即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

電話の応対

2007年08月20日 19時40分37秒 | 仕事
仕事でのビックリの話。

仕事で関係のある大手企業A社に電話しました。

というのも、親しくさせていただいているクライアントのBさんと飲んでいたときの話。
Bさんは、A社のCさんを良く知っていて良く飲んだりもしていて、とても信頼のおける人なので、nanaponさんをぜひ紹介したい。
nanaponさんのことを彼に言っておくからぜひ一度会ってみてくれと。
絶対に意気投合するだろうから、と。

ということですぐに、A社に電話しました。

Cさん、お願いしたいんですが、と言うと、

出た人が、

どのようなご用件なのか聞くので、

素直に、『ある方からご紹介いただいたので、一度ご挨拶にお伺いしたい。』
と言ったら、
『では会った事はないのですか?』と聞くので、
正直に、『ないです。』と言いました。

すると、『ちょっとお待ちください。』のあとに、
(ごちゃごちゃ内輪で話している)
『何か新しいご提案がありますか?』と聞くので、

『いえ、別に、ご挨拶で。』

と答えると、
(またごちゃごちゃ裏で話していて)

『もしご提案があるのであれば、それを庶務宛にFAXで送っていただき、
その内容を判定をして、お会いするかどうするか、あらためてご連絡する、というようになりますが、よろしいでしょうか?』

と、結構高圧的に、事務的に言われました。

いろんなつまらない売り込みなどあるのでしょうし、
どこの誰だかわからない人といちいち会っていたら大変だというのはわかるけど、すごいですね、この応対。

(そんな面倒なら、)『じゃあ、結構です。』

と、言って(ガチャンと!)切りました。

セキュリティ、個人情報、などなどいろいろ複雑なご時世ではありますし、自分のところにも、投資マンションだの、先物取引だの、いろんな電話かかってくるので、わからないではないけど、
『いやあ、ここまで、やるう、』って感じで、びっくりしました。

はじめっから、『会ったことがない方とは会いません!』って、
言やあいいじゃないか。

電話した僕がA社にとって、お客様だったり、大事な人だったり、今後大事な人になる可能性のある人だったりするわけなので、こんな対応しちゃって、いいの?失礼じゃないの?後悔しないの?そういうことも考えた上でこうしてるってこと?って聞きたいですねえ。

どんどん世の中、こうなっていくんでしょうか?
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どちらが変人?

2007年08月17日 19時57分11秒 | 雑感
昨日の「冒険王」という記事に対して、
駒込っ子さんから、「そんな国民性」という共感コメントいただきました。
ありがとうございました。
**********************************
韓流スターが良いといえば、大騒ぎ。
ハンカチ王子が良いといえば、大騒ぎ。(野球なんか見てない)
はにかみ王子が良いといえば、大騒ぎ。(ゴルフはルールも知らん)
小泉が人気あるといえば、何をしてても支持率キープ。

じっと自分の感性を信じ楽しんでいる人間は時代遅れの変人。

これって、日本国民の国民性です。
マスコミが騒ぎ、まわりがそれにつられると自分たちも乗っていかないと妙に不安になるひとたちです。
『冒険王』に行った人々は、暑いとか混んでるとかが問題ではなく、行ったことで満足でしょうね、きっと。

ちなみに私自身は変人側を自負しております。
******************************

駒込っ子さんと、同じです。
僕も変人です、きっと。

以前もハンカチ王子のことハニカミ王子のことも書きました。

例えば、冒険王のことで言えば、『モーニング娘。』ガッタスっていうフットサルチームが試合に出たりしていて、本当のファン、追っかけだったりすれば、冒険王に行くことは頷けます。
暑かろうが、メチャ混みであろうが、入場料払って、しっかり出かけて応援してください。

そういうのはいいです。

日本人特有の、
人と同じだと安心、という意識。

自分がない。
目立つことはよくない、という変な道徳観念。

いわゆる群集心理。集団的心理。

ベストセラーだから読んでおこう。
視聴率のいい番組だから、動員数新記録の映画だから、見ておかないと。
皆が入りたいと思っている人気の会社だから、入りたい。

大勢の中にいれば、自分だけに焦点が当たらない。

皆で渡れば怖くない。

同調する、尻馬にのる。

炎上みたいなことも、
はじめは、正否はともかくしっかり意見を言う人に乗っかって、
そうだ、そうだ、
●だ!△だ!、やれー、いけえ!(エスカレート)
と群れる群衆心理が原因。

他人はどうあれ、自分はこう思う、自分はこうする。
自己主張、自己表現、自己責任、自己実現。

そこがふにゃふにゃだと、結局、本末転倒になってしまう。
何のためなんだか意味不明になる。

変人でもいい。
浮いてしまってもかまわない。

何のためなの?
何が狙い?
何をしたいわけ?

