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草花好きのひとりごと

植物の栽培記録や鉄道・路線バスなどの趣味について記しています。

さくらそうの芽の形

2011-12-23 | さくらそうに関するあれこれ
これは‘玉珊瑚’の小さな芽です。
ただ、同じ品種の他の多くの芽とは形が違い、短くて先があまり尖っていません。
芽の先と根の一部が緑色に見えるので、鉢の土の中でもごく浅いところにあったものだと思います。
下の画像も同じ品種の芽です。


さらに、もっと細長い形のものもあります。
以前、他の品種と混ざってしまったのかと思った事もありますが、毎年同じ形になるわけでもないようでしたし、花が咲いたものを見た限りでは、どれも同じと考えて良さそうでした。

さくらそう(日本桜草)の芽の形や色は、品種によって特徴が見られるものもありますが、それは絶対的なものではなく、栽培状況などにより変化するもの、と考えた方が良いようです。
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騙されつつ?楽しむ

2011-12-19 | さくらそうに関するあれこれ
前回、よく似たものが少なくなく情報も多くはない野生種の名称は、入手時のラベルを信用するほか無いと記しましたが、私が思うに、発表者(作出者)がご健在の比較的新しい品種を除けば、園芸品種にも似たような事が言え、信じて(あるいは騙されて?)栽培し花を見て楽しんでいるのが幸せなのかなと、最近特に思います。

騙されるというと悪い事のように聞こえますが、このような場合は誰かが悪意を思って騙しているという訳ではないので、少なくとも栽培者は不愉快な思いをするような事もないと思います。


‘南京小桜’という品種は、現存する最古の品種といわれていましたが、そうではないという説もあります。
でも、小さな花で、最古のものだと言われれば思わず納得してしまうものがあると私は思います。

江戸時代に作り出されて現代まで伝えられてきたと思われている品種が、実はたまたま江戸時代の品種の記録にぴったり合う、明治、大正、あるいは昭和初期頃に作られた花だった、というような場合も無い事とは言えないと思います。

園芸品種の花と品種名について、正確に知りたい、調べたいという方もおられるかと思いますし、私も以前はそれに近い事を考えて、このブログにも記した事があります。
それを突き詰めていくと、せっかく巡り会った趣味が楽しいものではなくなってしまうのではないかと、最近では思うようになりました。

私も少しは年をとった、良く言えば成長した、ということかもしれません・・・(*^_^*)
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野生種

2011-12-18 | さくらそうに関するあれこれ
さくらそう(日本桜草)栽培の趣味の世界では、「野生種」というと、文字通り「野に生えている」状態のものではなく、どこかで過去に採集された個体が栽培増殖され、その苗を栽培者が入手して栽培しているもののことを指します。

栽培増殖されて普及するという点と、入手してからの栽培方法は全く同じでも、当然の事ながら花の姿形は実生によって改良された園芸品種とは異なります。

この類の花の栽培においては、他の植物、主として山野草という範疇に入るものがそうなのですが、乱獲による自生地の破壊が問題として指摘される事があります。
しかし、桜草については先に記したように、栽培増殖されたものを入手して栽培する、という形態が一般的と思われるので、確かに最初の段階では誰かが自生地から採集している事に違いはないのですが、この指摘は的外れかとも思われます。
それに、その自生地そのものが後に開発により消滅したなどという話も聞きます。

ちょっと難しい話になりましたが、本題はここからです(^_^;)
この野生種、どうやら根強い人気があるようです。

私とメールや苗の交換などのやりとりをして頂いている方、ブログでお付き合いのある方を思い起こしてみると、野生種が好きだと言う方が結構多く、庭の栽培場所に限りがあるので、園芸品種は減らして野生種を増やす方向であると仰る方もおられるほどです。


(これは‘戸田ヶ原’という名札付きの小苗を入手したもので、現代では絞りが消えたとされる‘戸田絞’に似ているかもしれません)

