ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

そば打ち完全廃業

2013年04月22日 | 手打ち蕎麦打ち
            
そば打ちを習おうとした当時は全国的にも大ブームだった様で、ここふくしま社会保険センターでは予約受付午前8時、申込手続は10時と案内されて1時間前に並んだが、自分の10人ほど前で定員に達してしまった。
早い人達は5時から並んでいたそうで「あんたも暇人なんだから早く来ないとダメなんだよ」と言われて、半年後には6時から並んだ。
定員は13・15・18時の各コース20名、修養年限2年の卒業や中退者の補充で応募数は一定せず時の運。自分は最後から2番目の幸運を得て修業に励んだが、2年後も自分の技に不安を抱き“自由課題研究生”として更に1年留年した。
ここは他の教室と異なりマンツーマン指導が特徴で、その後は先生から免許?の白衣が与えられて講師の一員として残り、半年後には講師陣や卒業生有志で発足した“福島手打そば研究会”へ入会して研究会の他ボランテア活動等にも今日まで積極的に参加して来た。
            
そば打ちを始めて10年。通称“更科の菅野さん”の技に近ずきたいと、自分は福島市の特産品信夫山のゆずを使った“ゆず切”を追求し続けて邪道ではあったが、誰よりも自負出来る“ゆず切”を完成して、また最近ではどんな粉でも加水量は感で打てる様になりようやく一人前になれたかなと思っていた。しかし、何と皮肉にも3月22日のOB会初のお披露目でのアクシデントが“我がそば打ち最後の花道”になろうとは思いもよらなかった。
昨日判明した精密検査の結果「三尖弁閉鎖不全症(心臓弁膜症)」と診断され、心臓から肺へ血液を送る弁が閉まりきらず血液が逆流しているのだそうだ。
現状は比較的軽症で手術までは必要なく、ただ完治する事は無く現状維持か進行を止めるだけで、投薬により心臓の腫れがひいてくれば弁の閉まりも少しは改善されるが、運動は厳禁安静を保つ事と診断された。
症状は少し改善されて、日常の買い物位の行動は許可を得たのでマイカーで出掛けているが、重い物も持てなくなり店内ではカートを押して歩くていたらく、そば打ちはもう二度と出来ない身体になってしまった。
何とも不本意だが、師匠(先生)や仲間に支えられて楽しんで来た“手打そば打ち”これで完全廃業となってしまった。無念!

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2 コメント

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慰める言葉みつかりません (畠迷惑Roger)
2013-04-26 06:35:57
えーっ? そんなにも重篤だったんですか?
原発事故で農業を諦めて、今度は蕎麦打ち断念!
症状は私の63歳の甥と同じです。

甥は「運動は厳禁安静を保つ事と診断された」のに警告を無視、大阪に遊びに行って倒れました。
心臓の機能が40%に落ちていました。
県立医大で手術、人工弁に移植して2年、元の体力に戻った現在は、前にも増してふしだらな生活態度。
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心臓病 追加 (畠迷惑Roger)
2013-04-26 10:04:09
心臓の機能が落ちると、いろんな弊害が発症します。
腎臓が悪化し尿毒症。
安静にしていても貧血。

脳ミソに血液が十分に行き渡らずお馬鹿になっちゃう。



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