たにしのアブク 風綴り

86歳・たにしの爺。独り徘徊と追慕の日々は永い。

小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』を読む

2009-03-28 13:42:50 | 本・読書

海底に身を潜め、愛猫に触れ、
海上に静謐な詩的空間を描く。

「猫を抱いて象と泳ぐ」(小川洋子)文芸春秋1965円を読み終えた。
奇妙な題名ですが、とても切ない物語です。
これから読む人のために、ストーリーには触れません。

彼の描くチェスのスコア(棋譜)は一編の詩になる。
強者も入門者も対戦者は美しい棋跡に惹きこまれる。
キングを倒したとき、盤上には感動のさざなみが漂う。

彼の悲しみを知るものは、祖父母、弟、ミイラと呼ばれる少女を含め、
ごく少数しか居ない。

彼は大きくなることを怖れた。
大きくなりすぎて、デパートの屋上から降りられなくなった象・インディラの悲劇。
甘いものが好きで大きくなりすぎて倒たマスター(チェスの師匠)。

 「リトル・アリョーヒンが、リトル・アリョーヒンと呼ばれるようになるずっと以前の話から、まずは始めたいと思う」
――小川洋子さんの世界の始まりです。

『博士の愛した数式』で数式の美しさ調和性で魅せられた小川作品。
こんどは、リトル・アリョーヒンの切ない人生をチェスの棋譜に託した、
仮構と伝説の物語『猫を抱いて象と泳ぐ』です。

伝説というのは、その創造性豊かな棋風から「盤上の詩人」と称えられたアレクサンドル・アレヒンという、グランドマスターで実在のチェスプレーヤーがいます。

それにしても小川作品は、なぜこうも静で切なく、心に満ちてくるのだろう。
いい本に出会うと、たにしの爺は跳ねるのだった。




ところで、たにしの爺はチェスを指したことが、何度もあります。
20代の半ばのことです。青山に一軒のクラシックな西洋館があり、
高柳賢三さん、竹山道雄さん、平林たい子さん、林健太郎さん、
福田恒存氏ら論壇人が集まるフォーラムがありました。

そこの事務局に出入りしていたころです。
休み時間に、数人いる事務局員たちがチェスを差していました。
私も手ほどきを受け、待ち時間をチェスですごしました。
ナイトの複雑な動きに、戸惑って負けてばかりでした。
いまは、どのような論壇人が居られるのか知らない。