未熟なカメラマン さてものひとりごと

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美術展鑑賞旅行で京都に行ってきました。

2012-06-25 23:07:58 | 美術館・博物館

京都文化博物館別館は、元日銀京都支店

6月10日の日曜日、私が加入している華鴒大塚美術館友の会の美術展観賞旅行があり参加しました。今回は、私の大好きな京都で、京都文化博物館と細見美術館を訪ねます。個人的には両館とも初めてでした。華鴒大塚美術館前を早朝7時に出発。お天気はまずまずの薄曇り。途中でのトイレ休憩を含め、所要時間は、3時間半でした。
まず、最初に向かったのが、京都文化博物館です。案内書には、重厚な赤いレンガの建物が載っていました。国の重要文化財だそうです。博物館にはバスが駐車できるような場所はおろか、近くまでも行けません。ということで、御池通でバスを降り、高倉通を歩いて博物館に向かいました。

この狭い通りで見かける町屋が、いかにも京都という感じでした。そのままの民家もあれば、改装してしゃれたお店になっているものもあります。2階に垂れ下がる、すだれは下部が留められ丸みを帯びて京都らしい風情を漂わせています。通りに面したカフェテラスで新聞を広げ、主人を寝そべって待つ、ラプラドールレトリバーがいて、その光景がいかにも都会だなという印象を持ちました。
そして、京都博物館玄関前に到着すると、何と建物は近代的な7階建でした。その隣にあのレンガの建物が見えます。別館となっているようです。記念写真を撮り、館内へ。ロビーの隅で学芸員さんの説明を受けます。来週から「特別展=平清盛」が始まるところで、タイミングとしては今一つというところでしょうか。私が特に気にいったのが、デジタル技術でコピーされた絵巻物(北野天神縁起絵巻・平成記録本)が液晶画面に大きく写し出され、わかりやすく注釈も入って、ほんとに魅了されました。また時代ごとに次々と映し出される京都の歴史も見ていて飽きません。
そして、次に気になっていたお隣のあのレンガの建物へ入ってみました。広角のレンズを持ち合わせていなかったので、いくら引いて写しても入りきりません。この建物は、もと日本銀行京都支店だそうですが、その天井の高さには驚きます。今時、冷暖房のことを考えると不経済だと思いますが、他に何か理由があるのでしょうか。たしかに夏場は風がよく通って涼しいのかもしれませんね。
少し時間があったので、外に出て周辺を散策し、被写体となるものがあるかどうか探してみました。三条通りまで歩くと少し賑やかになります。途中に、レンガ造りのレトロな建物がもう一つありましたが、こちらは郵便局のようでした。

こうして、京都文化博物館の見学を終え、アミタ本店で昼食をしたあと、次の目的地、細見美術館に向かいます。こちらでもバスの駐車はなかなか難しいようで、岡崎公園内から歩いて行くことになりましたが、数分の距離です。
細見美術館、外観はとても斬新です。ワンフロア―はそれほど広くありません。受付を入ったところが、第一展示室で学芸員の方から説明を受けました。若冲、琳派など江戸時代中期を代表する絵画をはじめ、平安・鎌倉・桃山時代の優品も多く見応えがあります。 残念だったのが、茶の湯釜の展示がなかったことでした。私が一番気に入ったのが、パンフレットにも採用されたかわいいナデシコの花、どこかやさしくて控えめなところに惹かれます。

