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未熟なカメラマン さてものひとりごと

ようこそ、おいでくださいました。

斜め45度を崩さなかった人

2010-11-16 20:26:58 | 古い町並み

この姿勢をキープした人

11月14日・日曜日、市内美星町の国の名勝「鬼ヶ嶽」の紅葉を楽しんだ帰り道、ちょうど矢掛町で大名行列をしているというので、寄ってみることにしました。臨時駐車場の案内にしたがって進んだ先は矢掛中学校でした。ここから会場の矢掛町商店街までは10分ほど。温かい天気でしたので、歩くのは苦になりません。この行事、宿場町矢掛のアピールと商店街の活性化のために昭和51年から行われているそうですが、見るのは初めてでした。
会場に近づくにしたがって、「下に~、下に!」とスピーカーの音がだんだん大きく聞こえてきます。屋台もたくさん出店していて、すごい人です。通りはもちろん人で溢れかえっていました。通りから商店街の西の方に目をやると、大名行列の毛槍の白い傘が良く見えます。沿道には人がびっしり。カメラマンも多いですね。行列のスピードが余りにもゆっくりなので、人をかきわけ、近くまで行ってみることにしました。今日の一行は何人ぐらいなのでしょう!行列の皆さん顔を白く塗っています。江戸時代の大名行列は、当然、顔を白くは塗っていなかったと思うので、時代劇に似せてその雰囲気を出した!ということでしょうね。
一番おもしろかったのは、典医のあとの二人の茶坊主。といっても幼い顔を良く見るとどうも、高校生ぐらいの女の子です。一人は少しにこにこした笑顔、もう一人はかなり緊張している様子。家族か知人でしょうか!カメラを持っている人に、「写してやってくれ」と頼んでいます。この二人の初々しさが、かわいく何ともいえませんでした。
次に面白かったのが、顔を45度(斜め上)にあげたままで、前をまったく見なかった人。あまりにもその姿勢をくずさないので、見物客からも笑い声があちこちでおきていました。これは、うけようとする作戦なのでしょうか!それとも内気なためなのでしょうか!ともかく、笑えました。



愛想のいい青い目の腰元


次に奴頭、指先に力を入れて、右に片足でととと!、今度は左にととと!と進み、「下にー、下に!」の声に合わせて顔を振ります。これは相当、体力を要するでしょう。でも足を運んだ先で観客と話をする余裕や愛嬌もあります。観客から、「あんた!何かスポーツ、やってたの?」と聞かれると、「昔、バスケットを少し!」と応えるといった調子。名演技に観客から都度、拍手が沸き起こっていました。
それから、お女中の行列の、後方には、外国人と思われる方が数名。そのうちの一人がとても愛嬌がよく、笑顔を崩しません。沿道の観客に、親しげに声を掛けたり、会釈をしたりしています。学校の英語教師の方でしょうか。
こんな感じで、出演者、観客、双方、お互いに知り合いの方も多いでしょう。そして町と町民が一体となって盛り上げている、小さな田舎町ならではの、アットホームなイベントでした。

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お邪魔でした??

2010-09-13 20:03:59 | 古い町並み

友隣荘は、大原孫三郎が病弱の妻のために建てた別邸

 先週の金曜日、倉敷へ出張の際、時間の合間をみて美観地区を訪ねました。時刻は夕方の五時半過ぎ、日は大きく西に傾いて、西日がややきつく感じられる頃でした。倉敷アイビースクエアから小路を抜けて美観地区を倉敷川沿いにそぞろ歩きます。この時刻ともなると、人通りは少なめで、どちらかというと生活道路の感じがします。大原美術館前の石橋に差し掛かったころ、橋の向こう側(美術館側)になにやら総勢20人ぐらいの集団がありました。手前には撮影用のラフ版を持っている人もいて、何か撮影でも始まるのかな?と有名人らしき人を遠目に探しましたが、そのような人は見当たりません。何だろう?と思いながらも橋の上から倉敷川沿いの景色を写真におさめていました。

 そして橋を渡りきり、その集団の中に入ると、入れ違いの感じで「さ、始めましょうか!」
と声が掛かり、首からクラシックカメラをぶら下げた中年の男性が橋の中ほどでこちらを向いてポーズをとります。誰?あの人、とすぐにはわかりませんでしたが、よく見ると、アリスの谷村新司さんではありませんか!あ、なるほど、撮影をするため、通行人が渡りきるのを待っていたのか!とそれに気づかず、橋の上で写真を撮っていた私。申し訳なかったなと思いながら、ポーズをとる谷村さんを見つめていました。

