さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 エフェス その1

2012年11月06日 | 海外旅行
セルチュクの街で昼食をとった後に、この日のメインであるエフェス遺跡の見学を行いました。

紀元前11世紀にギリシャからやってきたイオニア人によってエフェス近郊に都市国家が形成されました。その後、河で運ばれた土砂によって港が埋め立てられ、疫病も発生したため、現在の位置に遷都されました。この街は、ローマ帝国支配下の紀元前130年頃に最盛期を迎え、10万人という当時の人口は、ローマ、アレクサンドリアに続くものでした。

南口から入って北口に抜けました。

これは、ヴァリスの浴場。2世紀に造られ、床下暖房という典型的なローマ風呂の形をしています。



上のアゴラ(集会場)。集会や宗教行事、商取引に使われました。



バシリカ(礼拝場)



オデオン(音楽堂)

収容人員は、1400人。300人規模の代表者会議やコンサートに使われました。遺跡内には、もっと大規模の大劇場もあるので、これはミニコンサートホールといったところです。



プリタニオン(市庁舎)の柱



メニウス碑

メニウスは、ポントゥスからエフェスを奪回したローマの独裁官スゥラの孫。



勝利の女神ニケ像

ローマ時代のもので、左手には勝利の印の月桂樹の冠、右手には小麦の葉を持って、飛んでいる状態を現しています。



ポリオの泉。紀元前1世紀初頭のものです。



遺跡内には、復元されていない石材が多数転がっており、その表面には、レリーフが刻まれているのを見ることができました。





遺跡内のメインストリートのクレテス通りは下り坂になっており、奥にケルスス図書館が見えてきました。



遺跡になっていても、壮麗さがうかがわれます。





ヘラクレスの門



先に見たニケ像のレリーフは、この門のアーチ部に飾られていたとのこと。



柱が何本も並ぶ姿は、壮観です。



トラヤヌスの泉

102~104年に造られた泉で、皇帝トラヤヌスに奉げられました。



山手の邸



丘の上の邸宅部分は、美しいモザイク模様が残されているようですが、立ち入りできないようでした。歩道脇にも美しいモザイク模様を見ることができました。







ハドリアヌス神殿



ハドリアヌス神殿のアーチには、美しいレリーフが残されています。これは両手を広げたメドゥーサ。



女神ティケ。



神々や皇帝の像も彫られています。





これらはコピーで、本物はセルチュクのエフェス考古学博物館に展示されています。

日差しがきつく、日向を歩くのが苦痛になってきました。

エフェス遺跡の見学はまだまだ続きます。
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