飛行機さつえい奮闘記
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2013年03月30日:JAL1614便(広島⇒羽田 MD-90ラストフライト②)
飛行機搭乗記
/
2013年04月09日 22時01分10秒
2013年03月30日(土) JAL1614便 広島→羽田 19:40→20:55
MD-90 JA8029 座席:23A 広島SPOT:3 羽田SPOT:8 高度: 33000ft 速度:1000km/h 414mile 13570円(スーパー先得)
MD-90ラストフライト、JAL1614便搭乗編です。L1ドアの前では記念撮影する方々で詰まっており、なかなかドアクローズができない状態でした。
ほとんどの乗客はMD-90のラストフライトに乗りに来た飛行機ファンであり、もう定期便という感じがまったくせず、ラストフライトチャーター便のようなお祭り状態です。
20時17分、ようやく機内へ。本日の機長は岸本伸一機長、副操縦士は迫田秀一機長のダブルキャプテン。
客室内は岩野CAをチーフパーサーに、森CA、村上CAの計5名での運航となります。
全ての乗員さんが旧JAS出身の方々で、MD-90に長年乗務され、思い入れのある方ばかりとのことです。
ギャレーには7機の黒澤レインボー、及びMD-90バルーンがいました。バルーンは空気が軽く抜けていますが、上空では気圧の変化でパンパンになってしまいますからね。
定刻より42分遅れの20時22分、ドアクローズ。
『只今出発準備が整いました。全ての電子機器の電源をお切りください。業務連絡です。客室乗務員はドアモードをアームドへ変更してください。』
チーフパーサーのドアモード変更のアナウンスにより、電子機器が使用禁止となりました。
私が座っているのは23Aの機体左側。プッシュバック時にランウェイ10使用ならばグランドスタッフへのお手振りができず、ランウェイ28使用ならばできます。
先ほど着陸した中国東方航空はランウェイ28を使用していたので、ランウェイ28使用であってくれ~!と願いながら20時25分、プッシュバック開始。そして機体は…左へ曲がった!!
ランウェイ28使用でタキシング時にグランドスタッフへのお手振りができます!この時ほどガッツポーズをした時はありませんでした。
『今日もワンワールド・アライアンスメンバー、日本航空をご利用いただきましてありがとうございます。この便は東京行き、日本航空1614便でございます。この便の機長は岸本、私は客室を担当いたします岩野でございます。東京までの飛行時間は1時間5分を予定しています。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください』
定期便らしい決まったご挨拶。しかし一番最後に…
『それではMD-90での空の旅、どうぞごゆっくりお寛ぎ下さい』
MD-90、ラストフライトへの気分がどんどん高まって来ました。機体後方ではV2500エンジンがスタート。しかし私が座っている前方座席はとても静か。
天井からはモニターが降りてきて、機内安全ビデオの放映。そしてタキシング開始。
グランドには20人近くいたでしょうか。暗くて表情までは見れませんでしたが、みんな大きく手を振っていました。
この盛大なお見送りに涙が出てしまいました…。私も地上係員が見えなくなるまで、大きく手を振っていました。
夜間の離陸に際して機内の照明が落とされました。ほとんどの照明が落とされ、機内照明は窓の縁のみ。
夢中で窓にかじりついていましたが、ふと客室内を見ると、荷物入れの下に付いている手すりが緑色に光っています。暗い機内に光る緑色のラインはとても幻想的でした。
機体はランウェイ28に向けてタキシング。広島空港への別れを惜しむかのようにゆっくり滑走路へ進入。
20時34分、徐々にエンジンの出力がたかまり、離陸滑走開始。
3000mある滑走路を半分以上使用し、ゆっくり機種上げ、そして上昇。
ギアアップと同時に機体が右に傾きました。すぐに右旋回して東京へ向かうのかなと思いきや、今度は機体が左に傾き、さらに右に傾き…。そうです、飛行機が空港へ別れを告げる時に行う、翼フリフリです。
まさか定期便でこのようなことをやってくれるとは思いもしませんでした。
しばらくランウェイヘディングで飛行した後、右旋回開始。Y71ジェットルートに乗っていきます。
20時39分、ベルトサインが消灯。同時に多くの乗客が席を離れ、思い思いに機内の撮影に勤しみます。
私も本当なら機内の散策をしたかったのですが、前日に多くの機内の写真を撮ったので、この日は控えました。
他に撮りたい方はたくさんいると思うので…。
機体前方から村上CAが何やら乗客に用紙を配っています。
写真撮影をお願いしたら、快く引き受けていただけました。
配っていたのはなんと、JAL1614便のATCクリアランスのコピー!運航に関する知識があまりない私はところどころしか読めない…!
