昨日は、西谷から川崎市幸区まで歩く。
川崎のたけくま酒屋の試飲会に行くために、
昨日とはルートを変えて、国道一号線ではなく、
西谷から新横浜に出て環状2号線を川崎方面に向かい、
末吉橋を渡ってから矢向の駅を通過し、神明町まで行った。
途中余り迷うことはなく、3時間ほどで着いた。
昨日とは違い、少し涼しかったので歩きやすかった。
たけくま酒店2Fで行われる試飲会へ行き、
様々な日本酒の利き酒をするが、ここで感じたことは、
色々飲むと舌の感覚も微妙に揺れてくるということ。
感覚とそれに基づく評価は時や状況により、人それぞれ違うので、
結局はその時自分がうまいと思ったものを
選ぶしかないかなということ。
店で買ったのは、「尾瀬の雪どけ」の純米吟醸原酒と、
「夜明け前」の純米吟醸のひやおろしの日本酒2本と、
そして宮崎の麦焼酎「麦麦旭万年」の1本である。
「尾瀬の雪どけ」はくせのない辛口の日本酒。
「麦麦旭万年」は一般的な麦焼酎とは違い、
麦の香りのする個性の焼酎である。
「夜明け前」は個人的に好きな酒である。
途中聴いた曲は、1907年横浜生まれの須賀田礒太郎の作品。
若い頃から結核を患っていたこともあって、
関東学院の中学を中退したあとは、個人レッスンを受けながら、
作曲法を最初は山田耕作と信時潔に学び、
1931年からは菅原明朗の弟子になった。
1930年代後半からコンクールで自分の作品を応募し、
入選することで、彼の名声は高まっていった。
「交響的序曲作品6」は1939年に作曲された。
1940年の皇紀2600年の奉祝曲として考えられた。
曲はCDの解説にもあるようにヒンデミット風に書かれ、
重厚な感じで始まる音楽は、主題を展開しながら、
いかにもドイツ音楽的な構築性をもっている。
8分以降の曲調が変わり、アレグロの部分は、
ヒンデミットの交響曲「画家マチス」の第1楽章の
主題をもとにフーガ的に展開していく。
最後は壮大に、そして華やかに終わるが、
主題をヒンデミットからとってくるあたりなど考えると、
習作的な感じがしなくもない。
(著作権の問題はどうなっているのかなあ?)
「双龍交遊之舞」は、同じく皇紀2600年の奉祝曲として、
1940年に作曲されたが、うってかわって日本的である。
雅楽の舞の様式「序」「破」「急」の3つで構成される曲の
「序」の最初は、フランス音楽かと思わせるが、
そのあと雅楽の「納曽利」を基とした主題を奏で、
しかしその後西洋的な音楽となり、和洋折衷の趣をなす。
「序」で提示された「破」でも引き継がれるが、
ゆったりとした雅楽風の部分が、変奏しつつ繰り返される。
「急」も「序」と同じ主題をフルートが吹き、軽快に始まる。
2分半前後にファゴットが繰り返す下降する音型などは、
ストラヴィンスキーの交響詩「うぐいすの歌」から
明らかに影響を受けているという印象を受ける。
曲は主題を中心に壮大なクライマックスを迎え、
最後は意外にあっさりした終わり方で曲を閉じる。
バレエ音楽「生命の律動」は1950年に作曲された。
3つの曲によって構成されるが、第1曲の冒頭からして
ストラヴィンスキーのバレエ音楽からの影響は濃厚である。
最初の方は「春の祭典」第2部の「序奏」から、
「乙女たちの神秘的な集い」の部分にとても似ているし、
途中も「ペトルーシュカ」「火の鳥」からの引用を感じさせる。
第2曲は「春の祭典」の「祖先の儀式」や
「ペトルーシュカ」の第4場を思わせ、
いたるところでストラヴィンスキーの音楽になっており、
いったいどうなっているんだという感じである。
第3曲のゆっくりとした冒頭の部分で、
やっと日本らしい部分が出てくる。
そのあと曲は荒々しい音楽へと変わっていく。
後半は東洋的な旋律をもとに展開していくが、
(これも交響詩「うぐいすの歌」を想起させる)
曲は最後不協和音の中、あっけなく感じで終わる。
作曲者の創作に対する迷いを感じさせる曲である。
「東洋の舞姫」は、1941年の作品である。
東洋的で親しみやすく、今までの曲調とは違い、
明らかにロシアの国民学派風の音楽である。
イッポリトフ=イヴァノフなどを想起させ、
「コーカサスの風景」のようなエキゾティックな曲である。
それにしても須賀田礒太郎は色々な西洋の作曲家の影響を
ある意味そのまま吸収しようとしているところがあり、
彼の実像を掴むことがなかなかできず、評価は難しい。
私がこの中から感覚的にいいと思うのを選ぶとしたら、
迷うことなく今は「双龍交遊之舞」だろうな。