本当にそう思う?
そうしたい?

自戒も含めてのことだけど、
ついつい人間大してよく考えず、安易な方向に流れがち。

なんていろいろ考えてきて、冒険王のことに戻るけど、

あんな暑くて、あんな混んでいて、
そんなとこ行くのなんて、全然安易な方向じゃないよ。
大変じゃないの?辛くないの?いやじゃないの?
それほど辛い思いまでして、それでも行きたいっていうの?
ほんとに、そうなのね?

じゃあ、仕方ないけど。
人のことつべこべ言える立場じゃないし。

なんてことで、史上最高の気温更新みたいですね。

何が、温暖(!)化?
地球熱帯化、と言い方変えたほうが、危機感が増すと思うけど、いかがでしょうか?
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男女の能力差

2007年08月17日 19時54分15秒 | 将棋
以前「卒業と自立」という記事、書きました。

いろいろなところで、女流棋士の実力、ということについて皆考えていますね。

スポーツに関しては、男女の体力差があるので、別扱いで仕方ないと思うけど、将棋のような、頭脳スポーツっていうのは、男女一緒の扱いでもいいんじゃないかって意見が多い。
仕事だって、男女雇用機会均等法なわけだし、仕事だと男よりも優秀な女性は実際にたくさんいる。

以前片上五段いろいろ書かれていましたが、実力勝負の世界なわけだから、女性だと言って、甘くしてもらったり、ちやほやしたりするのは、ある意味おかしいというのもあります。
ちゃんと、同じ扱いで、奨励会に入って、四段になって、と、同じ土俵で勝負できる女流棋士がどんどん出てきて欲しいのは当然の流れ。
ただ、今のところは、はっきり男女の差が出てしまっているので、暫定措置としては仕方ないかもしれないけど、いつかそのうち、LPSAの方々も皆将棋連盟に戻り、男性棋士と同じ土俵で伍して戦う、という日が訪れて欲しいとも思います。
(ただ、ゴルフだって、シニアツアーだの、新人戦だのあるように、女流棋士だけの棋戦はあってもいい。)
また、普及の面で、今特にLPSAが一生懸命やっている方向については、女性という側面を生かし、同じ土俵にならず、続けてほしいところではあります。)

男女の差ということで、かなり深くて難しいけど、当時とっても参考になったブログ二つ。
bruckner05さんのブログmacskaさんのブログ

ここで、つい先日のニュース。

そろばん日本一、流山市の堀内祥加さん(高3)。
世界珠算暗算競技会へ。


広島県尾道市でそろばんの熱い戦い。平成19年度全日本珠算選手権大会速報

 各地から432名の選手を迎え、全珠連の真夏の珠典・平成19年度全日本珠算選手権大会は8月8日・そろばんの日に広島県尾道市の「びんご運動公園健康スポーツセンター」で開催された。
 広島では今回で3回目の開催となる全日本珠算選手権大会。
会場の尾道市「びんご運動公園健康スポーツセンター」には、地元広島県の選手66名を筆頭に、8歳の小学校3年生から57歳のベテランまで432名が集結した。また、はるばるハワイから4名の珠算選手が競技に参加し、熱戦を展開した。
 熱戦の結果、注目の個人総合競技優勝(そろばん日本一)には、土屋宏明選手(宮城県)と堀内祥加(ひろか)選手(千葉県)との1,500点満点による同点決勝が行われ、堀内祥加選手が初優勝を成し遂げた。

各競技の優勝は次のとおり。
個人総合競技
  堀内 祥加(千葉県)
読上暗算競技
  堀内 祥加(千葉県)
読上算競技
  糸数めぐみ(大阪府)
フラッシュ暗算競技
  石川 和枝(沖縄県)

ということで、この大会。
女性だけの大会でも、高校生の大会でもないんです。
全日本大会です。

そして結果は、若い女性ばかりが栄冠を。
(写真で見る限り、皆中高生かな?)

