未熟なカメラマン さてものひとりごと

ようこそ、おいでくださいました。

西日本有数のひまわり畑・世羅高原農場と、せらワイナリーを訪ねて 広島県世羅町

2020-08-31 23:36:25 | 花の名所
訪問日:令和2年(2020)8月16日(日)


世羅高原農場 入園口

今年も世羅高原農場のひまわり畑を訪ねました。但し、目的は、ひまわりだけではありません。朝5時に収穫されたトウモロコシ(ミエルコーン)を買うことも楽しみなのです。昨年は、特設の販売所に並びましたが、ちょうど前の人で販売終了となりました。こちらのトウモロコシは以前にも買ったことがありますが、とても甘くておいしいのです。
ということで、今年は開園時間の9時と思って出かけたのですが、何と真夏のこの時期は8時から営業していたのです。これには少々あせりましたが、何とか20本ゲットすることができました。購入したトウモロコシは帰りまで預かってくれるので、助かります。



入園口を入って通りの左側にある小ぶりの品種のひまわり畑


ひまわりのアップ


ひまわりプール、涼しそうです


八重のひまわり畑 


ワンちゃんも暑いので大変です


フォレストデッキ


みはらしの丘から見るひまわり畑

見本園のヒマワリたち

















さて、肝心のひまわりですが、6.5h、60品種110万本で、中国地方最大の規模を誇ります。さらにブルーサルビアが3万株でこちらも見ごたえ十分です。
一番の見どころは、みはらしの丘展望台から見下ろすエリアです。以前はダリア畑でしたがひまわり畑に変更になっていました。
入園口から入りその右手には、八重咲のひまわり、その奥にブルーサルビア、風車展望台の向こうにも、通りの両サイドに種類の違うひまわり。左には、花の小さな品種にひまわりと続いています。

いつものように左廻りで、散策します。いろんなひまわりの種類があり、満開になる時期が微妙にずれます。なので、すべての種類が満開ということはあり得ません。
さて、例のダリア園の跡地のひまわり畑、展望台の横には見本園があり世界のめずらしい種類のひまわりを見ることができます。こうして園内を散策すること約1時間。日差しも強くなってきたのでそろそろ引きあげることにしました。










ブルーサルビア

















(せらワイナリー Sera Winery





帰りに、せっかくなので世羅ワイナリーに寄ることにしました。白い洋風の建物が青空によく映えます。園内の緑の芝生もきれいに管理され、とてもすがすがしく感じます。ちょうどその時、アナウンスでワイナリーの見学ツアーがあるというので参加しました。係りの方が製造工程を通路に貼られたパネルと、ガラス戸越しに見える工場内の設備を見ながら説明をしてくれました。一番感心したのがワインセラーです。一般には地下だと思うのですが、こちらでは、屋根の上に土をかぶせ、地下と同じ条件を作り出しているのだそうです。



正面の建物がワイナリー


左奥の建物が貯蔵室


美しい園内


ワイナリー見学ツアー

最後にミニSLコーナーを覗いて見ました。随分前に訪ねた時、かわいいプードルの駅長(きなこ駅長)がマスコットとして受付にいましたが、まだいるかなと気になったからです。なんとこの暑い中元気で勤務しているではありませんか。つい最近我が家の愛犬(プードル)を亡くしたので、その姿は特にいじらしく思えました。
当時(2011)の記事はこちら


ミニSL・ドリームランドせら


ミニSL


きなこは元気でした
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写真日記 岡山県の名瀑 琴弾の滝を訪ねて 岡山県美作市滝宮

2020-08-26 22:39:34 | 
訪問日 令和2年(2020)8月11日

(重要文化財 長福寺の三重塔)
備前市吉永町加賀美の八塔寺ふるさと村を訪ねたあと、次の目的地、美作市の長福寺に向かいました。こちらには、岡山県で最も古い木造塔建築で、国の重要文化財に指定されている三重塔があり、以前から訪ねてみたいと思っていました。
寺の境内の外、山の斜面に建つ三重塔は朱色が際立ち、山の緑とのコントラストがとても美しく感じられました。



