MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

できていたことができなくなって…

2019-10-20 22:56:20 | 健康・病気

10月のメディカル・ミステリーです。

 

10月13日付 Washington Post 電子版

 

She began to talk — then mysteriously fell silent. Months later her parents learned why.

彼女はようやく言葉を話し始めたが、その後不思議にもしゃべらなくなった。数ヶ月後、両親はその理由を知ることになる

 

連邦政府が財政支援している研究プロジェクトによって行われた遺伝子配列解析によって、Tiana Vega(ティアナ・ヴェガ)ちゃんの不可解な沈黙や、謎に包まれた退行(後戻り)の原因が明らかになった

 

By Sandra G. Boodman, 

 その7月の一日はアラバマ州 Madison ではめずらしくそれほど蒸し暑くはなかった。幼い娘の理学療法訓練の予定が一時間ほど空いていたので、母親の Jeannette Vega(ジャネット・ヴェガ)さんは生後26ヶ月になる Tiana(ティアナ)ちゃんを裏庭で遊ばせるために屋外に連れ出した。ほどなく、彼女は、この下の娘が頑丈に作られた低いプラスチック製の滑り台をなかなか登れないことに衝撃を受けることになる。Tiana ちゃんはわずか一週間前には簡単に登られていたからである。

 彼女の気をそらせるために Jeannetteさんは家のトラックのドアを開けた。「こっちにおいで。車に乗ってシートベルトを締めようね」そう言ったことを彼女は覚えている。Tiana ちゃんは車の座席によじ登り、シートベルトを締めるのがことのほか好きだったからである。

 しかし今回は違った。

 この幼い症状は地面に立ち尽くし、母親の促しにも無反応に見えた。「彼女が従おうとしなかったのではなかったのです」Jeannette さんはこの2015年のできごとをそう思い起こす。「彼女は単にできなかったのだと断言できます」

 

Tiana ちゃんは幸せそうにみえると母親は言う。彼女はジェットコースターに乗ったり、調整した三輪車に乗ったりするのが大好きだ。

 

 その日の午後遅く、彼女は Tiana ちゃんのできごとを理学療法士に説明した。この療法士は、原因不明の彼女の顕著な発育遅延に対応するため一年以上この幼い少女に関わっていた。

 「何ヶ月も治療したのに後戻りするなんて普通じゃありません」現在37歳になる Jeannette さんはこの療法士にそう言われたことを覚えている。この療法士はJeannette さんが聞いたこともない疾患を告げ、それが原因かもしれないと言った。

 Jeannette さんはただちに検索を行ってその可能性を否定し「それについては忘れていました」と言う。

 しかし、それからほぼ半年後、専門医の診察室での衝撃的な日に、その原因を彼女が知ったとき思わず口に出した苦渋に満ちた最初の言葉は、あの療法士は正しかった、ということだった。

 

Nonstop crying  泣き止まない

 

 2013年5月、Tiana ちゃんが正常分娩で生まれて数週間も経たないうちに、2歳年上の姉 Aliyah(アリヤ)と同じようには世話が容易ではないということが明らかになった。

 もっとも大変なことは彼女が絶えず泣き続けることだった。Jeannette さんと、通信技術のエンジニアである Victor さんはあらゆることを試みた:ホワイトノイズの機械、添い寝、コリック(黄昏泣き)治療、布でくるむこと、振動装置などである。しかしどれも効果はなかった。Tiana ちゃんが続けて2時間以上眠ることはほとんどない状態だった。

 Jeannette さんは電話中に自身が泣き出したことを覚えている。そのため仕事でしばしば出張していた Vector さんにも娘が金切り声を上げるのが電話口から聞こえていた。

 彼女は developmental milestones(発達の指標)をチェックする人気のウェブサイトからの毎週のeメールを頼りにしていたが、Tiana ちゃんがそれらに到達するのが遅れていることを知る。

 「Tiana が順調にいくことはほとんどありませんでした」と彼女は思い起こす。「あるいは、それらに到達してもまたできなくなってしまうのです」この小児は言葉も遅く、話す言葉も“Mama”や “bye”など数単語だけだった。そしてその後彼女は不可解にも何も話さなくなった。

