知命堂日記   ~  人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり ~ 2005.9.11

いつ死んでもおかしくない年のころ。
夢も希望もなく、やっと生きてます。
今を夢幻と思って、ただひたすらに…

古橋広之進氏の死去に思う

2009-08-03 06:16:53 | Weblog
ネットの記事を観ると

戦後の復興期に競泳で世界記録を連発して日本人を勇気づけ、
「フジヤマのトビウオ」と呼ばれた日本オリンピック委員会(JOC)元会長、
日本水泳連盟元会長の古橋広之進(ふるはし・ひろのしん)氏が8月2日、
世界水泳選手権が開かれている当地で亡くなった。
80歳だったそうである。
要するにローマで死んだということである。
日大在学中の1948年夏、400、1500メートル自由形などで同年ロンドン五輪の優勝記録、世界記録を大幅に上回るタイムをマークした。
49年、ロサンゼルスでの全米水泳選手権に出場し、自由形の中長距離種目で驚異的な世界新記録を連発。
米国メディアに「フジヤマのトビウオ」と名付けられ、国内外の日本人を熱狂させた。不運が重なって五輪には縁がなく、一度だけ出場した52年ヘルシンキ大会は400メートル自由形で8位だった。
現役引退後はサラリーマン生活を経て日大で教えながらスポーツ界の発展に貢献。日本水連では85年から18年間会長職にあり、90年にはJOC会長に就任した。

意外と書かれていないのは、戦争中に左手の中指を失っていること。
もし、この中指が失われていなければ、もっとすごい記録を出していたと言うことである。

私の知る限り、南部忠平、人見絹江、古橋広之進、そして、まだご存命であろう猪谷千春、この人達は、誰よりも輝いた先人だと感じている。