川崎のたけくま酒屋の試飲会に行くために、
昨日とはルートを変えて、国道一号線ではなく、
西谷から新横浜に出て環状2号線を川崎方面に向かい、
末吉橋を渡ってから矢向の駅を通過し、神明町まで行った。
途中余り迷うことはなく、3時間ほどで着いた。
昨日とは違い、少し涼しかったので歩きやすかった。
たけくま酒店2Fで行われる試飲会へ行き、
様々な日本酒の利き酒をするが、ここで感じたことは、
色々飲むと舌の感覚も微妙に揺れてくるということ。
感覚とそれに基づく評価は時や状況により、人それぞれ違うので、
結局はその時自分がうまいと思ったものを
選ぶしかないかなということ。
店で買ったのは、「尾瀬の雪どけ」の純米吟醸原酒と、
「夜明け前」の純米吟醸のひやおろしの日本酒2本と、
そして宮崎の麦焼酎「麦麦旭万年」の1本である。
「尾瀬の雪どけ」はくせのない辛口の日本酒。
「麦麦旭万年」は一般的な麦焼酎とは違い、
麦の香りのする個性の焼酎である。
「夜明け前」は個人的に好きな酒である。
途中聴いた曲は、1907年横浜生まれの須賀田礒太郎の作品。
若い頃から結核を患っていたこともあって、
関東学院の中学を中退したあとは、個人レッスンを受けながら、
作曲法を最初は山田耕作と信時潔に学び、
1931年からは菅原明朗の弟子になった。
1930年代後半からコンクールで自分の作品を応募し、
入選することで、彼の名声は高まっていった。
「交響的序曲作品6」は1939年に作曲された。
1940年の皇紀2600年の奉祝曲として考えられた。
曲はCDの解説にもあるようにヒンデミット風に書かれ、
重厚な感じで始まる音楽は、主題を展開しながら、
いかにもドイツ音楽的な構築性をもっている。
8分以降の曲調が変わり、アレグロの部分は、
ヒンデミットの交響曲「画家マチス」の第1楽章の
主題をもとにフーガ的に展開していく。
最後は壮大に、そして華やかに終わるが、
主題をヒンデミットからとってくるあたりなど考えると、
習作的な感じがしなくもない。
(著作権の問題はどうなっているのかなあ?)
「双龍交遊之舞」は、同じく皇紀2600年の奉祝曲として、
1940年に作曲されたが、うってかわって日本的である。
雅楽の舞の様式「序」「破」「急」の3つで構成される曲の
「序」の最初は、フランス音楽かと思わせるが、
そのあと雅楽の「納曽利」を基とした主題を奏で、
しかしその後西洋的な音楽となり、和洋折衷の趣をなす。
「序」で提示された「破」でも引き継がれるが、
ゆったりとした雅楽風の部分が、変奏しつつ繰り返される。
「急」も「序」と同じ主題をフルートが吹き、軽快に始まる。
2分半前後にファゴットが繰り返す下降する音型などは、
ストラヴィンスキーの交響詩「うぐいすの歌」から
明らかに影響を受けているという印象を受ける。
曲は主題を中心に壮大なクライマックスを迎え、
最後は意外にあっさりした終わり方で曲を閉じる。
バレエ音楽「生命の律動」は1950年に作曲された。
3つの曲によって構成されるが、第1曲の冒頭からして
ストラヴィンスキーのバレエ音楽からの影響は濃厚である。
最初の方は「春の祭典」第2部の「序奏」から、
「乙女たちの神秘的な集い」の部分にとても似ているし、
途中も「ペトルーシュカ」「火の鳥」からの引用を感じさせる。
第2曲は「春の祭典」の「祖先の儀式」や
「ペトルーシュカ」の第4場を思わせ、
いたるところでストラヴィンスキーの音楽になっており、
いったいどうなっているんだという感じである。
第3曲のゆっくりとした冒頭の部分で、
やっと日本らしい部分が出てくる。
そのあと曲は荒々しい音楽へと変わっていく。
後半は東洋的な旋律をもとに展開していくが、
(これも交響詩「うぐいすの歌」を想起させる)
曲は最後不協和音の中、あっけなく感じで終わる。
作曲者の創作に対する迷いを感じさせる曲である。
「東洋の舞姫」は、1941年の作品である。
東洋的で親しみやすく、今までの曲調とは違い、
明らかにロシアの国民学派風の音楽である。
イッポリトフ=イヴァノフなどを想起させ、
「コーカサスの風景」のようなエキゾティックな曲である。
それにしても須賀田礒太郎は色々な西洋の作曲家の影響を
ある意味そのまま吸収しようとしているところがあり、
彼の実像を掴むことがなかなかできず、評価は難しい。
私がこの中から感覚的にいいと思うのを選ぶとしたら、
迷うことなく今は「双龍交遊之舞」だろうな。