 Jeannette さんは、この退行(後戻り)について心配していなかったという。「一度でもそれができていれば、再びできるだろうと思っていました」と彼女は言う。

 Victor さんは我慢を選択した。「『少しぐらい遅い子供はいる。彼女はじき追いつくだろう』そう考えていました」Vegas夫妻によると、すぐ近くの Huntsville のかかりつけ小児科医も心配している風ではなかったという。

 しかし、Tiana ちゃんが支えなく座ることができるようになるのが数ヶ月遅れているとわかった Jeannette さんは友人の助言を聞き入れ、生後13ヶ月になる子をアラバマ州の早期介入プログラムに入れた。この在宅プログラムは、発達遅延および発達障害の子供たちに言語、作業、および理学療法を提供するものである。

 Tiana ちゃんは発達はしていたが極めて緩徐だった。2歳になってしばらくして歩き始めたので、両親はその達成をお祝いした。

 「そのことで私たちはすべてが順調にいくだろう、彼女は遅れを取り戻していくだろうと感じていました」と母親は言う。

 しかしいくつかの気がかりな出来事によって、進歩のように見えていたものが偽りだったとわかったのである。

 

Puzzling regression 不可解な退行(後戻り)

 

 Tiana ちゃんが車の座席に登れなかった冒頭のできごとがあったころ、この幼女が歯ぎしりするのに Vegas 夫妻は気づいた。さらにてんかんを示唆するような短時間の凝視発作も認められるようだった。かかりつけの小児科医は彼女を Martina Bebin(マルチナ・ベビン)氏に紹介した。彼女は Huntsville(ハンツビル) の小児神経科医で Birmingham(バーミンガム)にある University of Alabama(アラバマ大学)の教授でもある。

 「彼女はつかみどころのない症状を持ってやってきました」と Bebin 氏は思い起こす。Tiana ちゃんには診断が下されておらず、Bebin 氏は、てんかんや自閉症など15の異なる疾患が原因となり得ると考えた。脳画像検査、遺伝子スクリーニング検査、染色体検査では原因を特定できなかった。

 しかし Vega 家のタイミングに偶然が重なった。

 Bebin 氏は University of Alabama と、Huntsville を拠点として遺伝子研究を行っている非営利団体 HudsonAlpha Institute for Biotechnology(ハドソンアルファ・バイオ技術研究所)との間で新たに立ち上げられた協力関係の重要な役割を担っていた。CSER(Clinical Sequencing Evidence-Generating Research の略:臨床ゲノム解読・エビデンス創出研究)と呼ばれるプロジェクトの目的は、全ゲノム解析によって診断のついていない神経症状を持つ小児の疾患を同定できるかどうかを調べることだった。約500人の子供とその両親を登録した Alabama 大学では150人以上の子供たちで診断名を見つけ出している。CSER は National Institutes of Health(国立衛生研究所)から資金援助を受けている;HudsonAlpha はそのような国内数施設の一つである。

 「特に de novo(自然発生)の遺伝子変異を持つ子供たちでは非常に迅速に可能性のある原因を選別できます」そう言うのは Stanford で訓練を受けた遺伝学者で、HudsonAlpha での CSER の取り組みを指導する科学者 Greg Cooper(グレッグ・クーパー)氏である。両親および患児から採られた血液標本から受け継がれていない遺伝子変異についての情報を得ることができる。

 Vega 夫妻は登録し、そして結果を待った。

 それまでの約6ヶ月の空白の期間、この夫婦は娘を評価のために心理学者のもとへ連れて行くことにした。恐らく、彼女が診断をつけてくれると彼らは考えていた。

 Victor さんによると、娘は自閉症かもしれないとそのときまで考えていたのだという。彼には自閉症を持つ親戚がいたが、Tiana ちゃんには最近、反復性で無目的な手の運動がみられるようになっており、その疾患を持つ患者の一部にみられていた症状と類似していたからである。そして彼と Jeannette さんは、心の準備をするために自閉症の子供たちの親と話すようにしていた。

