ私ハカノ櫻田斬奸ノ擧動、
スナワチ水薩十八士ノ井伊大老襲殺事件ヲモツテ明治維新ノ一轉機トミルモノデアリマス。
シカシテコノ挙ヲ第一段トシテ頻々トシ各地ニ行ナワレタル義擧トイイ 暴動ト稱セラルルモノハ、
皆コノ第二段ニ属シ、ソノ數ハ明治維新ガ空前ノ大事業タリシ關係上ハナハダ多ク、
最モ有名ナモノヲ擧ゲテミマシテモ 坂下ノ擧、寺田屋騒動、大和十津川ノ擧、池田屋事變、
禁門ノ變、出流山ノ變 等ハ皆コレニ属シテオリマス。
コレラハ集團的ノ最モ大ガカリナノヤ特徴ノアルモノヲ擧ゲタニ過ギマセンガ、
ソノ他ノ個人的ノ小サナモノハ枚擧ニイトマナイグライデアリマス。
シカシテコレガ慶應参年秋 王政復古ノ大號令渙發ノ時ニオヨンデオリマス。
コレヨリ後ハ萬人周知ノゴトク御一新ノ建設的事業ニ属シテオリマス。
・
以上明治維新史ノ進轉ヲ観察シテミマシタガ、
コレヲ現時ノ日本ノ情況ニ照シ合セテミマスト ハナハダ相似テイルコトヲ發見スルノデアリマス。
スナワチ各種啓蒙的ノ運動トイイ、國内ノ諸問題トイイ、正ニ維新史ノ第一段ニ相當スルト考エラレマス。
シカシテ私ハ第一段ハスデニ進行シ終エ、正ニ第二段ニ移ルベク時機ヨク熟セルモノト考エマシタ。
私ハ國難スデニハナハダ大、思想的啓蒙モ足レリ、爆破ノ装置ハ完了シタ、
今ハタダ點火スルノミ、點火シサエスレバ爆發スル、も早議論ノ時デハナイ、實行蹶起アルノミ、
イカニ國難トカ非常時トカ聲ヲ大キクシテ叫ンデ當路者ヲ非難シテモ、
一ノ實行ヲ欠イデハソレハ空論ニスギヌ、
マタ イカニ大ナル理想ヲ唱エテモ口先ダケノコトナラ コレマタ空想デアル。
スナワチ今ハ烈士南八郎ガ歌ツタヨウニ 「 議論ヨリ實行ヲ行ナエ 怠ケ武士國ノ大事ヲヨソニ見ル馬鹿 」
ヲ第一義トスベキ時ト考エタノデアリマス。
シカシ考エテミマストコノ第二段ハ先ニモ申シ上ゲマシタルゴトク、
第三段ノタメノ前衛戰デアリ、主力タル第三段ノ事業ヲ有利ニ導クヨウニ努メナクテハナラヌ關係上、
ソノ自身トシテハ大苦戰ヲナシ
戰闘ノ全局ヨリミル時ハ
一ノ犠牲トナルヨウナ譯デアリマスカラコレハ容易ナコトデハアリマセン。
シカモ モシ第三段ニシテサラニ續行スルコトナクンバ、
コノ第二段ハアルイハ大シタ意味スラモヌヨウニナルカモ知レヌモノデアリマス。
コレハ犠牲ノ意味ヲ深刻ニシ実行ノ困難ヲ倍加致シマス。
スナワチ難中ノ難事デアリ、ソノ代リマタ最モ大切ナル行爲デアリマス。
ココニオイテ私ドモハコノ難事ヲ敢行シ、
光輝アル明治維新ヲ生ムノ楚石トナリマシタル 幕末維新殉難烈士ノ大事業ト精神トヲ精察致シマシテ、
「 烈士ト同様ミズカラモ國家革新ニ志ス身トシテ 」
異常ナル感激を覺エ影響ヲ受クルトコロガ頗ル大デアリマシタ。
