MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

50年以上もかかった診断

2013-08-20 17:36:48 | 健康・病気

8月のメディカル・ミステリーです。

8月13日付 Washington Post 電子版

Emergency surgery followed many missed chances to diagnose illness 数多くの診断のチャンスが逃されたあげくの緊急手術

Manymissedchances

By Sandra G. Boodman,
 Kevin Songer 氏は2011年11月のあの夜、一つのことだけを考えていたのを覚えている:もしベッドから出て最寄りの病院に行かなければ恐らく死んでいる自分を妻が発見することになるだろうと。
 当時54才の Songer 氏が仕事づくめの長い一日が終わりフロリダ州 Jacksonville の自宅に一人でいたとき、突然焼けつくような痛みを感じた。「ちょうど大槌で後頭部を殴られたような感じ」で、その痛みは下顎を通って背中から足まで放散した。彼はそのうち良くなるだろうと考え横になり、60マイル離れた家族の新しい家に移動中だった妻と子供たちのことを考えていた。しかし数分後症状が悪化したため彼は起き上がり近くの病院に車で向かい、身体を引きずりながら緊急室に入ってこう告げた。「心臓発作を起こしているようなんです」

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Kevin Songer 氏は Abraham Lincoln(アブラハム・リンカーン)も患っていたと考えられている病気である。「生きていることに感謝しています」と彼は言う。

 数時間後、胸部外科医は Songer 氏に、これから彼が受けようとしている緊急の開心術で助かる確率は五分五分であると告げた。翌日、彼の心臓の症状、そしてさらにいくつかの他の症状の原因となっていた疾病の名前を妻から聞いて知った。その病名は50年間以上診断されずにいたのである。
 「これまで何も言われなかったのです」と Songer 氏は言う。「原因がわかったことは大きな安心でした」とはいえ、時機を得た診断があれば、今回の悲惨なできごとを防げ、また、間違ってタンパク欠乏食のせいにされていた関連症状による何年にも及んだ苦痛や不安を経験せずにすんでいたかもしれないと彼は今でも信じている。

Tall and gangly 背が高くひょろひょろ

 子供のころ Songer 氏はずっと背が高く痩せていてひどく歯が出ており手関節や足関節が弱く捻挫を繰り返していた。1960年代、1970年代にフロリダで育ったが、両親が相談した医師の誰もが彼の脆弱な筋肉の原因を説明できなかった。5才のとき彼は重複鼠径ヘルニアの手術を受けたが、これは弱い腹筋を通って軟部組織が飛び出して起こるありふれた小児の疾病である。多くの人ではヘルニア修復術は一度の治療となるが Songer 氏の場合、年を取るにつれ再発を繰り返した。
 9年生(中学3年生)のとき Songer 氏はかなり長身で痩せていたのでクラスメートたちは彼に“T-bone(Tボーン)”とニックネームをつけた。彼は6.2フィート(約189cm)で約110ポンド(49.9 kg)だった。彼が年齢を重ねても、彼の頻回の手関節・足関節の捻挫と腰背部の痛みの説明を医師から与えられることはなかった。
 1995年、38才のとき、Songer 氏は、腹部の組織が原因不明に断裂したため2回めとなるヘルニア手術を受けた。彼は全部で6回手術を行っている。12年後、3回目となるヘルニア手術を受けたとき外科医は腹部の筋が欠落しているのに気付いた。彼は食事に関して Songer に注意を促し、筋肉を構築するたんぱく質をもっと多く摂取し、炭水化物を避けるよう忠告した。
 Songer 氏は、自分の食事は、素晴らしいとは言えないまでも、たんぱく質は不足してはいないと主張した。「『私はたくさん肉を食べています』と言ったのです」そう Songer 氏は思い起こすが、その外科医が彼のことを信じていないのは明らかだった。
 彼は困惑した:齢をとるにつれ体重は増加していたが、彼の食事は友人たちと違っているようには思われず、友人たちには誰一人として再発性のヘルニアを抱えたものがいなかったからである。2009年の6回目のヘルニア手術のあと、医師は体重を減らせば今後のヘルニアを予防できると彼に告げた。6.4フィート(195cm)で228ポンド(103kg)だった彼はやや太り気味だったが肥満ではなかった。同じ年、Songer 氏の血圧は 140/90 で高血圧の閾値だった。医師は血圧を下げる薬を処方した。
 51才のとき、Songer 氏は何十才も老けたように感じていたという。「毎日、目が覚めるとこう思っていました。『どこがおかしいのだろう』。私は体調が悪く、ひそかに次のように考えていました。『たぶん自分は心気症なのだ』と。私は自分の健康について憂鬱になっていましたが、それは私のまわりの人たちが多くのことをこなしていたのを見ていたからでしょう」彼によると、医師たちは絶えず忙しそうに見え、彼の調子が悪い理由を調べようとはしなかった。「彼らには分からなかったようです」と彼は言う。
 しばしば彼が精力的に働いたとき~彼と妻はグリーンルーフを設計・設置する会社を経営しており、それには梯子を上ったり下りたり、物資を移動させたりする必要があった~頸部に数秒間続く引き裂かれるような感覚とそれに続く短時間の強い頭痛を経験していたがどちらもすぐに消失していた。
 しかしこのエピソードを彼は医師に話さなかった;頭がおかしいと思われたくなかったためである。