 さらに彼らは、家族が住んでいるフロリダ州 Orlando(オーランド)に戻ることに決めた。

 

Devastating news 衝撃的な知らせ

 

 2015年12月初旬、フロリダに転居する前日、Tiana ちゃんの結果を聞くために夫婦は Cooper 氏と HudsonAlpha チームの他のメンバーたちと面談した。わずか一日前に、前述の心理学者が Vega 夫妻に、Tiana ちゃんは自閉症であると考えていると告げていた。

 しかし、このチームからの知らせは非常に衝撃的なものだった。そして、予想されていた病気よりはるかに悪いものだった。

 Cooper 氏は、遺伝子解析では脳の機能に必要な MECP2 遺伝子に変異が認められたと説明した。この変異は Rett Syndrome(レット症候群、以下 Rett )に関連するもので、この症候群はほぼ例外なく女児だけに見られる変性性で治療不能な神経発達障害である。

 それはまさに、数ヶ月前に彼女の理学療法士が、この幼い少女の症状の原因ではないかと推察した疾患だったのである。

 1966年にオーストリアの医師 Andreas Rett によって初めて報告され、この脳の発達を障害する Rett に関連する遺伝子は1999年に同定された。ランダムに生ずるこのX連鎖突然変異はおよそ米国の女児1万人に1人の割合で起こると推測されている。(男児の罹患は稀であり、幼児期を生き延びることはめったにない)。この症候群は、しばしば生後18ヶ月の間にみられる言語と運動協調の退行が特徴的である。話したり手ぶりで表したりすることが不能なことから認知機能は評価が困難となる。Rett の多くの女児には定型的な“handwashing(手洗い)”運動がみられる。

 Rett は症状に基づいて診断されるが、Cooper 氏によると、遺伝子検査が“絞り込みと確実性”をもたらしてくれるという。これが自然突然変異によるものであることから、将来の子供が Rett を持つ可能性は極めて低いと科学者らは考えている。

 Rett を持つ女児は、一部は40歳代あるいはそれ以上生存することもあるが、およそ寿命は短いようである。治療は概して対症的であり、摂食困難、筋肉制御障害や発語障害などの症状への対応が中心となる。

 Jeannette さんにとって、この知らせは言葉で言い表せないほど絶望的に感じられる未来を予告するものに思われた。「直後の24~48時間は吐き続け泣いてばかりいました」そう彼女は思い起こす。

 この診断は同じように Victor さんにとっても打ちのめされるものだった。しかし彼は、愕然とした夫婦からの質問に根気強く答えてくれ、指導と有益な紹介を提供してくれた HudsonAlpha チームの親切にことのほか感謝していると言う。

 彼によると、頻回の仕事上の出張は「最初のうちは良い気晴らしでした。でも、ホテルの部屋でそんな気持ちは失われていったのです」彼は、家族を全く守ることができなかったと感じ、やるせなく泣きながら床の上に横になり何度も過ごした夜のことを思い出している。

 しかしそうこうするうちに、確定診断を得たこと、そして世界でも極めて優れた Rett の専門科の一人であるBirmingham にある University of Alabama の小児神経内科医 Alan Percy(アラン・パーシー)氏を含む支援への繋がりによってこの夫婦は前に進むことができた。

 「私はこの家族を高く評価します。彼らは実に先を見越しているし、非常に立ち直りが早いのです。そして彼らは研究の観点から進められていることをうまく利用してきています」と Bebin 氏は言う。

 「遺伝子カウンセラーたちは私たちとRett患者を持つ他の家族を繋いでくれました。それは人生を変えるものでした」と Jeannette さんは言う。

 Orland に移って18ヶ月後、Vega 家は Madison に戻ったが、それは Tiana ちゃんの治療や他の家族の支援に都合がいいことが理由の一部となっている。

 Victor さんは特に罹患児の父親に手を差し伸べようとしているのだという。「これをすべて自分だけで切り抜けようと考えると心細く感じるものです」

 この2、3年で生活は安定した様だと Jeannette さんは言う。

 Tiana ちゃんはフルタイムの介助者に付き添われて地元の小学校に通っている。高度の摂食障害のため、現在栄養チューブを入れることで体重増加が得られており、筋力やエネルギーは向上している。夜間はずっと寝ており、視線を用いたコミュニケーション装置を用いている。これを用いれば目の動きを追跡することで意思疎通が行える。母親によると彼女は幸せに見えるし、彼女はジェットコースターに乗ったり、調整した三輪車に乗ったりするのが大好きだという。