なぜ若い人ばかりなのか?

大人になってから一生懸命そろばんの練習してる人、あまりいないから?
(子供の人口の方が圧倒的に多いから?)

大人よりも子供(若い人)の方が(早指しと共通するのかもしれないけど)、感覚的に得意だから?

では、男性よりも女性の方が、というのは、なぜ?

そろばん、暗算、という脳の使い方が、女性向きだから?
頭の中に、算盤があって、指で動かしているイメージで、計算ができる。

これ、頭の中に将棋盤があって、イメージで把握する、考える、っていう目隠し将棋や、将棋のパターンだと思うけど。

単に、珠算の教室に通って、真剣にやっているのは女性の方が圧倒的に多い、っていうだけのことかもしれないし。

このあたりの分析、男女の脳の違い、向き不向き、など、誰かしてないのでしょうか?

いわゆる頭脳スポーツにおける男女の実力差。

囲碁は大体わかったのだけど、
チェスとかオセロとかバックギャモンとか、どうなんだろうか。
あるいは、モノポリーとか。

算数、とか、漢字コンテストとか、あるいは、かるた、とか。

ダーツやビリヤードになると、これは運動の分野かな。

TBSの筋肉番付で以前やっていた「数字ゲーム」とかは?
※1から30までの数字を一つか二つを言ってつぶしていく。
誰かが言ったのを言ったらアウト。
最後に言うはめになった人がアウト。

これは記憶力と戦略のゲーム。

それから、こんなゲームも見たことある。
5×5(6×6、7×7)の升目に、数字が1から25までバラバラに書いてあって、それを1から順に潰していく。早く全部潰した人が勝ち。

こんなのって、どうなんだろう?
頭使うって言うよりも、全体を見渡す視野と瞬時の判断。

こうなると、もぐらたたきは?

これだと、運動神経の分野も関係してくるから、男の方が得意?

地図の読めない女、とか、含めて、いろいろ難しいですよね、男女の特性、能力差って。

これは、将棋と言うゲームの特性、ということにもリンクしてきます。
他のいろんなゲーム(頭脳スポーツ)と比べて、将棋というのは、どういう特徴のゲームなのか。

またまた、悩みは深い熱帯夜です。
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冒険王

2007年08月15日 00時07分21秒 | 雑感
先週日曜、猛暑の日、
ちょっと仕事でお台場冒険王に行って来ました。

暑いだけでなく、この人・人・人。

みんな、どっかほかに行くトコないのお?

どのブース、パビリオンも満員。

カフェもずっと満席。

なんと、動員数、去年の1.7倍、ですって。

帰省とか、海外とか、関係ない人達は、こういうお気軽なレジャー、家族サービス
になるということなんでしょうか。

ヒートアイランド東京が、さらにヒートアップしています。
凡人さんの『ドライミスト』を読んで、
冒険王全体に、あるいはお台場全体に、ドライミストして欲しいと思いました。

いやあ、それにしても、不思議

なんで皆、こんなに暑いのに、来るの?
平気で炎天下、並んでるの?
そんなに魅力的かなあ

行った人、皆、満足した

僕がおかしいのかなあ
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誰かを幸せにする

2007年08月13日 22時42分34秒 | 
考えないヒント―アイデアはこうして生まれる
小山 薫堂
幻冬舎

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この本、3回目ですが、また別のポイントで取り上げます。

何か新しいことをやろうとした時の3つの条件。

1.「それは誰かがすでにやっていないか、どうか。」
2.「それは誰を幸せにするか。」
3.「それは自分にとって面白いか。」

とあります。
中でも2番は、特に大切だと。

自分がやりたいことをやって、結果人がついてくる、というのもいいけれど、やはり、誰かのためにつくる、誰かを喜ばせるために、誰かに楽しんでもらうために、と考えたい。

そう考えていくと、
発想の原点は、誕生日プレゼント。

誰かの誕生日を、どうやってお祝いしようか、どうやったら喜んでもらえるか、知恵を絞って、考え抜く。
この人に何をあげたら、何をしてあげたらむちゃくちゃ喜んでくれるのか。