・
謂おもエラク、今ヤ正ニ昭和維新ノ叫ビガ大キイ。
シカシテ今次ノ維新ニオイテモ日本ニハ日本的精神ト方法トガアリ、
ソノ標本トモナルベキハ明治維新デアル。
各種條件情況ノ酷似セル點ニオイテモ 明治維新ノ完成トイウ意味ニオイテモ
昭和維新ハ 明治維新ニソノ精神ト業トヲ繼續シ、當時ノ歴史ノ進行ニ鑑ミ、當時ノ國土ノ行履ヲ學ブベキデアルト考エマシタ。
カクノゴトキ認識ト信念トヨリシテ私ドモガ目標トシタトコロハ櫻田ノ義擧デアリマシタ。
ヨツテイササカ今事件ニ対スル史論を申シ上ゲマス。
櫻田ノ義擧ハ外見上デハ十八人掛リデ大老トイウ者ノ首ヲ一ツトリ、
ホトンド全部ノ者ガコレト首カエヲシテシマツタノデアリマス。
否、烈士ラガ計畫セラレシトコロハモツト大規模デ、實ハ十八士ハ前衛マタハ尖働隊トイウ性質ノモノタルニ過ギズ、
本隊ハ金子孫二郎、高橋多一郎ノ二傑ガ西上シテ、薩藩ノ兵力ト諸國ヨリ參集ノ有志トヲモツテ京畿ノ地ニ錦旗ヲ奉ジ、
王政復古ヲ圖ラントシタノデアリマスガ、コノ計畫ハ大失敗ニオワリ、
二傑ハ自刃オヨビ捕斬ニテ最後ヲ遂ゲ、結局ハコノ人々モ井伊ト首ノ取リカエヲシタニスギマセン。
ソノ他ニモ犠牲者多ク三十名バカリガ櫻田ノ義擧ニヨリ犠牲トナリマシタ。
コレヲ形ノ上カラミ、マタコレヲ小サナ眼孔デ眺メマスト、トモスルト馬鹿ラシイコトノヨウニ思エマスガ、
シカシコレヲ精神的ニ考エカツ維新史ノ全局ヨリ観察シマスト、ソノ意義タルヤ實ニ大ナルモノガアリマス。
烈士ノ擧ガ全國有志ノ士ニ異常ナル感激を与エ ソノ奮起ヲ促シ、
タメニ第二、第三ノ烈士ヲ生ジタルソノ精神的意義ノ絶大ナルコト、
イヤシクモ維新史ヲ學ンダ人ナラバ誰デモ熟知スルトコロデアリマス。
「 ソノ後聯年頻々トシテ實行セラレタ各地ノ義擧ハミナ桜田烈士ヲ學ビ コレト全ク精神ヲ同ウスルモノデアリマシタ。」
シカモ深キ考察ヲ廻めぐラセバ 一箇ノ井伊ノ首ト二十、三十ノ烈士ノ首ト引カエタコトハ、
決シテ愚デナク拙デナク、形ノ上ニオイテモ偉大ナル功業デアリマシタ。
如何トナラバ井伊ハ マサニ倒レントスル大厦タル徳川幕府ニ對スル最後ノ支エノ巨木デアリマシタ。
故ニコレヲ除クコトハ 當面ノ目的タル討幕ヨリスルモ一ツ先ノ目的タル王政復古ヨリスルモ、
最モ必要カツ重大ナル事業デアツタノデアリマス。
果セルカナ 爾後文久、元治、慶應ト改革的機運ノ進轉ハ實ニ目ザマシイモノガアリ、
十年ナラズシテ復古一新ノ大業トイウコトニナリマシタ。
カク観察シマスト、櫻田ノ義擧ハ幕末勤皇運動ノ全局ニ最モ重大ナル意義ヲ有シ、
正ニ維新史ノ進行ニトツテ決定的ナル一契機ト目スベキデアリマス。