長福寺山門


小さな堀にスイレンが咲いていました


山門の鐘


ピンクのスイレン

長福寺は、奈良時代の開基で、明徳年間(1350年ごろ)真言宗の寺院になりました。
当初は真木山(まきさん)の山頂にありましたが、度重なる火災により昭和3年に寺院が、昭和26年に三重塔が現在の場所に移りました。
高さ約22m、鎌倉時代の建築様式を伝える三重塔は、鎌倉時代中期の弘安8年(1285年)に天台宗の円源上人によって建立されました。平成27年6月、杮(こけら)葺きの屋根が葺き替えられています。
寺院には木造十一面観音立像、絹本著色十二天像図、絹本著色両界曼荼羅図、絹本著色動明王像図など16点の国指定重要文化財が所蔵されています。



朱色が映える三重の塔、鎌倉時代のもので県最古の木造塔建築




塔の斜面の奥に立派な社殿がありました


雅で均整の取れた美しい姿にため息がでそうです


町を見下ろす高台にあります


もう少しアップで

(琴弾の滝)
次に向かったのが、本日一番の目的地、琴弾(ことびき)の滝です。滝は、天石門別(あめのいわとわけ)神社の奥側にあります。神社は、別名「滝宮神社」と呼ばれ、御祭神の鎮座は2000年も前に遡るという由緒ある歴史があります。
境内を歩くと、琴弾の滝方面の矢印が、神社拝殿に向かっています。滝との位置関係がよくわかりませんでしたが、案内のとおりに進むと、まず石段を登りお参りしたあと境内に矢印が続いています。
思うに、参拝者にお参りしてもらうための案内のようでした。遊歩道沿いの小川(滝の下流)に沿ってまっすぐ進むと、滝が見えてきました。落差は13m、すぐ下流に小さな滝もあり、セットで見ることができます。



「↑琴弾の滝」という標識に誘われて神社方面に


天石門別(あめのいわとわけ)神社でお参りをしました


御鎮座は約2000年余り前といわれ、開運招福の守護神


カエデが多く、秋は紅葉が楽しめそうです

早速、撮影と思いましたが、何ということでしょう。小さな子ども2人連れの家族が滝壺の前で水遊びをしているではありませんか。こちらに気づいても引き上げる様子もありません。これには参りました。でも決して非難はできません。このシーズンの川遊びと同じなのですから。ちなみに水着などでしっかり身を固めていました。
仕方なく、川下から人物が入らない位置で撮影し引き上げることにしました。
境内には、カエデがたくさん植栽されており、秋の紅葉シーズンはきれいだろうなと思いながら滝宮をあとにしました



滝つぼ周辺で水遊びをするファミリー


落差13mの滝は2段からなり、上の滝を雄滝、下の滝を雌滝と呼ばれています




岡山県を代表する名瀑です


滝から続く小川


覗くと小魚がたくさんいました

(上山千枚田)

最後の目的地、大芦高原温泉に向かうつづら折の山道を登っていると、カーブしたところで、美しい棚田が見えたではありませんか。予定をしていなかったので、なんだか得をした気分になりました。かつてこの上山地区には、8300枚もの棚田があったそうですが、すっかり減少してしまっていました。その美しい棚田を取り戻そうと、2009年から棚田再生への復興作業が本格的に始まり、少しずつ元の風景を取り戻しつつあるのだそうです。
棚田大好きの私ですので、ゆっくり散策したいところですが、時間がないので数枚のみ写真を撮ってあとにしました。



かつて田の枚数は8300枚あったと伝えられています


美しい棚田風景


神社がありました


休憩所から見る棚田

(大芦高原温泉・雲海


雲海、入口

最後に向かったのが大芦高原温泉雲海です。温泉入浴と遅い昼食を摂りたいと思っていました。コロナ禍の最中にも関わらず、第1駐車場は7割方埋まっていました。お風呂は、密になるほどでもなく、できるだけ人に近づかないようにしながら湯に浸かりました。ジャグジーの湯で体をほぐしていると、疲れはふっとび気分は最高です。口から出るのはご他聞に漏れず「シ・ア・ワ・セ」でした。
お風呂のあと、食事処で昼食を摂り、外に出て周辺を散策しました。大きな池の橋の上から、水面を覗き込むと鯉や白鳥がどこからともなくやってきます。このとき小銭を持っていなかったので、鯉の餌を買うことができずかわいそうでした。周辺には、バンガローやロッジが並び、高原の雰囲気満載です。
こうして本日の日程を終え、帰路につきました。