その後、2班に分かれて見学することになりました。私たちの班は、最上階の茶室でお茶をいただきます。お茶のお点前はなく、点て出しでした。竹を丸く編み込んだ竹製の涼しげな花入れが飾られた広間、着物の女性により、お茶とお菓子を運ばれました。この茶室は有名な方の設計だそうです。茶室の前のフロアーは、オープンとなっており、岡崎公園や、遠くの山々まで見渡すことができます。このあと地下にある二つの展示室を見た後、美術館を出て、岡崎公園集合場所の周辺を散策してみることにしました。京都市美術館、府立図書館、平安神宮大鳥居など。そして集合場所の京都市勧業館の前まで帰り、待っていると、舞妓さんが二人、目の前を通りました。これはラッキーとあわててカメラを構えましたが後ろ姿しか捉えることができませんでした。各花街の舞妓さんが交代で週に一度、京都の文化を紹介するため、この勧業館に出演しているそうです。
こうして、あっという間に時間が過ぎて、帰りのバスが到着し、京都をあとにしました。井原への帰着は、夜の8時の予定です。往復7時間はちょっとつらいですね。



細見美術館 古香庵で抹茶をいただく


正真正銘の舞妓さんです。
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北房のホタルはすごい!(岡山県真庭市北房地区、備中川のホタル))

2012-06-21 21:17:35 | 撮影

どこでもホタルを見ることができる備中川周辺

6月9日(土)、岡山県真庭市北房のホタルの撮影に出かけました。数日前のテレビの番組で、高梁市落合町福部のホタルが乱舞して見ごろと放送していたので、北房もそろそろではないかと思ったわけです。北房は、昨年に続き2度目の訪問です。昨年のあの感動は忘れることができません。いや、なんとすごかったことか。自宅を夕方の6時頃出発し、北房には7時半頃に着きました。指定の駐車場に誘導され、カメラと三脚、折りたたみイスを持って、ポイントまで歩いていきます。
駐車場からの所要時間は、約10分ほどです。このホタルの時季に合わせて、北房の町が主催する「ホタルの夕べin北房」は、次の週の6月16日でしたが、雨天の日には、ホタルは飛ばないそうで、もし来週天気が崩れれば、この日がラストチャンスかもと思い出かけました。(しがない会社勤めの身、週末しか休めません。実際に16日は大雨でした)

ホタルは、備中川のどこでも見ることができますが、私のポイントは橋を渡った対岸の山裾です。カメラをセットし、いすに座って、時を待ちます。ホタルの姿は、明るいので当然のことながらまったく見えません。ほんとに飛ぶのかな?と半信半疑にもなります。対岸の遊歩道は、そぞろ歩く大勢の見物客の姿が目立ち始めましたが、こちら側には、私の他には誰一人いません。
肝心の撮影ですが、昨年の反省を踏まえ、バルブモードにし、リモートスイッチをセットし、ピントを固定してスタンバイです。
最初のホタルの光を見つけたのが、7時45分頃。まだまだ周囲が明るいのではっきりとは見えませんが、目を凝らして、よくよく見ると、小さな灯りがゆっくり明滅しています。陽が完全に落ちた8時頃になるとその数が、次第に増えて行き、8時半頃になってやっとホタルが飛び始めました。
山裾にある山から流れ込む疎水(川と平行に土手の横にあり)周辺の草むらの中にも明滅が見られ、近くの木々にはホタルが停まり、まるでクリスマスツリーのように見えます。このころから、私の周辺にはわっと大勢の人がやってくるようになりました。足元が暗いので仕方ないといえば、そうなのですが、懐中電灯を照らす人、携帯電話で、停まっているホタルを撮影する人。どうもゆっくり撮影できる状態ではありません。今回は、30分ぐらい解放でじっくり撮ろうかと思っていましたが、このような余分な光が入るとなかなかそうも行きません。対岸の駐車場のヘッドライトがなかなか消えず、そのたびにレンズをかぶっていた帽子で覆いますが、うまくいったかどうか。

ホタルの数は、まだまだ増えていき、私の肩にも停まるほどに。正面の山にはエリアごとに集団で明滅する様子も見られました。結局、長時間のバルブ撮影はあきらめ、10数秒単位ぐらいで、何枚も撮る方法に変更しましたが、うまく撮れているかどうか。成果は、帰って見てみないとわかりません。気が付けばもう9時をとっくに過ぎていました。
明日は、美術館友の会の旅行で、早朝7時出発の予定です。いつまでも撮影をしているわけにはいきません。こうして、ホタルの乱舞が最高潮に続く中、北房をあとにしました。(肝心の撮影結果ですが、ほぼ全滅といっていいぐらい残念な結果でした。来年は、何とか時間を調整し、平日の人の少ないときを狙ってチャレンジしてみようと思います。)