Almost fatal あやうく命を落とすところ

 2011年 11 月28日、感謝祭後の月曜日は、いつになく忙しかった。その日、クライアントの屋根の上で作業を行っていた Songer 氏は午後7時ころ自宅に戻ったあとシャワーを浴び箱を梱包していたとき、後頭部に強烈な痛みが出現し身体中に広がった。
 Songer 氏は病院まで車で行ったが、ER 玄関近くの駐車スペースは空いていないことがわかり、彼は駐車場から歩かなければならなった。うまく屋内まで行けるだろうかと思ったことを覚えている。心臓発作を起こしていると告げERのスタッフが彼のところに駆け寄ってきた以外のことはほとんど覚えておらず、その後、放射線技師が「何てことだ、この大動脈は!」と叫んでいたが、その男性が彼のことを話していたのだということは理解した。
 CTスキャンで Songer 氏に広範囲に急性大動脈解離が起こっていることがわかった。これは身体の中の心臓から脳や身体各所へ血液を運ぶ最も大きな血管が伸展したり脆弱化して大動脈の壁に裂け目を生じてそこから血液が漏れることによって起こる。動脈解離はコントロール不良な高血圧、遺伝的素因、あるいは Marfan syndrome(マルファン症候群)などの遺伝的疾患で起こり得る。
 2003年にハリウッドの撮影セットで発症した俳優 John Ritter(ジョン・リッター)氏は大動脈解離により数時間後に54才で死去した。外交官 Richard Holbrooke(リチャード・ホルブルック)氏も2010年、69才のとき同じ病気により国務省の執務室で倒れ George Washington University Hospital で死去した。治療は通常、大動脈を修復あるいは置換する緊急手術が行われるが、発症48時間以内の死亡率は50%である。
 「これは非常に危険です」そう言うのは Jacksonville’s Memorial Hospital で Songer 氏を手術した心臓胸部外科医の Nathan R. Bates 氏だ。大動脈解離はRitter 氏のケースで見られたように心臓発作としばしば間違われる。Ritter 氏の家族は、彼の死の原因となった誤診とその後の治療に対する医療過誤補償として数百万ドルを受け取っている。
 Songer 氏を診察し、彼のCTスキャンを見直して、その解離がマルファン症候群によるものであると強く確信したと Bates 氏は言う。Songer 氏の大動脈起始部は、そういった患者に見られる特徴的な西洋梨状の形態をしており、また彼が特徴的な体型をしていたからである。すなわち、長身でクモ状指を持ち、面長の顔だったのである。
 Bates 氏は、大動脈弁を機械弁に置換し、裂けた部位をダクロン製の人工血管で修復する必要があると判断したと言う。「どれほど悪い状況にあるかはその時点まで分からないのです」と彼は言う。主たる危険は、大動脈がいつでも破裂する可能性があり、そうなるとたちどころに命取りとなるということだ。
 Songer 氏の解離の広がりは手術を“より一層困難なもの”にしたと Bates 氏は言う。彼の脚の付け根まで広がった裂け目の部分は修復不能であり、それに対しては厳密に監視し、投薬で抑えることになっていると、彼の心臓内科医 Juzar Lokhandwala 氏は言う。
 彼の動脈解離が生下時から存在する遺伝的疾患によるものであり、それを医師たちが50年間以上見逃していたことを知ったとき、Songer 氏は腹が立った一方で安堵したという。彼の脆弱な手関節や足関節、再発性のヘルニア、その体型はすべてマルファン症候群の症状だったが、これまでの医師たちはそれについて聞いたことがなかったのではないかと彼は考えた。あの頸部痛に続く頭痛のエピソードは大きな解離の前兆となる小さな解離だったのである。
 この結合組織疾患の重症度は様々だが、通常片方の親から受け継いだ遺伝子の欠損によって生じるマルファンは世界中で約5,000人に1人の頻度で見られる。しかしその多くは診断されていない。拡大した大動脈はしばしば小児期や思春期に明らかとなる。身体の長管骨の過成長を引き起こす本疾患は、眼球の異常や側弯として知られる脊柱弯曲症を引き起こす。マルファンの患者が腕を伸ばすと、指先から指先までの長さが身長を上回る。
 医学歴史学者たちは Abraham Lincoln(アブラハム・リンカーン)がマルファンだったかどうかについて長い間議論を重ねている。またいくつかの特徴を持った水泳選手 Michael Phelps(マイケル・フェルプス)は検査を受けたが、本疾患は認められなかったと述べている。Songer 氏のように、ほとんどの患者は遺伝子検査ではなく、身体的特徴や心臓の検査を元に診断されている。
 「彼のケースでは明白なため遺伝子検査をする必要はありません」と Lokhandwala 氏は言う。
 高度の側弯がある彼の姉妹の一人はマルファンだと思うと Songer 氏は言う。また彼の二人の子供にもそれが見られ、遺伝子検査を受けており小児心臓内科医によって厳密な追跡を受けているという。
 「実際に彼らにその影響が及んでいます」と Songer 氏は言う。というのも、心臓にとってリスクが高いとみなされる接触スポーツが禁じられているからである。
 危うく命を落としかけた心臓の問題が起こる前にその原因がわかっていたら、解離を阻止するために取りうるすべてのこと~たとえば、厳密に血圧をコントロールすることや激しい活動をさけること~をしていただろうと Songer 氏は言う。マルファンの患者は血圧を下げる薬を投与される;Songer 氏は今毎日数回血圧を測っている。
 「私は、ようやく自分の生活に GPS をつけてもらったような気持ちです」と Songer 氏は言う。彼はもはや働くことはできない。「生きていることに感謝していますし、Bates 医師が何が起こったのかを解明してくれたことに感謝しています。少なくとも今は、私が何と対峙しているのかをわかっているのですから」