人の喜ぶ顔が見たい。

そのために、お金も時間も労力も使っても、何の苦労でもない。

アイディアを出し、仕掛けをし、サプライズ企画を実行する。

忙しいのにこういうことを遊び感覚でやること自体が楽しい。

企画の原点、「それは誰を幸せにするか。」

以前ginzaさんも、こんな記事書いてました。(部分的に引用します。)
****************************************
世の中にはイロイロな「メディア」があります。
それはあくまで手段でしかなく、それを操る「ひと」に「ココロや想い」がなければ、本当の意味で相手には伝わらない=共感を得られないということだと思います。

「その商品は、誰を幸せにするためのものですか?」

そこがわかれば、伝える言葉や気持ちが入るというわけです。
その部分は、数字やコストというモノでは、はかり知れないものなんですよね。
そこがひとを動かすポイント!なのだと思います。
<中略>
だからこそ、操る「ひと」が大切なのだと思います。
面白くも、楽しくも、悲しくも、怒りもそれはそのひとの伝え方一つにかかっている、受け取る側にどのように取られるか?を考え、伝える言葉を選ぶ。それは見えない相手だからこそ、そこは慎重になるんだと思います。本来は…。

だからこだわってしまうのかな?って気がします。
それが私の存在意義だと信じています。

気持が伝わる=そこには何かしらの「愛」があるってことなのかな?

「愛をもって仕事すれば、結果は後でついてくる…」
************************************

少し話は違うのですが、
アイディアも商品もメディアも、すべて、原点は、これ。

何をするのでも、再度問いかけてみたいです。

この車は誰を幸せにするんですか?
このレストランは誰を幸せにするのですか?
この新雑誌は誰を幸せにするのですか?
この法律は誰を幸せにするのですか?
この会社は誰を幸せにするんですか?

この答えの中に、ココロがあり、想いがあり、ヒトがある。

誰を、どんな風に、どうやって幸せにしたいのか。

この明確なイメージがないといけないと思います。

それがないと、単に、これ買ってよ、これ結構売れるかな、
これが売れたらウハウハだあ、なんて、ことになっちゃいます。

人の喜ぶ顔が心から見たーい

って気持ち、ほんとに大切ですね。
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自分で気づく

2007年08月11日 12時25分24秒 | 雑感
川島さんの記事、『席、つめればいいじゃない。 』を読んで。
**************************************
電車で、立ってる人がいない場合はいいけれど、
人が入ってきても「席をつめない」のはどうしてか?

ひとりがちょっとつめる、
さらに隣の人もちょっとつめる。
それって自然なことだと思うのですが。

どうやら、もう近頃は“自然な行為”では
ないようですね。

私なんか(自慢するようでなんですが)
立っている人がいて、「2つ隣」の席にギリギリ
座れそうなスペースがあれば、反対側につめます。
当然「スペースの隣」の人も察して… と思いきや
まったく気付かず、足大開きでどかっと座ったまま!

自分が「ばかみたいかなぁ」と思うことがあります。
***************************************

先日、ありました。
かなり混んでいる電車で、

いまどきの若者3人。
スカスカに座って。(5人座れるスペースに3人。)
間に荷物を置いて、
足を組んで、(前に立ってる人の邪魔)
3人とも携帯に夢中で。
時々話すんだけど、すぐ隣じゃないので、
体をずらして、顔を近づけるようにして、話す。
話しにくいだろ、そんな座り方だからさあ。
じゃあ、はじめっから、もっとひっついていろよ!