お風呂のあと、眺めのいいレストランで遅い昼食 そば定食にしました


食事のあと遊歩道を散策 これは奥池


雲海の外観


2羽のコブハクチョウ


何とも清々しい


水辺に咲いていた花


バンガロー付近から見る雲海


湖畔バンガロー
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映画‘黒い雨’ NHK・BS‘八つ墓村’ロケ地 八塔寺ふるさと村を訪ねる 岡山県備前市吉永町加賀美

2020-08-24 21:00:30 | ロケ地
訪問日:令和2(2020)8月11日(火)
久しぶりに八塔寺ふるさと村を訪ねました。ゆるやかな傾斜のある山里の田園風景、茅葺の民家が点在し郷愁をさそうあの景色をもう一度見て、癒されたいと思ったのです。
また、昨年の秋、NHK・BSで放送された‘八つ墓村’のロケ地になっており、再度、その撮影場所を見てみたいという思いもありました。



ふるさと村の入り口にある「八塔寺ふるさと館」現在休館中

ふるさと村の入り口付近の、道の両側に廃屋となった茅葺の民家が1軒ずつありました。住む人もいなくなると、家は風も通らずあっという間にダメになってしまいます。
ほんとに惜しいというか、残念に思いました。こうして景色が少しずつ変わっていくのでしょう。廃屋は、まるで向井潤吉の絵画そのままでした。



八塔寺ふるさと村、観光案内図


茅葺屋根の民家、残念ながら廃屋になっていました。


この坂道を進むと、お馴染みの田園風景が広がっています。

もう少し進むと視界は開けて、お馴染みの茅葺の建物が点在する田園風景が見えて来ました。
駐車場に車を停め散策開始です。山側の右手に見えるのが、八塔寺国際交流ヴィラです。
映画‘黒い雨’の舞台の一つが、旧広島県神石郡三和町小畠ですが、八塔寺を見た今村昌平監督が気に入りロケ地となりました。田中好子(当時33歳)演ずる矢須子と叔父夫婦の住居として使用されました。
実は、当初、村のはずれにあったものを、映画のために、ここに移築したのだそうです。
費用の捻出は、撮影後も村の施設として利用できるということで、岡山県、吉永町(当時)、今村プロそれぞれが出し合いました。
また撮影に際して、電柱や電線の埋没工事も行われました。



いつもまでも残したい、日本の原風景




正面の建物が、八塔寺国際交流ヴィラ

まず、道路沿いにある資料館を見ていこうと思いました。道路から見える裏庭になにやら苔むした五百羅漢のような石像が見えるではありませんか。その表情たるやリアルでとても気になりました。
これは確認しなくてはと早速裏庭に回ってみると、表情豊かな石像が15体以上、苔むしており、江戸期以前の古いものかと思ったら、のちに調べた情報によりますと、映画「黒い雨」で使用されたものとわかりました。



民俗資料館 桜の頃はなかなか風情がありそうです


民俗資料館 裏庭


ずらりと並ぶ石像。映画のために作られたものでした


なかなか迫力があります


村の路地を入ってみました。すべてが茅葺きではありません


とあるお宅にきれいなユリが咲いていました


なんだか昔に帰ったような雰囲気がありました

このあと、周辺をゆっくり散策することにしました。まず向かったのが、先ほどの八塔寺国際交流ヴィラです。入り口は建物の裏側にあります。換気のためでしょうか、すべての戸があけ放たれていました。
そして山裾にあるのが、日吉神社です。以前にもロケ地として使用されたようです。
左手に折れて、ゆるやかな下りの細い道を進むと、ふるさと村の中心となる茅葺き屋根の民家が並んでいます。この前の通りが、ロケで最も使用される場所です。
プライバシーもあるので、あまりも近くで写真も撮れませんが、市や県はふるさと村としての景観保存の観点からも、しっかり助成をしてもらいたいと思いました。



八塔寺国際交流ヴィラ 裏側からの撮影です


倉の手前の道が、撮影によく使われます


日吉神社


茅葺き民家につながる道。撮影のメイン道路です。

さらに進むと、山裾に寺院が二つ続いています。照鏡山八塔寺と恵日山高顕寺です。
こちらからの眺めは最高で、眼下向こうに中国自然歩道休憩所の水車小屋が見えました。
ここから、周辺の景色を眺めながら車まで戻りました。



