さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ペトラ遺跡 その10

2014年04月09日 | 海外旅行
ファサード通りの砂絵ボトル屋まで戻ったところで、時間と体力を考えた末、行けるということで犠牲祭壇を目指すことにしました。High Place of Sacrificeという英語表記の案内があるように、岩山の上にあります。

休憩所脇から階段上りを開始しました。



ひと登りすると、巨大な王家の墓が眼下になりました。



岩棚の上にロバが休んでいました。このコースもロバに乗って上ることができるようです。



岩を削って設けた階段が続きました。



なぜか、犬に先導されて、無人のロバが下ってきました。



細い谷の奥に進んだ所で、右手の岩山を登り始めました。



傾斜が緩い所では、岩が削られて平らな道が付けられていました。



途中で、台地の上に出ました。頂上までもうひと頑張りのようです。エド・ディルと違って歩いている人は僅かですが、それでも途中には土産物屋が店開きをしていました。



もうひと頑張りです。



左上にオベリスクが見えてきました。



頂上下の鞍部に出ました。犠牲祭壇は、左奥にあります。



犠牲祭壇と反対側の台地にオベリスクがあったので、先にこちらを見学しました。オベリスクは二本立っています。高さは6mほどあります。オベリスクは、ナバタイ人の主神ドゥシャーと女神ウザーを象徴しているようです。

オベリスクは、エジプトのオベリスクのように他で加工してから運んできたものではなく、周囲の岩を削って塔の形に整えて造られています。



手前のオベリスク。



奥にあるオベリスク。



オベリスクの見学をしてから犠牲祭壇に進みました。階段はピークの頂上手前で終わり、その後は岩場を登ることになります。岩に窪みが付けられていますが、雨で濡れていたりすると足元に注意が必要です。



犠牲祭壇の頂上部。この広場も岩山を削って平らにしたようです。

下からは25分で登ってきましたが、ガイドブックには45分ほどと書いてあります。

古代のアラブ人は、山などの高所を「高き所」として聖域とみなしていたようです。手前には、犠牲を捧げる前に身を清めるための貯水槽があります。



中央部は石板を置いた台で、左は生け贄を置いた台とのこと。



生け贄を置いた台には、血を流すための溝が切られています。



生け贄台のある広場の周囲にはトリクリニウムと呼ばれる儀式の参加者が座る席が設けられています。また、生け贄台の前には、血を抜いた生け贄を置く四角い台が設けられています。



岩山の縁に出ると、高度感のある眺めが広がりました。右上にペトラ(ビザンチン)教会の屋根を見分けることができました。

犠牲祭壇から南に下ると、ライオンのモニュメントやルネッサンスの墓などの遺跡を経て王家の墓の下あたりで中央通路に戻ることができるようですが、それらを回るにはまだ時間がかかりそうです。ホテルの集合は、6時半の夕食時なので時間的には余裕はありますが、夜のペトラ・バイ・ナイトでエル・ハズネまで歩く必要があり、ホテルで一旦休憩する必要があります。先に進むことは諦めて犠牲祭壇から引き返すことにしました。



ペトラ(ビザンチン)教会の拡大。左はカフェです。背後に青い教会も見えています。



眼下に王家の墓を見下ろすことができました。



犠牲祭壇からの下りでは、オベリスクが二本並んだ姿を眺めることができました。



日も傾いて、谷間の道は陰になってきました。



ようやく中央通りに戻ってきました。

遺跡を眺めながら来た道を戻りましたが、ホテルまでの道は長く感じました。この日の歩きは、登山の難易度で考えても健脚向きのものになりました。
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