どんどん立つ人が増えてきて、押されるように彼らの前に立つことに。

当然のことながら、強力な視線攻撃を送る。

全く感じない。動じない。

攻撃疲れ。

全然気づく気配もない。

敗色濃い状況。

前に立っている人も、誰も別に(強引に)座ろうともせず、静かにしている。

ここで、川島さんのように、果敢に話しかけようかどうしようか、悩んだ。

『詰めてもらえますか?』

何も言わずに少しの間に、座ろうとしちゃう、というのも考えました。

いや、別に特に座りたい、というわけでもないので、

別にいいか、とも思いました。

強引に座ると、『あー、そこまでして座りたいのか、
卑しいやつだ、がっついたやつだ、』
って、馬鹿にされた目で見られるっていうのもいやだし。

でも、野放しにしておいていいのか、って思う。
こういう奴らに気づかせるのは大人の責任、とも。
一生わからず、一生こういう行動をして、
彼らの人生はそれでいいのか。

ここで一言言ってあげることで、
彼らの人生が素晴らしいものに変わるかもしれない。

そこまで人の人生に大きな影響を与えるなんて、
ちょっとおこがましいんじゃない。なんて別の声も。

『詰めれば、あと二人も座れるでしょ。
こんなに混んでいて、大勢立っているのだから、協力し合って、詰めあって、皆ができるだけ快適にできるようにした方がいいからね。』

逡巡。

『なんだよー、うるせーオヤジだなあ。
何が悪いんだよ、つべこべうるせーこと言うんじゃないよ。
文句あるのかよー、
表出るかあ、』

となるか、

『そうでしたね、気がつかなくてすみませんでした。
指摘していただいて、ありがとうございます。
今後気をつけます。』

となるか。

いやいや、人に言われて気づくことより、
自主的に自分で気づかないと意味がない。

もっと視線攻撃して、自ら気づいて、
席を詰めて、どうぞどうぞ、ってやってくれないかなあ?

一人で落語の湯屋番のように、頭の中は想像でいっぱい。
どんどんいろいろ展開している。

本など読んでる場合じゃない。

もしこうしたら、こうなって、こうなったらやばいから、こうしてああして、あー、そうか、ふむふむ。

>自分が「ばかみたいかなぁ」と思うことがあります。

おんなじですねえ。

あの若者たちのお陰で、いろんなことを考えるトレーニングができました。
ありがとうございました。
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分身と言える本

2007年08月11日 11時20分34秒 | 
デキる上司
白潟 敏朗
中経出版

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以前読んだ本。
この著者、経営コンサルタント白潟敏朗さんのメルマガにこんな内容がありました。
*************************************
突然ですが、以下の計算式にご自身の年齢を入れて、
計算してみてください。

 (年齢 - 20)÷2= ○

この計算式が何を表していると思いますか?
体脂肪率でしょうか?年間に行くゴルフの回数でしょうか?
はたまた、サラリーマンの一ヶ月のおこづかいでしょうか。

しばらく待ちます(笑)
    ・
    ・
    ・
    ・
    ・
計算式の数値から何を連想されましたか?
実は、この計算式から導かれる答えは、
現在の年齢までに読んでおくべき『本の冊数』を表しています。

ここで言う『本』とは、
世の中に何千何万と出版されている本の中で、
『感銘を受けた本』、つまり、『恩師となり得るような本』を意味しています。

これまで何人の恩師(本)との出会いがありましたか?
実は最初は『恩師』だった本も、年齢、経験を重ねると、
自分の考えを他人に伝えるための、『分身』へとだんだん変わっていきます。
従って、先ほどの質問は、何人の分身(本)が存在していますか?
と言い換えることができます。

ぜひ、ご自身の『分身』となり得るような本を本棚から取り出して、
部下へ紹介してください。
きっと自分の変わりとなって、部下にじっくりと語りかけてくれるはずです。

本は『恩師』であり、自分の『分身』でもあります。
自分の想いを共に語りかけてくれる分身(本)を、
積極的に部下へ紹介しましょう(会話のきっかけにもなります)。

ちなみに、

冒頭の計算式<(年齢-20)÷2>で、
なぜ年齢から20を引くのか?をご説明します。
20才になると成人(大人、社会人)です。
成人後は、自分の『恩師』(将来は分身)となるような本に、
2年に1冊位のペースで、出会うことが望ましいという理由からです。
ぜひ、良い本に出会ってください。
*********************************************

『恩師』となるような本。『分身』となるような本。
2、3冊は思いつくけど・・・・。
ちゃんと書き出してみようかな。

2年に1冊のペースかあ。

そんなに出会っているかなあ。。。

うーん。。。

いい出会い、素敵な出会い。
人に紹介したい、分身のような本。

たくさんあるようで、絞って考えていくと、難しいです。

お盆期間中、休みではないのだけど、仕事も忙しいわけでもないので、
上記の意味+物理的な意味で、本の整理、したいと思っています。
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コーラ伝説