照鏡山八塔寺


参道入り口に、狛犬ならぬ大きなカエルがいました


山門の脇に、フヨウがたくさんの花をつけていました


境内です。


山門から、中国自然歩道休憩所(水車小屋)を望むことができます


高顕寺


藤棚でしょうか、大きな種を付けてぶら下がっていました。


きれいな白い花を付けた木があありました


この建物はもと、蕎麦屋に利用されていたようですが、現在は営業していません


休憩所付近


郷愁を誘う田園風景


水田では、稲が大きく成長し緑豊かです


黒い雨、矢須子がトラックの荷台に乗せられて病院にむかう。カーブし下る道が絵になります。


民俗資料館前の赤いポスト、現在は使われていないようです

情報によりますと、八塔寺の戸数は13戸、このうち農家戸数は現在8戸だそうです。また
高齢化も進み、各民家の維持管理も難しくなっているようです。地元市民で構成されている八塔寺ふるさと村運営協議会が遊歩道や民俗資料館などの施設の維持管理を行い、ふるさと村の景観保全に努めているそうです。
この昔懐かしい農村風景をなんとか後世に残してもらいたいと願うばかりです。


ロケシーン

1989.5.13公開 映画「黒い雨」今村昌平監督 井伏鱒二原作
原爆による黒い雨を浴びたため、人生を狂わせられてしまった女性と、それを暖かく見守る叔父夫婦のふれあいを描く

矢須子役で好演した田中好子はインタビューで、八塔寺のことを次のように語っている
「撮影現場の八塔寺に行ったとき、最初はセーターとGパンだったけど、いつかジャージーになり、スニーカーはサンダルになって、気がついたらもんぺと長靴の毎日。村のたたずまいや合宿生活が私を変えて、矢須子という役に近づいた。」
ロケは、通算100日に及び、女優や女性スタッフは高顕寺で自炊での合宿生活を送った。


2005.11.1放送 終戦六十年スペシャルドラマ「火垂るの墓」野坂昭如原作


野坂昭如自身の戦争体験を題材とした短編小説。
14歳の兄と4歳の妹が終戦前後の混乱の中で必死に生き抜こうとする物語。涙なしでは見られない。
① 横川清太が亡くなった母の遺骨を抱いて泣きながら歩くシーン
② 久子が村で野菜を求めて帰るとき、出兵した夫の死亡通知を受け取り絶句するシーン


2019.10.12放送 NHK・BSプレミアム「八つ墓村」横溝正史原作
①田治見要蔵が猟銃と日本刀を持って村人を次々と襲うシーン





2019.12.21放送 悪魔の手毬唄-金田一耕助、ふたたび-
①金田一耕助(加藤シゲアキ)、事件発生で村を全速力で走るシーン



追記
黒い雨、矢須子(田中好子)がトラックの荷台に乗せられ道を下っていく最後のシーン、物語はここで終わっていますが、その後どうなったか気になって仕方ありません。これはいずれ、舞台となった、旧広島県神石郡三和町小畠に行って確かめるしかないようです。
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写真日記 日本遺産・ジャパンレッド発祥の地・吹屋を歩く 岡山県高梁市成羽町吹屋

2020-08-16 06:46:41 | 古い町並み
訪問日:令和2(2020)年8月5日
成羽町の夫婦岩とヒマワリ畑を訪ねたあと、もう少し足を延ばし、吹屋ふるさと村に寄って帰ることにしました。時刻は、真夏の正午頃、太陽はじりじりと照りつけ、まさに体は溶けそうでした。


(備中町で心に残る風景)

この道を通るたび、癒されるのが、成羽川のこの水辺の風景です。
下流に堰(黒島ダム)があるので、水量はいつも豊富です。風が無い早朝、対岸(成羽町)の緑が川面に映りこみます。奥津国道の水彩画のようです。(この日は少し風があり、川面が揺れ残念でした)



とてもきれいな水辺の風景


赤い橋も水面に映り込んでいます。

-吹屋に到着-

(広兼邸)