しかしこのようなコアなマニア向けのお土産が配られるとは思ってもいませんでした。フライトの記念になりますね。
【2013.03.30】 JAL1614便(広島⇒羽田) MD-90ラストフライト キャプテンアナウンス
前方よりドリンクサービスが開始。ここでキャプテンアナウンスがはいりました。
動画及びライン収録したので、ぜひ御覧ください。
『…着陸まであと40分ほどあります。前方のお客様は静けさの中の風切り音を、また後方のコアなお客様はMD-90のエンジンサウンドをお楽しみくださいませ。本日はMD-90ラストフライトに御搭乗いただきましてありがとうございます。これでダグラスの飛行機は日本の空からなくなりますが、まだアメリカではたくさん飛んでおります。アメリカなどでDC-9を目撃された際は、私たちのことを思い出していただけたら嬉しく思います。本日の御搭乗誠にありがとうございました…』
とても感動的なアナウンスでした。このMD-90はアメリカのデルタ航空が国内線専用機として購入し、アメリカの空を飛ぶこととなっています。
この日本の空を飛んでいたMD-90を求めて、アメリカに行くのもいいかもしれません。
岩野チーフパーサーがドリンクサービスに来てくださいました。凛とした表情でドリンクサービスを行う姿はとても美しかったです。
凛とした表情の中にも優しさがあり、ラストフライトに搭乗した我々に最大のおもてなしをしてくださいました。
少しお話を伺うと、岩野チーフパーサーはMD-90には17年間乗務していたとのこと。まさに導入当初からMD-90と共に過ごしてこられた方でした。
広島空港で頂いた記念品の数々を机の上に並べてみました。詳細は次の記事で書きますが、どれも思い出に残る、大切な記念品です。本当にありがとうございます。
広島-羽田便は本当にあっという間。徐々に高度を下げていき、21時28分、ベルトサインが点灯。キャプテンアナウンスにもあった通り、羽田空港のランウェイは34L。千葉県の上空は雲が広がっているようで地上の夜景はなかなか見れず。
その代わり、翼端に付いているランディングライトがビームサーベルの如く、雲の中に一筋の光を作っていました。
雲を抜けて東京湾。そして徐々に横浜の海岸線、浮島が見えてきて、21時36分、羽田空港ランウェイ34Lにナイスランディング。
接地と同時に機内は拍手に包まれました。
機体は逆噴射をかけながらW8誘導路より滑走路を離脱。8番スポットへ向かいます。
『皆様、東京国際空港羽田に着陸いたしました。これより8番スポットまで移動してまいります。シートベルト着用のサインが消えるまで、お席でお待ちください。また、上の棚をお開けになる際は手荷物が滑り出ることがございますので、十分ご注意下さい。また携帯電話の電源はこちらからご案内するまでお入れにならないようお願い致します…』
いつもの定形の挨拶の後、感動の挨拶が待っていました。
『最後の日本エアシステムの機材であるこのMD-90型機。96年より日本エアシステムの翼として日本の空に虹をかけ続けてまいりました。途中、虹の架け橋として日本航空の翼に生まれ変わり、この17年間、皆様と共に歩んでまいりましたが本日、この便をもって退役いたします。しかしながらこれからも皆様の心の中でかけた虹と共に飛び続けてくれるものと信じております。このような記念すべきフライトに皆様とご一緒出来ましたことを機長岸本、迫田をはじめ乗務員一同心より感謝しております。今日もワンワールド・アライアンスメンバー、日本航空にお乗り頂きましてありがとうございました。』
乗客より盛大な拍手がありました。この最後のアナウンスで涙がこぼれ落ちてしまいました。あぁ…本当に最後なんだ、もうJALのMD-90には乗れないんだ…と思うと心が締め付けられる思いです。
しかし、このMD-90との大切な時間、記憶は、私が死ぬまで、心の中で生き続けます。そしてこのブログにも。
機体はゆっくり8番スポットへ向かってタキシングしていきます。外では一度消えたランディングライトが再度点灯されました。
そしてランディングライトが上下に照らされ、まるで飛行機が管制官に挨拶をしているようです。航空無線ではアプローチ、タワー、グランドと、MD-90お疲れ様の挨拶があったそうです。
21時41分、羽田空港スポット8番に到着。ベルトサインが消灯し、客室乗務員はドアモードをディスアームドへ。
直後、岸本機長からのアナウンス。
『御搭乗の皆様、本日は誠にありがとうございました。無事17年間のフライトを終えることができました。ご声援いただきましてありがとうございます。』
ついに着いてしまいました。結局定刻より46分遅れとなりました。遅れなんてどうでもいい!!
もっと乗っていたい!!
続々と降機していきますが、1/3近くの方は機内で写真を撮ったりしながら降機を渋っていました。私もその一人です。
乗客が少なくなった機内では出発前に仲良くなった方々と写真を撮り合いながら、MD-90との別れを惜しんでいました。
L1ドア前では岩野チーフパーサーが乗客一人ひとりをお見送りしていました。岩野チーフパーサーはこれから半年間、研修?の為に乗務はしないとのこと。本当にお世話になりました!また何処かの空でお会い出来たら光栄です!