 診断がついたことはありがたいと思っているが、Tianaちゃんがもっと早く診断されていれば良かったとは思っていないと Jeannette さんは言う。

 「診断が得られたタイミングは良かったと思っています。答えを見つけることは大きな助けでしたが、もし知っていたたらそれまでの日々は10倍辛いものになっていたように思います」そう彼女は言う。

 

 

Rett 症候群(レット症候群)については下記サイトを

参照いただきたい。

 

難病情報センター

国立精神・神経センター神経研究所疾病研究第二部

 

 レット症候群とは神経系を主体とした特異な発達障害で、

1966年、ウィーンの小児神経科医 Andreas Rett により

初めて報告された。

自閉症様症状・てんかん・失調性歩行・特有の常同運動を特徴とする。

本症候群の 80~90%においてX染色体(Xq28)に連鎖する

Methyl-CpG-binding protein2 遺伝子 (MECP2)の変異が

原因となっていることがわかっている。

これら遺伝子の機能不全が本症候群の症状を引き起こしていると

みられるが、発症機序の詳細についてはいまだ不明である.

男児例は重症で出生前もしくは生後間もなく死亡することから

生存する患児はほぼ女子のみに限られる。

なお本症候群の遺伝子変異はほとんどが孤発性の突然変異による。

また突然変異のほとんどは父親の精子形成過程に生じたものと

考えられている。従って母親が保因者である場合はごく稀である。

 

本症候群は乳児期早期に発症する。

不眠、筋緊張の異常、四肢協調運動障害、姿勢運動の異常、歯ぎしり、

ジストニア、側弯、情動異常、知的障害、てんかんなどの症状が

年齢依存性に出現してくる。

乳児期から、日中の睡眠時間が長く、

外界からの刺激に対する反応に欠けることがある。

運動発達は頸定・寝返り・おすわり・歩行開始が遅れることが多いが、

生後18ヶ月ころまでは発達がみられる。

乳児期後半に急速な退行が出現しそれまで獲得した機能が失われ、

特異的な手の常同運動(手揉み動作)が出現する。

発症早期の情動異常は自閉症と類似している。

乳児期後半から知的障害が前面に出現し、

重度の知的障害を呈することが多い。

また頭囲の拡大は乳児期後半より停滞し、

幼児期には小頭を呈することが多い。

てんかん発作、特異な呼吸や過呼吸がみられることもある。

小児期から思春期にかけて突然死を見る例がある。

上記の症状は前述の遺伝子変異により引き起こされた

脳の正常機能の維持の異常に起因するとみられている。

 

典型的な経過をたどる古典的レット症候群は臨床症状から

診断可能だが、非典型例では診断が困難なことがある。

確定診断は塩基配列決定法が行われ、

MECP2 遺伝子の変異が80%前後で同定される。

 

根本的治療法がないため、治療は対症療法となる。

移動運動や姿勢の異常に対する理学療法に加えて

手の常同運動に対して適切な上肢機能の指導なども必要である。

情緒面の問題、知的障害に対す種々の工夫、療育等も重要である。

常同運動、異常呼吸に対して薬物治療も試みられてきているが、

有効なものは無い。

側弯が進行した場合、側弯矯正の手術が行われることがある。

 

精神・神経系を中心とした全身性の進行性疾患であるため、

長期生存には、感染症や誤嚥性肺炎、

QT延長による不整脈などの合併症の予防、対応が重要となる。

 

本症候群は 1万人から1万5千人に1人の頻度で発症し、

国内には約5,000人の患者がいると推計されている。

本邦でもこの難病の患者・家族を支援する団体である

認定NPO法人レット症候群支援機構が設立されている。

多くの人たちにこの病気のことを知ってもらい、

支援の輪が広がっていくことを願っている。

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