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Mars&Jupiter

おおくぼっちの屋根裏部屋へようこそ!

カール・アマデウス・ハルトマンの交響曲第6番を聴く

2022-04-24 16:39:48 | 古典~現代音楽ドイツ編
今回取り上げるのは1905年ドイツ生まれの作曲家、
カール・アマデウス・ハルトマンが1951年から、
1953年の間に作曲した交響曲第6番である。
聴いたCDはインゴ・メッツマッハー指揮、
ハンブルク交響楽団の演奏による。
第一楽章アダージョは、ファゴットの音で始まる。
そのあとティンパニや金管楽器の音が入り、
続いて弦楽器が入り、それぞれの楽器の音が絡み合っていく。
空虚な感じから始まりダイナミックに盛り上がっていき、
打楽器や金管楽器により荒々しい音楽が展開されていく。
静寂と喧騒が交互に現れ、最後は静かに終わる。
第二楽章トッカータ・ヴァリアータ、プレスト-アレグロ・アッサイは、
金管楽器と打楽器ティンパニの音で荒々しく始まる。
そのあとは弦楽器のみとなり、疾走するように音型が繰り返され、
ティンパニの音がそれに重なっていく。
それはフーガ風でもあり、躍動感ある音楽が展開されていく。
ティンパニなどのパーカッションの活躍などもあり、
退屈することのない緊迫した音楽が続き、
最後は金管楽器と打楽器で高揚したところで終わる。

ヨハン・フランツ・クサヴァー・シュテルケルの交響曲第1番ニ長調作品35の1を聴く

2022-04-23 21:43:45 | 古典~現代音楽ドイツ編
今回取り上げるのは1750年ドイツ生まれの作曲家、
ヨハン・フランツ・クサヴァー・シュテルケルが作曲し、
1792年もしくは1793年に出版にされた、
交響曲第1番ニ長調作品35の1である。
聴いたCDはヴェルナー・エールハント指揮、
ラルテ・デル・モントの演奏による。
第一楽章アレグロ・コン・スピリートは、
打楽器も加わり力強く生き生きとした旋律で始まる。
もう一つの主題は対照的な優しい旋律である。
金管楽器や打楽器が入ることでところどころにメリハリが効き、
ベートーヴェンのような先取性がみられて面白い。
金管楽器と打楽器で盛り上がりをみせ最後は力強く終わる。
第二楽章ラルゲットは、弦楽器のみで始まり、
穏やかで優しい旋律が奏でられ、時折木管楽器などが絡んでいく。
ただ淡々と進行していくのではなく、ドラマティックになるところもある。
第三楽章メヌエット(アレグロ)-トリオは、
軽快で舞踏風の旋律に打楽器が入り荒々しさも加わる。
中間部のトリオは木管楽器が活躍し、のどかな感じである。
そのあとは冒頭の主題が繰り返され、最後力強く終わる。
第四楽章アレグロ・ヴィヴァーチェは、
弦楽器の軽快で愛らしい感じの旋律で始まる。
何となくモーツアルトを感じさせるところがあって面白い。
具体的に言うと曲の始まりがモーツアルトの
交響曲第39番の第四楽章に似ている部分がある。
聞き比べてみるとわかると思う。
最後は金管楽器が鳴り響き、堂々とした感じで終わる。

オットー・クレンペラーの交響曲第2番を聴く

2022-04-10 05:58:48 | 古典~現代音楽ドイツ編
4月に入り2週間が経ち、新しい生活に少しだけ慣れた感じです。
今回取り上げるのは1885年生まれのドイツの作曲家で、
指揮者としての方が有名であったクレンペラーが、
1969年に作曲した交響曲第2番である。
聴いたCDはアラン・フランシス指揮、
ラインラント=プファルツ州立フィルハーモニー管弦楽団の演奏による。
第一楽章は、弦楽器のユニゾンによる軽快な感じの旋律で始まり、
これが繰り返されたあと突然爆発したかのように金管楽器なども入り、
荒々しく力強い旋律が奏でられていき、金管楽器や打楽器が鳴り響く。
後期ロマン派を感じさせ、リヒャルト・シュトラウスの音楽を思わせ、
最後はティンパニの音が鳴り響く中で力強く終わる。
第二楽章は、甘美な弦楽器の旋律で始まる。
ワグナー風であり、とてもロマンティックである。
金管楽器や打楽器により盛り上がる部分と、
弦楽器は木管楽器による穏やかな部分が現れる。
曲は穏やか感じが全体的に支配的で、
最後はティンパニとトランペットの音で終わる。
第三楽章は、弦楽器のピチカートで始まり、
フルートやホルンが旋律をその上で奏で、弦楽器も旋律を奏でる。
中間のホルンのソロが特徴的である。
ワグナー風の部分がみられたあと最後静かに終わる。
第四楽章は、弦楽器によるフーガ風の旋律が奏でられたあと、
フルートやオーボエ、ファゴットが旋律を奏で、
そのあと弦楽器が旋律を奏で、ホルンなど絡み、
弦楽器と打楽器そして金管楽器で緊迫した感じになり、
最後打楽器と弦楽器で何度も一音を繰り返して終わる。
クレンペラーの交響曲第2番は何を求めているのか分かりにくい。
明快な音楽というよりも迷路の中に入れられて、
面白いと思わせるところもあるが、あまり印象には残らない。