一歩外に出てコックピットのほうを向くと…おや、窓が開いてる…!
本日ラストフライトを操縦してくださった岸本機長と迫田機長が記念撮影を承っていました。
『次はCRJとのことで、いつか岸本機長の操縦する便にまた乗りたいです!』と言ったら、はにかみながらも少し嬉しそうな表情をされていたのが印象的です。
ラストフライトの数日前、毎日jpに岸本機長のインタビュー記事が掲載されていました。パイロットは操縦ミスを防ぐため、ライセンスは1機種しか持てません。
次はCRJへの機種移行をするとインタビューに答えておられました。15年間MD-90での運航お疲れ様でした。
コックピット内部も撮らせていただきました。まだアナログ計器が残るコックピット、とても味がある飛行機です。
コックピット下の『17年分の感謝をこめて MD-90 ありがとう』の文字。上部のMD-90のシルエットは前から見た姿と言われていますが、私にはどうも去っていくMD-90の姿にしか見えません。
JALの文字と特徴的なT字尾翼、そしてリアエンジン。
最後に17年間お疲れ様、そしてありがとうの気持ちを込めて、『MD-90の手』に触れて機体を後にしました。
8番搭乗口ではMD-90のパイロットさんを始め、整備士さん、地上係員さん、そして旧JASの制服を着たCAさんが笑顔でお迎えしてくれました!
ここまで熱烈なお迎えがあるとは思っていなかったので、感激してしまいました!
左右はJAS時代の地上職制服、中央はJASの二代目制服です。左側の方のグリーンのブラウスはとても印象に残っています。
見切れてしまっていますが、写真左側の機長さんは3月の機内誌に掲載されている『MD愛』を執筆された阿部雅彦機長です。
腕には金色に輝く『JAS』の刺繍。
7番スポット脇から到着したMD-90を撮影しました。普段なら地上支援車両が多くいますが、流石に時間が経ちすぎたのか、それとも写真を撮る人に気を使ってくれたのか、グランドはクリアな状態で撮影ができました。
今月号の月刊エアラインに、MD-90は短い足に細長い胴体、まるで『ダックスフンド』だ、と書かれていました。
意識していませんでしたが確かにそうですね。妙に愛着の湧く機体ですw
コックピット中央には『I ♡ MD』の文字が見えます。
ありがとう、MD-90!アメリカに行っても元気で飛び回ってね!!
8番搭乗口前に戻ると記念撮影会が始まっていました。
そして岸本機長を先頭に、乗務員5名が8番搭乗口より出てきました。
大仕事を終えた岸本機長を、MD-90運航部の方々が歓迎。緊張気味の様子であった岸本機長の顔が綻びました。
プレスによる撮影の後…
何度か向きを変えての記念撮影。このように正面で撮ることもできました。
二列目中央の一番背の高いパイロットさんは小山機長。MD-90運航部の部長で、MD-90のパイロットの頂点に経つお方です。
その他にも宮崎機長、阿部機長など、インタビュー等に掲載されていたパイロットさんが我々をお出迎えしてくれました。
岸本機長と森CA。
この後、乗務員さんによる大サイン大会が始まりました。ラストフライトでは流石にログブックを依頼することができなかったので、ここでサインをおねだり。
機長さんに駄作ですが、記念に私の撮ったMD-90のお写真を渡しました。少しでも喜んでいただけたら嬉しいです。
8番搭乗口前で配っていた、記念の写真。岸本機長と迫田機長のサイン入りです。一生の宝物になりました。゜(゜´Д`゜)゜。
このラストフライトを持って、MD-90の歴史のみならず、旧JASの歴史、またダグラス社との歴史にピリオドが打たれました。
とても悲しいです。まだMD-90に乗りたいです。
でもどんなに最新鋭の飛行機でもいつかは退役してしまうもの。最後にしっかりMD-90にお別れができました。
2013年3月30日、JAL1614便に搭乗できたことはとても光栄に感じています。
最後に日本航空様、このようなラストフライトに搭乗させていただき、感謝を申し上げます。
また数々のお土産の品ありがとうございました。全てが大切な思い出となりました。
これで旧日本エアシステムの機材であるマクドネル・ダグラス社の飛行機は全て退役し、新生日本航空として新たな一歩を踏み出すことと思います。
これからも飛行機ファンの端くれとして、また乗客の一人として、日本航空を応援し続けます。今後とも宜しくお願いします。
2013年3月30日 JAL1614便 23A こうへい
次回はMD-90ラストフライトで頂いた数々の記念品をご紹介したいと思います。
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