2007年08月11日 00時26分42秒 | 日記とニュース
とらいでんとさんDanchoさん、が運動した後とか、歩き回って疲れた時、など、時々コーラを飲む、って書いてましたよね。

世代が違うのでしょうが、僕はいまだにコーラには手が出ません。
というか、敢えて出しません。
別に頑なではないので、喉が渇いてそれしかなければ、問題なく飲んじゃいます。
でも、どこかに昔からの教えがしっかりと残ってます。
マインドコントロール状態継続中です。

別に本気で信じているわけじゃないんですけどね。

で、調べてみました。

all aboutの記事、《『コーラと骨』社会調査・中間報告》に注目しました。

久須美 雅士さんという約12,000本のジュース缶を所蔵する清涼飲料史研究家の方のレポートです。
まだまだ伝説、生きているんですね。

部分的に引用させてもらいます。
**************************************
『コーラや炭酸飲料を飲むと骨が溶ける』という都市伝説がありますが、
この話の起源や発生時期について、社会調査を行いました。今回は、この
調査の中間報告を紹介しながら、『コーラと骨』伝説に迫ってみます。

◆調査実施の経緯
2006年の終わりごろ、新潟市内の製菓・調理師専門学校でソフトドリンクに関する特別講義を行いました。
その際、事前に質問を募ったのですが、「コーラを飲むと骨が溶けるんですか?」や「炭酸飲料を飲むと骨が溶けるんですか?」という質問がたくさんありました。このような話は私が子どものころ(高度経済成長期)によく聞いたのですが、まさか平成時代になっても残っていることにとても驚きました。そこで、コーラおよび炭酸飲料と骨に関する伝聞の起源や発生時期について調査を行おうと考えました。

◆実際どうなの?
では、コーラや炭酸飲料を飲むと、本当に骨が溶けるのでしょうか。そういう質問をされたとき、私はいつも、
「コーラを飲むと本当に骨が溶けるんだったら、アメリカ人はすでに溶けているのでは?」
と答えます。また、

「親戚でコーラを飲んで骨が溶けた人はいますか?」
とも聞いてみます。もちろんそういう人は皆無です。

このような話は冗談として、もっと科学的な話をしますと、コーラのph値と胃酸のph値と比較すると胃酸のほうが酸性度が高いので、人間はコーラを飲む前に胃酸で溶けているはずです。また、コーラに含まれているリン酸が原因という説、ソフトドリンクに含まれている糖分を体内で分解する際に、カルシウムを消費してしまうために骨が弱るという説もあります。

昨年秋には、海外の研究で『コーラを飲むと骨粗鬆症になりやすい』という論文も提出されています。

●話の内容は
これは下記に示す選択肢を用意し、複数回答してもらった数値です。コーラを飲んだときの話と、炭酸飲料を飲んだときの話の比率に3~4倍の違いがあります。当初はコーラをはじめとする炭酸飲料全般に関する話だと考えていましたが、この数値から考えますと、コーラがターゲットであるのではないかと考えます。『胎児に影響がある』という話は、妻がそのような話を聞いたことがあるというので選択肢に入れたのですが、同じようなことを聞いた人がいるのですね。


また、自由記入コメントの内容をまとめると、だいたい下記のような内容になります。

・自由研究や理科実験のネタとして
・医師、看護師から聞いた
・保健室の掲示で見た
・教師から聞いた
・コーラ製造工場に関する都市伝説
・国内産の炭酸飲料を購入させるための口実ではないか

最後の話については、この研究を始めたとき、私もこれが理由でないかと思いました。宮本惇夫著『コカ・コーラへの道』にもありましたが、コカ・コーラ日本参入時の既存メーカーからのバッシングは激しく、業界団体への加盟も直ちに行えなかったそうです。よって、ネガティブキャンペーンが行われた可能性も考えられます。
そのほかに、『炭酸飲料を飲むと母乳の出が悪くなり、乳腺炎になると助産師さんから聞いた』、『自動車の塗装を落とすためにコーラを使っていた』などのコメントもありました。

