MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

あとは哀しみをもて余す異邦人

2019-05-01 17:39:45 | 健康・病気

5月となり、いよいよ令和に突入しましたが、

4月のメディカル・ミステリーです。

 

4月20日付 Washington Post 電子版

 

 

For three years her skin ulcers and pain would flare, then vanish, stumping doctors. Her daughter, a nurse, finally figured it out.

3年間、彼女の痛みを伴う皮膚の潰瘍は起こっては消え、医師を困惑させた。しかし看護師である彼女の娘がついにその原因をつきとめた。

 

 

By Sandra G. Boodman,

 

 12時間の夜勤を終えたばかりのChildren’s National Medical Centerの新人看護師、Kimberly Ho(キンバリー・ホー)さんは、性的にトラウマを受けた子供や思春期の若者への取り組みについての発表に集中しようとしていた。

 その中で皮膚感染症の写真がスクリーン上に映し出されたとき、この22才の女性は注意をひかれた。

 インストラクターは、研修中の医師によって誤った診断を受けていた一人の10代の患者の話を詳しく説明していた。この件は病院プロトコル違反で問題となっていた。新しい病院職員に向けたその講義では、組織の指揮系統内で働くことの重要性が強調されていた。そのためその少女の実際の診断そのものについては概ね論点からは外れるものだった―しかし、Ho さんにとっては違っていた。

 「『うわっ、私のママととてもよく似ている』と思いました」自分のスマホにその病気の名前を打ち込んだ時、そう考えたことを覚えていると Ho さんは言う。

 現在56歳になる Ho さんの母親 Tuyet Le(トゥエット・リ)さんは、2年以上にわたってスライドのあの写真に似た再発性の陰部潰瘍を伴う一連の得体の知れない痛みの症状と戦っていた。それまで様々な診断が下されたにもかかわらず、施された治療はいずれも有効ではないようだった。Le さんの症状は起こっては消えたが、結局数週ないし数ヶ月後には再発した。

 この 2017年9月に行われた講義に Ho さんが出席したことが彼女の母親の疾患の診断につながるきっかけとなったのだが、それまでの過程は言語の障壁によって困難を伴うものだった(ベトナムから移住してきた Le さんは英語がほとんど話せない)。

 

娘の Kiberly Ho さんと並んで写る Tuyet Le さん

 

 「私は仕事で他人の家族のためには色々なことをしてあげられるのですが、自分自身の母親のためにできなかったのは辛いことでした」と Ho さんは言う。とはいえ彼女は、母親の医療受診のほとんどに付き添い、何度も通訳や介助者として行動した。

 

Overcoming embarrassment 恥ずかしさを我慢して

 

 母親の最初の症状―陰部潰瘍―が始まったのは両親がカリフォルニアで休暇を過ごしていた 2015年7月のことだったと Ho さんは言う。

 当時、Towson University(タウソン大学)の看護学科にいた Ho さんによると、かなりの痛みを感じていた母親は恥ずかしさを我慢して、上の娘である Ho さんに電話し、アドバイスを求めた。

 Ho さんは、sitz baths(半身浴)と呼ばれる痛みを和らげる温浴法を試みるよう勧めた。しかし効果がなかったため Le さんはカリフォルニアの婦人科医を受診した。その医師はとりあえずヘルペス感染と診断し、単純ヘルペス、帯状疱疹、あるいは水痘の症状に対する治療で用いられる抗ウイルス薬 acyclovir(アシクロビル)を処方した。

 その薬は効果があり潰瘍は消失した。

 しかし Ho さんによると、Le さんはアシクロビルを続けていたものの数ヶ月後に陰部潰瘍が再発したという。血液検査では、Le さんは cold sores(疱疹)を引き起こす一般的感染症である herpes simples virus 1(単純ヘルペス1型)に感染していたことがわかった。これは主として口と口の接触によって感染するが、オーラルセックス中にも感染する可能性があり陰部ヘルペスを引き起こす。HSV-2(単純ヘルペス2型)は通常性行為で感染し陰部潰瘍の原因となる。

 Le さんが受診した婦人科医は生検を施行した。しかしその結果が確定的でなかったためその医師は Le さんを皮膚科医に紹介した。しかし潰瘍は数週後に消失したため、専門医を受診しても意味がないと Le さんは考えた。