撮影結果はほとんど全滅。残念な結果となりました。
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伊予の小京都・大洲 最終章 ポコペン横丁から大洲城へ

2012-06-16 12:24:21 | 古い町並み

見ているだけで懐かしくなる。(ポコペン横町)

臥龍山荘を堪能したあと、町並みを散策しながら大洲城まで歩いて行くことにしました。まず遭遇したのが、ポコペン横丁なる一角。懐かしい昭和30年代の町並みが少しだけ再現してあります。楽しいお店もいっぱい。子どものころに遊んだ玩具や、琺瑯看板。駄菓子やいろんなこまごましたものが販売されていました。ひときわ目を引くのが、ぺこちゃん人形。ポコペン神社の中にあり、こちらでは、おみくじも引けるようです。この横丁、毎週、日曜日だけの営業です。
そして、その隣にある赤いレンガの建物群が、おおず赤煉瓦館。もと大洲商業銀行です。すでに、百年以上経過しているのに、このようにきれいに残されているのが驚きです。ベンチに座っていると、異国の地に来たような感じです。
このあと、前の通りに出ると、作家司馬良太郎も宿泊したという「油屋」というお店。なかなかの風格です。パンフレットを見ると、地元の食材をたっぷり使った、薬膳スープカレーが売りとか。そして町並みを意識した外観の伊予銀行の前を通り、アーケードのある本町筋の商店街を抜けて大洲城に向かいます。この商店街からは、その姿を望めませんが、しばらく歩くと、これは市民会館でしょうか。斬新な建物ながら、相当、色あせています。そしてその背後にそびえるのが、真っ白い城壁の大洲城です。皮肉なことですが、ここから見ると、市民会館とのコントラストでお城の白壁が際立ってみえます。
 今日は、天気が良いので、のども乾き、石垣のある角のお店の自動販売機で小休止、この石垣もかつてのお城の遺構のようです。
 そして勾配のある坂をゆっくり進むと、やっと天守に着きました。風が吹いてとても心地よい感じがします。このお城、もともと鎌倉末期に築城され、先の天守は慶長年間に建てられたといわれています。
その後、何度か大規模改修されましたが、明治維新の後、場内のほとんどの建築物が破却処分されたそうです。本丸の天守・櫓は一部保存されるも明治21年老朽化により、ついに天守は解体。その後、115年あまりを経て、大洲城を愛する地元住民の寄付により平成16年に復元されたものです。



木造で復元された天守が美しい

一番驚いたのが、木造で復元されていることです。近年のお城の再建というと鉄筋コンクリートしか知りませんが、この大洲城、すべて国産の木材を使用しているそうです。このような太い木材が、現代でもあるのかと、そちらのほうに感心しました。木造でこの高さゆえ、建築基準法にかかったとか。中の階段は、松江城などと同じく、上に行くほど、かなりの急こう配となっています。
天守から見る町並みは爽快です。真下に見える肘川には、鵜飼を見る遊覧船が何艘も係留されていました。大洲は、日本三大鵜飼の町、昼鵜飼もあるそうですので興味も湧きます。ちなみに、日本三大鵜飼とは、1に、岐阜県岐阜市の長良川鵜飼、2.ご当地愛媛県大洲市の肱川鵜飼、3に、大分県日田市の三隅川、といわれていますが、3は諸説あるようです。そしてこの地で最も有名なイベントが、8月下旬から10月下旬の期間、肱川の河原で行われる、いもたきです。その歴史は古く300年の伝統があるそうです。東の空に月が浮かぶ頃、心地よい夜風とともに、鍋を囲んでいただく、さといも、油揚げ、こんにゃく、しいたけ、鶏肉。申し込みは、いもたき登録店で、料金は、1人1500円からで、お酒の持ち込みは自由、となっているようです。各グループ、話は大いに盛り上がり親睦の和がいっそう広がることでしょう。
このあと、まちの駅「あさもや」まで引き返し、大洲をあとにしました。(おわり)