櫻田ノ擧ハ外見上鐡砲ノゴトクニシテ、深察スル時ニハコレガ實ニ巨彈タルヲ知ルノデアリマス。
私ガ維新史ヲヒモトキ、ココマデ観察シ來リ、コレヲ現下ノ日本ノ情勢ニ処スベキ當爲ノ指針トスル時ニオイテ、
私ドモが奸魁ニ天誅ヲ加エントシ決心ニ到達シタル理由 オヨビ 私ドモノ氣ノ精神ト行爲トガ包含スル意義、
歴史的意義ニツイテハ今更喋々致スマデモナク分リニナルコトト存ジマス。
・
ココニ私ドモハ自己ノ進ムベキ道、執ルベキ手段、
否、昭和維新ノ改革的段階ニオケル一覺醒者トシテノ自己ラノ當爲ヲ自覺シ、
ソノ理論的根據ヲ我ガ國史ノ事實ニ得來ツタ譯デアリマス。
以上ノゴトク史観ヲ申シ上ゲマシタガ、
シカシ私ドモハ維新史ニオケル櫻田ノ義擧以後ノスベテノ直接行動ヲヨシトスルモノデハアリマセンケレドモ、
櫻田ノ義擧ダケハ絶對ニ必要デアツタコトヲ確信致シマス。
海軍ノ故藤井少佐ハ海軍側同志ノ先輩啓蒙者デアリマシタガ、・・・リンク→ 藤井斉
四五十ノ首ヲ帝都ニ晒ス覺悟ヲモツテ、決死ノ同志ガ奮起シ 改革斷行ノ火蓋ヲ切ルナラバ、
日本ハ必ズ更生シ大飛躍シ爾後ノ進展ハ期シテ待ツベシ、
故ニコノ四五十ノ楚石ガ必要デアルトイウ意見ヲ持ツテイタ ソウデアリマスガ、
私ハソノ意見ニ全然同意デアリマシタ。
私ハ自分ラノ行爲ガ直チニ目ニ見エテ 天下國家ノオ役ニ立ツカドウカハアエテ豫想モデキマセンデシタ。
日本人ガ大和魂を失ワザル限リ私ドモノ行爲ガ芽ヲフクコトモアロウト考エマシタ。
否 私ドモハ日本人ヲ信ズレバコソ 國家國民ノ將來ニ偉大ナル希望ヲツナイデ 喜ンデ點火劑タラントシタワケデアリマス。
日本オヨビ日本人ガモハヤ息モ血モカヨワヌ腐肉ナラドウシテヤリ得マシヨウカ。
・
3 輕重先後ノ価値批判ニヨリ直接行動ヲ必要ト認メタルコト
私ドモハ直接手段ヲトルカラニハ 國法ヲ犯シ軍紀ヲ紊みだリ 本分ニ背キ 大命ニヨラズシテ勝手ナ行動ヲスルコトニナリマスガ、
コレラノ事ノ重大ナルコトハ深ク承知シテオリマシタ。
シカモコレラノ重大事ヲ犠牲ニシテマデモ決行シナクテハナラヌト考エタ理由ハ次ノゴトクデアリマス。
一體イカナルコトデモ一カラ十マデ結構ナコトガアロウワケハアリマセン。
物事ヲナスニハ目的ノ定立ニヨリ諸価値ノ取捨選擇トイウコトガ行ナワレルノデアリマスカラ、
ソノ目的ニ従イ、アル部分ハ犠牲トシテ要點ニ全力ヲ傾注シ、イワユル重點形成ヲ行ナワナケレバ成功ヲミルコトハデキマセン。
ソモソモ私ドモノ目的ハ 私ドモガ危機ニアリト認識シタ日本國家ヲ救ウコトデアリマスガ、
シカシテ ソノタメ自己ガ現下ノ狀況ニ處シテトリ得ベキ手段ヲ直接行動ノ一途ト認メマシタ。
ココニオイテ私ドモハ他ノ一切ノ大事ヲ犠牲トシテモ
