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遠郷より:火種が広がらないことを思う。

(前回の続き)
先日、記事をアップし、それを読み返してみたところ。
あることに気が付いた。
それは、戦争は、多くの国々や人々の潜在的な問題と思惑を引き起こし、
露呈させていくこと。
※ロシア絡みのことで、“露呈”という表現が用いるのも皮肉だけど。
戦争が、別の争いへの“火種”となり。
それが、より大きく燃え広がっていく危険性があり。
あらためて、戦争がもつ“怖ろしさ”に気付かされる。
歴史上、戦争が、人の野心に“火をつける”ことは、よくあり。
この状況が、早い段階で落ち着くことが、本当に望まれてくる。
(実際、第一次世界大戦も、そのように拡大している。)





地図を見ると、ウクライナの、南には、黒海があり、
ルーマニアと接し、西は、ポーランドやハンガリーと接している。
面積は、約60万3700平方キロメートルとなり。
日本の1.5倍ほどにもなる。
決して、弱小国などでもなく。
旧ソヴィエト連邦を構成していた国として、名前は聞くもの。
今回の報道で、初めて知ることは多く。
よく知らないことにも気付かされる。

追記:
今から、60年前のキューバ危機においては…。
1962年10月28日、フルシチョフ政権下のソヴィエト連邦が、
ミサイルを撤去することで、キューバ危機が回避されている。


亡くなった祖父は、太平洋戦争後のソヴィエト連邦で、
キャンプ生活を強いられていたことを、よく語ることがあった。
ソヴィエト連邦内で、カスピ海の近くだったとあり。
トルクメニスタンか、アゼルバイジャン周辺になるかと思われる。
今、思えば、漠然としたことしか聞いてなく。
何故、武装解除された日本兵が、終戦後、シベリアなどへと、
抑留されたのかを知らないことに気付かされる。
国を超えた異国の地への思いには、人、それぞれにある。
家族と離れ、母国へ戻れるかも分からない状況ではあったが、
ソビエトでのキャンプ生活は、若き祖父の青春時代でもあり。
祖父の言葉には、どのようなものがあったのか分かりようもなく。
それが、今、ソヴィエト連邦という国を考えるとき、
ちょっと不思議なものにさせてくる。

前回は、“右寄り?”の記事になってしまったため、
今回は、“左”に修正するつもりが、ちょっと違ってしまったかな。
<2020年3月16日加筆訂正⇒続く>
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