この冬
皆さんはちゃんとインフルエンザワクチンを
接種されただろうか?
あるいは、既にA型インフルエンザに罹った方も
おられるだろう。
それでも2、3日の発熱と関節痛に苦しんだだけで
もと通り元気になられた方は
たまたま運が良かっただけかもしれない。
たとえ若くて元気なあなたでも、
インフルエンザで死亡するリスクは決して
ゼロではないのだから。
しかしどうすればその可能性をゼロに近づけることが
できるのだろうか?
着実に研究は進んでいるようである。
Flu’s lethality is attributed to immune systems overreacting to the virus インフルエンザの致死性はウイルスに対する免疫系の過剰反応に起因する
By David Schultz
National Institutes of Health の研究者らは1918年のインフルエンザのパンデミック(世界的大流行)を “すべてのパンデミックの母” と呼んでいるがこれにはちゃんとした理由がある。このインフルエンザウイルスは全世界の人口の3分の1に感染し、少なくとも5,000万人が死亡したという事実である。
あれから1世紀近くが経ち、科学者らは当時の人たちの多くがどのようにして死亡したのか理解を深めてきた。その死因はインフルエンザそのものではなく、このウイルスによって引き起こされた免疫系の過剰反応だったと彼らは考えている。
そして、それは1918年に限ったことではなかった。World Health Organization によると、2009年の豚インフルエンザでは世界中で18,000人以上が死亡している。やはり免疫系の過剰反応がそれら死亡者の大多数の原因になっていたと科学者たちは指摘する。
細胞レベルでこのウイルスがどのように働くかについての新しい研究は、インフルエンザをそれほど致死的にさせるものが何であるかを明らかにした。それは、ウイルス自体に対する宿主自身の防御機能を用いて、宿主である皆さんを破壊するのである。
このような亢進した免疫反応に対する研究はさらに有効な抗インフルエンザ薬の開発につながり、あらゆる種類の感染症の治療法を根本的に変える可能性もあると、第一線のウイルス学者は言う。
「ここが(伝染病学についての)科学の現在の立ち位置なのです」Johns Hopkins Hospital の上級疫学者 Trish Perl 氏は言う。「それは多くの重篤な感染症で起こっていることです。免疫系が過熱状態になっているような状況です」
免疫系はインフルエンザが感染した細胞を破壊しようとする一方で、身体全体の全く健康な細胞の多くをも壊そうとする。カリフォルニア州 La Jolla にある Scripps Research Institute のウイルス学者 Michael Oldstone 氏によると、このためウイルス自身は肺以外へ広がることは稀であるにもかかわらず、インフルエンザの症状はきわめて広範囲に及ぶのだという。
response.”
「もし皆さんがカゼやインフルエンザに罹ったら、熱が出て、痛みや胃のむかつきがあるでしょう。それはすべて免疫反応によるものなのです」と、Oldstone 氏は言う。Fatal attraction 致死的な誘発
ほとんどの場合、この免疫反応はそれほど重篤ではない。ウイルス感染の経過につれてその反応は弱まってゆく。しかし、中には、感染によって高度に破壊的な反応を引き起こし、それが致死的となる例がある。ウイルスに対する免疫細胞の反応の仕方が過激なことから科学者たちはこれをサイトカイン・ストームと呼んでいる。(サイトカインとは免疫細胞がお互いの間で信号を送るのに用いる物質である)通常サイトカインは、免疫系が攻撃すべき細胞がどれであるかを伝えることで感染を抑え込むのに有用である。しかし、時に過剰なサイトカインが身体の一部に流れ込むと、そこに嵐が起こってしまうのである。
サイトカイン・ストームは稀だが、若い人たちで、より起こりやすい可能性があると Perl 氏は言う。それは、彼らの免疫系が強力であり、それらが過剰反応しやすいためである。彼女によれば、このことで2009年の豚インフルエンザの驚くべき結果の一部を説明できるかもしれないという。すなわち、高齢者に見られるより、若年者において致死的であったという事実である。
インフルエンザ感染時、サイトカイン・ストームは身体中、特に肺において深刻なダメージを引き起こす可能性がある。これによって、インフルエンザウイルス自体によって引き起こされる肺の障害とあいまって致死的な肺炎が引き起こされてしまうと彼は言う。
