多分、初めて東京タワーへ行きました。
多分、というのは子供の頃の記憶が無いためです。
高校卒業後、約7〜8年千葉の松戸に住んでいましたが、ディズニーランドには
何度も行きましたが、東京タワーには足が向きませんでした。
東京タワーで、53年前の誕生日(昭和36年4月21日)の読売新聞の1面を手に入れました。
A3のコピー、手軽さを考えれば400円は安いものでした。
大見出しの、
ケネディー大統領の演説とキューバの話題は、時代をうつします。
その下の記事に目が留まりました。
・自民に「日韓懇談会」 関係打開をはかる
・首相、早期実施を約す 国保の国庫負担引き上げ
・そして、社説には春闘で3千円という大幅賃上げが実現とあります・・・
最近の新聞に載りそうな3つの大きな見出しを見て、50年が過ぎても、
内政と外交の大きな課題と重要性が変わらない事をあらためて実感しました。
私が、生まれたのが53年前の昭和36年。
戦後15年が過ぎ、日本は3年後のオリンピック開催に向けて、勢いがあったのだと思います。
50年経って、大きく変わりました。
私が30数年前、東京に向かう頃は、特急は「はつかり」で上野まで、約5時間半かかり、
予約が取れず、年末年始の混雑する通路で帰省した思い出があります。
今は、一関から東京まで2時間を切る新幹線が走る予定とか・・・
昔から変わらず、季節とともに美しい花を咲かせる、上野の桜並木を歩きながら、
豊かになった生活に思いを馳せます。
衣食住、すべてが満たされた生活に、これ以上何を求めるのか考えます。
それでも、気になるのは一関の中心商店街、そして一関の経済についてです。
産業経済常任委員会に所属していますし、長い間米穀商、鉱山、燃料関係の
仕事をしてきましたので、特にも消費活動に関心があります。
大型ショッピングモールや複合ビル、大手家電販売店を見ましたが、
並ぶ商品に大差は無く、ネット販売の拡大によりスマホを持った消費者が相手の
大手家電販売店の苦戦が想像されます。
そして、デパ地下の食品売り場やコンビニの台頭を見る限り、
少子高齢化で新たな対面販売は、量より質の時代のようです。
高齢者を対象にした商店街の明るい未来が垣間見えます。
私が生まれてから50年が過ぎ、政治は同じことを繰り返し、スーパーによる薄利多売が終了し、
新しい価値観を求める市民に対応したまちづくりが、スタートするような気がします。
一関で、美しい自然とともに暮らし、豊かな住環境を持ち、おいしい食べ物に恵まれ、素晴らしい
人たちと暮らす。そして、東京は、新幹線の利用で、すぐ近くの街になり、
世界最先端の文化は、日帰りで堪能できます。
一関市の未来は明るい・・・そう一人で思いながら帰途につきました。