さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ベイト・エッディーン宮殿 その1

2019年07月22日 | 海外旅行
第五日目は、一旦来た道を戻ってシドンとベイルートの中間で内陸部へ向かいました。山間部に入ると、茶色の屋根の家が立ち並び、ヨーロッパの田舎といった雰囲気になりました。



ディル・エル・カマル村の見学は後回しにして通り過ぎ、まずベイト・エッディーン宮殿を訪れました。



最初の広場。



日曜日のためか、校外学習の学生が大勢いました。女学生達が日本人を珍しがってか写真を撮らせてといってきたので、こちらも撮らせてもらいました。外国で女性の写真撮影には注意が必要ですが、スマホの普及によって写真を撮ることの抵抗感が少なくなってきているようです。



ベイト・エッディーン宮殿は、19世紀初頭にレバノンを治めたバシール・シャハーブ氏の宮殿です。現在は、大統領の夏の間の官邸兼執務室に用いられています。



ゲートをくぐっていきます。



第二の広場。この広場を取り巻いているのが中心的な建物になります。広場の中心には噴水が設けられています。



また、ファサートに向かって小さな噴水から水路が延びています。



広場の右側。



建物の角に出窓が設けられていますが、これはバシール・シャハーブ氏の一番のお気に入りの夫人の部屋のものです。

この山中に壮麗な宮殿を造るため、マルタ島から技師、ダマスカスから大工を呼び寄せたといいます。マルタ島から呼ばれた技師は、宮殿の完成後に二度と同じものを造れないように両腕を切り落とされたという話があります。お城や宮殿の建設にまつわる伝説としては良くある話です。



宮殿内部に進みました。受付の間です。



窓には色付きガラスがはめ込まれ、ランタンが飾られていました。



壁には細かい装飾が施されていました。





部屋の前に設けられた水盤。



続いて出窓が特徴的な夫人の部屋に向かいました。



バシール・シャハーブ氏の一番のお気に入りの夫人の部屋。色付きガラスから光が差し込んで美しい部屋です。なお、夫人はキリスト教徒だったようで、窓から広場を見下ろしていたようです。





部屋を結ぶ廊下の上にも美しい装飾が施されていました。



フランス人の詩人・政治家アルフォンス・ド・ラ・マルティーヌ氏が滞在した部屋。

マルティーヌは、ロマン派の代表的詩人で、フランスにおける近代抒情詩の祖といわれ、ヴェルレーヌや象徴派にも大きな影響を与えています。また、1848年の2月革命で、臨時政府の外務大臣となり、同年12月の大統領選挙ではナポレオン3世と争って敗れ、1851年のクーデターで政界を引退しました。



彼は、この部屋が気に入ってか、2年間滞在しました。



マルティーヌのレリーフが置かれていました。



ホールが設けられていましたが、これは滞在していたお客が、知人を招いて歓待するためのレセプション・ホールです。





ホールの周囲の壁際には長椅子が設けられていました。



天井も美しい装飾が施されていました。



パーティー用なのかピアノも置かれていました。



アーチで連なる柱はアラブ風です。



窓から中庭を見下ろすことができました。
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