危急ノ祖國ヲ深淵ヨリ救イ上ゲルコトノデキル唯一ノ方法タル直接行動ニ全力ヲ注ガントシマシタ。
カクテ右ラノモノハ重イガシカシ非常ノ危機ニオイテ背ニ腹ハカエラレヌト思ツテヤルニ至ツタノデアリマス。
カノ日蓮上人ガ
「 スベテノ中ニ國ノ亡ビルコトガ第一ニテ候 」
トイウ警告ヲ発シテオリマストオリ、
國法ニシロ 私ドモ現在ノ本分ニシロ、
日本帝國トイウモノガ 嚴トシテ存在スレバコソ意義ヲモツモノデアリマス。
國家ノ安否存否トイウコトハ第一義根本ノ問題デ他ハ皆第二義デアリマス。
故ニ國家ノ現狀ニ對し前ニ申シ上ゲマシタヨウナ認識ニ達シタル私ドモハ、
輕重先後ノ価値批判ヲナシタル時コソ第一義根本問題ニ全力を傾注シ、
コノ目的ヲ達シ得ベキ唯一ノ方法ナリト確信シタル手段ヲ選ンダノデアリマス。
シカシテソレヲ眞ノ意義ニオケル忠君ト考エマシタ。
大御心ニ合スルモノデアルト私ハ信ジマシタ。
如何トナレバ我ガ日本ハ愛國スナワチ忠君デアルカラデアリマス。
國家非常ノ危機ニ際シテハイタズラニ平常ノ杓子定規ニ從ウコトハデキマセン。
非常ナル危機ニオイテナオ未ダ非常ノ覺悟ヲ起サナイノガ現下ノ大欠點ダト私ドモハ考エマシタ。
明治維新ハ非常時ニオイテ非常ノ手段ヲ實行シタル最モ大ナル マタ 卑近ナ例ヲ考エテミマシテモ、
例エテミマシテモ 人間生活ニ富財トイウモノハ大切デ事実マタ人ノ最モ愛惜スルトコロデアリマスガ、
人モシ死ニ瀕シタ時ニナオカツ財ノコトヲ云々スルデシヨウカ。
必ズヤ命ノ助カランコトニ全力ヲ傾注スルデシヨウ。
富トカ財トカイウ物ハスベテ人生、生活上ノコトデ生ヲ世ニモテバコソ価値モアリ意義モアルノデアリマス。
コノ人ハ恐ラク死ニカカツタ命ガ延ビルナラバ全財産デモナゲ出スデシヨウ。
「 スナワチ 私ドモハ瀕死ノ日本ノ生命ヲ救イ甦エラシ 健康ヘ復シタイタメ全力ヲ傾注シ
日本國家ノ重宝タル國法ヤ軍紀ヲサエモ 犠牲ニシヨウトシタノデアリマス。」
本來輕重ノ判斷を忘レ 徒ラニ規繩ニ泥なずムコトハ非常ノ際ニトルベキトコロデナイト思イマシタ。
シカシ現實ニ最モ大切ナル法ヤ軍紀等ヲフミニジルトイウ點ニツキマシテハ、
ソノ罪ノ大ナルコトハドコマデモ痛感シテイマシタ。
故ニタダ一死ヲモツテソノ万分ノ一ヲ償ウ考エデアリマシタ。
ソノ重キ罪ヲ負ウテ死屍ヲ鞭むちうツテモナオ苦シトセザル覺悟デスベテヲ超越シ、
タダ最大緊切ノ目的ニ嚮イ一意邁進シタノデアリマス。
・
4 人間性自然法ヨリミテ直接行動ヲ必要ト痛感セシコト
次ニ人間性ヤ自然法ノ上カラモドウシテモ非常手段ガドウシテモ必要ト考エラレマシタ。
私ハ日本ノ識者 否 少シ眼ノアル人間ナラ理屈ハ十分ニ分ツテイル。
十分認識ガアルコトト信ジマシタ。