◆考察
『コーラを飲むと骨が溶ける』という話は、『炭酸飲料に興味を持ち始めた小学校低学年~中学年に飲用を戒めるために言われたことである』という理由で話されたということは間違いではないと思います。
しかし、今回の調査では『糖分の入っている飲料すべてカルシウム消費が考えられるのに、どうしてコーラだけ悪者にされるのか』ということまでは解明できないと思います。今回の発表の前に、大手飲料メーカーに対し、コーラと骨に関する伝聞の発生時期や理由を問い合わせましたが、どのメーカーもこの質問に対し満足な回答をいただけませんでした。

◆今後の調査研究について
アンケートはこれからも継続し、特に高年齢の方(50歳以上)からの情報を多く募集したいと考えております。
2つ目の予定として、海外でも同様の伝聞があるのかどうかを調査する予定です。今回のアンケート集計には中国出身者が1名含まれておりますが、その他の国や地域でも同様の話があるのか、新潟市内の海外留学生や外国語会話講師の皆様にアンケートを取ろうかと考えております。

3つ目の予定として、清涼飲料水の業界団体に対し、飲料メーカーに行った質問と同様の質問を行おうと考えています。また、『保健室の掲示』には養護教諭の手書き掲示以外に、学校掲示物出版社のものも含まれているようなので、過去にコーラや炭酸飲料に関する記事が存在したかどうかを問い合わせようと思います。

今回、中間発表を行いましたが、充分な調査結果ではないことは承知しております。今後も調査研究を続け、どうしてこのような伝聞が発生したのか、明確な結論を突き止めたいと思います。可能であれば、新書を出版し、NTV系『世界一受けたい授業』に出演できるくらい有名になれるよう、努力したいと思います。
*************************************************

世の中、解明されてないこと、ミステリアスなこと、たくさんありますね。
(ワクワク!)

この研究家、いい感じです。
実は、僕もこの線を狙ってます。

とりあえず、「線路内に人が立ち入る」研究家。
そして、「前派・後ろ派」研究家。

このテーマが話題になったとき、ワイドショー、新聞雑誌のコメント、など、お呼びがかかればと思っています。

例えば、LPSAが話題になり、TVで取り上げられた時、コメンテーターとして、お呼びがかかるのは、当然、LPSA外部広報のsyogitygooさんですよね。(笑)

そんな風に、そのことを語らせたら、日本一、あるいは世界一、というポジションを作りたいです。

これが、「戦わない経営」の浜口さんの戦略です。

誰も敵がいないところで勝負する。

コーラの話がこんな風に展開しました。ちゃんちゃん。
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頑張れ17+39!!

2007年08月11日 00時24分38秒 | 将棋
日本女子プロ将棋協会(LPSA) 日本将棋連盟女流棋士会

両方一緒に応援しましょ~
頑張れ17+39
将棋 女流棋士応援ブログ

どっちのことも好意的に取り上げ応援するとともに、
各記事の最後には必ず、
頑張れ17+39
という決めのフレーズがついている。
いい感じですね、こういうの。

基本的な思いは一緒なので、早く形も一緒になって欲しい。

ベルリンの壁とか、38度線とか、家族・同胞が離れ離れに・・・、
(大げさかな?!)

今は離れ離れだけど、いつの日か一緒に暮らせる日を夢見て・・・。

一般のファンの方なんでしょうか。
この立ち位置は、なかなかできないと思います。
只者ではないですね、きっと。

goo IDが《lpsa001》となっていて、
写真はこれ。

自己紹介が《いつか、一緒に》です。

誰もまだコメントも書いてないし、TBしてるのは僕だけ。
多分まだそんなに知られてないんだと思います。

うーん、なんか最近とても気になっているブログです。

思いが一緒なら早くひとつになってよりパワーアップしてほしい。

さらに将棋の普及のために、結集して大きな力を発揮して欲しいです。
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われいまだ木鶏たりえず