可憐な感じ、素朴な感じ、可愛らしさ・・・私にはうまく言い表せませんが、華やかな園芸品種には無い魅力があるとい
う事でしょう。

二人の知人の野生種の栽培リストを見せて頂く機会があったのですが、それを合わせると重複を除いても100種類を超える数となりました。
現状ではそう容易なものでは無いとはいえ、多くの種類を入手できるとなれば、その違いを見比べるという楽しみ方もありそうです。
サクラソウは個体差の大きい植物とされていますし、栽培品は過去に自生の中から採集された個体ということで、特徴のあるものが多いのかもしれません。

花色や形に差があるものもあるとは言え園芸品種ほどの差ではない事と、資料が少ない事などから、入手したものの名前が正しいのかどうか確かめる事は難しく、入手した時のラベルを信用するほか無いということは、野生種に造詣の深い私の知人の皆さんが仰っています。

それは古くから伝わる園芸品種にも似たような事がいえるのですが、それは次回記します。
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孤高の芸術作品か自分にもできそうな品か

2011-12-16 | さくらそうに関するあれこれ
前にも少し記した記憶があるのですが、私が見に出かけたさくらそう(日本桜草)の展示会で、5号鉢に植えられた4本の花茎の高さが揃い、各々の茎に付いた花数に大差がなくバランスよく揃った鉢が数多く展示されているのを拝見した事があります。

もちろん他でもそういった状態の鉢は見かけますが、その展示会で今から5年程前までの数年間、私はそれ以前は見に行っていないので実際にはもっと前からだったのかもしれませんが、前記の状態の鉢の割合が他と比べて高いように感じられました。

重厚感のある桜草鉢との対比も素晴らしく、今から考えてみれば、名人芸的な栽培によって作られた孤高な芸術品といった趣でした。
目の前にそうした鉢がずらっと並んでいると、見ているこちらが圧倒されるような感じもあり、全て拝見し終わって展示場所から出ると、少々くたびれたような思いすらしたものです。

私が最初に見に行った展示会だったので、そんなものなのかなと思っていましたが、後に違う展示会を見せて頂いてそうでもないと感じるようになりました。
先程、名人芸的と書きましたが、それに対して後に見た方は、普通に上手に栽培しておられる様子と言うか、努力すればいずれは自分でも何とかできそうなと思わせるという感じがしました。
とは言っても、「自分でもできる」のではなく、「できそう」なので、実際にそこまでの状態に栽培するのは容易な事ではありません。

孤高な芸術品的なものが多かった展示会場は、植物園内の展示室で、出入り口が二か所あってその一方から入って展示品を見てもう一方から出るといった感じなのですが、私が見ている時に後から入ってきて、入り口近くの鉢をちょっと見てすぐに同じ出入り口から出ていく、といった方がどの年も少なからずおられました。
その時は場所が植物園なので、さくらそう展目当てに来られた方ばかりではないから、と思っていたのですが、その後展示鉢の様子が他と似たような感じになってからは、ちょっとだけ見て出て行く、という人をほとんど見かけなくなった気がします。

重厚感たっぷりな鉢に素晴らしく咲きそろった桜草というのは、見ようによっては威圧感が強く一般受けしにくいものなのかもしれません。
思えばその頃は頒布苗を求める人の姿が少なく、会員と思しき方が「育てやすいですよ」などと仰っておられても、そうした鉢を見せられては今ひとつ説得力に欠けるかなという印象を個人的には受けたものです。

後に他と同じような感じに変わった後は、見に来る人の数が増えて雰囲気が明るくなり、苗を求める人の割合も増えたように見受けられます。
先に記した、頑張れば自分にも何とかできそう。と思わせる感じを出すという事の効果が現れているのかもしれないと思いました。

例えとして正確ではないかもしれませんが、花菖蒲に例えると、前者が熊本花菖蒲で後者が江戸の花菖蒲のような感じでもあり、どちらが正しいという話ではないと思いますが、さくらそうの普及という目的を考えてみた場合、ただひたすら良い作柄のものを目指して栽培して展示しておけば良い、という訳ではないのかもしれません。
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