広い駐車場に、車は一台も停まっていませんでした。あいかわらず見事な石垣。まるで城郭を思わせるような豪壮な建物。文化7年(1810)の建築。銅山経営とベンガラの材料であるローハ製造で財をなした広兼邸。八つ墓村など、映画、TVのロケ地としても有名です。
坂道を上がると、ヤマハギが早くも赤い花をつけていました。



車は一台も停まっていませんでした。


記念写真にはピッタリ


沿道に赤い花を付けたヤマハギがありました。


坂道を進むと門があります。

(弁柄工場・陶芸館、ベンガラ館)

鉱山の副産物、ベンガラを利用した染物や、焼物を体験できる施設です。
ベンガラ館は、吹屋の町並みの特徴であるベンガラの明治期の製造工場を復元しています。
この日は定休日のようでした。




(吹屋銅山笹畝坑道・近代化産業遺産)

吹屋銅山は、大同2年(807)に発見されたと伝えられ、長い歴史の中で、繁栄期は、元禄年間(1690)泉屋(住友)35年、享保~天保年間(1716~1842)福岡屋(大塚)2回で107年、明治~昭和(1873~1930)三菱(岩崎)57年です。
なかでも三菱は自家発電所を設け、削岩機を使い日本で初めて様式溶鉱炉を造り日本三大鉱山の一つとなりました。
この鉱山は、笹畝と称し支山でしたが、後年は地下で本坑道(坂本)と連絡しました。
ロープ手前から、一枚撮らせてもらいました。



坑道入り口 この日は休館日のようでした。


出口、上から降りてきます。

(吹屋の町並み、国の重要伝統的建造物群保存地区)

この町並みの一番の魅力は、カーブをつけてなだらかに下る道。どことなく風情が感じられませんか。立派な構えの家々が約300mに渡って続いています。ベンガラ色で統一された町並みは一体感があってとても美しいと思います。
千枚駐車場に車を停めて散策開始です。



最初に迎えてくれるお店「べんがら屋」赤い傘が目印です。


下り坂の緩いカーブに趣きが感じられる。


郷土館前 明治初期の商家が郷土館として公開されています。


地酒、醤油のお店 のれんが美しい(逆方向から)


三叉路、左に行くと休憩所、吹屋小学校、ラ・フォーレ吹屋


ギャラリー吹屋、吹屋小学校修復状況の写真


休憩所は、私の行きつけの食事処 現在屋根の葺き替え中でした。


甍の波 石州瓦の赤い屋根が続く


夏の花、サルスベリ


人生の楽園でも紹介。スープカレーの店’つくし’この日は休業日のようでした。


とあるお宅の前にメダカの水槽


美しい町並み、先ほどのメダカは左のお宅の入り口の前に置かれていました。

吹屋の特異な点は、個々の屋敷が豪華さを纏うのではなく、旦那衆が相談の上で石州(今の島根県)から宮大工の棟梁たちを招いて、町全体が統一されたコンセプトの下に建てられたという当時としては驚くべき先進的な思想にあります。



ギャラリーみのや 


昭和のレトロ感が満載


髪の癒し処『彩紅』ベンガラ格子が美しい


町のはずれまで来ました


梅の天日干し


琺瑯看板が町によく似合う


町家ステイ吹屋 千枚(せんまい)一棟貸しの宿泊施設です。


石臼、その時代には大いに活躍したのでしょう。


町並みのエッセンス、花のプランター。マツバボタンでしょうか?


麻田百貨店も冷房中。静かな町並みです。

赤銅色の石州瓦とベンガラ色の外観で統一された、見事な町並みが整然と続く吹屋の町並み、この町並みこそ、江戸末期から明治にかけ、吹屋の長者達が後世に残した最大の文化遺産です。


猫がゆっくり道路を横断


重要文化財 旧片山家住宅 


千枚駐車場まで戻ってきました。こちらは食事処『いろり』


店内は、招き猫の置物がいっぱい。ご主人の趣味でしょうか


ざるそばをいただきました。

昭和49年には岡山県のふるさと村に認定され、昭和52年には文化庁から国の重要伝統的建造物群保存地区に、そして令和2年6月19日に「『ジャパンレッド』発祥の地~弁柄と銅の町・備中吹屋~」として日本遺産の認定を受けました。
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絶景!夫婦岩と天空のひまわり畑 岡山県高梁市成羽町布寄木ノ村