せっかくなので私も、軽い気持ちでカメラを向けると、スタッフの方から手で制止されました。残念、でもこれはしかたないですね。版権にさわります。谷村さん、視線の向きをいろいろ変えたり、橋に手を掛けたり、笑顔をみせたりと、20カットほど撮ると、「はい!結構です。」とのカメラマンさんの一声でスタッフなど全員が即座に引き上げていきました。ほんの10分ほどのできごとでした。ファンの皆さんでしょうか!拍手してその労をねぎらいます。それにしても何というタイミング、私のような田舎者には、コンサートでも行かないかぎりこのようなビッグなスターにはなかなかお目にかかれませんからね。

 確かに有隣荘を背景にするこの位置からだと、朝は逆光、昼は強烈な日差し。この時間がベストだったのでしょうね。

 あとで、上司にこの話をすると、「それはJR西日本のポスター撮りか何かじゃないかな。HPを見ると今日の写真が載っているかもね!」とのことでした。JR西日本といえば、それこそ谷村新司さんの「いい日旅立ち」のメロディ、郷愁をさそうほんとにいい曲ですね。歌は鬼束ちひろさんが最高です。

そういえば、そのパロディで、ソフトバンクの白い犬のお父さんが町を訪ねるというのがありましたね。このBGMに鞆などおなじみの景色などが映し出されて、あれも最高でしたね。続編を期待していましたが、結局出ませんでしたね。それにしても今日はついていました。

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てんびんの里 五個荘を訪ねて NO2(滋賀県東近江市)

2010-07-21 22:32:39 | 古い町並み

外村宇兵衛旧宅の川戸(屋敷内に水路を引き込み、屋根をかけ洗い場となっています・魚も飼えます。

外村繁邸の次に訪れたのが、本家にあたる外村宇兵衛(とのむらうへえ)邸です。門(そんなに豪華ではありません)を入ると、右手に川戸と呼ばれる洗い場がありました。水路から水を引き込み、洗い物をしたり、防火用水にもなったり、魚も飼えるというすぐれものです。いやこれはよく考えてありますね。玄関を入るとセンサーが仕掛けてあるらしく係りの方がすぐに出てきました。見どころなどを簡潔に聞いたあと座敷にあがります。さすがに広いですね。こちらでも暖簾展が行われておりところどころに暖簾が下がっています。色合いがこの屋敷にとてもマッチしていて、涼しげに風に揺れている様はなんとも心地よいものです。うちわ展も同時開催されており、掃除用のとても大きなうちわがありました。この大きなうちわで埃やちりを吹き飛ばすのでしょうか!また昔の女優さんの、当時のうちわもずらりと飾られておりとても懐かしく思いました。でもその名前、ほんとのところはほとんど知らないのです。2階に上がると広い庭と、屋敷内の建物群がとてもよく見渡せます。土蔵には、当時の資料、そしてその2階には、器類、調度品、掛軸がずらりと収められており、当時の繁栄ぶりが伺えます。
ところで近江商人とはなんぞや??ですが、いろいろ調べてみると以下のようでした。
まず、手持ち資金として、例えば5両を持って出ます。もちろん格好は、てんびん捧の両端に行李(こうり)を提げ、菅笠に合羽姿、手甲、草鞋といったいでたちです。あとはその資金を元手に品物を買い、行く先で売りさばく、単純に言えばこの繰り返しですが、永年の感で行く先々で何が必要とされているかを熟知していたのだそうです。最終的には千両にもなったとか。
ただ行く先々でどんなに繁栄しても、本拠地としてもこの地は絶対すてなかったとか!
近江商人の格言として有名なのが、「売り手よし 買い手よし 世間によし 三方よし」です。すなわち、「商いというものは、売り手が利益を得て、買い手が欲しい商品を手に入れるという、売り手も買い手も満足する取引でなければならない。そしてその取引で得られた利益は世間のため、広く公共のために活用されなければならない」というものです。
また、「しまつしてきばる」というのがあります。「倹約につとめて無駄をはぶき普段の生活の支出をできるだけ抑え、勤勉に働いて収入の増加をはかる」という日常の心構えを表現しています。