Oldstone 氏と2人の研究者が5年以上にわたってサイトカイン・ストームを研究してきた。彼らはサイトカインに反応する S1P1 と呼ばれる受容体を持つ細胞を発見し、その細胞のシグナルを根本的に止める方法を見つけ出した。科学雑誌 Cell の最新号に発表されたこのウイルス学者たちの知見は抗ウイルス薬より有効となる可能性を有する新しいタイプの免疫反応阻害薬への道を開くものである。
「サイトカイン・ストームを防御するような化合物の短回経口投与薬が開発できそうです」やはりサイトカイン研究に携わっていて Oldstone 氏の共同研究者である Scripps Institute の Hugh Rosen 氏はそう述べている。
今回の知見は「インフルエンザの治療法を変える可能性があります」と、Oldstone 氏は言う。さらに、肺感染症、HIV、および他のウイルス疾患についても意味を持つことになるかもしれない。ただし、サイトカイン・ストームが他のこれらの疾患でどのように関与しているかについての研究においてはまだかなり不明確なことが多いと Perl 氏は言う。‘Getting under the hood’ 『ボンネットの中を調べる』
National Institutes of Health からの資金提供を受けて、Rosen 氏、Oldstone 氏、ならびに彼らのチームはマウスを用いてこの亢進した免疫反応を調べた。
この研究者らは30匹のマウスからなるグループに2009年のH1N1 豚インフルエンザ・ウイルス株を注入した。それらのマウスに治療を行わなかったところその80%が死亡した。研究者らは別の30匹のマウスにウイルスを注入したが、このグループにはタミフルに類似した抗ウイルス薬を投与した。約半数が死亡した。
インフルエンザ感染マウスの3番目のグループに対しては、研究者らはタミフルの代わりに実験的なサイトカイン阻害物質を用いた。これらのグループでは20%が死亡しただけだった。
そして、マウスの4番目のグループにはタミフルとこの物質の両者を投与したところ、死亡率は5%まで低下していた。
Oldstone 氏によると、サイトカイン阻害薬は、身体に及ぼす障害の大部分の原因となっているインフルエンザによる影響をターゲットにしていることから抗ウイルス薬より有効性が高い可能性があるのだという。また、多くの抗ウイルス薬の問題は、それらがウイルスに対して薬剤耐性株への変異を招きうることである。サイトカイン阻害薬はウイルス自体に影響を及ぼさないため、恐らくこの薬はその点においては問題にならないだろうと Oldstone 氏は言う。
米国疾病予防対策センター(CDC)のスポークスマン Jeff Dimond 氏は、サイトカイン・ストームがどのように作用しているかを解明するため Oldstone 氏らは細胞レベルまで奥深い研究を行ったと言う。「これはまさに『中ボンネットの中を調べ、配線をいじくり回す』研究です」
Dimond によると、CDC の科学者たちもまた免疫系とインフルエンザの致死性との間の関連性を調べているという。
サイトカイン・ストームについて科学者らが理解できていないことはまだまだ多いと Oldstone 氏は言う。たとえば、なぜインフルエンザウイルスが、多くの人たちでは自宅で2、3日しんどい日々を過ごさなければならないこと以上を起こさないのに対して、一方で生命を脅かすような嵐を引き起こしてしまうのかわかっていない。
Oldstone の知見がすぐれたインフルエンザ治療薬につながる可能性がある一方で、それらの薬が地方の薬局に届くのは何年も先のことになると思われる。彼の研究チームの次のステップは、まずはフェレットで、さらには霊長類で、そして最後は人間で、今回のマウスの実験の再現をめざすことであると彼は言う。
その一方で、免疫系がどのように機能しているか、そしてさらに重要なこととして、免疫系がどのように誤った反応を起こしているかについては、かなり多くのことが研究者に解明されてきている。「それは私たちが医学部で教えられたことに比べてさらに複雑なものなのです」と彼女は言う。
大いに期待される研究である。
抗インフルエンザ薬はここ2、3年で品数も
増えてきたが、
記事中にあるような機序による致死的反応を
完全に抑え込むことは不可能である。
これまでサイトカイン・ストームに対しては
ステロイドパルス療法、血漿交換療法、
γグロブリン大量療法などが行われてきたが、
いずれも効果に乏しいのが現状である。
とりあえず
サイトカイン・ストームの特効薬が
一般に使用される時が来るまでは、
インフルエンザの予防接種を
きちんと受けておいた方が良さそうである。