ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

昼食会

2013年10月04日 | その他
          
自分を挟んで前後3年の間に福島局で退職した同じ釜の飯を食った仲間の昼食会、東日本大震災原発事故で中断していたが、今日3年ぶりに信夫山裏にある升富しのぶ野で開かれた。
仙台から参加したHサン(現役時代の愛称)を除き他は全員市内在住だが、旧友会で逢う事も以外に少なくて、皆それぞれが「イヤー!しばらくぶりだったナイ」がお互いの初挨拶だった。
自分とMチャンが病人とあってか、こんな時定番だった病院・寺・戒名・墓の話題は皆無で、2人の症状に軽く触れただけで、現役時代の今にしては笑い話で済されるお互いの仕事先での懐かしい失敗談にほぼ終始した。また爆発した第一原発の取材にも関わり、定期点検中の炉心へ入った猛者も居て「どんな病院よりも、恐らく日本で一番美しかった施設、爆発なんて全く考えも出来なかった」と口火を切ったら、それぞれが自分とはまた異なった第一原発への深い思い入れがあった。
僅か2時間余りでは語り尽くせず解散となってしまったが、来年の幹事はKチャンが自ら名乗り出て、再び参加出来る事を願いながら帰宅した。