旅の4日目の朝は雨になりました。台風崩れの低気圧の影響のようです。幸い、出発までに雨は上がって、フエの観光に支障はでませんでした。
朝になって改めて眺めたフンジャンホテル。
ホテルの庭から眺めたされたチャンティエン橋。夜とは違って静かな眺めです。
フォーン川に浮かぶ小舟。
フエの観光は、まず阮朝王宮から始まりました。中部ベトナムを代表する観光地であるため、駐車場の周りには土産物屋が並んでいました。
最初に見えてきたのは、ガン門。
阮朝王宮を取り巻く広場の向こうにフラッグタワーが見えていました。
阮朝王宮は、堀で囲まれています。
バイクの大群が狭い橋を通り抜けていくので、歩くのには注意が必要です。
門をくぐって振り返ったところ。窓の飾りは中華風です。
大砲が並べてありました。
阮朝開祖のザーロン帝が、1803年に造ったもので、東西に並べられており、この東側のものは春夏秋冬の四季にちなんで四体。西には中国の五行説にちなんで五体が置かれています。これらの大砲は一度も使われたことはなかったものの、霊力で宮殿を守っているとのことです。
フラッグタワーが見えてきました。
フラッグタワーは、1809年のザーロン帝の時代に造られた旗塔です。台座は三層になっており、下層は「地」、中層は「人」、上層は「天」を表しています。
台座の高さは17.4mで、旗のてっぺんまでは29.52mあります。
フラッグタワーの正面に阮朝王宮の入り口である王宮門(午門)があります。
王宮門(午門)は、阮朝第二代のミンマン帝の時代に造られ、第12代カイディン帝の時代に再建されました。
中国風の建物で、正面の三つの入り口のうち中央は皇帝用で、左右は文官・武官用になっています。
黄色の屋根瓦は、紫禁城に似た感じです。龍の飾りも置かれています。
中国風の飾り付けが施されています。
ガイドブックには、門の上に上がれるように書かれていますが、老朽化が進んでいるためか、入場できなくなっているようです。
皇帝用の中央の入り口。
中央の入り口は柵で閉鎖されています。ここを通る皇帝はもはやいないのですがね。
宮殿内に入ると、奥に大和殿が見えてきます。手前のゲートは、中国の伝統的建築様式の門の一つである。牌楼を模したものですね。
大和殿への通路の両脇には池が設けられ、鯉が飼われています。鯉の餌が売られており、鯉が集まっていました。
池には、蓮の花も咲いていました。
大和殿の手前にもゲートが置かれていました。
ゲートの柱には、龍の飾りが施されていました。爪は五本あり、中国への対抗心がうかがわれます。
朝になって改めて眺めたフンジャンホテル。
ホテルの庭から眺めたされたチャンティエン橋。夜とは違って静かな眺めです。
フォーン川に浮かぶ小舟。
フエの観光は、まず阮朝王宮から始まりました。中部ベトナムを代表する観光地であるため、駐車場の周りには土産物屋が並んでいました。
最初に見えてきたのは、ガン門。
阮朝王宮を取り巻く広場の向こうにフラッグタワーが見えていました。
阮朝王宮は、堀で囲まれています。
バイクの大群が狭い橋を通り抜けていくので、歩くのには注意が必要です。
門をくぐって振り返ったところ。窓の飾りは中華風です。
大砲が並べてありました。
阮朝開祖のザーロン帝が、1803年に造ったもので、東西に並べられており、この東側のものは春夏秋冬の四季にちなんで四体。西には中国の五行説にちなんで五体が置かれています。これらの大砲は一度も使われたことはなかったものの、霊力で宮殿を守っているとのことです。
フラッグタワーが見えてきました。
フラッグタワーは、1809年のザーロン帝の時代に造られた旗塔です。台座は三層になっており、下層は「地」、中層は「人」、上層は「天」を表しています。
台座の高さは17.4mで、旗のてっぺんまでは29.52mあります。
フラッグタワーの正面に阮朝王宮の入り口である王宮門(午門)があります。
王宮門(午門)は、阮朝第二代のミンマン帝の時代に造られ、第12代カイディン帝の時代に再建されました。
中国風の建物で、正面の三つの入り口のうち中央は皇帝用で、左右は文官・武官用になっています。
黄色の屋根瓦は、紫禁城に似た感じです。龍の飾りも置かれています。
中国風の飾り付けが施されています。
ガイドブックには、門の上に上がれるように書かれていますが、老朽化が進んでいるためか、入場できなくなっているようです。
皇帝用の中央の入り口。
中央の入り口は柵で閉鎖されています。ここを通る皇帝はもはやいないのですがね。
宮殿内に入ると、奥に大和殿が見えてきます。手前のゲートは、中国の伝統的建築様式の門の一つである。牌楼を模したものですね。
大和殿への通路の両脇には池が設けられ、鯉が飼われています。鯉の餌が売られており、鯉が集まっていました。
池には、蓮の花も咲いていました。
大和殿の手前にもゲートが置かれていました。
ゲートの柱には、龍の飾りが施されていました。爪は五本あり、中国への対抗心がうかがわれます。