シカシ幾ラ理屈ガ分ツテイテモソノ身ニシミジミト感ジナケレバ行爲ニ對スル決意トイウモノハ起キマセン。
シカシテコノ決意ニ到達スルコトガナカツタナラバ幾ラ立派ナ言論ヲ立テマシテモ、
ソレハ畢竟ひっきょう空理空論ノ無駄ナ反復ニスギマセン。
一體人間トイウモノハ横着ナモノデヨホドナ事ガナイトシミジミト痛感シナイモノデアリマス。
ツマリ體感トカ經驗トカイウモノニ達シ難イモノデアリマス。
昔ノ偉イ宗敎家ハ 「 驚ケ 」 トイウコトヲ申シテオリマス。
驚クコトハトリモ直サズ偉大ナルモノヲ把握スルモノデアリ、コレハ體驗ヲ意味シマス。
體驗ホド尊イモノハアリマセン。
例エバ人ハ體ヲ大切ニイナクテハナラヌトイウ事ハ、己ヲ知ツテイナガラ事實ハナカナカ大切ニシナイモノデアリマス。
シカルニ一度病氣ニデモカカルトシミジミトコレヲ痛感シ大切ニスルヨウニナルモノデアリマス。
コノ際一ツノ病氣ハ數十册ノ医學衛生ニ勝レコト萬々デアリマス。
コノ意味ニオケル警策ヲ天下全國民オヨビ支配階級ニ對シテ与エント欲シタイノデアリマス。
何モ病氣ソノモノスナワチ直接手段ソノモノハ尊ムベキコトデモ、
ホムベキコトデモアリマセン、タダ目的ヤ條件狀況ニヨリ意義ヲ生ズルコトトナルノデアリマス。
眠レル國民ノ眼ヲ覺破スルコトハナカナカモツテ一通リノコトデハ ムツカシクアリマス。
マタ 腐敗セル不義非道ノ支配者等ニソノ惡徳ニ對スル天罰報應ノ恐ルベキコトヲ痛感セシメルモノハ
直接行動ニヨル天誅以外ニ何モアリマセン。
百千言説モ何ノ恐シイコトモアリマセンガ、モシ彼ラノ中ノ一人ニ天誅ガ加エラルレバソレハ直チニ
彼ラ全部ニ強烈切實ナル警告トナルモノデアリマス。
私ドモコノ人間性ノ機微ヲ考エマシタ。
人間性トイウモノハナカナカ御シ難イモノデアリマス。
小學校ノ先生ハ児童ヲ躾しつけルノデモ、イクラ言ツテ聽カセテモマダアキズニ
惡サヲスルモノハゲンコノ一ツモ喰ワセタリ身ニシミテ感ゼシメラレルヨウナ手段ヲトリマス。
民衆ノ群集心理モソノ原則ハコレト違ウトコロハアリマセン。
暴力ヲ否定シタル釋迦デサエモ方便説カハ知レマセヌガ、破法一闡提せんていニ對シテハ刀杖ヲ加エテヨイ。
否 破法闡堤ニ刀杖ヲ加エルモノハ 仏法上ノ大偉勲者デ、
成佛ノ困難トナルトイウヨウナ事ヲイツテ ドウシテモコウシテモ仕方ノナイ奴ニハ 正義ノ劍ヲ加ウルコトヲ 許シテイマス。
日蓮上人ハソレヲソノ著書 『 立正安國論 』 中ニ引用シテソノ有名ナル説服主義ノ根據トシテオリマス。
以上ノゴトキ観察ガマタ私ドモノ信念ヲ強メル根據トナリマシタ。
マタ自然法カラミテモ同様デアリマス。
一體非常手段、直接行動ヲトレバシタガツテ犠牲者トイウモノヲ生ジマス。