マルファン症候群の詳細は
日本マルファン協会の HP をご参照いただきたい。

マルファン症候群(Marfan syndrome, MFS)は、
細胞間接着因子の異常により
大動脈、骨、眼、肺、皮膚など全身の結合組織が
脆弱になる遺伝性の疾患である。
フランスの小児科医アントワーヌ・マルファンにより
1896年に初めて報告された。
多くは常染色体優性遺伝の形式をとるが
約4分の1は突然変異で起こるとされている。
原因遺伝子としてフィブリリン1(FBN1)、
トランスフォーミング増殖因子(TGF)β受容体1・2が
判明しているが、
それ以外の未知の原因遺伝子の存在も疑われている。
本疾患は人口5,000人に1人の頻度で見られ、
本邦にも約20,000人の患者がいると考えられている。
有名人では、記事中にある
アメリカ合衆国第16代大統領アブラハム・リンカーンのほか
ピアニストのセルゲイ・ラフマニノフ、
バレーボール選手のフローラ・ハイマン、
俳優のヴィンセント・スキャベリらが
本疾患であったとされている。
全身的に結合組織が脆弱となるため、
大動脈瘤、大動脈解離、眼球水晶体亜脱臼、自然気胸などを来たす。
骨格異常としては脊椎の側弯のほか、
高身長(必須ではない)、異常に長い手足、クモ状指、側弯、
漏斗胸などが見られる。
動脈病変は血管壁のうち中膜の脆弱性が特徴で、
中膜壊死を起こし動脈解離が生ずる。
大動脈瘤破裂や大動脈解離では
突然死を来すことがある。
大動脈起始部の動脈瘤では
破裂のほか、大動脈弁閉鎖不全、心不全を見ることがある。
大動脈弁輪の拡張では
特徴的な上行大動脈の洋梨状拡大が認められる。
また大動脈解離では末梢臓器の循環不全や腎不全を
呈することがある。
その他、腰痛や関節の習慣性捻挫や脱臼も見られる。
また患者の65~75%に水晶体亜脱臼(水晶体転位)が
認められる。
これは水晶体の支持組織であるチン氏帯が脆弱化しているために
水晶体が転位する。
また網膜剥離を起こすこともある。
大動脈瘤、大動脈解離に対しては、人工血管置換術が行われるが、
予防には積極的な降圧治療も重要である。
突然死を防ぐためには早期診断に基づいた
心臓専門医による厳重な追跡が大きな鍵となる。
マルファン症候群の患者の寿命は以前は短かったが、
近年外科手術の進歩により平均余命は劇的に改善してきている。
一般診療にあたって臨床医は
本疾患も頭の片隅に置いておく必要がありそうだ。

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