3ヶ月前に何を読んだか記憶が定かではない。酷暑の8月から田舎暮らしを再開し、お盆を前後して家族や親戚の来客が相次いだ。初めて田舎に来た孫の印象が鮮烈で、加えて年々薄れて行く記憶力のお陰で6月に読んだ本の記憶など吹き飛んでしまった。
記憶力が劣化してきたのは事実なのだが、いつもの言い訳に聞えるかもしれない。本論に入る。最初に「ネット評判社会」(山岸・吉開)の一読をお勧めする。移行期にあるネット社会の個人主義的秩序が、日本の伝統的社会が内包していた倫理観を崩壊させていると鋭く指摘している。旧来のメディアがマイナス面に重点を置いた報道をするのに対し、ネット評判社会ではポジティブ評価が重要との実験結果は、私には極めて示唆的で興味深い指摘である。
「危機は循環する」(白川浩道)は長期に亘る金融緩和が繰り返し発生する金融危機の原因であると、データを積み上げて論じ結論に至るアプローチが好ましい。論理に飛躍がない。少数派の意見でも、物を言うにはこの位根拠をしっかりさせなきゃいけないと思わせてくれる。
「本当の話」(曽野綾子)は最近私がファンになった著者が20年前に書いたもので、世間の常識とか大御所をバッサバッサと切り捨てるエッセー集。「自己責任」とか、「小さい政府・セルフヘルプ」といった言葉が耳に心地よく聞える方には、20年たった今も爽快感を持って読めるでしょう。
「組織ジャーナリズムの敗北」(川崎・柴田)は慰安婦報道を巡るNHK・朝日論争を描いたもの。直接は関係無いが今話題の安倍元首相が登場するくだりは、次期首相を巡る政局がどう動いていくか、政治の右傾化が気になる人には背景を探るうえで参考になるかもしれないと思う。
(2.5)ネット評判社会 山岸俊男・吉開範章 2009 NTT出版 二つの社会「集団主義的秩序」と「個人主義的秩序」に分け、日本の伝統的社会が前者で、来るべきネット社会が後者である説く。現代日本の倫理観の崩壊はこの秩序の移行期の為という。ネット評判社会ではポジティブ評価が重要と確認された実験結果、「メタ評価」の重要性、日本の特徴的な「情報うのみ使用」傾向等々興味深い指摘がある。
(2.0+)ハーバードの「世界を動かす授業」 Rヴィートー 2010 徳間書店 ハーバード経営大学院で狭義の経営を超えて国家の役割・戦略・各国の分析・国民の役割・メディアの責任等について教えているとの紹介は、我国との大きな差に驚きを与えてくれる。その中で欧州連合を試みと捉え分析しているが、今日表面化している問題をそれ程的確に予測していたか疑問が残る。
(2.0-)ユーロ Dマーシュ 2011 一灯社 分厚くやや難解なので最近の欧州危機に直接関係する部分のみ読んだ上での書評。第一次世界大戦から始めてEMU(経済通貨同盟)成立と現在までの経緯をBウッドワード風に描いたもの。ドイツに足枷を嵌める狙いが却ってドイツ経済成長を後押しした皮肉を描いている。ユーロの構造的な問題を描ききれていないと私は感じた。
(2.5)危機は循環する 白川浩道 2011 NTT出版 必要以上に長い金融緩和が金融市場を肥大させ危機を繰り返すと指摘、日本再生は外需依存を止め労働市場改革と貯蓄課税を元に個人消費を刺激すべきと説く。小数派の主張だが、世代間不公平の解決を志向し、感覚的定性的アプローチを排し数値分析に拘る姿勢は、私には好ましいと感じる。
(1.5+)危機と金 増田悦佐 東洋経済新報 危機に際して金が最も安全な資産で、国も個人も金の保有を増やすべきだと勧める。一方で、我国を含め先進国の金保有は少なく、金市場も極めて小さい。中身が薄くこのテーマで一冊の本を書くには紙数が多過ぎたと感じる。
(2.5+)ほんとうの話 曽野綾子 1992 新潮文庫 このところ私の'ヒーロー'の著者がバッサリ切り刻んだ時評、20年以上前に書かれたのに同時代感覚がある。納得できなければ世間の大勢とか大御所に敢えて逆らい、若干皮肉っぽい嫌味加減(失礼!)が私には心地よい。20年以上経って尚新鮮に感じるのは世の中進歩していないのか、著者が前のめり過ぎるのか。
(2.0+)女女格差 橘木俊詔 2008 東洋経済 格差社会を鋭く分析した著者が、女性間の格差について論じたもので、普段我々が多分こうだろうと思っていることを具体的なデータで論理的に説明している。やっつけ仕事とまでは言わないが、著者にしてはやや平板で結論ありきで後から理屈がついてくる的な論理展開も感じた。欧米の研究との比較があると深みが出てくるのでは。
(2.0+)組織ジャーナリズムの敗北 川崎泰資・柴田鉄治 2008 岩波書店 政治家(安倍・中川氏)の圧力で慰安婦問題を扱った番組をNHKが改編したと報じた朝日新聞との論争と、何故朝日新聞が敗北したか元NHK・朝日出身の二人が描いたもの。当時の論争の舞台裏が窺え興味深い。私には二人が戦後民主主義の信奉者と感じ、過剰な少数意見尊重に違和感がある。
(1.0+)私が愛した官僚 横田由美子 2007 講談社 政治家や起業家を目指した若手官僚の側面を描いたというのが謳い文句のようだが、中身は表面的で浅いというより何も無い。自意識過剰の著者が不必要に出て来る。しかし少なくとも題名は良く考えられている。
(*.*)蝉しぐれ 藤沢周平 1991 文春文庫 海坂藩普請組の下級武士が派閥闘争に巻き込まれ切腹した父の後を継ぎ剣を磨き、側妾になった幼馴染を助け派閥闘争にけりをつける時代小説。筋が見えてくるのは、テレビドラマかラジオの朗読を聞いたかだと思うが、それでも読んで楽しい。
(*.*)第三の時効 横山秀夫 2006 集英社文庫 県警本部の捜査第1課長と配下の3人の班長が主役で、夫々の葛藤と対立しながら同時進行で事件を解決していく(モジュラー型警察小説というらしい)硬質の短編集。
(*.*)陰の季節 横山秀夫 2001 文春文庫
藤沢周平の「時代小説」物は大分読んだ、もう未読の小説を見つけるのが難しくなった。歴史上の人物を藤沢周平が解釈して描く「歴史小説」は私の好みではない。横山秀夫の刑事物が次の候補だ。海坂藩の中下級武士とN県警本部の捜査課の刑事、実は剣の使い手とやり手の刑事が主人公、両者には時代は違っても共通する架空の舞台がある。それが私が嵌まる理由のような気がする。■