 数ヶ月後、彼女は新たな問題に直面した:右肘が突然腫れて痛くなったのである。飛行機の部品を作る工場で20年以上働いてきた Le さんはなんとか仕事を続けた。

 彼女はリウマチ専門医を受診し関節リウマチと診断された。これは関節の疼痛と腫脹を引き起こす自己免疫疾患である。数週間後、その腫れは消失したが、陰部潰瘍が再び出現した。

 繰り返す皮膚潰瘍に動揺したHo さんの母親は慎み深い性格のため、病気のことで医師らとの話し合いに自分の娘を巻き込まなくてはならなくなっていることに、ことさら心を痛めた。

 「私の母親のことなので、私がそれについて話すのは厄介なことでした」と Ho さんは言う。彼女は、両親が米国に来てから数年後に生まれている。「そして多くの医学用語をベトナム語に翻訳するのは困難なのです」

 Ho さんによると、保険が適用されない検査・治療で増大し家計を圧迫する費用のことを母親は特に気にかけていたという。

 

'Do I have cancer?' ‘私は癌なの?’

 

 肘の問題が一旦治まってから6ヶ月後の 2016 年の秋、今度は左足首がひどく腫れて Le さんは目を覚ました。「足が折れたような感じでした」そう Ho さんは思い起こす。足首は触ると熱く、炎症あるいは感染が示唆された。

 Le さんは転んでいないしケガもしていない、と娘にきっぱりと言った。数週間は歩けず運転もできなかったため彼女は当面仕事を休まざるを得なかった。

 彼女の家庭医である Huyanh Ton(ファン・トン)氏は血液検査を行った。炎症を示唆する erythrocyte sedimentation rate(赤血球沈降速度、ESR)と C-reactive protein(C反応性たんぱく、CRP)が上昇しており、関節リウマチの患者で見られる数値よりかなり高かった。

 これら高い値からある種の癌など重篤な疾患が示唆されることから Ton 氏は彼女を血液専門医に紹介した。

 その血液学者は原因は確かでないと言った。Ho さんによると、彼は寛骨の骨髄生検を勧め、“ものすごい数の検査”を依頼したが、その大部分は特殊な血液検査と尿検査だったという。Le さんは骨髄生検を拒否したが、血液検査と尿検査では異常は認められなかった。しかしそのころには彼女は新たな症状と闘っていてそれによって彼女は格別惨めな気持ちになっていた:口腔潰瘍で口の内側と舌に穴が掘れていたのである。

 「一つの症状が消失すると別の症状が現れるのです」娘に向けてLe さんはそう語っている。「私の口腔潰瘍はかなり大きくなっており、ひどく痛んだため食事はスープしか摂れませんでした」

 Ho さんによると、母親の発作的に反復し衰弱をもたらす疾患により家族も犠牲を強いられていたという。彼女は医師に電話をかけるためにしばしば授業を抜けなければならず、普段は活動的だった母親の気分が落ち込んでいったため、母親の健康だけでなく家庭の増大する医療費のことまで思い悩むようになった。

 「彼女はひどくびくついている感じで、何度もこう尋ねました。『私は癌なの?』と」そう Ho さんは思い起こす。

 Ho さんは何人かの教授に相談し可能性のある原因について助言を求めた。しかし、同情されるだけで、教えてくれる人は誰もいなかった。

 「彼女が苦しんでいるのを見ている間じゅう、誰一人として何が起こっているのかを教えてくれませんでした」そう Ho さんは言う。

 しかし授業でのちょっとしたヒントが状況を変えることになる。

 

An instructive case 参考になった症例

 

 Ho さんの記憶によれば、その事例には、レジデントから陰部ヘルペスだと告知されていた十代の若者が含まれていたという。

 「その家族は怖気づいて、どうして彼女がその病気にかかったのか尋ねていました」と Ho さんは言う。

 精密検査ののち、その少女の潰瘍はヘルペスによる症状ではなく Behcet’s syndrome(ベーチェット症候群)または Behcet’s disease(ベーチェット病)(以下 Behcet’s)といわれる稀な疾患の症状だったことが判明した。この慢性疾患は、血管や身体の様々な部位に炎症を生じる。発作的に症状が悪化しその後消退する。口腔と陰部の疼痛は最もよく見られる症状の一つである。治療しなければ炎症は悪化し、失明や脳卒中を引き起こし、まれに死に至る。