鵜飼と、いもたきは大洲の象徴
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伊予の小京都・大洲を訪ねて 臥龍山荘・不老庵から見たもの

2012-06-06 22:48:54 | 古い町並み

臥龍山荘 臥龍院

臥龍山荘は、清流肱川の景勝地・臥龍ヶ淵の山裾に建つ山荘です。代々藩主の遊賞地でしたが、荒れ果てていたこの地に、木蝋で財をなした貿易商河内寅次郎が、明治30年代、10年の歳月と、巨費(現在の価値にして5億円)を投じて築いたものです。建物は、臥龍院、知止庵、不老庵の三つの建物で構成されています。先日のTV放送での解説によると、外観は、田舎の農家をイメージさせるようなあくまで質素な作り、内部は細部に至るまでとても凝った細工と意匠。この対比がおもしろいですね。

メインの建物は、臥龍院です。桂離宮、修学院離宮などを参考に、施工は大洲、京都の名大工。建築細部は千家十職に依頼して完成した名建築です。(パンフレットより)
多くの若い建築家が、勉強のためにこの臥龍院を訪れるとききました。
まず、順路に従って進むと、「清吹の間」の立派な神棚に驚きます。そしてその下、西側の書院窓に映る花筏の透かし彫り。まるで影絵のように見えました。次の「壱是の間」は格調高い書院座敷、なんと畳をあげれば能舞台となるそうですから驚きです。

私の記憶では、京都醍醐寺三宝院の書院も、同じように能舞台になったと記憶していますが、これに倣ったのでしょうか。そして欄間彫刻の優雅な野菊、鳳凰の透かし彫りが目を引きます。最後は、「霞月の間」、ここで、隣で受付をされている方が説明に来られました。違い棚は、京都大徳寺の玉林院をヒントに作られたとか。三段の違い棚は雲霞に、床脇の丸窓は、奥の仏間の灯明を照らし、月に見立てているそうです。縁は、1枚の仙台松、わざわざ等間隔に削って筋を入れ、寄木のように見せているそうです。

そして臥龍院を出てお庭に廻ります。この臥龍山荘、広さは3,000㎡あるそうですが、私がお庭で一番気に入ったのは、数々の蹲踞と飛び石。特に飛び石は、いろんな形のものを使用し、とても変化に富んでいます。そして苔むした庭園は、西芳寺をも連想させます。そして奥に進むと、茶室知止庵があり、さらに奥に進むと、不老庵の茅葺きの屋根が見えてきます。こちらでは、お茶の接待があります。(抹茶400円、お菓子付)お茶の先生方が交代で当番をされているとか。不老庵には広島から来られた先客がありました。女性2名、男性4名の熟年のグループです。居合わせた人々との交流も楽しいものです。
この不老庵からの眺めは特に素晴らしく、眼下に清流肱川を望むことができます。崖の上にせり出して建てられる手法は、京都清水寺と同じ舞台造り。ちっと大袈裟ですが、国宝投入堂にも似ている感じがしました。その木は、樹皮がそのままで野趣にあふれています。