2020-08-10 08:18:27 | 観光名所
訪問日 令和2年8月5日(水)
岡山県のひまわりの名所をネットで検索していたところ、‘夫婦岩のひまわり畑’を見つけました。そして文字通り、そこには巨大な夫婦岩があるというではありませんか。

高梁市成羽町は、井原市の北側に接する町・川上町の隣町ですが、そんなに近くなのに、夫婦岩の存在について私は、全く知りませんでした。
これは行ってみなくてはと思いましたが、初めての観光名所を訪ねる気分は楽しいものですね。
日中は、かなり暑くなるというので、自宅を早めの9時頃に出発しました。所要時間は、約50分です。

向かう方向としては、当面、「吹屋のふるさと村」でいいようです。成羽町と備中町との位置関係はよくわかりませんが、備中町に入り途中でやっと一台の車が通れる小さな橋を渡ったあと、ひたすら山道を進むと、途中で備中町から成羽町に移りました。
山道は、離合が困難なところがほとんどで、運転には細心の注意が必要です。
対向車が来ないことを祈るばかりでした。



山道を登り切ったところで忽然と姿を現したひまわり畑 先に夫婦岩を訪ねることにしました。

(夫婦岩)

そして、目の前にひまわり畑が忽然と姿を現します。駐車場がわからなかったので、たまたま通りかかった、自称ミュージシャン?の方に教えてもらいました。
想像以上に広い駐車場、先客の車が1台だけ停まっていました。
まずは車を降り、案内板にしたがって、神社の脇を抜け夫婦岩方面に歩きます。すると突然目の前が開けて、巨大な夫婦岩が姿を現し、眼下に清流成羽川が見えるという素晴らしい眺望です。



標高400mの石灰岩の大地に立つ巨大な二つの岩


眼下には清流・成羽川 まさに絶景です。


夫岩の基部、絶妙なバランスで立っていることがわかります。


すごい迫力です。

案内板には、夫婦岩について次のように紹介(要約)されていました。
(夫婦岩)
岡山県高梁市成羽町にある夫婦岩は、標高四、五百メートルの石灰岩の山々の一つの中腹に出来た、自然が生み出した華麗な二つの大塊をいう。
 夫岩は公称、高さ12メートル、妻岩は16メートルで愛児のような岩を抱いている。夫岩は下部が細く、くさびのような岩と岩自体の形状から、微妙なバランスによって支えられている。大きさは、二見が浦の夫婦岩の約二倍、わが国では比肩するものがないほど壮観といわれている。

展望台は、この正面の左右それぞれにあり、三方向から鑑賞できるようになっています。
夫婦岩というと二見が浦の夫婦岩を連想しますが、立地、形状とも随分違います。日本全国にはなんと50以上の夫婦岩があるそうです。



南展望台から見る夫婦岩


もう少しアップで見る。左が妻岩、愛児のような岩を抱いています。


北側の展望台。


もう少しアップで

夫婦岩は、まんが日本昔ばなしでも紹介されています。 →『夫婦岩』


成羽川を挟んで対岸の山の上に民家らしきものが見えました。


望遠で見ると数軒の家が確認できました。こんな高い山の上で不自由はないのでしょうか。

(ひまわり畑)


夫婦岩に来た観光客を楽しませようと10年前から始めました。

このあと、車はそのままにして、先ほどのひまわり畑を散策することにしました。
こちらのひまわり畑は、10年ほど前から、地区にお客さんを呼び込もうと、使われていない農地を利用して植えられてきました。その数10万本だそうです。










岡山県下のひまわりの名所としては、壮大な計10haの笠岡湾干拓地や、傾斜地に咲くひるぜんジャージーランドなどがありますが、それらと比較し一体感とスケール感では、到底及びませんが、その景色はどこか故郷に帰ったような、懐かしさを覚えます。
同じ時間に、吉備ケーブルテレビの若い女性カメラマンも取材に来ていました。

周囲には、ひまわり畑に混じってビニールハウスも点在しています。ここでは、成羽町を代表するピオーネやシャインマスカットが栽培されています。

標高400メートルの山の上、まさに天空の山里に咲く、ひまわり畑を一度訪ねてみませんか!


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