 Ho さんは、医学部を卒業たばかりの従兄弟に電話をかけ、Behcet’s について聞いたことがあるか尋ねた。この疾患は遺伝的および環境的因子が組み合わさって発症すると考えられている。彼は知らなかったが、彼女に調べてみるよう助言した。

 母親の症状の類似性、反復性に起こる特徴、そして、Behcet’s がアジアの一部地域で頻度が高いという事実などから、Ho さんの疑念はさらに強くなった。

 数週後、Le さんのふくらはぎにクォーター(25セント硬貨)サイズの腫れものができた。さらに陰部および口腔の潰瘍が再発した。

 「私はこう考えたことを覚えています。『彼女はマジにこの病気だと思う』と」そう Ho さんは思い起こす。

 Ho さんは母親を説得し別の皮膚科医を受診させることにした。しかし、ようやく予約が回ってきた数週間後には痛みを伴う病変は消失していた。

 さらに数ヶ月後にそれらが再発したとき、母親と娘は内科医の Ton 氏を受診した。

 「私は撮影した写真をすべて彼に見せて言いました。『彼女は Behcet’s だと思います』と」そう Ho さんは思い起こす。

 Ton 氏はあまり確信がなかったことを覚えている。約16,000人が罹患しているものの、米国ではまれなこの疾患には検査法がなかったからである。診断は特徴的な症状の存在と除外診断に基づいて行われる。その時点では、Le さんには眼痛、あるいはぶどう膜炎がなかった。これらは Behcet’s の患者でしばしば見られる眼の炎症の一種である。

 「これを診断するためにはこの病気を知っていて、それを考えていなくてはなりません」と Ton 氏は言う。彼は一度も Behcet’s をみたことがなかった。しかし、Ton 氏によると、研修期間に彼の指導者がリウマチ専門医だったためその疾患を耳にしたことがあったという。

 数ヶ月後、新たな症状の増悪があり、Le さんが Ton 氏の元を再び訪れると、彼はおそらく Behcet’s の可能性が高いと結論づけた。彼は本疾患に対する中心的治療薬である副腎皮質ステロイドの prednisone(プレドニゾン)を処方した。

 Ho さんによると、彼女とその内科医は、正式な診断は、Ton 氏が前もって話し合ってくれていた二人目のリウマチ専門医への受診の際に決めてもらうことで意見が一致したという。

 2018年5月に Le さんはその専門医を受診した。その医師は Behcet’s と診断し Le さんの投薬計画を調整した。Ho さんによると、昨年は母親の健康は改善に向かい、症状の再燃はなかったという。

 「長くもどかしい経過でした」母親の診断までの道のりについて Ho さんは言う。「多分に Ton 医師のおかげだと思っています」

 かなりは医療保険から出るものの、Ho さんの見積もりによると、母親の自己負担額は総計で約25,000ドルになったという。

 Le さんは、「娘が看護師だったことで、あの日、病院で行われた講義に彼女が出席できたことに非常に感謝しています」と言い、「それがなかったら、今も診断が得られていたかどうかわかりません」と付け加える。

 Ho さんによると、彼女の母親のケースにより、患者たちが直面し得る障壁に対して一層敏感になったという。

 「私は、英語を話さない家族の立場になって考えるようになりました」と Ho さんは言う。「たとえ通訳者がいても、それはむずかしいことなのです」

 

 

 

Behcet’s disease(ベーチェット病)の詳細については

以下のサイトを参照いただきたい。

 

難病情報センター

 

ベーチェット病研究班

 

東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センター

 

帝京大学リウマチ・膠原病グループ/研究室

 

 

本稿では Behcet’s で統一したが、

正しくは Behçet’s disease と綴る。

この病名は、1937年に初めて本疾患を報告した

トルコ・イスタンブール大学の

Hulsi Behçet(フルス・ベーチェット)教授の名前に由来する。

Behcet’s は、口腔粘膜のアフタ性潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚症状、

眼症状の4症状を主症状とする慢性再発性の

全身性炎症性疾患である。

日本をはじめ、韓国、中国、中近東、地中海沿岸諸国に

多発するが、ヨーロッパ北部やアメリカでは稀である。

シルクロードに沿った地域に多いことから

『シルクロード病』とも呼ばれている。

本邦における患者数は約2万人と推定されている。

北高南低の分布を示し、北海道、東北地方に多い。

男女差はなく、10歳代後半から30歳代前半までに

発症する例が多い。

 