この不老庵の天井は、竹が編み込まれたもので、川に映る月の明かりがこの天井に映り込むように設計されているそうです。床には夏蝋梅、そして京焼のわざわざ特別に作らせたというお茶碗でいただく、抹茶は何とも言えません。誰もが外の景色に見入っているとき、
「あ! イタチがいる!」と誰かが声をあげたので、見ると
小さな黒い小動物が、対岸の河原からこちら側の川に向かって走ってくるではありませんか。
「いや! カワウソじゃないですか!」と私。
「いやいや、犬じゃないか!」と別の一人が言うと
「犬じゃないでしょう!」とまた別の一人。
しばらく、沈黙のあと、その姿がだんだん大きくなり、何であるか確認できると、
「なーんだ!ダックスフンドじゃないか!」
と、一同大笑い。走るスピードが速く、耳が見えにくかったのでそのように見えたのでしょう。その後ろから飼い主も駆けてきました。(リードを付けていませんでした)

こうして、抹茶と、豊かな自然を満喫した後、大洲城を目指し出発したのでした。
(つづく)



飛び石も変化に富んでいる


肱川を眺めながら不老庵でいただく抹茶は何ともいえない
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伊予の小京都・大洲を訪ねて(その2)裏通りの人気店

2012-06-02 00:44:18 | 古い町並み

静かな下町風情の裏通りは、どこか懐かしい


いわはんのご主人が茅(かや)でつくるバッタ

おはなはん通りを抜け、この旅一番の目的地、臥龍山荘を目指します。突き当りの交差点を左に進むと、空き地のかどに今ではめずらしい赤い円筒形のポストが見えます。(散策マップを見ると、「東京ラブストーリー」でリカが別れの手紙を出したポスト。とあります。)
そして、この四つ角を右に進むと、いきなりというか、とても下町の風情のある通りが目に入ってきました。縁台に腰かけて何かを織り込んでいるご老人がいたので、「何を作っているんですか?」と尋ねると、このご老人、はずかしそうに「バッタです」とのこと。道路の反対側を見ると、「でんがく」と書かれた赤い提灯が目立つ小さなお店があり、店先には、茅で作ったバッタが売られているではありませんか。それにしても器用なものです。確か200円だったと思います。こちらは田楽のお店だったんですね。他にも野菜や、「ふかしイモご自由にどうぞ」とありました。あとでわかったことですが、このお店は、「いわはん」といい、このご老人もパンフレットにも紹介されている有名人でした。

そしてこの通りの突き当りを右手に進むと、臥龍山荘がありました。入口は少し下ったところにあります。正面には、肘川の水深が結構ありそうなエメラルド色の淵があって川舟が見えます。
山荘の入り口から団体の観光客が、ガイドさんに案内されて次々と出てきます。来る前、ここを訪ねる人は、そういない、ぐらいに思っていたら、とんでもありませんでした。あたりまえのことですが、大洲を訪ねる人は、かならずここを訪ねるでしょう。小さな門を潜ると、そこはもう露地風の庭園です。右手の石垣の間から、大きな木が幹を出しています。ということは、石垣を作る前に木があったということでしょう。ちょっとびっくりします。受付は、意外とこじんまりとしています。「どこから来られましたか」と聞かれたので、「岡山です。」というと昨日も、岡山からの人が多かったとの話でした。館内の写真撮影はできません、ということでしたが、縁側から庭を撮る分には構わないとのことでした。あとは、順路に従って進みます。(つづく)

(ちょっと余談ですが)
町並みを歩いているとき、1軒の骨董屋さんを見つけました。立派そうな染付のお皿が何枚か道路側に向けて置いてありました。ガラス戸から見える室内は、お道具類がびっしり。この光景を見て、NHKの人気番組「釣瓶の家族に乾杯」で、いつの放送かすっかり忘れましたが、物(商品)が有り過ぎて整理が付かない。と家族の方が話すシーンを思い出しました。あの番組で、出てきた骨董屋さんも、こんな感じだったなと、この時思ったのです。

しかし、何とそのお店が、まさにその番組に出ていたそのお店だったということがあとでわかりました。これには正直びっくりしました。こんなことってあるんですね。「釣瓶の家族に乾杯」で大洲が登場したのは、昨年の11月だったようです。



臥龍山荘下の川岸には遊覧乗船場がある


石垣の間から立派な木が出ている
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