コノ犠牲ヲ出ストイウ理由デ直接行動ヲ否定スル人モアリマシタ。
シカシ私ハコレヲ短見ナリト考エマシタ。
犠牲ハ誠ニ悲シイコトデハアリマス。
シカシ大ナル目的ノタメニハ止ムヲ得マセン、
オヨソ大事ヲ行ナワントスルノニ犠牲ノ生ジナイワケガアリマセン。
「 大義親ヲ滅ス 」等トイウ言葉ガアリ、オヨソ世ノ中ノコトハ皆ソウイウ風ニナツテイマス。
自然ノ常法デアリマス。
犠牲ナカランコトヲ欲スルナラバ百年待ツテモ物事ハ成就シ難イノミカ、
カエツテ機ヲ逸シテ失敗スルニ至ルデアリマシヨウ。
例エバ盲腸炎ノゴトキ急ナ カツ 重イ病氣ニカカツタ時、医師ハ 「 メス 」 ヲモツテ腹ヲサキ盲腸ヲキリトツテ了イマス。
コレニヨツテ全體ノ全キヲ得テ健康ヲ回復スルニ至リマス。
コノ場合盲腸ソノモノニトツテハ確カニ一ツノ手痛イ犠牲デアリマス。
盲腸ハ死シテシマイマス。
マタ 「 メス 」 ヲ腹ニ立テルトイウコトハナカナカ非常手段デアリマス。
盲腸デモナクナツタラ腹ヲサコウ等トハ夢ニモ考エラレヌコトデアリマス。
シカシ全身體ノ大事ノタメニハ非常手段トシテ身體ノ一部ヲ犠牲トシマス。
犠牲デハアリマスガ体ヲ毒スル存在タル上カラハ、コレヲ斷除スルハ自然法ノ常則トシテ許サレネバナリマセン。
マサカコンナ場合腹ヲ切リサクノヲ非常手段ダカラ嫌ダトカ、盲腸ヲ除クノニソレガ嫌ダトカ、
盲腸ヲ除クノニソレガ犠牲トナルカラトテ反対スル人ハアルマイト思イマス。
私ドモノ行爲モコレト同ジ理屈デアリマス。
腐敗セル現支配階級等ヲ私ドモハ 日本帝國トイウ身體ニ對スル癌デアリ 病根ノ盲腸デアルト考エマシタ。
シカモ病態ヲ生命ニ關スル危篤ト診斷致シマシタ故ニ、
遂ニ 「 メス 」 ヲ執ツテ非常療法ヲ決行シ 日本帝國トイウ一存在ノ生命ヲ救ワントシタノデアリマス。
以上イロイロ申シ上ゲマシタコトハ
私ドモガ直接行動ヲドウシテモ必要ナリト考エ カツ 実行シタル理由根據デアリマス。
最後ニ一ツ申シ添エマスガ、
國家革新ノ熱意ニ燃エタ私ドモニ 特ニ支配者ノ自覺ト 國民ノ反省トヲ
直接ノ主目的トシテ革新ノ緒戰ヲ決行シヨウトシタ私ドモニハ、
身分境遇等ノ關係上直接行動以外ノ方法ハ許サレマセヌデシタ。
スナワチアラユル情況狀件ガ私ドモニ直接行動ヲ敢行セシメタノデアリマス。
次頁 士官候補生 後藤映範 五・一五事件陳情書3 「 動機目的 2 」 に 続く
五 ・一五事件における士官学校生徒を代表して後藤の記述した陳情書。
行動をその原因・動機・目的に分けて詳細に述べ、思考と行動の連関を簡明に表現している。
一九三三年九月、関東軍司令部 『 五 ・一五事件陸軍軍法会議公判記事 』 より 抄録。