二日酔いを意味する英語の「はんぐおーば(a hangover)」
まあ“酔っ払い”の言うこと。by.NA-094
はんぐおーば
迷言と妄言:小人たちの黄昏
悪党(泥棒)の世界にも、心得(こころえ)とも格言とでも、
言うべきものがあり…。
「泥棒だぁ!」と言われたら、
「お前こそ、泥棒だろう!」と言い返せ、と言うものがある。
ロクでもない話だけど、
こんなデタラメな言動によって、動揺や混乱させられることもあり。
うやむやにされてしまったこともある。
案外、警察が頼りにならないことを知ることにもなり、
ちょっと世の中を呪うような気分にもなった。
分かりやすく言うのなら・・・。
「チックショー!!グレてやるぅ!!」と言うところ。
(いい大人が言うようなセリフじゃないんだけど、ね:とほほ…。)
悪いことを知っているということは、
悪いことを行っているということでもなく。
忘れることはないけど、あまり思い出すこともない。
楽しい記憶(思い出)には、程遠いから、
あまり思い出したくもないということもあるけど。
このような考え方や言動は、日常生活においては、弊害でしかなく。
“不当な言いがかり”や“防犯”などへの対策として、
考えなければいけないときはあっても、
世間の良識から外れたような人間たちの知恵など、
非生産的で、きわめて有害であるという結論しかない。
もっとも、本来、“知恵”とは、良識をともなったもの。
だから、これは知恵ではなく、ただの詭弁。
追記:
「常識? それって、何です?」
「自分の言葉でも態度でも、証明できてもいないことを
分かったように言わないでください。」
ちょっと厄介な顧客対応があり。
直属の上司から「常識の範囲で考えれば分かるだろう」という言葉で、
責任を押しつけられたことがある。
そんな身勝手な言い分が、世間の常識であるハズもなく。
かなり激しいやり取りになったもの。
顧客側とのやり取りに追われているうちに逃げられてしまった。
教養を身につけていけば、一緒に身についていくのが「良識」。
何故なら、自分本位な善悪の価値基準など、
他人からすれば、身勝手な道理に過ぎないからだ。
だから教養がなければ、良識と言うものを理解できない。
しかし、正しいことを知っているということは、
正しいことが出来ていると言うことでもなく。
教養の高さを証明するハズの学位はあっても、非良識的な人物はいる。
以前にも記したけど、“忘れる”とは、“心”を“亡くす”と書く。
おそらく自分で考えることを忘れているのだろう。
色々な物事に対して、
何が悪いことなのかを考えることも多くなってきた。
しかし、“答え”など出てこないことばかり。
因果関係を明らかにして、
誰が見ても、当たり前だと思うほどの「常識」を構築するのは、
簡単ではなく。
安直に“常識”などと言う言葉が使われるときには、
踏みツブしたくもなるような気分にもなる。
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