Behcet’s の原因は未だに不明である。

何らかの遺伝素因が基盤にあり、そこに環境因子が加わって

免疫系の異常な活性化が生じることで、

強い炎症が引き起こされるという考え方が有力である。

遺伝素因では生体内の免疫応答の中心的役割を果たしている

Tリンパ球の反応を規定する白血球抗原の一つ、HLA-B51 の

関連が注目されている。

関与する環境因子の一つに病原微生物による感染が挙げられる。

連鎖球菌やヘルペスウイルスの感染が想定されているが、

いまだ特定の機序は解明されていない。

全身性エリテマトーデスなどの膠原病とは

明らかに異なる自己免疫機序が働いているとみられている。

膠原病ではリンパ球が主体に関与しているのに対し、

Behcet’s では白血球で産生されるサイトカイン、

特に腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor, TNF)が

重要な役割を果たしている可能性がある。

しかし正確な病因や発症機序には不明な点が多く、

いまだ謎の多い難病であるといえる。

 

診断には、診断基準にある4つの主症状と5つの副症状を

押さえておく必要がある。

それらの症状が突発的に出現し繰り返すという特徴がある。

主症状は以下の4つである。

①口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍

口唇・頬粘膜、舌、歯肉などに出現し有痛性である。

②皮膚症状

下腿に好発する結節性紅斑様皮疹、血栓性静脈炎のほか

顔面・頸部・背部などに毛嚢炎様皮疹をみる。

③眼症状

両眼性に侵されるぶどう膜炎(虹彩毛様体炎)が主体。

結膜充血、眼痛、視力低下、視野障害などをきたす。

④外陰部潰瘍

有痛性の境界鮮明なアフタ性潰瘍で、

男性では陰嚢・陰茎、女性では大小陰唇に好発する。

 

副症状としては

左右非対称に肘、手、膝、足などに単発性に炎症を繰り返す

関節炎が最も頻度が高いが、

そのほかに、回盲部潰瘍をはじめとする消化器病変、

動脈瘤や静脈血栓を来たす血管病変、

髄膜炎・脳幹脳炎、小脳症状や認知症を来たす中枢神経病変、

男性患者の1~2割にみられる副睾丸炎、の5つがある。

 

診断は上記主症状、副症状の有無を確認し、

膠原病、単純ヘルペス感染症など紛らわしい症状を持つ

他の疾患を除外する。

血液検査では、赤血球沈降速度(ESR)の亢進、

血清 CRP の上昇、白血球数の増加、補体価、IgD の上昇をみる。

ヒト白血球抗原 HLA-B51 は Behcet’s 患者の約60%で陽性。

Behcet’s で有名な『針反応』は、

患者の皮膚に無菌の針を刺すとそこに発赤が生じ

ときに膿がたまってくるという反応であるが

あくまでも参考所見にとどまる。

 

治療は、

粘膜・皮膚の病変には副腎皮質ステロイドの外用薬が

用いられる。

症状が強かったり、発作頻度が高いケース、

あるいは重篤な臓器病変を認めるケースなどでは

炎症を抑える非ステロイド系消炎鎮痛薬、

コルヒチン、副腎皮質ステロイド、免疫抑制薬などが

用いられる。

またTNFの働きを抑制する生物学的製剤が保険適応となり、

難治性網膜ぶどう膜炎、腸管型・神経型・血管型に、

インフリキシマブ(レミケード®)が、

腸管型にアダリムマブ(ヒュミラ®)が用いられる。

 

これまで予後不良とされていた腸管型・血管型・神経型でも

生物学的製剤が用いられるようになり、予後は改善した。

また眼病変も、かつては中途失明の原因となる主要な疾患の

一つだったが、インフリキシマブが使用されるようになり、

失明を回避できるようになっている。

 

Behcet’s は本邦では常に考えておくべき疾患の一つだが、

米国ではかなり稀であることから、患者を前にしても

医師の頭に本疾患が浮かんでこないのかもしれない。

まさにシルクロード―ちょっと振り向いていただけの異邦人?

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