○しばらく休載してました。このときの師匠にお別れを言いに行ってきました。帰ってきて、次の日からすぐいつもの通り仕事が始まり、特にその話をすることもなく普通に生活してるつもりなのですが、駄目です。感情が固まって動かなくなってしまったみたいで、笑ったり怒ったりできない。親父の時も数ヶ月か1年位、そうでした。これは簡単には治らないのはわかっているので、無理はしないつもりです。年に何回か、いろんな人のおめでたなり、お別れなりはあるけれど、自分の気持ちに嘘はつけない。向き合うと、虚飾のようなものを剥ぎ取られてしまう。つまり、そういう師匠だった、ってことです。まだすべてが夢の中の事のようで、現実感が全くありません。でも、部屋の中におっきいやつがいる…ということは、やっぱり行ってきたのは現実なんだな、と思うけど(もっと楽しいことで行けたらよかったな)。
本日のBGM:「必殺仕事人2009」第四回 ゲスト:市川亀治郎、石倉三郎、梨本謙次郎、有川博、他(KBC)
帰ってきたら始まっていてこのシリーズを初めて見た。ドラマ的にはカピ様や石倉氏が画面を引き締めていて、なかなか昔の必殺ぽく「ワルな話」になっているので見てしまった。主水の順番が昔のおりくさんみたいな位置だった。昔の音効が使われているので、どうしても飾り職人や按摩屋や三味線屋が条件反射的に脳裏にちらついてしまうのが難儀だが。
「報道ステーション」(同)「TVガイドの歴史」特集をやっていた。ただ、一緒に流れている数々の現在進行形のニュースと合わせて見るにつけ、視聴者はもうそんな時代の気分じゃないということを、別に恥じる必要はないだろう。たとえば御用評論家みたいな人が「テレビはもう少しわくわくさせるようなものを」と言ってるとしても、TV雑誌の表紙に季節物で何が恒例で載るかが最初から出来で決まっているような場合、プロパガンダの幻想は剥がれつつあるといってもいいのではないだろうか。利用したい側にとっては所詮芸能ってもんはそういう気晴らし洗脳の役割だけなんだ、というひともあるかもしれないが、レトロ懐古主義の販促効果も、余裕がなくなってくれば、もうそろそろ終わりだと思う。で、御馬鹿バラエティ満載の後で、急激に実利的な時勢に合った硬派番組を中心に、なんて言って動き始めた時は、今度は免疫が落ちてる時に大量に新ウイルス撒かれるみたいなもんだから、一斉に挙国一致大政翼賛みたいなのにも要注意なのか。もう60年前に飽きてるとはいえ、その頃の人はこうして毎日少しずついなくなっていくから。と、「緒形拳さんお別れ会」のニュースを見ながら思うのであった。(20090206)