2007年08月09日 22時10分31秒 | 将棋
昨日書いた「将棋と武士道精神」

この話、今話題になっている朝青龍問題ともリンクするので、
相撲、相撲道についてちょっと書いてみます。

そもそも、相撲と将棋は、このように絡んでいます。

将棋の日の第一回のイベント。
芹沢八段が仕掛け人だったようですが、
なんと、蔵前国技館でやったとのことです。

それも土俵の上に将棋盤を置いて、十段戦の対局もやったそうです。
そして、8千人も集めた画期的なイベントだったとのこと。

「国技」の相撲と、「国民的頭脳スポーツ」の将棋。

相撲の世界にこんな名言があったとのこと。

69連勝をした第35代横綱、双葉山の言葉。

「われいまだ木鶏たりえず。」

出典は中国の荘子だそうです。
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前人未到の69連勝を続けていた双葉山が安藝ノ海に敗れたのが、昭和14年一月場所四日目。実に3年ぶりに黒星を喫したにもかかわらず、この日の双葉山はまったくいつもと変わるところがなかったそうだ。
 館内の騒ぎも意に介さず、普段通り土俵に一礼した後、東の花道を下がっていったという。
 その日の夜、双葉山は知人に充てて電報を打っている。
「われいまだ木鶏たりえず」
木で作った鶏のように無心の境地に至れなかった自分をいましめ、さらなる精進を誓った言葉である。
 連勝がストップしてもまったく動じなかった土俵態度、そして短い電文に込められた土俵への思い。孤高なまでに相撲道と向き合い、己の限界に挑み続けた双葉山の実像に迫る一言であるといえよう。
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木鶏の由来はこんな話だそうな。
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昔、王のために闘鶏を養う名人がいた。
ある日、王は名人に尋ねた。
『どうだ、もう闘わせてもいいかな』
ところが名人はこう答えた。
『いや、まだいけません。いまはちょうどから威張りして、闘争心があるのでダメです。』
しばらくして、王は名人に催促した。でも彼はうんといいません。
『まだいけません。他の鶏の声や姿に、いきり立つからダメです。』
しばらくして、王はまた催促した。名人はまだ許しません。
『まだです。目をつり上げ、力んで戦いたがるのでダメです。』
その後、王が重ねて催促したとき、彼はやっと承知した。
『まあ、よいでしょう。もう他の鶏の鳴き声を聞いても平気です。ちょっと見ると、まるで木で作った鶏としか見えません。徳が充実したのです。これでどんな鶏がやってきても、天下無敵です。』
戦いというものはこうでなければいけない。徳が充実してくれば、戦わずして勝つ、つまり相手を呑んでしまうことが起こる。
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相撲は単なる勝ち負けではなく、
心を鍛練し、天にいたる「道」だという言葉。

血気が盛んだったり、相手のことを気にしたりするようでは、まだ徳が足りない。

この話を聞くと、

第68代横綱、朝青龍はまだまだ未熟だと思わざるを得ない。

強ければいい、ではない。
強いだけでは尊敬されない。

徳がないと、強くはあっても美しくない。

勝ち誇ったように、勝った相手の前でガッツポーズをする。
どうだあ、とばかりに、自分の強さをアピールする。
土俵の外の相手に手を差し伸べたり、気にかけたりする振る舞いはなかなかない。
相手を豪快にぶん投げて強さをアピールしても、何も美しくない。

勝ち負けに拘るのでなく、泰然自若。
昔の横綱はやっぱり違いましたよね。
絵になってた。技もきれいだったけど、立ってるだけできれいだった。
風格があった。

ひとつひとつの所作、表情、そして人間性が、
相撲の品格、横綱の品格、となる。

将棋も基本は同じだと思う。

勝負は勝負だけど、相撲道、将棋道、という道を究めること。

徳があり、美しくなければいけない。

相手への自然な思いやり、謙虚さ。

堂々とした取り口。

多くの人から愛され、尊敬される人柄。

横綱も、名人・竜王も、同じですね。

外国人の一人横綱とか、相撲界全体の問題や、
親方がちゃんと指導できていたのか、など、
本人だけの問題ではないとは思いますし、
朝青龍、立ち直ってほしいです。

そして、将棋界は、いつの日か、外国人棋士がタイトルを取るようになるのでしょうか?

われいまだ木鶏たりえず。
木鶏のごとく。

これ、勝ち組負け組みのような市場原理主義的になっている、
現代のビジネスとか、あらゆるものに、適用できることだなあ、
としみじみ思いました。
コメント (2)
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