ヨモギ山は、越後駒ヶ岳から北西に延びる郡界尾根の末端部に位置する山です。水無川の右岸に連なるこの尾根上には、池ノ塔、アオリ、カネクリ山といったピークが鋸の刃のように連なって、踏破は専門山岳会の領域ですが、ヨモギ山までは、一般的な残雪歩きの山の範疇になります。といっても、登る人は、ほとんどおりませんが。
登山口は、水無川の魚沼平野への出口の荒山の集落になります。十二神社の前で、除雪は終わっていました。八海山の岩壁が背後に聳えています。
水無川の奥には、越後駒ヶ岳の山頂が朝日に輝いた姿を見せていました。
高石沢沿いの林道に進みます。振り返ると、八海山の岩壁が険しい姿を見せています。
ヨモギ山の北西尾根を登りに使います。取り付きは、林道が右岸に移る所。橋の手前で、川岸をトラバースして、枝沢を渡って取り付きます。写真で杉林の広がる尾根の上に出ます。
尾根に出ると、笠倉山方面の眺めが広がります。
尾根の雪が割れてきていますが、右手の雪原が使えて、通過は難しくはありませんでした。途中で雪の消えた急斜面も現れますが、おぼろげな踏み跡があり、問題なく通過できます。
山頂が近づくと、ブナ林の広がる穏やかな斜面になります。
ヨモギ山野山頂からは、大展望が広がっています。1036mピーク越しに、まだ高い越後駒ヶ岳の山頂を望めます。1036mピークについた雪が割れかかっているのを見て、進むのは諦めました。私に許された範囲は、ヨモギ山までのようです。
駒ヶ岳の拡大。
その右手に中ノ岳。
その右手の水無川対岸には八海山が大きく。
八峰の岩峰も手に取るように見えます。
笠倉山方面への尾根。背後は、権現堂山。
毛猛山塊も大きく見えていました。
眺めを充分楽しんで下山に移りました。登りはなんとかつぼ足で登ったのですが、雪が緩んでワカンを履く必要が出てきました。途中の薮尾根でワカンをはずしましたが、その下は、雪もそこそこに締まっており、なんとかつぼ足で歩くことができました。
眼下には、魚沼平野と坊谷山の眺めが広がっていました。
車に戻ると、越後駒ヶ岳が青空を背景に輝いていました。
思わぬグズグズ雪で体力を消耗し、翌日の山への不安も残りました。
登山口は、水無川の魚沼平野への出口の荒山の集落になります。十二神社の前で、除雪は終わっていました。八海山の岩壁が背後に聳えています。
水無川の奥には、越後駒ヶ岳の山頂が朝日に輝いた姿を見せていました。
高石沢沿いの林道に進みます。振り返ると、八海山の岩壁が険しい姿を見せています。
ヨモギ山の北西尾根を登りに使います。取り付きは、林道が右岸に移る所。橋の手前で、川岸をトラバースして、枝沢を渡って取り付きます。写真で杉林の広がる尾根の上に出ます。
尾根に出ると、笠倉山方面の眺めが広がります。
尾根の雪が割れてきていますが、右手の雪原が使えて、通過は難しくはありませんでした。途中で雪の消えた急斜面も現れますが、おぼろげな踏み跡があり、問題なく通過できます。
山頂が近づくと、ブナ林の広がる穏やかな斜面になります。
ヨモギ山野山頂からは、大展望が広がっています。1036mピーク越しに、まだ高い越後駒ヶ岳の山頂を望めます。1036mピークについた雪が割れかかっているのを見て、進むのは諦めました。私に許された範囲は、ヨモギ山までのようです。
駒ヶ岳の拡大。
その右手に中ノ岳。
その右手の水無川対岸には八海山が大きく。
八峰の岩峰も手に取るように見えます。
笠倉山方面への尾根。背後は、権現堂山。
毛猛山塊も大きく見えていました。
眺めを充分楽しんで下山に移りました。登りはなんとかつぼ足で登ったのですが、雪が緩んでワカンを履く必要が出てきました。途中の薮尾根でワカンをはずしましたが、その下は、雪もそこそこに締まっており、なんとかつぼ足で歩くことができました。
眼下には、魚沼平野と坊谷山の眺めが広がっていました。
車に戻ると、越後駒ヶ岳が青空を背景に輝いていました。
思わぬグズグズ雪で体力を消耗し、翌日の山への不安も残りました。