麺処「めんめん たなか」は築200年の旧家の建物

さて、このあと中江準五郎邸に向かいましたが、この途中にある通りが花筏通り、白い土蔵や舟板塀、もっとも風情のある通りですね。中江準五郎旧宅では、これまた広い日本庭園や小幡人形や全国の土人形コレクションをみたあと最後の目的地、藤井彦四郎邸にむかいました。途中にあった「めんめんたなか」は築200年以上前の旧家をお店にしているとか、萱葺き屋根と水路と舟板塀こちらも趣きがあります。それにしても藤井彦四郎邸は何と遠いことか!15分ほど歩いてやっと着きました。こちらにも「写真はどうぞ、ご自由に」との案内版。それにしても何と広いお庭でしょう!維持するだけでも相当の費用がかかるでしょうね。そして広い縁側。明治・大正期の時代のロケにも使用されることもあるようです。そして、洋館内の素晴らしい調度品の数々、もっともっと見たいところですが、バスの予定時刻まであと20分。止む無く引き返すことにしました。東近江市五個荘金堂、滞在したのは、たったの1時間50分でしたが、大満足のひとときでした。活き活き館前のバス停に着いたのが予定時刻の1分前。歩くのを止めると汗がどっと噴き出しました。(彦根につづく)
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近江商人のふるさとを訪ねて 五個荘金堂地区(重要伝統的建造物群保存地区)

2010-07-17 08:23:43 | 古い町並み

アワビの貝殻が取り付けてある茅葺き屋根

前回の近江八幡に大変満足した私は、時間が足りなくて訪ねることが出来なかった東近江市五個荘金堂地区と、彦根市をまたまた日帰りで訪ねてみることにしました。
高速バスで京都まで行き、それから、五個荘の最寄り駅である「JR能登川駅」で下車。近江鉄道バスに乗り換えて、約10分。最初の目的地、五個荘金堂地区に到着です。この日は陽がさすほどのまずまずのお天気。バス停前の「活き活き館」で町並み散策のパンフレットを調達して、まず掘割に鯉が泳ぐ、弘誓寺(ぐぜいじ)前の通りに向かいました。数分歩くと右手に立派な萱葺き屋根の民家が見えてきました。なんとアワビの貝殻が内側(光る方)を外に向けて、等間隔で留めてあるではありませんか!これは不思議な!何の意味があるのだろう!初めてみる光景です。この家だけかと思ったら、他の萱葺き屋根も同じように留めてありました。鎖が等間隔に頂上部から垂れ下がっているものもあります。あとでいろいろ調べてみると、これは①水のものを置いて火事が起こらないようにした一種のおまじない②屋根から鳥が藁を持っていかないようにけん制するもの③装飾的意味あいのもの、といろいろ説があるようですね。
そして、堀割の鯉です。このような景色は島根県の津和野や、鳥取県倉吉市打吹の玉川沿いでも見た記憶がありますが、なかなか絵になりますね。特に水路の中に花ショウブが植えてありますが、花の咲いている頃はいいでしょうね。弘誓寺は、あの弓の名手、那須与一ゆかりのお寺とか、本堂のとても大きな屋根の美しいそりに感心しながら、まずパンフレットの案内にしたがって、最初の近江商人屋敷の外村繁(とのむらしげる)旧宅を訪ねました。



外村繁旧宅の内部。なんだかとても懐かしい感じがします、

この屋敷は明治28年、四代目外村宇兵衛(とのむらうへえ)の妹みわに婿養子吉太郎を迎えて分家したのが始まりで、東京日本橋と高田馬場に呉服木綿問屋を開き活躍。私小説家として知られる外村繁は吉太郎の三男だそうです。(観光パンフレットより)
ここで5館共通入館料900円を購入しました。こちらでは創作暖簾展が開催されており、季節がら、風にたなびく暖簾は涼しげで屋敷にとてもマッチしている感じがしました。
暖簾といえば、勝山(岡山)や直島(香川)の草木染めのものもありましたね。広い庭園や土蔵をめぐっていると往時の面影を少しだけ感じられた気がします。また屋敷内では、うつちわ展も同時開催されていて、昔の女優さんのうちわもあり懐かしく感じました。

その他の画像はホームページで→未熟なカメラマン
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