フリードリヒ・ゲルンスハイムの交響曲第1番ト短調作品32を聴く

2022-02-20 18:41:48 | 古典~現代音楽ドイツ編
今回取り上げるのは1839年生まれのゲルンスハイムが、
1875年に作曲した交響曲第1番ト短調作品32である。
聴いたCDの演奏はジークフリート・ケーラー指揮、
ラインラント・プファルツ国立フィルハーモニー管弦楽団のものである。
ゲルンスハイムの交響曲はこのブログの中で、
交響曲第1番のみ今まで触れてこなかったので取り上げる。
この作品はブラームスの交響曲第1番初演の前年の、
1875年ロッテルダムで初演されている。
第一楽章アレグロ・モデラートは、哀愁を帯びた旋律で始まる。
最初の主題とは対照的にもう一つは木管楽器が加わり明るい感じの旋律である。
その音楽はベートーヴェンを思わせるところもあり、
一方でメンデルスゾーンのような情熱的な部分もある。
それは最後の盛り上がっていくところにもみられ、
最後は最初の主題が現れ、悲劇的な感じで終わる。
第二楽章ラルゲットは、木管楽器・金管楽器に牧歌的な旋律が現れ、
それが弦楽器に引き継がれていき、穏やかな旋律が続いていく。
木管楽器が絡んでいき、美しい旋律が奏でられていく。
ベートーヴェンの交響曲第9番第3楽章を思わせるが、
もちろん、それを超える美しさではないがロマンティックである。
最後情熱的に盛り上がって、静かに終わる。
第三楽章スケルツォ(ヴィヴァーチェ)は、一部がベートーヴェン風で、
弦楽器が軽快な旋律を奏でて始まり、木管楽器や金管楽器が絡んでいく。
中間部のトリオの部分は牧歌的で、旋律はシューベルトの交響曲第9番を感じさせる。
冒頭の部分が繰り返され、盛り上がったところで最後力強く終わる。
第四楽章アレグロ・モデラート・アッサイは、
弦楽器が穏やかな旋律を奏でて始まり、木管楽器も絡んでいく。
そのあと力強く推進力のある旋律が現れる。
美しい旋律がみられるが、やはりメンデルスゾーン風な部分は随所にみられる。
冒頭に現れた2つの旋律を中心に曲は進行し、
金管楽器が加わり壮大な感じになり最後盛り上がって終わる。

ギュンター・ラファエルの合唱交響曲「大いなる知恵に」作品81を聴く

2022-02-19 21:02:52 | 古典~現代音楽ドイツ編
今回取り上げるのは1903年生まれのギュンター・ラファエルが、
1956年に作曲した合唱交響曲「大いなる知恵に」作品81である。
ギュンター・ラファエルの交響曲は作品集のCDの中に、
交響曲第1番が収録されていないので、紹介は今回で終わる。
聴いたCDの演奏はツヴェトゥカ・アーリンのアルト、
ライムント・グルムバッハのバリトン、ミヒャエル・ギーレン指揮、
バイエルン放送交響楽団および合唱団のものである。
3つの部から構成されている交響曲である。
テキストには老子の言葉が使われているようで、
マーラーの「大地の歌」との類似性もみられる。
第一部は神秘的な音で始まり、道の概念が合唱で歌われて始まる。
「道の道とすべきは常の道にあらず。名の名とすべきは常の名にあらず。」
この内容が歌われていき、金管楽器によるファンファーレのあと、
バリトン独唱が入り、人間による認識とは何かという内容の歌が歌われる。
そのあとアルトの独唱が入り、あとは合唱とバリトン独唱が交互に歌っていく。
宇宙の根源とは何か、世界とは何か、道の思想の深遠さが伝わってくる。
音楽は荒涼とした感じを与え、激しく荒々しい部分もある。
やがて音楽は壮大な感じになっていき、なかなか聴きごたえがある。
第二部は武器についての老子の考えが合唱によって歌われて始まる。
「そもそも、立派な武器は災いをもたらす道具である。誰でも武器を嫌う。」
合唱に続き、アルト独唱とバリトン独唱が入ってくる。
武器を為政者が使うことの危うさをこの音楽は伝えている。
武器を為政者が使う時は、いいことは起こらない。
多くの人々が犠牲になり、災いは広がり、そこに平和はなく、
際限のない戦争が続いていくことは、2つの大戦で人類は経験した。
しかし、今でも兵器開発は進んでいるし、現在も何も変わっていないのである。
弦楽器の独奏が入り、その悲惨さを訴えているようでもある。
フルートがそれに絡み、室内楽的な響きの中で空虚感が伝わってくる。
アルトとバリトンの独唱者が歌い盛り上がったところで第二部は終わる。
第三部は、「知恵出でて大偽あり」の内容に関係するようだ。
弦楽器による激しく重々しい感じの旋律で始まり、合唱が入り、
「偽善的な知識から立ち去れ」といった意味の歌詞から歌われる。
バリトンとアルトの独唱がその合唱の間に入ってくる。
管弦楽は金管楽器も加わり、狂乱したような音楽になっていく。
その盛り上がりのあとは静まり、バリトン独唱が入る。
そしてバリトン独唱と合唱のやりとりが続いた後、アルト独唱に続き、
バリトンが「道(タオ)」と歌い、その崇高さが両者の掛け合いと、
合唱によって歌われていき、徐々に盛り上がっていく。
この作品を通して何を作曲家が伝えたいかは知らないが、
私はこの「道」という思想の一つに小国寡民の考えがあることから、
突き詰めるところ平和な世界の実現を訴えていると思いたい。
曲は盛り上がりをみせたあとは静かになり、最後は消え入るようにして終わる。
ロシアとウクライナの間の軍事的緊張が高まっているが、
とにかく戦争には発展してほしくないものである。
老子の言葉、「大いなる知恵」に耳を傾けてほしいと思うところである。